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網膜・硝子体

内境界膜ジストロフィ

内境界膜ジストロフィ(Internal Limiting Membrane Dystrophy; ILMD)は、網膜の最内層である**内境界膜(ILM)**の層間剥離と嚢胞状空隙を特徴とする、稀な遺伝性網膜ジストロフィである。家族性ミュラー細胞光沢ジストロフィ(Müller Cell Sheen Dystrophy; MCSD)とも呼ばれる。

1991年にDalma-Weiszhauszらによって初めて報告された。初報告では4世代45人中15人が罹患しており、常染色体優性遺伝が強く示唆された。一方で不完全浸透のミトコンドリア遺伝の可能性も完全には排除されておらず、孤発例も多数報告されている。

発症率は明確には把握されていないが、きわめて稀な疾患とされる。遺伝子変異の詳細はいまだ解明されておらず、ミュラー細胞が産生するILM基底板の構造タンパク質をコードする遺伝子の変異が仮説として挙げられている。

Q ILMDはどのような遺伝形式をとるか?
A

常染色体優性遺伝が示唆されているが、不完全浸透のミトコンドリア遺伝の可能性も否定できない。孤発例も多数報告されており、遺伝形式は一定していない。原因遺伝子はいまだ同定されていない。

ILMDは長期間にわたり無症状で経過することが多い。

  • 無症状(初期〜中期):大部分の患者は若年〜中年期に自覚症状を欠く。
  • 視力低下:主に50〜80代で生じる。最年少の発症報告は18歳。眼内手術・中心性漿液性脈絡網膜症(CSCR)・加齢に伴う硝子体変化による牽引が誘因となりうる。

ILMDの所見は両眼性・対称性であることが特徴である。

  • 後極部の網膜内層光沢:glistening inner retinal sheenと呼ばれる広範囲の光沢が後極部に認められる。光沢は網膜血管のレベルより表層に位置し、金属光沢様の外観を呈する。
  • 網膜皺(retinal folds):眼底全体に細かい皺状の変化を認めることがある。
  • 両側対称性:片側性を呈する硝子体網膜牽引や黄斑上膜ERM)との鑑別点となる(「診断と検査方法」の項参照)。
Q 視力低下はいつ頃から始まるか?
A

大部分の患者は若年期から中年期にかけて無症状である。視力低下が生じるのは主に50〜80代であり、報告された最年少は18歳である。眼内手術や硝子体の加齢変化による牽引が誘因となることがある。

ILMDの主な原因はミュラー細胞の一次的欠陥と考えられている。

  • ミュラー細胞欠陥:網膜グリア細胞であるミュラー細胞が異常なILM基底板線維を産生する。その結果、ILMの外層に正常とは異なる染色性の低い異常層が形成され、層間剥離腔が生じる。
  • 遺伝的背景:常染色体優性遺伝が示唆される。ILM基底板構造タンパク質をコードする遺伝子変異が仮説として提唱されているが、責任遺伝子は同定されていない。
  • 一次的硝子体欠陥説:硝子体側の異常がILMの形成不全を招くとの仮説も存在するが、十分なエビデンスはない。

発症を促進する後天的リスク要因として以下が知られている。

  • 眼内手術:手術侵襲による硝子体牽引の変化
  • 中心性漿液性脈絡網膜症:漿液性剥離の合併
  • 加齢に伴う硝子体変化後部硝子体剥離に伴う牽引の変化

ILMDの診断は、特徴的な眼底所見と補助検査の組み合わせによって行われる。

  • 光干渉断層計(OCT):網膜内層に分離腔(retinoschisis様変化)を認める。初期には内層に限局するが、後期には外顆粒層まで及ぶことがある。ILMと網膜内層の間の剥離腔が特徴的である。
  • 網膜電図(ERG):錐体・桿体混合網膜電図でb波の選択的減衰が生じ、negative 網膜電図パターンを示す。b波はミュラー細胞のグルタミン酸応答を主に反映するため、ミュラー細胞欠陥の直接的な反映と解釈される。
  • 蛍光眼底造影(FA):初期には異常を認めないことが多い。後期には過蛍光や血管漏出が生じうる。
  • 補償光学(AO)眼底カメラ:離心率2度・4度においても錐体細胞数およびパッキング密度は正常範囲内であることが報告されている。外層光受容体の構造は比較的保たれていることを示唆する。

