SF6(六フッ化硫黄)
注入量:0.5〜0.6 mL(100%濃度)
膨張倍率:約2倍(24時間後)
眼内滞留期間:約2週間
特徴:持続期間が短く、術後の行動制限期間が短い。裂孔が比較的小さく上方に限局する症例に適する。

気体網膜復位術(Pneumatic Retinopexy; PR)は、眼内に膨張性ガスを注入して網膜裂孔を閉鎖し、裂孔原性網膜剥離(RRD)を治癒させる手技である。1986年にHiltonとGriersonによって報告され、外来処置として施行可能な低侵襲術式として普及した。
ガスの浮力(界面張力)が裂孔部の網膜を脈絡膜側へ押しつけ、網膜下液を自然吸収させる。その後、冷凍凝固または網膜光凝固によって裂孔周囲に恒久的な瘢痕を形成し、再剥離を防止する。
成功すれば手術室での手術に比べて不快感が少なく、屈折変化・複視を回避でき、回復も早い。一方で初回復位率は硝子体手術より低く、失敗した際には強膜バックル術または硝子体手術が必要になる点に留意する。
外来処置として施行可能であり、通常は入院不要である。ただし術後数日間は経過観察が推奨されるため、施設によって対応が異なる。
PRの対象となる裂孔原性網膜剥離では、以下の症状が先行することが多い。
細隙灯顕微鏡(倒像検眼鏡・前置レンズ)による散瞳検査が基本である。
散瞳検査で前部硝子体腔に茶褐色の色素細胞が浮遊して見える所見である。網膜色素上皮が裂孔から遊離した色素顆粒に由来し、網膜裂孔・網膜剥離の存在を高率に示唆する。
PRが奏効するかどうかは症例選択にほぼ規定される。適応・禁忌の正確な把握が重要である。
PRの施行前評価は、裂孔の位置・数の正確な把握と除外診断を目的とする。
以下に各術式の主な適応と特徴を示す。
| 術式 | 主な適応 | 特徴 |
|---|---|---|
| 気体網膜復位術 | 上方裂孔・低PVR | 外来施行・低侵襲 |
| 強膜バックル術 | 若年・萎縮円孔 | 水晶体温存 |
| 硝子体切除術 | 複雑な剥離・高PVR | 広範囲対応可能 |
PRで使用するガスは以下の2種類が主体である。膨張倍率と持続期間が異なるため、裂孔の位置・大きさ・術後管理計画に応じて選択する。
SF6(六フッ化硫黄)
注入量:0.5〜0.6 mL(100%濃度)
膨張倍率:約2倍(24時間後)
眼内滞留期間:約2週間
特徴:持続期間が短く、術後の行動制限期間が短い。裂孔が比較的小さく上方に限局する症例に適する。
C3F8(八フッ化プロパン)
注入量:0.3 mL(100%濃度)
膨張倍率:約4倍(72時間後)
眼内滞留期間:約8週間
特徴:長期間のタンポナーデ効果が得られる。膨張が大きいため眼圧管理に注意を要する。
術後翌日に裂孔閉鎖とガス位置を確認する。網膜下ガス迷入(フィッシュエッグ現象)が生じた場合は、頭位変換や綿棒での軽打(タッピング)によって小気泡を合体させる操作を行う。
Wang JCら(2022)は、C3F8 0.5 mL注入後に網膜下ガス迷入を生じた57歳男性の1例を報告した1)。頭位変換による管理を行い、6週後に最終視力20/20-2を達成した。フィッシュエッグ予防策(ゆっくりとしたガス注入・綿棒タッピング・24時間の頭位保持)の重要性を強調している1)。
主な合併症を以下に示す。
| 合併症 | 概要 |
|---|---|
| 網膜下ガス迷入 | 大きな裂孔や急速注入で生じやすい1) |
| 新裂孔形成 | ガスによるPVD進行が引き金となる |
| 中心網膜動脈閉塞 | 過度の眼圧上昇または気圧変化時に生じる |
| 白内障進行 | ガスと水晶体接触により促進される |
