この疾患の要点
眼ハエ幼虫症(ophthalmomyiasis)はハエの幼虫が眼に寄生する稀な疾患である。
最も一般的な原因種はヒツジバエ(Oestrus ovis )で、全症例の約72%を占める。
外眼型(externa)は眼表面への寄生であり、内眼型(interna)は幼虫が眼球内に侵入した状態である。
農村部の畜産従事者に多いが、都市部でも動物接触歴のない患者で発生する。
外眼型は幼虫の機械的除去で速やかに治癒する。
内眼型では早期の硝子体 切除術が視力 予後に直結する。
地球温暖化によりハエの生息域が拡大し、従来非流行地域でも発生が増加している。
眼ハエ幼虫症(ophthalmomyiasis)は、ハエの幼虫(ウジ)が眼組織に寄生することで発症する疾患である。ハエ幼虫症(myiasis)の一つであり、全myiasis症例の5%未満を占める2) 。過去1世紀で報告された眼ハエ幼虫症は300例に満たない1) 。1900年にKeytにより初の症例報告がなされた2) 。
寄生部位により以下のように分類される。
外眼型(ophthalmomyiasis externa) :結膜 ・角膜 ・眼瞼など眼外部構造への寄生。最も頻度が高い。
内眼型(ophthalmomyiasis interna) :幼虫が眼球内に侵入した状態。前房 に寄生する前部型と、硝子体・網膜 下腔に寄生する後部型に細分される1) 。
眼窩 型(orbital myiasis) :最も重篤で、幼虫が眼窩組織や視神経 に浸潤する1) 。
2000年から2022年に報告された外眼型312例の系統的レビューによれば、男女比は2:1、平均年齢は32.1歳であった2) 。最も一般的な原因種は Oestrus ovis (ヒツジバエ)で全症例の72.1%を占め、次いで Dermatobia hominis (ヒトヒフバエ)が5.4%であった2) 。国別ではインド(19.9%)、ヨルダン(16.0%)、トルコ(14.4%)、イラン(8.7%)の順に報告が多い2) 。
主な原因種と頻度を以下に示す。
原因種 頻度 分布域 Oestrus ovis 72.1% 地中海沿岸・アジア Dermatobia hominis 5.4% 中南米 Lucilia sericata 0.96% 世界各地 Chrysomya bezziana 0.96% 東南アジア・インド
Q 日本で眼ハエ幼虫症になることはあるのか?
A 日本からの報告は Boettcherisca peregrina による1例のみである2) 。きわめて稀だが、地球温暖化によるハエの生息域拡大に伴い、今後の発生に注意が必要とされる。
外眼型と内眼型で症状は大きく異なる。
外眼型
異物感 :最も多い症状。43.6%がハエが眼に飛び込む感覚を報告する2) 。
充血・発赤 :結膜充血と眼瞼発赤を伴う。
流涙・眼脂 :粘液性〜膿性の分泌物を伴うことがある。
掻痒感 :特に O. ovis で顕著。
灼熱感・羞明 :炎症の進行とともに増強する。
内眼型
光視症 :網膜上を幼虫が移動することで生じる。
飛蚊症 :硝子体内の幼虫や炎症細胞による。
視力低下 :急速に進行しうる。最も重篤な症状。
眼痛 :ぶどう膜炎 を伴う場合に生じる。
外眼型の所見:
