前眼部所見

硝子体内注射に伴う無菌性眼内炎
ひとめでわかるポイント
Section titled “ひとめでわかるポイント”1. 硝子体内注射に伴う無菌性眼内炎とは
Section titled “1. 硝子体内注射に伴う無菌性眼内炎とは”硝子体内注射後無菌性眼内炎(sterile endophthalmitis following intravitreal injection)は、抗VEGF薬などの硝子体内注射後に生じる、細菌・真菌などの感染を伴わない眼内炎症反応である。感染性眼内炎と臨床像が類似するため、迅速な鑑別が求められる。
発生率は薬剤によって異なり、0.005〜4.4%の幅がある1)。ブロルシズマブではHAWK試験において4.4%のIOI(眼内炎症)発生率が報告されており5)、他の抗VEGF薬と比較して高率である。ラニビズマブ(ranibizumab)の感染性眼内炎率は0.05%程度とされる2)が、無菌性炎症はそれよりも高頻度に生じる。
IRIS Registryの大規模データでは1,044例の眼内炎症例が解析されており4)、本疾患が臨床的に無視できない頻度で発生することが示されている。
最大の違いは原因菌の有無である。無菌性眼内炎では培養が陰性であり、注射後24〜48時間以内の早期発症が多い。感染性眼内炎は通常2〜7日後に発症し、より重篤な経過をとる。詳細は「4. 診断と検査方法」の項を参照。
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”注射後24〜48時間以内に発症することが多い1)。
- 視力低下:硝子体混濁に伴い急速に低下する。
- 眼痛:軽度〜中等度の疼痛を訴えることが多い。感染性眼内炎と比較して疼痛は軽度である傾向がある1)。
- 充血:結膜充血・毛様充血が認められる。
- 飛蚊症:硝子体混濁による浮遊物の自覚がある。
無菌性眼内炎の主要所見を以下に示す1)。
後眼部所見
無菌性と感染性の鑑別に有用な比較を以下に示す。
| 特徴 | 無菌性 | 感染性 |
|---|---|---|
| 発症時期 | 24〜48時間以内1) | 2〜7日後 |
| 眼痛 | 軽度が多い | 高度 |
| 培養結果 | 陰性 | 陽性 |
前房蓄膿は感染性眼内炎を強く示唆するが、無菌性眼内炎でも約5%に認められる1)。培養検査や発症時期・症状の程度を総合して判断する必要がある。
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”無菌性眼内炎の機序は大きく3つに分類される1)。
患者特異的機序
免疫応答:薬剤に対する個体差のある炎症・アレルギー反応。
既往歴:ぶどう膜炎や眼内手術の既往がリスクとなる。
薬剤特異的機序
製剤成分:保存剤・賦形剤・凝集体・不純物が炎症を誘発する。
IV型アレルギー:ブロルシズマブではサイトカイン活性化を伴うIV型(遅延型)アレルギー反応が報告されている5)。
投与特異的機序
エンドトキシン汚染:バイアルや注射器の汚染が炎症を引き起こす。
注射手技:製剤の混入・注入量・注射部位が影響しうる1)。
薬剤別の発生率(眼内炎症反応)を以下に示す1)。
| 薬剤 | 発生率(‰) |
|---|---|
| ベバシズマブ | 3.64 |
| ラニビズマブ | 1.39 |
| アフリベルセプト | 0.76 |
ブロルシズマブ(brolucizumab)はHAWK/HARRIER試験でIOI発生率4.4%と報告されており5)、抗VEGF薬の中で最も高率である。サイトカインの活性化とT細胞介在性免疫反応が主な機序と考えられている5)。
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”無菌性眼内炎の確定診断は、培養陰性所見によって行う1)。臨床上は感染性眼内炎との鑑別が最重要課題である。
- 細隙灯顕微鏡検査:前房炎症・フレア・細胞・蓄膿の程度を評価する。
- 硝子体液培養:細菌・真菌培養を行い、陰性であれば無菌性眼内炎の診断根拠となる1)。早期硝子体切除術を行う場合は術中に硝子体サンプルを採取する。
- PCR検査:培養よりも感度が高く、病原体核酸の否定に有用である。
- 眼底検査・超音波検査:硝子体混濁の程度と網膜の状態を評価する。
主な鑑別疾患
Section titled “主な鑑別疾患”- 感染性眼内炎:最重要鑑別。発症時期・疼痛の程度・培養結果で鑑別する。
- TASS(術後毒性前眼部症候群):主に白内障術後に生じる無菌性前眼部炎症。硝子体内注射後にも類似反応が起こりうる。
- ぶどう膜炎の既往増悪:注射刺激による既存炎症の再燃。
5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”従来の保存的治療
Section titled “従来の保存的治療”軽症〜中等症例では、以下の保存的治療が行われる。
- 経過観察:軽度炎症では自然軽快することがある。
- ステロイド点眼・結膜下注射:炎症抑制のために使用される。
- ステロイド全身投与:重症例や遷延例で検討される。
CEVEプロトコル(即時完全硝子体切除術)
Section titled “CEVEプロトコル(即時完全硝子体切除術)”Kudasiewicz-Kardaszewskaら(2025)が提唱したCEVE(Complete and Early Vitreous Evacuation)プロトコルは、発症直後に完全硝子体切除術を施行する積極的治療法である1)。