ILMDと鑑別すべき主な疾患を以下に示す。

FSMD

窓状光沢黄斑ジストロフィ:黄斑部に限局した赤い窓状光沢構造を呈する。bull’s eye様変化を伴う。ILMDのような広範囲の後極部光沢とは分布が異なる。

XLRS

X連鎖網膜分離症:X染色体連鎖遺伝で男性に発症。分離腔がより広範で車輪様パターンを示すことが多い。REGS1変異が原因遺伝子として同定されている。

牽引性病変・黄斑上膜

硝子体網膜牽引・黄斑上膜:通常は片側性・局所性であり、両側対称性のILMDとは鑑別可能。牽引の原因除去で改善する場合がある。

その他の鑑別疾患として、変性網膜分離症(retinoschisis)やアルポート症候群に伴う網膜分離が挙げられる。アルポート症候群では蝸牛・腎障害を合併し、全身所見が鑑別に有用である。

Q 網膜分離症(retinoschisis)とはどう違うか?
A

X連鎖網膜分離症(XLRS)はX染色体連鎖遺伝で男性に発症し、REGS1変異が原因として同定されている。ILMDは常染色体優性遺伝が示唆され、男女ともに罹患する。網膜電図のnegative 網膜電図パターン・ミュラー細胞機能障害という点では類似するが、遺伝形式・分布・組織所見が異なる。

ILMDに対して決定的な治療法は確立されていない。大部分の患者は50〜80代まで無症状で経過するため、治療は必要に応じて行われる。

定期的な経過観察と患者教育(誘因となりうる眼内手術の際の注意喚起を含む)が基本方針である。

以下の表に、これまで試みられた主な治療法と効果をまとめる。

治療法効果
NSAIDs(局所・全身)無効
アセタゾラミド(経口)一時的改善の可能性あり。個人差大
ステロイド無効
レーザー光凝固無効
硝子体手術(ILM剥離併用)1例で改善の報告あり
  • 経口アセタゾラミド:一部の症例で一時的な改善が報告されているが、効果に個人差が大きく、長期的有効性は不確かである。
  • 硝子体手術(ILM剥離を伴う):Rennerらによる1例の改善報告がある。ただし適応は限定的であり、手術リスクと慎重に比較検討する必要がある。
Q 有効な治療法はあるか?
A

現時点で確立された治療法はない。NSAIDs・ステロイド・レーザー光凝固は無効とされる。経口アセタゾラミドで一時的改善が得られた報告や、ILM剥離を伴う硝子体手術で1例改善した報告があるが、いずれも限られた事例であり、標準治療には至っていない。定期的な経過観察が基本方針である。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

ILMDの病態はミュラー細胞の一次的機能不全に起因すると考えられている。

正常なILMはPAS(過ヨウ素酸シッフ)染色陽性で、厚さ0.5〜2.0μmの薄い膜状構造である。中心窩で最も厚くなる。構造上は2層に分けられる。

  • 外層(内側):ミュラー細胞の基底膜由来。ラミニン・コラーゲンIVなどの基底板成分からなる。
  • 内層(硝子体側):硝子体線維とムコ多糖類が混在する。

正常ILM

厚さ:0.5〜2.0μm(中心窩で最厚)

構造:PAS陽性の均一な2層構成

ミュラー細胞基底膜:正常な線維配列と密度

ILMD のILM

厚さ:異常基底板の過剰産生により著増

構造:外層に染色性の低い異常層が出現

層間剥離腔:マイクロフィラメントと細胞残骸を含む多嚢胞状の腔が形成される

ミュラー細胞が異常なILM基底板線維を産生すると、ILMの外層(ミュラー細胞基底膜の内側)に層間剥離腔が生じる。この腔はマイクロフィラメントと細胞残骸を含み、多嚢胞状に拡大する。

嚢胞が外顆粒層(光受容体の核層)に達すると漿液性剥離が生じ、黄斑浮腫・視力低下へと進行する。後極部に認められる特有の光沢(macular sheen)は、ILMの屈折率変化により透明性が低下し、光の屈折が増強されることで生じると考えられている。

網膜電図のnegative 網膜電図パターンとの関係

Section titled “網膜電図のnegative 網膜電図パターンとの関係”

網膜電図のb波はミュラー細胞の脱分極反応を主に反映する。ILMDではミュラー細胞の一次的欠陥によりb波が選択的に減衰し、a波振幅に比してb波振幅が低下するnegative 網膜電図パターンを呈する。同様の機序はX連鎖網膜分離症(XLRS)でも認められ、両疾患におけるミュラー細胞機能障害の共通性を示している。

進行例では網膜血管に二次的変化が生じることがある。基底膜の多層化・内皮細胞腫脹・周細胞変性が報告されており、糖尿病網膜症に類似した血管変化を呈する場合がある。これらは一次的なミュラー細胞欠陥に続発する変化と解釈されている。蛍光眼底造影での後期過蛍光・血管漏出は、この二次的血管変化を反映すると考えられている。

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