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網膜・硝子体

鎌状赤血球網膜症

鎌状赤血球網膜症(Sickle Cell Retinopathy)は、遺伝性ヘモグロビン異常症の一群である鎌状赤血球症(sickle cell disease; SCD)が眼に発現した疾患である。ICD-10-CM診断コードH36で識別される。

SCDに関連する網膜出血は1930年にCookが初めて報告した。1937年にはHardenが網膜血管の拡張と蛇行を示し、1942年にRayとCecilが鎌状赤血球による細小血管閉塞という基本的な病態を提唱した。

ヘモグロビンはα鎖2本とβ鎖2本から構成される。β鎖6番目のコドンにおける**単一塩基置換(GAG→GTG)**により、グルタミン酸がバリンに置換される。この変異のホモ接合がHbSS(鎌状赤血球症)、ヘテロ接合がHbAS(鎌状赤血球形質)をもたらす。β鎖の他の変異との複合によりHbSC症やHbSサラセミア(HbSThal)も生じる。

北米のアフリカ系アメリカ人における遺伝子型の発生率は以下の通りである。

遺伝子型発生率PSR頻度
HbAS(形質)約8%低い
HbSS0.4%約3%
HbSC0.2%約33%

ジャマイカのコホート研究では、20.5歳までのPSR有病率はHbSCで43%、HbSSで14%であった。年間発生率はHbSCで2.5%、HbSSで0.5%であり、年齢・網膜症の範囲・対側眼の状態が進行と関連する。

Q HbSSよりHbSCの方が網膜症が多いのはなぜか?
A

HbSSでは全身的な貧血や血管閉塞クリーゼが重篤なため、全身症状により早期に管理される一方、HbSC患者は比較的全身状態が良好で長生きし、眼の虚血変化が蓄積しやすいためと考えられている。また、HbSC赤血球は粘度が高く周辺網膜の細小血管閉塞を起こしやすい。

多くの患者では視力が長期間保たれるが、以下の症状が出現した場合は硝子体網膜牽引や網膜剥離の兆候である可能性がある。

  • 光視症(フラッシュ):網膜牽引または網膜剥離の前駆症状。
  • 飛蚊症:硝子体内への出血や混濁による。
  • 暗影・視野欠損:網膜剥離や大きな硝子体出血で出現する。
  • 視力低下中心窩周囲の毛細血管閉塞または牽引性網膜剥離で生じる。

非増殖性鎌状赤血球網膜症(NPSR)

Section titled “非増殖性鎌状赤血球網膜症(NPSR)”

周辺網膜を中心とした血管閉塞・虚血性変化が特徴である。

サーモンパッチ

性状:円形〜楕円形の表層網膜出血。隆起または平坦。

色調変化:当初は赤色。赤血球の溶血によりサーモン色(鮭色)へと変化する。

転帰:吸収後に正常に見えるか、虹彩状斑が残存する。

虹彩状斑

成因:サーモンパッチ吸収後、内境界膜直下にヘモジデリンとマクロファージが沈着する。

外観屈折性の光沢を持つ沈着物として観察される。

黒色サンバースト

成因:出血に反応した網膜色素上皮(RPE)の移動・増殖による。

外観:放射状に広がる黒色色素沈着斑。周辺網膜に好発する。

その他のNPSR所見:

  • 網膜血管様条紋脈絡膜循環閉塞に伴うブルッフ膜断裂によって生じる。
  • 中心窩陥凹:網膜色素上皮変性に伴う黄斑部の形態変化。

増殖性鎌状赤血球網膜症(PSR):Goldberg分類

Section titled “増殖性鎌状赤血球網膜症(PSR):Goldberg分類”

PSRはGoldbergにより以下の5ステージに分類される。

ステージ所見特記事項
I周辺部動脈閉塞最初期変化
II周辺部動静脈吻合既存毛細血管の拡張・ヘアピンループ
III新生血管・線維性増殖(シーファン)非灌流領域後方境界に発生
IV硝子体出血シーファン破綻による
V牽引性網膜剥離最重症期

ステージIIIの「シーファン(sea fan)」は、新生血管が自己梗塞(auto-infarction)を起こすと「白いシーファン」として観察される。PSRにおける新生血管は糖尿病網膜症と異なり、中心部ではなく周辺部から発生する。

