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網膜・硝子体

後部硝子体剥離(PVD)

後部硝子体剥離(Posterior Vitreous Detachment; PVD)は、後部硝子体皮質(硝子体の最外層)が網膜内境界膜(ILM)から分離する変化である。加齢に伴う生理的現象として広く認識されており、眼科外来で最も頻繁に遭遇する主訴の一つ「飛蚊症」の最多原因でもある。

有病率は年齢とともに増加する。50〜59歳で24%、80〜90歳では87%に達する1)近視眼では剥離の発症が約10年早く、40歳代でも高頻度に観察される。

PVDが完成すると、硝子体が視神経乳頭部から剥離した際に生じるコラーゲンの輪状混濁(Weissリング)が飛蚊として自覚される。対側眼にも6か月〜2年以内にPVDが生じることが多く、初発眼に PVD が確認された際は対側眼の定期的な観察が重要である。

なお、全PVDの約20%は無症候性であり、偶発的に発見されることもある1)

Q 後部硝子体剥離は病気なのか?
A

基本的には加齢に伴う生理的変化であり、それ自体は病気ではない。しかし、PVDの発症に伴い網膜裂孔や網膜剥離といった重篤な合併症が生じる可能性があるため、適切なタイミングでの眼科的精査と経過観察が不可欠である。

PVD発症時に生じる主な自覚症状を以下に示す。

  • 飛蚊症:視野内に浮遊する虫・糸・点などの影。後部硝子体皮質とILMが分離する際に生じるコラーゲン凝集やWeissリングが原因となる1)
  • 光視症:暗所や眼球運動時に視野周辺部に生じる閃光感。硝子体がILMを牽引することで光刺激が生じる1)
  • 陰性視光症(negative dysphotopsia):白い光ではなく黒い閃光として知覚される症状。硝子体による視神経乳頭部・ILMへの牽引が軸索輸送を障害することで生じると考えられる4)。PVD完成前の古典的な光視症に先行して出現することがある4)

飛蚊症の数が多いほど合併症リスクが高まる。飛蚊症が10個以上ある場合、網膜裂孔リスクが最大となる1)。また、飛蚊症は通常3か月程度で自覚的に軽減する1)

飛蚊症

性状:虫・糸・点状の浮遊物が視野内を動く。

原因:硝子体コラーゲン凝集、Weissリング形成。

経過:3か月程度で自覚的に軽減することが多い。

光視症

性状:視野周辺部の白い閃光。暗所・眼球運動時に出やすい。

原因:硝子体がILMを牽引し網膜を光刺激。

重要性:新たな光視症は牽引増強・裂孔リスクのサイン。

陰性視光症

性状:黒い閃光(光視症とは異なる)。

原因:乳頭部硝子体牽引→軸索輸送障害。

特徴:古典的光視症に先行して出現することがある。

眼底所見として以下が確認される。

  • Weissリング:視神経乳頭前面に浮遊するコラーゲンの輪状混濁。PVD完成の指標となる。
  • 硝子体出血:網膜血管が硝子体牽引により断裂して生じる。硝子体出血を伴う場合、網膜裂孔の存在する確率は50〜70%に上昇する6)
  • 網膜裂孔:PVD症例の5.4〜8%に合併する6)。馬蹄型裂孔が最多であり、周辺部の格子状変性部位に好発する。

Ahsanuddinら(2023)は en face OCT を用いて、PVD眼の後硝子体皮質界面に活性化ヒアロサイト(hyalocyte)が34 foci/mm² 存在することを報告した(健常眼では2 foci/mm²)2)。ヒアロサイトはCD169、Iba-1、F4/80などのマクロファージ系マーカーを発現し、異常なPVDでは筋線維芽細胞への分化転換を起こすことが示された。

Q 硝子体出血が起きたらどうすればよいか?
A

硝子体出血は網膜裂孔が存在するサインである可能性が高い。硝子体出血合併例では裂孔リスクが50〜70%に達するため、速やかに眼科を受診し、間接検眼鏡や超音波Bスキャンによる精査を受ける必要がある。出血が吸収されれば眼底が確認できるが、それまでの間も安静を保つことが望ましい。

PVDの発症には、硝子体の「液化」と「後部硝子体皮質とILMの接着弱化」という二重機序が関与する1)

