劇症型
発症時期:注射後1〜3日以内
起炎菌:Streptococcus 属など強毒菌。
特徴:急速な眼内炎症。前房蓄膿・硝子体混濁が高度で視力予後が最も不良。

硝子体注射後眼内炎(Post-Injection Endophthalmitis; PIE)は、硝子体内注射(intravitreal injection; IVI)の合併症として生じる眼内感染症である。抗VEGF薬・ステロイド・その他薬剤の硝子体内投与後に起炎菌が眼内に侵入し、急性の眼内炎を引き起こす。
眼内注射は加齢黄斑変性(nAMD)・糖尿病網膜症・網膜静脈閉塞症などの管理に広く行われており、世界的に施行件数が増加している。発生率は報告によって0.028〜0.056%(注射1000件あたり0.28〜0.56件)とされ2)、全眼内炎に占めるPIEの割合は8.5%に達するとの報告がある1)。
眼内炎は発症様式と起炎菌の病原性によって以下の3型に大別される。
劇症型
発症時期:注射後1〜3日以内
起炎菌:Streptococcus 属など強毒菌。
特徴:急速な眼内炎症。前房蓄膿・硝子体混濁が高度で視力予後が最も不良。
急性型
発症時期:注射後2〜7日以内
起炎菌:コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(S. epidermidis 等)が多数。
特徴:最も頻度が高い病型。早期介入で視力予後が改善する。
偽眼内炎
発症時期:注射翌日〜数日以内
起炎菌:なし(非感染性)
特徴:トリアムシノロン等の結晶が前房内に移動して白色混濁を形成。眼痛を伴わない点が鑑別の鍵。
注射1回あたりの発生率は一定であり、注射回数に比例して累積リスクは高まる。MARINA試験では1回あたりのリスクは0.05%であったが、VIEW試験では累積1年リスクが1.0%未満とされている6)。
PIEは注射後数日以内に急速に発症することが多く、以下の症状が特徴的である。
細隙灯顕微鏡所見と眼底所見を組み合わせて評価する。
培養陽性率は約94%と高く2)、起炎菌の同定が治療方針の決定に貢献する。
偽眼内炎はトリアムシノロン等の結晶が前房内に移動した状態で、眼痛がなく視力低下も軽微なことが多い3)。感染性眼内炎は眼痛・急激な視力低下・硝子体混濁を伴う。鑑別が困難な場合は感染性として対応するのが安全である。
眼内注射後眼内炎の起炎菌の分布を以下に示す。
| 起炎菌 | 頻度の目安 |
|---|---|
| S. epidermidis(CoNS) | 約59% |
| その他グラム陽性菌 | 30%前後 |
| グラム陰性菌(M. morganii 等) | まれ |
Staphylococcus epidermidis(コアグラーゼ陰性ブドウ球菌)が最多で約59%を占める2)。Enterococcus faecalisとMorganella morganiiの同時感染例は世界初の症例として報告されており、多剤耐性菌の関与が示されている1)。
PIEの主な感染源は患者自身の結膜常在菌・口腔内飛沫とされる。
PIEは臨床所見から迅速に診断し、即座に治療を開始することが原則である。検査結果を待って治療を遅らせてはならない。
診断に用いる主な検査法を以下に示す。
| 検査 | 目的 | 特記事項 |
|---|---|---|
| 細隙灯顕微鏡 | hypopyon・フレア確認 | 必須・第一選択 |
| B超音波検査 | 硝子体混濁・網膜剥離確認 | 眼底不透見時に必須 |
| 前房・硝子体穿刺 | 起炎菌同定 | 治療前に検体採取 |
硝子体内抗菌薬注射の直前に、以下の検体を採取する。
採取した検体は培養・グラム染色・薬剤感受性試験に供する。
PIEの第一選択治療は、広域スペクトルをカバーする抗菌薬2剤の硝子体内注射である。
抗菌薬の標準的な用量・用法を以下に示す。
| 薬剤 | 投与量 | 対象菌 |
|---|---|---|
| Vancomycin | 1 mg/0.1 mL | グラム陽性菌 |
| Ceftazidime | 2〜2.25 mg/0.1 mL | グラム陰性菌 |