Kudasiewicz-Kardaszewskaら(2025)は5例を対象にCEVEプロトコルを施行し、平均17.8日での視力回復を報告した1)。術中に硝子体サンプルを採取することで確定的な培養陰性診断も同時に達成できる。
CEVEプロトコルの主な転帰を以下に示す1)。
| 指標 | CEVE群 |
|---|---|
| 平均回復期間 | 17.8日 |
| 培養陽性例 | 0例(全例陰性) |
| 重篤な合併症 | 報告なし |
IRIS Registryの1,044例の解析では、硝子体内注射のみによる管理と早期硝子体切除術との間で転帰に有意差は認められなかった4)。これはCEVEが従来治療と同等以上の安全性を有することを示唆している。
現時点では重症例・遷延例・早期回復を要する症例が主な対象とされる1)。保存的治療と比較した大規模ランダム化比較試験はまだなく、適応は施設・術者の判断による。IRIS Registryデータでは注射管理群と早期硝子体切除術群で転帰に差はなかった4)。
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”無菌性眼内炎の病態には複数の機序が関与している。
エンドトキシン・製剤成分による炎症
Section titled “エンドトキシン・製剤成分による炎症”バイアルや注射器に混入したエンドトキシン(細菌由来のリポ多糖)が補体活性化・サイトカイン産生を誘発する1)。製剤中の凝集体(protein aggregates)も炎症トリガーとなりうる。製造・保存・取り扱いの工程における管理が発生率に影響する。
免疫介在性機序
Section titled “免疫介在性機序”ブロルシズマブ関連IOIでは、IV型(遅延型)アレルギー反応がT細胞を介して生じることが示されている5)。IL-6・TNF-αなどのサイトカイン活性化が組織障害に関与する5)。既存のぶどう膜炎や自己免疫疾患の既往を持つ患者では炎症反応が増強されやすい。
硝子体腔内の炎症動態
Section titled “硝子体腔内の炎症動態”注入された薬剤・免疫複合体・細胞残渣が硝子体腔内に蓄積し、持続的な炎症を維持する1)。CEVEプロトコルが奏効するのは、これらの炎症誘発物質を物理的に除去することで炎症カスケードを断ち切るためと考えられている1)。
7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”CEVEプロトコルの有用性検証
Section titled “CEVEプロトコルの有用性検証”CEVEプロトコルは無菌性眼内炎に対する積極的治療戦略として注目されている。Kudasiewicz-Kardaszewskaら(2025)の報告では5例に施行し、平均17.8日での視力回復と全例での培養陰性確認が達成された1)。今後はより大規模なランダム化比較試験による有効性・安全性の検証が必要である。
現時点ではCEVEの有用性を支持する症例集積データは存在するが、保存的治療との無作為割付試験は行われていない1)。
バイオマーカーによる早期鑑別
Section titled “バイオマーカーによる早期鑑別”無菌性眼内炎と感染性眼内炎を早期に区別するためのバイオマーカー研究が進行している1)。硝子体液中のサイトカインプロファイル(IL-6・IL-8・IL-10)の測定が鑑別診断の補助ツールとなる可能性が期待されている。
IOI発症後の再投与については慎重な個別判断が必要である。重篤な血管閉塞を伴うIOIでは再投与が禁忌とされる場合があり5)、代替薬への切り替えを検討する。無症状あるいは軽微なIOIであれば継続投与が考慮されることもあるが、眼科専門医による総合判断が不可欠である。
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”- Kudasiewicz-Kardaszewska A, et al. Complete and early vitreous evacuation (CEVE) for sterile endophthalmitis following intravitreal injections: a case series with differential diagnosis protocol and drug-specific incidence review. J Clin Med. 2025.
- American Academy of Ophthalmology. Age-Related Macular Degeneration Preferred Practice Pattern. AAO; 2024.
- American Academy of Ophthalmology. Diabetic Retinopathy Preferred Practice Pattern. AAO; 2024.
- IRIS Registry Analysis Group. Outcomes of endophthalmitis following intravitreal injections: injection management versus early pars plana vitrectomy—analysis of 1044 cases. Ophthalmology. 2025.
- Teo KYC, et al. Brolucizumab-associated intraocular inflammation: type IV hypersensitivity and cytokine activation. Am J Ophthalmol. 2024.