脈絡網膜皺襞
後極部の皺襞:放射状または同心円状に配列する。低眼圧黄斑症の最も特徴的な所見である。
視力障害との関連:皺襞の方向・密度・黄斑中心との距離が視力予後に影響する。

低眼圧黄斑症(Hypotony Maculopathy)は、低眼圧(眼圧6.5 mmHg未満、すなわち平均より3 SD以上低い状態)に起因して、後極部に脈絡網膜皺襞・視神経乳頭浮腫・網膜血管蛇行を呈する病態である。一般的には眼圧5 mmHg以下で発症率が上昇する。
1954年にDellaportaが低眼圧に伴う眼底変化を初報告し、1972年にGassが「Hypotony Maculopathy」という概念を提唱した。
疫学的には、緑内障濾過手術後の発生率は1.3〜18%と施設間で幅があり、緑内障診療ガイドライン(第5版)では0.9〜5%とされる2)。
本疾患は発症機序から以下のように分類される。
緑内障濾過手術後の発生率は1.3〜18%と幅があり、ガイドラインでは0.9〜5%とされる2)。若年者・近視・代謝拮抗薬(MMC)使用がリスクを高める。詳細はリスク因子の項(「原因とリスク要因」参照)を参照。
後極部を中心に複数の眼底所見が組み合わさって出現する。
脈絡網膜皺襞
後極部の皺襞:放射状または同心円状に配列する。低眼圧黄斑症の最も特徴的な所見である。
視力障害との関連:皺襞の方向・密度・黄斑中心との距離が視力予後に影響する。
血管蛇行
網膜動脈の蛇行:眼球壁の虚脱により網膜血管が余剰となり蛇行する。
網膜静脈の拡張蛇行:静脈系の変化はより顕著に現れることがある。
視神経乳頭変化
乳頭浮腫:急性期に出現する。篩状板の前方隆起による軸索輸送障害が関与する。
乳頭血管の蛇行:慢性期には乳頭周囲の血管蛇行が残存することがある。
前眼部所見
浅前房:房水漏出や毛様体解離を示す所見である。
屈折の遠視化:眼軸短縮により遠視化が生じる。脈絡膜剥離を伴う場合もある。
Maheshwariら(2022)は70歳男性の原発開放隅角緑内障症例を報告した1)。白内障・緑内障同時手術後に重度の低眼圧と360度脈絡膜剥離が生じ、低眼圧黄斑症を発症した。経結膜的強膜弁縫合により脈絡膜剥離は消退し、眼圧・視力ともに改善した。
低眼圧の原因別分類を以下に示す。
| 分類 | 主な原因 | 機序 |
|---|---|---|
| 術後性 | 過剰濾過・濾過胞漏出・創口漏出 | 房水流出増加 |
| 外傷性 | 毛様体解離(最多)・強膜穿孔 | 房水流出増加 |
| 炎症性 | ぶどう膜炎・毛様体炎 | 房水産生低下 |
代謝拮抗薬(マイトマイシンC: マイトマイシンC、5-フルオウラシル: 5-FU)の使用は強膜弁周囲からの房水漏出を増加させ、術後低眼圧黄斑症のリスクを高める2)。
主なリスク因子は以下の通りである。
若年者は強膜弁の瘢痕形成が弱く、術後に過剰濾過が持続しやすい2)。近視者、特に強度近視では強膜が薄く脆弱なため、同じ低眼圧でも脈絡網膜皺襞が形成されやすい2)。これらの要因が重なるとリスクはさらに高まる。
各検査法とその主な役割を以下に示す。
| 検査法 | 主な役割 |
|---|---|
| OCT | 微細な皺襞の検出・定量化 |
| UBM | 毛様体解離範囲の評価 |
| FA/ICG | 皺襞の詳細・FA陰性例の検出 |
各検査の詳細は以下の通りである。
脈絡網膜皺襞をきたす疾患の鑑別には「THIN RPE」ニーモニックが有用である。
