境界レーザー
適応:最も近い裂孔から1乳頭径以上離れ、赤道部後方2乳頭径以内にとどまる潜在性網膜剥離。
方法:剥離周囲に2〜3列の癒合するレーザー斑を照射し、網膜下液の拡大を防止する障壁を形成する。
利点:低侵襲で安価な外来処置。硝子体液化が進んでいない若年者に適する。

裂孔原性網膜剥離は、網膜の全層欠損(裂孔)を通じて液化硝子体が網膜下に流入し、神経網膜が網膜色素上皮(RPE)から分離した状態である4)。中年以降に多く発症する。
黄斑は耳側血管弓の内側にある直径約5.5mmの円形領域で、中心に視力を司る中心窩(fovea)を含む。黄斑非剥離型(macula-on)裂孔原性網膜剥離とは、網膜下液が黄斑に到達しておらず、中心視力が保たれている状態を指す。
黄斑の下に網膜下液が流入すると、手術で復位しても視細胞障害が残存する。黄斑の状態は最終的な視力予後を決定する最も重要な因子であり、手術時期を検討する際の鍵となる。黄斑非剥離型では術後2ヶ月時点で73%の症例が0.5(20/40)以上の視力を得ている。
裂孔原性網膜剥離の早期診断は極めて重要である。黄斑に剥離が及ぶ前に修復すれば、復位成功率が高く視力予後も良好である4)。合併症のない裂孔原性網膜剥離の95%以上が手術で復位可能であるが、複数回の手術を要する場合もある4)。
黄斑非剥離型では術後73%が矯正視力0.5以上を達成する。黄斑剥離型では網膜復位後の視力が0.5以下にとどまる症例が約半数を占める。このため黄斑が剥離する前の早期手術が極めて重要である。
裂孔原性網膜剥離に共通する自覚症状は以下の通りである。
黄斑非剥離型では中心視力は通常正常である。ただし白内障や硝子体出血を合併している場合は視力低下を訴えることがある。
前部硝子体に浮遊するtobacco dust様色素(Shafer’s sign)は裂孔発症を示唆する重要な所見であり、網膜色素上皮細胞に由来する。
散瞳下の倒像鏡検査と強膜圧迫が診断の基本である。評価すべき所見は以下の通りである。
光干渉断層計(OCT)は、臨床的に目立たない中心窩下の網膜下液を検出するのに有用である。眼底が透見できない場合はBモード超音波検査を施行する。
裂孔原性網膜剥離の発生には、網膜裂孔と液化硝子体の2つの要因が必要である。後部硝子体剥離(PVD)が最も一般的な契機となる。
後部硝子体剥離は一般に45〜65歳で発生し、外傷や近視では早期に生じる4)。急性後部硝子体剥離症状で受診した患者の5.4〜8%に網膜裂孔が認められる4)。硝子体出血を伴う患者の2/3に裂孔が発見され、その約88%は上方象限に生じる4)。
黄斑非剥離型が黄斑剥離へ移行するリスクが高い要因は以下の通りである。
格子状変性は全人口の5〜10%にみられるが、そこから網膜剥離に至るのはわずか0.3〜0.5%である。円孔や裂孔を伴わない格子状変性に対する予防手術の必要性は低い。ただし対眼に裂孔原性網膜剥離既往がある場合などは注意深い経過観察が必要である。
裂孔原性網膜剥離の診断は散瞳下の詳細な眼底検査が基本である。後部硝子体剥離や裂孔原性網膜剥離の症状がある患者は、双眼倒像鏡と補助的手技に精通した眼科医が可及的速やかに診察すべきである4)。
以下の項目を聴取する4)。
黄斑非剥離型裂孔原性網膜剥離の治療目標は、網膜下液の黄斑への進展を防ぎつつ網膜を復位させることである。上方胞状剥離では可能な限り早期に手術を施行する。
手術までの間に黄斑剥離への移行を防ぐため、以下の処置を行う。
境界レーザー
適応:最も近い裂孔から1乳頭径以上離れ、赤道部後方2乳頭径以内にとどまる潜在性網膜剥離。
方法:剥離周囲に2〜3列の癒合するレーザー斑を照射し、網膜下液の拡大を防止する障壁を形成する。
利点:低侵襲で安価な外来処置。硝子体液化が進んでいない若年者に適する。
ニューマチック・レチノペキシ
適応:上方8時間以内(8時〜4時)の裂孔、1時計時間以内の単一または複数裂孔。
方法:硝子体腔内にガス(SF₆やC₃F₈)を注入し、体位保持で裂孔を閉塞する。
注意:黄斑近傍の胞状剥離ではスチームローラー法(伏臥位でガスを黄斑を越えて転がす)で医原性黄斑剥離を防止する。
強膜バックリング
適応:若年者の格子状変性に伴う円孔・鋸状縁断裂による剥離。有水晶体眼に適する。
方法:眼外から強膜に隆起を作り裂孔を閉鎖する。網膜下液の外抜きやガス注入を併用する。