Vancomycin 1 mg+ceftazidime 2〜2.25 mgの硝子体内投与が標準的な治療とされる1)。検体採取後に速やかに投与する。培養結果が判明した後は起炎菌に応じた抗菌薬に変更する。
初回注射後48〜72時間以内に臨床的改善が得られない場合は、硝子体切除術(PPV)を検討する。
Kvopkaら(2023)は、vancomycin 1 mg+ceftazidime 2.25 mgの硝子体内注射を2回施行しても前房蓄膿が増大した症例に硝子体切除術を施行し、12週後のBCVAが6/90(0.12)であったと報告した1)。起炎菌はM. morganiiとE. faecalisの同時感染であった。
IRIS Registryを用いた大規模研究(1044例)では、early 硝子体切除術とinjection onlyの比較で最終視力に有意差がなかったことが示されている5)。この結果は、段階的なアプローチ(まず硝子体内注射、改善なければPPV)の妥当性を支持する。
PIE発症後の抗VEGF注射の頻度は低下し、注射間隔が有意に延長することが報告されている(発症前1.09回/月→発症後0.52回/月、p=.001)2)。PIE後に注射を再開しない症例も12%に達した2)。再開までの期間は平均44±30日であった2)。
硝子体切除術後に発症した眼内炎の発生率は0.05%未満と低い7)。
PIE発症後も多くの症例で注射を再開している。平均再開まで44±30日を要したとの報告があり2)、完全に中断した例は12%であった。原疾患の活動性を評価しながら、適切な時機に再開を検討する。
PIEは眼内注射の際に外界の微生物が眼内に侵入することで発症する「外因性眼内炎」である。感染経路として最も重要なのは以下の2つである。
Morganella morganiiは多剤耐性を示す腸内細菌科グラム陰性桿菌であり、眼内感染への関与は世界でも稀な事例として報告されている1)。
偽眼内炎は感染性ではなく、注射された薬剤(主にトリアムシノロンアセトニド)の結晶粒子が前房内に移動することで生じる3)。血液網膜関門(BRB)の既存の破綻(新生血管に伴う血管透過性亢進など)がある場合、薬剤粒子が後房から前房へ移動しやすいと考えられている3)。Bevacizumab投与後の眼内炎報告率は約0.066%、トリアムシノロン後は0.10〜0.87%とされる3)。
PIE後にnAMDの滲出性変化が一時的に安定化・軽減するという現象が一部の症例で観察されている2)。炎症後の線維化・増殖抑制反応がnAMDの新生血管活動性に影響を及ぼす可能性が推察されているが、機序は未解明である2)。
米国のIRIS Registry(Intelligent Research in Sight)を用いた1044例の後方視的研究(2025年)では、early 硝子体切除術群と初期injection only群の最終視力に有意差がないことが示された5)。この結果は、すべてのPIE症例に対して一律に硝子体切除術を行う必要はなく、硝子体内注射への反応性を見ながら段階的に対応する現行アプローチを支持するものとして注目されている。
Binzczykら(2023)は17眼のPIE後に抗VEGF注射頻度が有意に低下し(1.09→0.52 IVI/月、p=.001)、一部の症例ではnAMDの活動性が安定化したことを報告した2)。PIE後の局所炎症がnAMDの病態に与える影響については、さらなる前向き研究が必要とされる。
Kvopkaら(2023)はMorganella morganiiとEnterococcus faecalisの同時感染によるPIEの世界初症例を報告した1)。本症例は多剤耐性グラム陰性菌の眼内感染における治療困難性を示しており、培養・薬剤感受性試験の重要性を改めて示す知見となっている。
注射針の刺入角度を変化させ、針路が直線的にならないよう角度をつけることで逆流・感染リスクを低下させる「tunneled technique」が提唱されている4)。標準的な手技との比較研究はまだ少なく、臨床での普及には更なるエビデンスの蓄積が必要とされる。
局所抗菌薬の予防的点眼がPIEを減少させるというエビデンスは現時点で不十分とされている4)。予防の中心はポビドンヨードによる結膜嚢消毒であり、抗菌薬点眼の常用化は耐性菌出現のリスクをもたらす可能性もある。