急性高山病(AMS)
主症状:頭痛・悪心・嘔吐・倦怠感
特徴:高山病のなかで最も頻度が高い。通常、高地到達後6時間〜3日で発症する。

高地網膜症(High Altitude Retinopathy; HAR)は、高地の低圧低酸素(hypobaric hypoxia)環境にさらされた順応していない個人に生じる網膜変化の総称である。1969年にSinghによって初めて系統的に記述された。
HARは高山病の4つの臨床単位の一つとして位置づけられる1)。
急性高山病(AMS)
主症状:頭痛・悪心・嘔吐・倦怠感
特徴:高山病のなかで最も頻度が高い。通常、高地到達後6時間〜3日で発症する。
高地脳浮腫(HACE)
主症状:運動失調・意識障害
特徴:脳浮腫が主病態。AMSの重症型と位置づけられる。
高地肺水腫(HAPE)
主症状:呼吸困難・チアノーゼ
特徴:肺浮腫が主病態。高山病関連死亡の主要原因である。
高地網膜症(HAR)
主症状:網膜出血・乳頭浮腫
特徴:大部分が無症状。下山で自然消退する。
通常は標高12,000フィート(約3,650m)以上で発生する。脱水・既存疾患がある場合はそれ以下の標高でも生じる。富士山頂(3,776m)では約0.6気圧、エベレスト山頂(8,842m)では約0.3気圧に低下する。
罹患者は通常無症状であり、下山により所見が自然消退するのが典型的経過である。
通常は標高12,000フィート(約3,650m)以上から発症リスクが生じる。ただし脱水や既存疾患がある場合はそれ以下でも起こりうる。嚢胞性線維症患者が標高4,900〜9,800フィートで発症した例や、民間航空機の搭乗に関連した症例も報告されている。
大部分の例では無症状のまま経過する。症状が生じる場合は以下の通りである。
視力低下の原因としては、黄斑出血、硝子体出血、神経線維層梗塞、黄斑浮腫、黄斑虚血、視神経萎縮が挙げられる。
1969年のSinghによる初記述以来、典型的な眼底所見として以下が確立されている。
重症度の評価にはWiedman-Tabin分類(1999年)が用いられる。
| グレード | 静脈拡張(V:A比) | 網膜出血の範囲 |
|---|---|---|
| I | 軽度(3:2) | 1DD以内 |
| II | 中等度(3.5:2) | 2DD以内 |
| III | 高度(4:2) | 3DD・黄斑近傍・軽微硝子体出血 |
| IV | 怒張(4.5:2) | 3DD超・黄斑出血・重大硝子体出血・乳頭浮腫 |
Barthelemesらの28例シリーズでは、上昇中は出血がほぼ認められず、79%が下山後の眼底検査で検出された。網膜出血の出現は迫り来る高山病の警告サインとはなりにくい。
下表に高山病共通のリスク因子とHAR特異的なリスク因子を示す。
| 分類 | リスク因子 |
|---|---|
| 高山病共通 | 到達高度、上昇速度、個人感受性 |
| HAR特異的 | 滞在期間延長、低SpO2、高Ht値、高眼圧 |
若く体力のある個人、高地で激しい活動を行う者に多く発生する。
既存疾患との関連として以下が報告されている。
加齢黄斑変性・網膜色素変性・糖尿病網膜症がある場合は、低酸素への順応が障害されやすいため、長時間の高地曝露を避けることが望ましい。鎌状赤血球素因のある人も増殖性変化への感受性が高い可能性があり注意が必要である。
高地への上昇歴と典型的な網膜変化の確認が診断の基本となる。
高地での両眼性視力低下の鑑別診断には、視神経浮腫を伴う脳浮腫、脳血管障害、後頭葉脳卒中が含まれる1)。
| 鑑別疾患 | 鑑別のポイント |
|---|---|
| 糖尿病網膜症 | 糖尿病歴・微小血管瘤 |
| 高血圧網膜症 | 高血圧歴・動脈狭細化 |
| バルサルバ網膜症 | 胸腔内圧上昇の既往 |
| 白血病性網膜症 | 血液検査異常・脾腫 |
Roth斑が認められる場合、亜急性細菌性心内膜炎・敗血症・白血病・糖尿病・高血圧などとの鑑別も重要である1)。
視力障害を伴うHARでは、直ちに低高度への下山と補充酸素投与を行う。これが最も効果的な介入であり、大部分の例で自然軽快が得られる。
HARに対する特異的・証明された治療法は存在しない。
網膜静脈閉塞症等の合併症が生じた場合は、各疾患の標準的な治療プロトコールに従い個別に対応する。
特異的な証明された治療法は確立されていない。NSAIDs・ステロイド・アセタゾラミドはいずれも網膜出血に対して有効性が示されていない。低高度への下山と補充酸素が最も有効な対処法であり、大部分の例は自然軽快する。
低圧低酸素環境に曝露された生体では、複数の代償機構が働く。
低酸素は網膜および脈絡膜に直接的な変化をもたらす。
血管透過性亢進
メカニズム:低酸素によりNO(一酸化窒素)・VEGFの発現が増加し、内網膜血液関門が破綻する。
結果:血管拡張・透過性亢進・毛細血管増殖が生じ、網膜出血・黄斑浮腫が発症する。
血液粘度上昇
メカニズム:二次性多血症によりHt・Hbが増加し、血液粘度が上昇する。
結果:血管内皮へのせん断応力が増大し、微小循環障害・毛細血管破裂が生じる。
頭蓋内圧上昇
メカニズム:低酸素誘発性の脳浮腫により頭蓋内圧(ICP)が上昇する。
結果:視神経乳頭の浮腫(乳頭浮腫)が生じる。バルサルバ様手技で血管内圧はさらに上昇する。
低酸素誘発性の分子変化として以下が明らかになってきている。
Suら(2021)は、バイオインフォマティクス解析によりHARに関与する潜在的バイオマーカー遺伝子とmiRNAを特定した。miR-3177-3pなどのmiRNAが上昇し、FOS・IL10・IL7Rの発現が抑制されることが示された。これらの分子標的は将来の診断・治療開発において有望な候補となりうる。
Xinら(2017)は、抗酸化物質であるレスベラトロールがTrx1/Trx2(チオレドキシン)を抑制し、caspase-3・HSP90・HIF-1 mRNAの発現を減少させることを報告した。レスベラトロールは低酸素誘発性の細胞障害を軽減する可能性があり、HARの予防・治療への応用が検討されている。
長期高地居住者における中心窩厚および網膜神経線維層厚の変化についての研究が進行中である。低酸素への長期順応が網膜構造に及ぼす影響を明らかにすることで、慢性高地病との関連も解明されることが期待される。