幼虫の直接視認 :細隙灯顕微鏡下で体長1〜2mmの半透明な幼虫を認める。O. ovis 幼虫は負の走光性を示し、光から逃れて円蓋部に潜り込むため見逃しやすい2) 。平均幼虫数は7.2匹(1〜30匹)である2) 。
結膜充血・浮腫 :顕著な結膜浮腫(chemosis)と充血を呈する5) 。
点状角膜炎・角膜びらん :幼虫の口鉤と体棘による角膜上皮 障害を認める2) 。フルオレセイン染色 で線状のびらんパターンを呈することがある5) 。
眼瞼腫脹 :D. hominis では瘻孔を伴う眼瞼浮腫が特徴的である2) 。
眼瞼縁への蛹付着 :Musca domestica による両側眼瞼型の報告では、眼瞼縁の睫毛に67個の蛹が付着していた4) 。
重度角膜破壊 :Calliphoridae幼虫のタンパク分解酵素と口鉤による機械的損傷で、角膜実質 の広範な菲薄化・壊死を生じた報告がある1) 。
内眼型の所見:
網膜走行痕(subretinal tracks) :幼虫が網膜下腔を移動することで網膜色素上皮 に白い蛇行する走行痕が残る6) 。
硝子体内幼虫 :細隙灯顕微鏡や超音波検査で4〜8mmの灰白色レンズ状の運動性幼虫を確認できる6) 。
後部水晶体嚢 混濁(PCO) :3症例すべてで認められ、白内障 手術の適応となった6) 。
網膜下・前網膜滲出物と出血 :黄斑部 の浮腫・微小出血を伴う6) 。
網膜剥離 :最重症例では裂孔原性網膜剥離 を合併する6) 。
O. ovis (ヒツジバエ)は義務的寄生虫であり、雌は体内で孵化させた第1齢幼虫をヒツジ・ヤギの鼻腔に産み付ける。ヒトは偶発的宿主であり、幼虫はヒト体内では成熟に至ることができない1) 5) 。一方、Calliphoridae(クロバエ科)は通常は壊死組織や創傷を利用する随意的寄生であり、生体組織を本来は好まない1) 。
眼ハエ幼虫症のリスク要因は以下の通りである。
農業・畜産従事 :ヒツジ・ヤギとの密接な接触が最大のリスク。ただし全症例の38.4%に過ぎない2) 。
動物接触歴なし :33%の症例でリスク因子が同定されていない2) 。都市部の教師・事務職・学生でも発生する2) 。
不衛生・ホームレス :ゴミ集積所付近で意識障害の状態で発見された患者での両眼感染の報告がある1) 3) 。
外傷・創傷 :開放創がハエを誘引する。
高齢・全身状態不良 :免疫不全、糖尿病、アルコール依存、精神疾患1) 。
流行地域への渡航 :報告例の約10%が旅行者である2) 。
堆肥の使用 :家畜糞堆肥にO. ovis蛹が含まれ、スポーツ場や庭で使用すると感染源となる2) 。
小児 :自分で結膜嚢を清掃しない傾向があり内眼型のリスクが高い。また小児の強膜 は成人より薄く、幼虫が侵入しやすい可能性がある6) 。
温暖化 :O. ovis の至適産卵温度は25〜28℃であり、12℃以下または38℃以上では活動が低下する5) 。気温上昇により従来非流行地域での症例が増加している2) 。
予防・日常のケア
家畜(特にヒツジ・ヤギ)の周辺ではサングラスや保護眼鏡を着用しましょう。
ゴミ集積所や不衛生な環境の近くでは虫除けスプレーを使用しましょう。
家畜糞堆肥を庭やスポーツ場で使用する際は注意が必要です。
流行地域への旅行後に眼の異物感・充血が生じた場合は早めに眼科を受診してください。
意識障害のある入院患者では、眼・鼻・耳への幼虫侵入を防ぐため定期的な確認が重要です。
Q 動物に触れなくても感染するか?