  • 液化(syneresis):硝子体はコラーゲンII型線維とヒアルロン酸(HA)で構成されるゲルであり、水分が98〜99%を占める1)。加齢とともにコラーゲン線維の凝集と再配列が進み、50歳では25%、80歳では62%が液化腔となる1)。液化腔の拡大により後部硝子体皮質がILMから剥離しやすくなる。
  • 接着弱化:後部硝子体皮質とILMの間の接着分子(フィブロネクチンなど)の変性が接着力を低下させる1)。液化と接着弱化の双方が揃ったときにPVDが発症する。
  • 加齢:最大のリスク要因。有病率は50〜59歳24%から80〜90歳87%へ急増する1)
  • 近視:軸長延長に伴う硝子体変性が加速し、発症が約10年早まる。
  • 閉経後女性:エストロゲン欠乏が硝子体コラーゲン変性を促進する1)
  • 白内障手術後:眼内環境の変化により硝子体液化が加速する。
  • 外傷・炎症:硝子体構造の急激な変化でPVDが誘発される。

PVDの診断には複数の検査を組み合わせる。特に裂孔の有無を確認するための精密眼底検査が最重要である。

  • 間接検眼鏡+強膜圧迫:周辺部眼底を直接観察する標準的検査。網膜裂孔・格子状変性・硝子体出血の有無を確認する。AAO PPPではPVD症例に間接検眼鏡と強膜圧迫の実施を推奨している6)
  • 光干渉断層計(OCT):後部硝子体皮質とILMの位置関係を非侵襲的に可視化する。Kakehashi分類(Stage 0〜4)によりPVDの段階を評価できる1)
  • 超音波Bスキャン:硝子体出血など眼底観察が困難な状況での網膜剥離・PVD評価に有用。
  • en face OCT:後硝子体皮質界面のヒアロサイト分布を面的に評価できる。PVD眼では活性化ヒアロサイトが34 foci/mm²と健常眼の17倍に増加する2)

PVDステージ分類(Kakehashi分類)

Section titled “PVDステージ分類(Kakehashi分類)”

OCT所見に基づくPVDの段階分類を示す。

Stage状態
Stage 0硝子体後面の分離なし
Stage 1黄斑部での部分的剥離
Stage 2乳頭を含む後極部の剥離
Stage 3硝子体基底部以外の完全剥離
Stage 4硝子体基底部も含む完全剥離

裂孔のない単純なPVDに対する治療は経過観察が基本である1)。飛蚊症は多くの場合3か月で自覚的に軽減し、患者の適応が進む。

AAO PPPに基づくフォローアップの目安を示す6)

受診タイミング状況
初回受診から2〜4週後裂孔なし・症状軽度の場合
さらに3か月後経過良好の場合
さらに6か月後症状継続する場合
症状悪化時はいつでも飛蚊症増加・光視症増強・硝子体出血出現

裂孔が確認された場合は、速やかな裂孔封鎖が必要となる。

  • レーザー網膜光凝固術:馬蹄型裂孔の周囲に2〜3列の凝固斑を作成し、裂孔を封鎖する。網膜冷凍凝固より優れるとされる1)。蓋付き円孔では慎重な評価のうえ実施を判断する。
  • 網膜冷凍凝固術:レーザーが困難な症例(周辺部裂孔など)で選択される。

症状が著しく生活の質(QOL)を障害する場合、硝子体手術が選択肢となる。硝子体手術は症候性飛蚊症の標準的な外科治療として確立されている1)

Q 飛蚊症は手術で治せるか?
A

症状が著しく生活の質を障害する場合、硝子体手術が有効である。硝子体手術は飛蚊症に対する標準的な外科治療として位置づけられており、Weissリングや硝子体混濁を除去できる1)。ただし手術には感染・網膜剥離などの合併症リスクが伴うため、適応は慎重に判断する必要がある。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

硝子体は眼球容積の約80%を占めるゲル状の透明組織であり、98〜99%が水分で構成される1)。残りの1〜2%はヒアルロン酸(HA)とコラーゲンII型線維が主体であり、これらが網目構造を形成してゲル状態を保つ。後部硝子体皮質はILMに接着しており、ILMとの間には線維接合タンパク(フィブロネクチンなど)による接着層が存在する。

正常なPVDは「液化が先行し、接着が均等に弱化する」過程で発生する。一方、異常PVD(vitreoretinal traction)では液化が進行しても接着弱化が不均等なため、硝子体がILMを局所的に強く牽引し続ける1)

  • Vitreoschisis(硝子体層間剥離):後部硝子体皮質が内外に層間分離し、外層がILMに残存する病態。硝子体網膜界面疾患(黄斑円孔・網膜前膜・VMT)の一因となる2)
  • ヒアロサイトの役割:後部硝子体皮質界面に存在する常在マクロファージ系細胞。異常PVDに伴い活性化し(34 foci/mm²)、筋線維芽細胞へ分化転換して牽引膜(網膜前膜)形成を主導する2)