| 眼内感染 | 針刺入時の不十分な消毒で起こりうる |
PRと硝子体手術(PPV)を比較した無作為化比較試験(PIVOT試験)の結果を示す。
| 評価項目 | PR群 | PPV群 |
|---|---|---|
| 初回復位率 | 80.8% | 93.2% |
| 最終復位率 | 98.7% | 98.6% |
| 術後視力(6ヶ月) | 78.4±12.3文字 | 68.5±17.8文字 |
| 白内障手術(12ヶ月) | 16% | 65%(有水晶体眼) |
最終復位率はほぼ同等であり、術後視力・変視症の少なさはPR群が優位であった。初回復位率の差は、PR失敗後に硝子体手術を施行することで最終的に補完される。
裂孔の位置に応じて異なるが、一般に5〜8日間、裂孔部位がガス気泡の最上部に位置するよう頭位を保持する必要がある。就寝中も含めて維持することが求められる。
眼内に注入されたガス気泡は硝子体腔内で浮力を生じ、接触した網膜を脈絡膜側へ押し当てる。この界面張力効果により、裂孔が機械的に閉鎖される。ガスが裂孔を閉鎖している間に網膜下液が脈絡膜毛細血管層のポンプ機能によって吸収される。
SF6・C3F8などのパーフルオロカーボンガスは体内で代謝されない不活性ガスである。注入後、血液中の窒素・酸素・二酸化炭素が気泡内へ拡散移行することでガス気泡が膨張する。SF6は約2倍、C3F8は約4倍に膨張した後、徐々に吸収される。
冷凍凝固または光凝固によって裂孔周囲の網膜色素上皮・網膜に炎症反応が誘起される。5〜7日で脈絡網膜癒着(瘢痕)が完成し、これが再剥離を防止する恒久的なバリアとなる。凝固斑の瘢痕化が完成するまでは体位保持が不可欠であり、その期間が5〜8日間の頭位管理の根拠となる。
ガスにより硝子体が挙上されてPVDが進行する。特に下方網膜に異常硝子体網膜癒着がある場合、牽引が増強して新たな裂孔を形成する。これがPR失敗の主要原因の一つである。術前の全周網膜精査による異常硝子体癒着部の同定が重要となる。
網膜剥離修復後にドルーゼンが消失する現象が報告されており、その機序解明が加齢黄斑変性研究との接点として注目されている。
Ahmed Iら(2025)は、RRD修復後にドルーゼンが消失した83歳女性の1例を報告した2)。Margolisらは、同様の現象が気体冷凍凝固術(pneumatic cryopexy)後にも観察されると記している。機序として網膜下液の溶解および局所炎症応答の関与が示唆されている2)。
C3F8またはSF6ガスの気体注入により、硝子体黄斑牽引(VMT)や黄斑円孔(MH)を非手術的に解除する手技であり、研究が進んでいる。
RCOphth iFTMH Guidelineでは、pneumatic vitreolysisによる黄斑円孔閉鎖率は47.8%と報告されており、使用ガスはSF6およびC3F8が比較検討されている。黄斑円孔の新規発生率は5.3%と記されている3)。
AAO ERM/硝子体黄斑牽引 PPP(2019)が引用するDRCR無作為化比較試験では、C3F8による硝子体黄斑牽引解除率が78%対9%(偽手術群)であった4)。ただし安全性上の懸念から試験は早期中止となっている4)。
この手技は硝子体黄斑牽引および黄斑円孔に対する低侵襲な治療オプションとして研究が続いているが、現時点では適応が限定的であり標準治療には至っていない。
Pneumatic vitreolysisと呼ばれる研究段階の手技で、ガス注入による硝子体黄斑牽引解除・黄斑円孔閉鎖が報告されている。閉鎖率は約47.8%との報告があるが3)、標準治療ではなく、適応は限定的である。詳細は「最新の研究と今後の展望」の項を参照。