  • コンマ状結膜血管:毛細血管遠位端に鎌状赤血球が蓄積することで形成される特徴的な所見。
Q コンマ状血管はどこで観察できるか?
A

眼球結膜(白目の表面)の毛細血管が鎌状赤血球の蓄積により特徴的なコンマ形を示す。細隙灯顕微鏡で観察でき、鎌状赤血球症の存在を示唆する所見である。

β鎖6番目のGAG→GTG変異により産生されるHbS(鎌状ヘモグロビン)は、低酸素状態で重合し赤血球を鎌状に変形させる。変形した赤血球は細小血管を通過できず、血管閉塞を起こす。

PSRの発生頻度はHbSCおよびHbSThal患者(それぞれ33%・14%)がHbSS患者(3%)を大きく上回る。全身合併症の重症度と眼合併症リスクが必ずしも相関しない点が重要である。

鎌状赤血球症の既往歴の確認が最初のステップである。眼球結膜のコンマ状血管は診断の手がかりとなる。

  • フルオレセイン蛍光眼底造影(FA):網膜・脈絡膜の血流評価。非灌流領域の同定と境界分類(Penmanの分類:タイプI〜IIb)に有用。タイプIIaの境界所見はPSRへの高い進行率と関連する。
  • スペクトラルドメインOCT(SD-OCT):網膜菲薄化の定量評価。ヘモグロビンサブタイプ間で菲薄化の程度に差があることが確認されている。
  • OCTアンギオグラフィ(OCTA):構造的損傷が明らかでない小児においても有意な変化を検出できる。

以下の12疾患との鑑別が必要である。鎌状赤血球症の既往歴は鑑別に有用だが、これらがSCR と同時に存在する場合もある。

  1. 糖尿病網膜症
  2. 網膜血管閉塞症
  3. タルク塞栓症
  4. 高血圧網膜症
  5. サルコイドーシス
  6. イールズ病(Eales disease)
  7. 感染症(デング熱など)
  8. 眼虚血症候群
  9. 未熟児網膜症
  10. 家族性滲出性硝子体網膜症(FEVR)
  11. 慢性骨髄性白血病
  12. 過粘稠度症候群
Q OCTAはスクリーニングに有用か?
A

OCTAは非侵襲的に網膜毛細血管を描出でき、FAでは検出困難な早期の網膜虚血変化も同定できる。構造的損傷が明らかでない小児でも有意な変化を示すことから、早期スクリーニングへの活用が期待される。

現時点でNPSRに対する特異的治療法はない。定期観察が基本であり、鎌状赤血球症患者には少なくとも年1回の完全な眼科検査が推奨される。

増殖性病変(PSR)のレーザー治療

Section titled “増殖性病変(PSR)のレーザー治療”

PSRステージIIIのシーファンに対する散布レーザー光凝固が標準治療である。シーファンの周囲に散布レーザーを行うのが現在の標準的な手技である。

レーザー治療成績を以下に示す。

評価項目治療群対照群
新たなシーファン発生率34.4%41.3%
硝子体出血による長期視力喪失1%6.7%

ただし、新生血管には自然退縮(自己梗塞)の可能性があるため、治療適応の判断は個別に行う。供給血管光凝固(feeder vessel photocoagulation)は現在では主に歴史的意義に留まる。

PSRの合併症(硝子体出血・牽引性網膜剥離のリスク)に対して、抗VEGF薬の硝子体内投与により新生血管の退縮が得られる場合がある。レーザー治療と組み合わせて用いられることもある。

ヒドロキシウレア

作用機序:胎児性ヘモグロビン(HbF)の産生を増加させ、HbSの割合を減少させる。

対象:小児における鎌状赤血球網膜症の予防効果が実証されている。

現状:広く使用されている全身薬物療法。

Casgevy(2023年承認)

技術:CRISPR-Cas9を用いて患者の造血幹細胞を編集し、HbF産生を増加させる。

承認:2023年12月FDA承認。

前処置:骨髄破壊的(マイエロアブレーション)治療が必要。

Lyfgenia(2023年承認)

技術:レンチウイルスベクターで造血幹細胞を修飾し、ヘモグロビンA様分子を産生させる。

承認:2023年12月FDA承認。

前処置:骨髄破壊的治療が必要。

手術療法(硝子体切除術:PPV)