成績:macula-on症例では硝子体手術より有意に良好な視力予後が報告されている4)。
硝子体手術
適応:複数裂孔、PVR合併例、硝子体出血を伴う症例など。
方法:硝子体切除、網膜下液の排出、眼内レーザー、ガスまたはシリコーンオイルによるタンポナーデ。
注意:バルブ付きカニューレの使用、低吸引・高カットレートの設定で黄斑への剥離進展を防止する。
強膜バックリング術と硝子体手術の最終的な復位率と視力に有意差はないとするメタアナリシスが報告されている4)。一方で、macula-on症例に限れば強膜バックリング術が硝子体手術より有意に良好な視力予後をもたらすとの大規模後方視的コホート研究がある4)。
Al-Salehら(2025)は外傷性macula-sparing 裂孔原性網膜剥離の1例にニューマチック・レチノペキシ(SF₆ガス)を施行し、24時間以内に網膜復位を達成したと報告した1)。術後10日目に新たな裂孔が出現したが、追加レーザーで対処可能であった。1ヶ月後の最終視力は20/40であった。
PIVOT試験(ニューマチック・レチノペキシ vs 硝子体手術のランダム化比較試験)では、ニューマチック・レチノペキシは一次性裂孔原性網膜剥離の修復において硝子体手術に対し非劣性であることが示された1)。さらにOCTサブ解析では、ニューマチック・レチノペキシ群で視細胞層の温存がより良好であった1)。
硝子体手術時に黄斑非剥離を維持するための注意点は以下の通りである。
術式は裂孔の位置・数・PVRの有無・患者年齢などにより選択する。macula-on症例では強膜バックリング術の視力予後が良好との報告がある4)。ニューマチック・レチノペキシは上方裂孔に適し、低侵襲で視細胞温存に優れる可能性がある1)。
裂孔原性網膜剥離の発生には網膜裂孔の形成と液化硝子体の網膜下流入が必要である。
加齢に伴い硝子体はゲルの液化と線維の凝集を生じ、硝子体後面が網膜から分離する(後部硝子体剥離; PVD)。硝子体が網膜と強固に癒着している部位(硝子体基底部後縁、格子状変性辺縁、網膜血管周囲)では、後部硝子体剥離の進行時に牽引力が集中し網膜裂孔が形成される。
馬蹄形裂孔の場合、裂孔周辺側の弁が硝子体基底部後縁の皮質に接着しているため裂孔が開放し、液化硝子体が網膜下に流入して剥離が発生・進行する。
網膜下液の移動は以下の力で規定される。
若年者では硝子体液化が軽度なため扁平な剥離となり、進行も緩徐である。
網膜が色素上皮から分離すると、視細胞外節への栄養供給が途絶え、時間経過とともに視細胞のアポトーシスおよびネクローシスが進行する。黄斑の視細胞密度は最も高いため、黄斑への剥離到達は視力予後に決定的な影響を及ぼす。
PVRは裂孔原性網膜剥離の重篤な合併症であり、網膜復位を妨げる最大の原因である。剥離した網膜に創傷治癒反応として線維性細胞増殖が生じ、膜形成と収縮により網膜が牽引・固定される。
ニューマチック・レチノペキシは従来、単純な上方裂孔による一次性裂孔原性網膜剥離に限定されていたが、近年は適応拡大の報告が増加している。
Al-Salehら(2025)は外傷性の大きな上方裂孔(2時〜4時)を伴うmacula-sparing 裂孔原性網膜剥離に対し、ニューマチック・レチノペキシのみで良好な復位を達成した1)。PIVOT試験およびそのOCTサブ解析の結果と合わせ、適切な症例選択のもとで外傷性裂孔原性網膜剥離への応用可能性が示唆されている。
Deanら(2023)は、macula-on 裂孔原性網膜剥離に対する硝子体手術+強膜バックリング術後にHLA-B27陽性と関連した遷延性炎症を呈した症例を報告した2)。術後2〜3週間で悪化する炎症、角膜後面沈着物、硝子体混濁がみられ、ステロイド増量と非ステロイド性抗炎症薬の全身投与で改善した。術後に遷延する予期せぬ炎症に対し、感染症との鑑別にHLA-B27検査が有用である可能性がある。
Au Eongら(2024)は、30年間持続した特発性黄斑円孔と急性macula-on 裂孔原性網膜剥離の併存例に対し、硝子体手術+内境界膜剥離+C₃F₈タンポナーデを施行し、網膜復位と黄斑円孔の解剖学的閉鎖を達成した3)。術後3年で円孔閉鎖は維持されたが、長期間の円孔による視細胞障害のため視力改善は得られなかった(6/45のまま)。