A 報告された症例の33%はリスク因子が同定されていない2) 。都市部での発生例も増加しており、農業従事者でなくとも感染する可能性がある。ハエとの偶発的な接触で生じうるため、流行地域への渡航歴や生活環境の聴取が重要である。
眼ハエ幼虫症の診断は高い疑い指数を必要とする。外眼型の症状はウイルス性・細菌性結膜炎 と類似し、見逃されやすい2) 。
細隙灯顕微鏡検査 :診断の基本。O. ovis 幼虫は負の走光性を示すため、円蓋部に潜り込んで見落とされることがある。上眼瞼の翻転を含む入念な観察が必要である2) 。
皮膚鏡(ダーマトスコープ) :遠隔地・僻地での携帯型診断ツールとして有用である2) 。
幼虫の形態学的同定 :70%アルコールに保存し、口鉤・頭咽頭骨格・後部気門の構造を顕微鏡下で観察する2) 5) 。
DNA解析 :ミトコンドリアゲノムやCOIバーコード領域の解析により正確な種同定が可能である。形態では同定困難な近縁種の鑑別に有用で、単一症例から2種(Lucilia coeruleiviridis と Phormia regina )が同定された報告がある3) 。
散瞳 下眼底検査 :網膜走行痕や運動性幼虫を直接観察できる。
超音波検査 :硝子体内の浮遊する幼虫を描出する6) 。
光干渉断層計 (OCT) :網膜下トンネルを示唆する低反射領域を認める。
外眼型では急性結膜炎 (ウイルス性・細菌性・アレルギー性)、角膜異物 、眼瞼蜂窩織炎との鑑別が必要である2) 5) 。内眼型では脈絡網膜炎、ドライアイ 症候群(初期に誤診された報告あり6) )、びまん性片眼性亜急性視神経網膜炎 (DUSN )との鑑別を要する。
診断法 外眼型 内眼型 細隙灯顕微鏡 幼虫の直接視認 前房内幼虫 眼底検査 不要(通常) 走行痕・幼虫 超音波検査 不要(通常) 硝子体内幼虫
治療の原則は幼虫の速やかな機械的除去と二次感染の予防である。
麻酔薬点眼による幼虫の不動化 :プロパラカイン0.5%などの局所麻酔薬を点眼し、幼虫の運動性を低下させて除去を容易にする2) 。
機械的除去 :鑷子(ピンセット)や綿棒で幼虫を除去する1) 2) 5) 。幼虫は口鉤や体棘で結膜・角膜に強固に付着しており、除去が困難な場合がある1) 。
窒息法 :鉱物油やワセリンで幼虫が潜伏している部位を覆い、窒息させてから除去する方法もある1) 。
眼洗浄 :除去後に生理食塩水で十分に洗浄する5) 。
抗菌薬の局所投与 :二次感染予防のため、クロラムフェニコール軟膏やエリスロマイシン軟膏を投与する3) 5) 。抗菌薬軟膏の頻回塗布は残存幼虫の窒息効果も期待できる3) 。
イベルメクチン経口投与 :200μg/kgの単回投与が限られた症例で有効であった1) 。しかし外眼型での一般的な使用は確立されていない。
フォローアップ :24〜48時間後に残存幼虫の有無を確認する再診が推奨される2) 。
O. ovis による外眼型の治療法として、機械的除去+局所抗菌薬が52.8%、機械的除去+局所抗菌薬+局所ステロイド が41.3%で採用されている2) 。
光凝固術
適応 :網膜上または網膜下に幼虫が視認できる場合。
方法 :アルゴンレーザーを幼虫の頭部に照射する。出力350〜400mW、照射時間0.1〜0.2秒、スポット径200μm6) 。
限界 :幼虫が死滅しても残骸が眼内に残り、免疫原性物質による炎症が持続する可能性がある6) 。
硝子体切除術
適応 :硝子体内に幼虫が存在する場合の第一選択。
方法 :25ゲージ硝子体切除術(PPV )により幼虫を鑷子で把持・摘出する6) 。
利点 :炎症の即時改善、視覚媒体の透明性回復、迅速な視力改善が期待できる6) 。
内眼型では術前にデキサメタゾン0.1%の局所投与とプレドニゾロン全身投与(1mg/kg/日・7日間)で好酸球性炎症反応を抑制する6) 。術後はレボフロキサシン0.5%点眼を2週間投与し二次細菌感染を予防する6) 。
Orazbekovら(2022)は内眼型3症例に対し硝子体切除術を施行した6) 。幼虫の在眼期間が1ヶ月の症例では術後視力が20/32に回復したのに対し、5ヶ月の症例では20/400にとどまった。早期診断・早期手術が視力予後に直結することが示された。
治療における注意点
外眼型で幼虫が完全に除去されない場合、内眼型への進展リスクがある。フォローアップを怠らないこと。
内眼型では幼虫の死滅後にも免疫原性物質による重篤な炎症反応が生じうるため、ステロイドによる炎症管理が不可欠である。
光凝固術 では死滅した幼虫が眼内に残存し、毒性物質の持続的曝露を招く可能性がある。可能であれば硝子体切除術による完全除去が望ましい。
Q 外眼型は完全に治るのか?