OCTは眼底検査で正常に見える軽微な脈絡網膜皺襞も検出できる点で有用性が高い。特に、眼圧低下後の経過観察で皺襞の改善を客観的に追跡できる。ただし、原因検索にはUBMや超音波検査の追加が必要な場合もある。
THIN RPEニーモニックが示すように、腫瘍・炎症・乳頭浮腫・眼窩内占拠病変など多くの疾患で脈絡網膜皺襞が生じうる。低眼圧の存在・緑内障手術の既往・外傷歴などを考慮したうえで鑑別を進める必要がある。
治療は保存的治療・レーザー治療・外科的治療の順に段階的に行う。
保存的治療
圧迫眼帯:物理的に眼球を圧迫し一時的な眼圧上昇を図る2)。
アトロピン点眼:毛様体を弛緩させ房水産生を促進する2)。
自己血注入:濾過胞内に自己血を注入して過剰濾過を抑制する2)。急激な眼圧上昇に注意が必要。
レーザー治療
毛様体解離部のレーザー光凝固:毛様体解離が原因の場合に適応となる。
照射条件:スポット径100〜200 μm、照射時間0.2〜0.5秒、出力200 mW以上が目安とされる。
外科的治療
経結膜的強膜弁縫合:低侵襲かつ有効な方法として報告されている1) 2)。
観血的強膜弁再縫合:より確実な閉鎖を必要とする場合に選択する2)。
毛様体縫着術・硝子体手術:難治例や網膜剥離合併例に行う。
保存的治療の具体的な方法は以下の通りである。
外科的治療として、Maheshwariら(2022)は経結膜的強膜弁縫合の新手技を報告した1)。結膜を切開せず経結膜的に強膜弁を縫合することで低侵襲に処置が可能であり、脈絡膜剥離の消退と視力改善が得られた。
眼圧4 mmHg以下が長期間続くと、網膜内・強膜・脈絡膜内の線維化が進行し不可逆的な視力障害に至る可能性がある。2か月以内の眼圧回復が重要な目安とされる。眼圧が4 mmHgより高い場合は半年程度でも回復が見込めることがある。
低眼圧黄斑症の発症には、房水動態の異常と眼球壁の機械的変形が密接に関与する。
低眼圧の機序は大きく2つに分かれる。
代謝拮抗薬(MMC・5-FU)を使用した濾過手術では、強膜弁周囲の瘢痕化が抑制され房水漏出が増加する2)。
眼圧が低下すると強膜が虚脱し、外被の面積に対して脈絡膜・網膜に余剰が生じる。この余剰が脈絡網膜皺襞の形成をもたらす。
過度の強膜収縮が低眼圧黄斑症発症の主要因とされており、脈絡膜の肥厚よりも重要な役割を担う2)。眼軸短縮は屈折の遠視化を引き起こす。
眼圧低下により篩状板が前方に隆起し、神経線維への圧迫が軸索輸送を障害する。これが急性期の乳頭浮腫の原因となる。
Gassは、脈絡網膜皺襞に起因するRPE(網膜色素上皮)・視細胞の機械的ひずみが視力低下の原因であるという仮説を提唱した。長期間の皺襞持続は網膜内線維化・強膜/脈絡膜内の線維化をもたらし、永久的な視機能障害につながる。
従来の強膜弁再縫合には結膜切開を伴う観血的手術が必要であったが、Maheshwariら(2022)は結膜を切開せず経結膜的に縫合する低侵襲手技を報告した1)。
70歳男性の緑内障症例において、combined surgery後に重度低眼圧(1 mmHg)と360度脈絡膜剥離が生じた。経結膜的強膜弁縫合を施行したところ、脈絡膜剥離は消退し、眼圧・視力ともに改善した1)。本手技は侵襲が少なく外来でも施行可能な有望な方法として紹介されている。
難治性の低眼圧黄斑症に対し、硝子体手術と内境界膜(ILM)剥離を組み合わせた方法や、パーフルオロカーボン液(PFCL)を用いて脈絡網膜皺襞を平坦化する方法が報告されている。いずれも症例報告レベルであり、標準治療としての位置づけは確立していない。