血管攣縮期
全般的細動脈狭窄:動静脈径比(AVR)が正常2:3から減少する1)3)。
局所性細動脈狭窄:口径不同として観察される1)3)。
血管攣縮:若年者や二次性高血圧で顕著。適切な降圧により改善可能な段階である。

高血圧網膜症(Hypertensive Retinopathy)は、全身性動脈高血圧により網膜微小血管と網膜神経線維層が障害される疾患である。高血圧はSBP≧140 mmHgおよび/またはDBP≧90 mmHgと定義される1)。2017年のACC/AHA基準では血圧高値(120〜129/<80 mmHg)、Stage 1(130〜139/80〜89 mmHg)、Stage 2(≧140/≧90 mmHg)に細分類される。
世界の高血圧患者数は14億人を超え、年間1000万人以上が高血圧関連疾患で死亡する1)。2025年には15億人を超えると予測されている1)。高血圧網膜症は非糖尿病人口の40歳以上の6〜15%に検出され1)3)、高血圧患者全体では30.6〜51%に認められる3)9)。米国成人の約50%が高血圧を有するとされ7)、眼底変化の有病率は高い。
病態には2つのプロセスが関与する。急性の血管攣縮性変化は若年者や二次性高血圧で顕著であり、適切な降圧により可逆的に改善する。慢性の動脈硬化性変化は中高年の長期高血圧例に主体を成し、不可逆的である。
本疾患は19世紀末にMarcus Gunnが初めて記載した。1930年代にはKeith-Wagener-Barker(KWB)分類が確立され、現在も広く用いられている1)。高血圧網膜症は眼科所見にとどまらず、心血管疾患・脳卒中の独立したリスク指標としても重要である。
二次性高血圧の原因疾患が眼底変化の契機となる例も報告されている。褐色細胞腫では悪性高血圧と網膜症が初発症状となりうる5)。IgA腎症ではPurtscher様網膜症を合併することがある8)。Goodpasture症候群4)や結核6)も二次性高血圧を介して網膜症を呈した症例が報告されている。
高血圧は眼の複数の組織に影響を及ぼす。網膜では血管攣縮・出血・白斑・乳頭浮腫などの高血圧網膜症が生じる。脈絡膜ではElschnig斑やSiegrist線条を伴う高血圧脈絡膜症が起こる。また視神経では乳頭浮腫から視神経萎縮に至ることがある。長期的には網膜静脈閉塞症や緑内障のリスク増加も知られている。
慢性高血圧による動脈硬化性変化自体は多くの場合、自覚症状を伴わない。以下の状況では症状が現れる。
高血圧網膜症の眼底所見は病期に応じた特徴的な変化を呈する。血管攣縮期・硬化期・滲出期の3段階が順次進行する。
血管攣縮期
全般的細動脈狭窄:動静脈径比(AVR)が正常2:3から減少する1)3)。
局所性細動脈狭窄:口径不同として観察される1)3)。
血管攣縮:若年者や二次性高血圧で顕著。適切な降圧により改善可能な段階である。
硬化期
血柱反射亢進:動脈の光反射帯が幅広くなり銅線動脈・銀線動脈へ進行する1)3)。
動静脈交叉現象(AV nicking):動静脈交叉部で静脈が圧排・狭窄される1)3)。現在および過去の血圧持続の指標となる1)。
硬化性変化:内膜肥厚・中膜増殖・硝子様変性による不可逆的変化である。
滲出期
出血:火炎状出血・点状出血・斑状出血1)3)。
白斑:硬性白斑(リポ蛋白沈着)・軟性白斑(神経線維層梗塞)1)3)。
乳頭浮腫:悪性高血圧で出現する重篤な所見1)。Elschnig斑を伴うことがある2)。
Elschnig斑は脈絡膜細動脈のフィブリノイド壊死により網膜色素上皮(RPE)が障害されて生じる黄白色病変である2)7)。OCTAでは脈絡毛細血管板層に低信号スポットとして観察される2)。