A 外眼型は幼虫の機械的除去により完治する。312例のレビューでは報告例のすべてが治癒した2) 。ただし幼虫が円蓋部に残存すると再発しうるため、24〜48時間後のフォローアップが推奨される2) 。
眼ハエ幼虫症は、原因となるハエの生態に応じて義務的寄生と随意的寄生に分けられる1) 2) 。
義務的寄生 :O. ovis 、D. hominis など。幼虫の発育に生体組織が必須。O. ovis の雌は体内で卵を孵化させ、通常はヒツジ・ヤギの鼻腔に第1齢幼虫を産み付ける。卵から成虫までのライフサイクルは1〜9ヶ月を要する1) 。
随意的寄生 :Calliphoridae(クロバエ科)など。通常は壊死組織や創傷に産卵するが、開放創や不衛生な環境下で眼組織にも寄生しうる1) 。
O. ovis 第1齢幼虫は結膜面に着地し、口鉤と体棘を用いて結膜・角膜上皮に付着する2) 。幼虫は結膜嚢内を活発に移動し、機械的な組織損傷と炎症反応を引き起こす。Calliphoridae幼虫は分泌するタンパク分解酵素と口鉤による機械的粉砕の双方で組織を破壊する1) 。
O. ovis 幼虫はヒト体内では成熟に至らず、通常10日以内に死滅する2) 。そのため外眼型は自然消退しうるが、稀に宿主の免疫状態によっては侵入性の経過をとることがある。
幼虫が強膜を貫通して眼球内に侵入する機序は完全には解明されていない。幼虫の口鉤が貫通の道具と考えられている6) 。侵入後、幼虫は網膜下腔を移動し、網膜色素上皮(RPE)に特徴的な白い走行痕を残す。その後硝子体腔に進入することがある。
幼虫が網膜下腔や硝子体内で死滅すると、免疫原性物質が好酸球を介した組織炎症反応を惹起する6) 。これがぶどう膜炎、網膜浮腫、網膜剥離の原因となる。幼虫の在眼期間が長いほど組織損傷は不可逆的となり、視力予後が不良となる6) 。
Orazbekovらは内眼型3症例で摘出された幼虫を同定した6) 。Stomoxys calcitrans (サシバエ)、Oestrus ovis 、Musca sorbens (メマトイバエ)の3種が同定され、いずれも口鉤で組織に付着し棘で移動する形態的特徴を有していた。小児の強膜が成人より薄いことが幼虫の眼球内侵入を容易にする一因と推察されている。
Q 幼虫はなぜ眼球内に侵入するのか?
A 口鉤を用いて強膜を貫通すると考えられている6) 。小児では強膜が薄く筋線維芽細胞の密度も低いため、幼虫が侵入しやすい可能性がある6) 。内眼型の3症例はいずれも4〜15歳の小児であった。
従来、眼ハエ幼虫症は地中海沿岸・中東・南アジアなどの温暖な地域に集中していた。しかし近年、ドイツ、フランス、中国など従来非流行とされていた地域で自国感染例が報告されている2) 。
Martinez-Rojanoら(2023)は、312例のレビューにおいて、地球温暖化が O. ovis の生息域を拡大させていることを指摘した2) 。ブルゴーニュ(フランス)では1961年から2011年にかけて世界平均を上回る気温上昇が確認され、Oestrus 属の定着が報告された。今後の気候変動に伴い、眼ハエ幼虫症の疫学的サーベイランスの必要性が強調されている。
Parkerら(2024)は、1症例から Lucilia coeruleiviridis と Phormia regina の2種のCalliphoridae幼虫を同定した初の報告を行った3) 。ミトコンドリアゲノム全長の解析により、COIバーコード領域のみでは判別できない近縁種の同定に成功した。原因種の正確な同定は内眼型への進展リスク評価や疫学研究に有用である。
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Orazbekov L, Kanafyanova E, Ruslanuly K. Outcomes of pars plana vitrectomy in three cases of ophthalmomyiasis interna. Am J Ophthalmol Case Rep. 2022;28:101697.
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