Alsahafら(2025)は陰性視光症を呈した3症例を報告した4)。硝子体による乳頭部牽引がElschnig膜とILMを引張し、神経節細胞の軸索輸送を障害することで神経障害性暗点(negative dysphotopsia; ND)が生じると考察された。Case 1では6か月間のND後にPVD完成・網膜裂孔が判明しレーザー治療が施行され、Case 2では5か月間のND後に裂孔原性網膜剥離へ進展し硝子体手術が必要となった。


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”

硝子体網膜界面疾患とPVDの関連

Section titled “硝子体網膜界面疾患とPVDの関連”

PVD完成後にILMに残存した硝子体皮質成分や活性化ヒアロサイトは、網膜前膜(ERM)の形成基盤となる。網膜前膜の80〜95%はPVD後に発生すると報告されており7)、PVD経過観察中の黄斑部OCT評価は疾患の早期発見に貢献する。

ヒアロサイトのバイオマーカー応用

Section titled “ヒアロサイトのバイオマーカー応用”

en face OCTによるヒアロサイト定量評価は、硝子体網膜界面疾患(網膜前膜・VMT・黄斑円孔)のリスク予測に役立つ可能性がある。PVD眼では活性化ヒアロサイトが34 foci/mm²と健常眼の17倍に増加することが確認されており2)、ヒアロサイトマーカー(CD169、Iba-1、F4/80)は新たな治療標的として注目されている。

Matsuiら(2025)は、PVDのない眼に合併したStage 3 網膜前膜が自然剥離した53歳女性を報告した5)。網膜前膜の自然剥離率は通常1〜3%とされるが、PVDのない眼での自然剥離率は13.4%と高く、PVD既存眼での0.47〜1.5%を大きく上回る。OCT所見では網膜前膜の厚みが408μmから267μmへ減少した。PVDのない眼では網膜前膜とILMの接着部位でvitreoschisisが生じ、自然剥離のメカニズムに関与する可能性が考察された。

陰性視光症(黒い閃光)は古典的な光視症と区別されず、診断が遅れることがある4)。Alsahafら(2025)の3症例はいずれもPVD進行前に陰性視光症を経験しており、その後裂孔・裂孔原性網膜剥離へ進展した。陰性視光症を特定の訴えとして認識する臨床的重要性が指摘されている。

近視性黄斑円孔のPVDと自然閉鎖

Section titled “近視性黄斑円孔のPVDと自然閉鎖”

Chenら(2023)は、PVDのない近視性黄斑円孔が自然閉鎖した症例を報告した3)。近視性黄斑円孔の自然閉鎖率は6.2%(一部報告では3.5%)とされており、PVDのない症例では硝子体牽引が持続するにもかかわらず自然閉鎖が生じる機序の解明が今後の課題である。

薬理学的硝子体融解(pharmacologic vitreolysis)

Section titled “薬理学的硝子体融解(pharmacologic vitreolysis)”

オクリプラスミン(ocriplasmin)に代表される酵素製剤を硝子体腔内に注射して硝子体とILMの接着を薬理学的に切断する試みが進んでいる1)。硝子体牽引症候群(VMT)への適応が一部国で承認されているが、日本では標準治療として確立されていない。


  1. Ramovecchi P, Corazza G, Tognetto D. Posterior vitreous detachment: literature review and update of the pathogenesis. World J Exp Med. 2021;11(3):30-36.
  2. Ahsanuddin S, Rahimy E, Chai R, et al. En face optical coherence tomography imaging of hyalocytes in posterior vitreous detachment. Am J Ophthalmol Case Rep. 2023;30:101836.
  3. Chen FT. Spontaneous closure of a myopic macular hole without posterior vitreous detachment. Retinal Cases Brief Rep. 2023;17:554-556.
  4. Alsahaf M, Karimi A, Hamid MA, et al. Negative dysphotopsia preceding posterior vitreous detachment: a case series. Am J Ophthalmol Case Rep. 2025;39:102362.
  5. Matsui C, Nishida S, Takase H. Spontaneous peeling of epiretinal membrane without posterior vitreous detachment. Cureus. 2025;17(10):e95850.
  6. American Academy of Ophthalmology. Posterior Vitreous Detachment, Retinal Breaks, and Lattice Degeneration Preferred Practice Pattern. AAO; 2020.
  7. American Academy of Ophthalmology. Idiopathic Epiretinal Membrane and Vitreomacular Traction Preferred Practice Pattern. AAO; 2024.

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