OCTAでは浅層・深層毛細血管叢のtapering pattern(血管が末梢に向かって細くなるパターン)の破綻とFAZ(中心窩無血管帯)拡大が認められる2)。表層血管叢(SVP)の血管密度低下も特徴的所見である1)。
SD-OCTでは網膜肥厚・網膜下液(SRF)・網膜内高反射沈着物が検出される2)5)。
悪性高血圧では2+以上の硝子体細胞が観察される例も報告されている7)。眼内炎・ぶどう膜炎との鑑別が必要となる場合がある。
代表的分類としてKWB分類(I〜IV群)があり、I群:軽度細動脈狭窄・硬化、II群:著明狭窄・AV nicking、III群:出血・白斑・網膜浮腫、IV群:乳頭浮腫と定義される。Scheie分類は高血圧性変化(H1〜4)と動脈硬化性変化(S1〜4)を独立評価する。Wong-Mitchell分類(2004年)はなし・軽度・中等度・重度の4段階であり現代的な疫学研究で用いられる。OCTに基づく新分類として①軽度〜中等度、②SRFなし悪性、③SRFあり悪性の3型も提唱されている1)。
高血圧網膜症の発症には高血圧の存在自体が必須条件であり、以下の因子が高血圧を介して網膜症リスクを高める。
網膜血管径に関連するSNPsが同定されており、中心網膜静脈径(CRVE)には8 SNPs、中心網膜動脈径(CRAE)には2 SNPsが関与する1)。
細動脈狭窄は高血圧の結果であるだけでなく、原因にもなりうる。10,229人を対象としたメタ解析では、網膜細動脈狭窄が最大10年後の高血圧発症リスクと関連することが示された1)。
12,603人を対象としたメタ解析では、降圧薬の服薬非アドヒアランス率が45.1%と高いことが報告されている1)。アドヒアランス不良は長期的な眼底病変の進行に直結する。
眼底検査が診断の基本である。直接検眼鏡は観察者間変動が大きいため、散瞳下での細隙灯眼底検査や眼底カメラが推奨される1)。
KWB分類は高血圧網膜症の古典的な重症度分類である。
| KWB群 | 主な所見 | 臨床的意義 |
|---|---|---|
| I群 | 軽度細動脈狭窄・光反射亢進 | 軽度高血圧 |
| II群 | 著明狭窄・AV nicking | 持続性高血圧 |
| III群 | 出血・白斑・網膜浮腫 | 重症高血圧 |
| IV群 | III群+乳頭浮腫 | 悪性高血圧 |
Scheie分類では高血圧性変化(H1〜H4)と動脈硬化性変化(S1〜S4)を独立して評価することで、血圧の急性影響と慢性硬化変化を区別できる。
| Scheie区分 | 評価対象 | 主な所見 |
|---|---|---|
| H(高血圧性)1〜4 | 血管攣縮 | 局所狭窄→びまん性狭窄→出血白斑→乳頭浮腫 |
| S(硬化性)1〜4 | 動脈硬化 | 光反射亢進→銅線動脈→銀線動脈→硝子様変性 |
糖尿病網膜症(両側性の軟性白斑・硬性白斑・新生血管)、放射線網膜症、貧血網膜症、眼虚血症候群、網膜静脈閉塞症との鑑別が必要である。IgA腎症ではPurtscher様網膜症との重複が報告されている8)。
OCTAは造影剤を使わず網膜・脈絡膜の血管層を層別に可視化できる。高血圧網膜症では浅層・深層毛細血管叢の血管密度とFAZ面積を定量的に評価でき、従来の蛍光眼底造影より虚血領域やElschnig斑(脈絡毛細血管板層の低信号スポット)を詳細に検出できる1)2)。侵襲がなく経時的な反復評価にも適している。
高血圧網膜症の治療の根本は全身血圧の管理である。悪性高血圧の緊急降圧では、最初の1時間で平均動脈圧(MAP)を10〜15%低下させ、24時間以内にベースラインの25%以内に収めることが推奨される。急激な降圧は網膜・脳・腎臓への虚血を招くため禁忌である。目標は2〜3か月でSBP<130 mmHg、DBP<80 mmHg達成とされる。