Section titled “手術療法(硝子体切除術:PPV)”

手術適応:

  • 吸収されない硝子体出血
  • 手術を要する牽引性網膜剥離
  • 牽引性と裂孔原性が混在した網膜剥離

術中管理として、酸素投与・水分補給の最適化と眼圧の厳密なモニタリングが必要である。前眼部虚血リスクを減らすため、強膜バックル法の使用には注意を要する。術前に血液専門医との連携を検討すべきである。

Q 外傷性前房出血が起きたとき、アフリカ系の患者には何に注意すべきか?
A

アフリカ系アメリカ人の外傷性前房出血では鎌状赤血球ヘモグロビン異常症の検査が必要である。眼圧管理においてアセタゾラミドは禁忌であり、代わりにメタゾラミドを使用する。アセタゾラミドは全身性アシドーシスを誘発し赤血球の鎌状化を促進するため、重篤な合併症につながりうる。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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正常な赤血球は柔軟で円形〜楕円形であり、細小血管を容易に通過できる。SCD患者では局所的な低酸素状態により可溶性HbSが結晶性ヘモグロビンへと不可逆的に変換され、硬い鎌状赤血球が生じる。低酸素による血管内皮細胞の接着特性の変化が、血流低下と血管閉塞を招く。

眼の前眼部・後眼部の細小血管に鎌状赤血球がトラップされることで特徴的な損傷が生じる。

  1. 周辺網膜の微小血管閉塞(NPSRの始まり):表層血管からの出血(サーモンパッチ)として現れ、吸収後に虹彩状斑や黒色サンバーストを残す。
  2. 慢性虚血による血管新生促進(PSRへの進展):局所的な血管閉塞が持続すると慢性低酸素・虚血によりVEGFがアップレギュレーションされ、網膜新生血管(シーファン)が形成される。
  3. 新生血管からの出血・牽引(最終ステージ):シーファンの破綻が硝子体出血(Goldberg IV)を、線維血管増殖が牽引性網膜剥離(Goldberg V)を引き起こす。

PSRの新生血管が糖尿病網膜症と異なり周辺部から発生するのは、鎌状赤血球による閉塞が周辺毛細血管から起こるためである。


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”

2023年12月、鎌状赤血球症に対する2種類の遺伝子治療がFDAに承認された。いずれも骨髄破壊的前処置のもとで患者自身の造血幹細胞を採取・修飾・移植する方式である。

  • Casgevy(exagamglogene autotemcel):CRISPR-Cas9技術を用いて造血幹細胞のBCL11A遺伝子を編集し、胎児性ヘモグロビン(HbF)の産生を再活性化する。世界初のCRISPR遺伝子治療薬として承認された。

  • Lyfgenia(lovotibeglogene autotemcel):レンチウイルスベクターを用いてβT87Q-グロビン遺伝子を挿入し、ヘモグロビンA様分子(HbAT87Q)を産生させる。

これらの治療は鎌状赤血球症の根本的な解決を目指すものであり、長期的に視点で網膜症を含む眼合併症の予防につながることが期待される。ただし、前処置に必要な骨髄破壊的化学療法のリスク・高額な医療費・長期有効性のデータが限られている点など、課題も残る。

CRISPR技術を用いた胎児性ヘモグロビン増加戦略

Section titled “CRISPR技術を用いた胎児性ヘモグロビン増加戦略”

Casgevy以外にも、BCL11A増強因子の標的編集など複数のアプローチでHbF産生を高める研究が進んでいる。ヒドロキシウレアによる薬理学的HbF増加とCRISPRによる遺伝学的HbF増加を組み合わせた戦略も検討されている。

OCTAはFAより非侵襲的に毛細血管レベルの変化を捉えられる。構造的損傷のない小児においても有意な変化を検出できることから、早期介入の指標としての活用が研究されている。

Q CasgevyとLyfgeniaは通常の病院で受けられるか?
A

2023年にFDA承認されたが、両治療とも高度な設備と専門チームを要する。骨髄破壊的前処置が必須で、治療費も非常に高額である。現時点では専門的な血液疾患センターでのみ施行可能であり、一般的な眼科・病院で受けられる標準治療ではない。

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