イルベサルタン+アテノロール+アムロジピンの三剤併用を10か月継続したところ、KWB IV群からI群への4段階改善が報告されている1)。
二次性高血圧に対する特異的治療も重要である。褐色細胞腫ではラベタロール持続静注(0.25 mg/kg/h)による緊急降圧後、腹腔鏡下副腎摘出術を施行した症例で最高矯正視力 20/20の完全回復が得られた5)。
血圧コントロールにより出血や軟性白斑は3か月程度で消失しうる4)。一方、動静脈交叉現象や動脈狭窄は不可逆的に残存することが多い。
Khojastehら(2021)は中心窩の網膜内貯留出血に対して、23Gマイクロインシジョン硝子体手術(MIVS)+41G針による直接出血排液+内境界膜(ILM)フラップ法を施行し、最高矯正視力 20/400から20/50への改善を報告した9)。
病期によって改善の可否が異なる。血管攣縮期の変化(細動脈狭窄・出血・軟性白斑)は適切な降圧により数週〜3か月で改善しうる4)。一方、慢性高血圧による動脈硬化性変化(銅線・銀線動脈、動静脈交叉現象)は基本的に不可逆的であり、降圧後も残存する。詳細は「病態生理学・詳細な発症機序」の項を参照。
高血圧網膜症は、血管内腔圧の上昇に対する網膜血管の段階的な応答として理解される。
血管腔内圧の上昇により自己調節機構が働き、細動脈が攣縮する1)3)。MABP(平均動脈血圧)が10 mmHg上昇するごとに網膜細動脈径が約3 μm減少する1)。この段階の変化は可逆的である。
持続的な高血圧は内膜肥厚・中膜平滑筋の増殖・硝子様変性を引き起こす1)3)。これが血柱反射の亢進(銅線動脈→銀線動脈)と動静脈交叉現象として眼底に反映される。硬化した動脈は周囲の静脈を圧排し、静脈血栓症のリスクを高める。
血液網膜関門(BRB)の破綻により血漿成分が網膜に漏出し、出血・硬性白斑・軟性白斑が生じる1)3)。フィブリノイド壊死は最重症の変化であり3)、脈絡膜細動脈のフィブリノイド壊死は脈絡毛細血管板の分節的梗塞を引き起こしElschnig斑を形成する2)。
網膜血管はBRBの存在・交感神経支配の欠如・血流自己調節機能という特徴を持つ3)。これらの特性が全身と局所の血圧変化への応答を規定する。
根本的な予防は血圧の正常範囲内での管理である。家庭血圧の定期測定、減塩・適度な運動・禁煙・節酒などの生活習慣改善が有効である。処方された降圧薬を継続服用することも重要であり、メタ解析で非アドヒアランス率が45.1%と高いことが課題となっている1)。定期的な眼底検査により無症状の段階で病変を検出し、早期介入することで不可逆的変化への進行を予防できる。
適応光学(AO)とOCT/OCTAの融合により、生体での網膜細動脈の壁腔比(WLR)測定が可能になった1)。微小血管密度の定量化は高血圧網膜症の早期診断マーカーとして研究が進んでいる2)。OCTAはFAより虚血領域やElschnig斑の詳細な可視化において優れており2)、非侵襲的な病勢評価ツールとして期待される。
血清尿酸(SUA)・マリノブファゲニン・GlycAが高血圧網膜症の予測バイオマーカーとして評価されている1)。遺伝子研究では網膜血管径に関連するSNPsの同定が進み、遺伝的ハイリスク群の早期発見につながる可能性がある1)。
BPH/2Jマウス(遺伝的高血圧モデル)を用いた研究で網膜血管の自己調節機構が詳細に解析されている1)。ヒト高血圧網膜症との相同性から、新規治療法の前臨床評価に活用されている。