急性型
前房蓄膿(hypopyon):前房底部に白色膿汁が貯留する。診断上きわめて重要な所見である。
前房内炎症細胞:4+の細胞浮遊、フィブリン析出を認める1)。蓄膿が1mmを超える場合は重症の指標となる1)。
硝子体混濁:後部硝子体まで炎症が波及した状態で、眼底透見困難となる。
充血・眼瞼浮腫:眼表面にも強い炎症所見を伴う。

白内障術後眼内炎(Endophthalmitis following cataract surgery)は、白内障手術後に病原微生物が眼内に侵入・増殖して発症する感染性炎症である。白内障手術合併症の中で最も重篤な疾患であり、適切な治療が遅れると不可逆的な視力障害をきたす。
発生率は術式・時代によって変化してきた。1970年代の嚢外白内障摘出術(ECCE)期には0.327%であったが、その後の水晶体嚢外摘出術標準化期に0.087%まで低下した。その後、角膜切開白内障手術(現在の超音波乳化吸引術)の普及で0.265%に再上昇した8)。日本での発生率は0.025〜0.052%と報告されている。アジア全体では0.01〜0.22%と地域差が大きく7)、欧州0.04〜0.7%、米国0〜0.29%と各地域で異なる7)。なお眼内炎1例あたりの推定医療費は患者負担分で約6,442米ドル、社会的コストは約15,834米ドルに達する7)。
発症時期によって急性型と遅発型(慢性型)に分類され、起因菌の種類が異なる。
急性型・遅発型それぞれの特徴を以下に示す。
| 分類 | 発症時期 | 主な起因菌 |
|---|---|---|
| 急性型 | 術後6週以内 | CNS、黄色ブドウ球菌、連鎖球菌 |
| 遅発型 | 術後6週以降 | C. acnes、真菌 |
急性型の約75%が術後1週間以内に発症する。遅発型は全体の7.2%を占める。
日本では0.025〜0.052%とされ11)、約2,000〜4,000例に1例の割合で発症する。アジア全体では0.01〜0.22%と地域差がある7)。術式の改良と予防策の徹底により発生率は低下傾向にあるが、依然として深刻な合併症である。
急性型では以下の症状が急激に出現する。
遅発型(C. acnes眼内炎)では症状が緩徐で、術後数ヶ月〜数年後に軽度の視力低下や再発性の眼内炎症として気づかれることが多い。
急性型と遅発型では眼所見が異なる。
急性型
前房蓄膿(hypopyon):前房底部に白色膿汁が貯留する。診断上きわめて重要な所見である。
前房内炎症細胞:4+の細胞浮遊、フィブリン析出を認める1)。蓄膿が1mmを超える場合は重症の指標となる1)。
硝子体混濁:後部硝子体まで炎症が波及した状態で、眼底透見困難となる。
充血・眼瞼浮腫:眼表面にも強い炎症所見を伴う。
遅発型(C. acnes)
IOL・嚢上白色プラーク:眼内レンズ(IOL)と後嚢の間に白色の膿瘍様沈着物を形成する。C. acnesに特徴的な所見である4)5)。
再発性低度炎症:繰り返す軽度の前房炎症として経過し、慢性虹彩毛様体炎と誤診されやすい。
培養陰性:通常の細菌培養では起因菌が検出されないことが多い4)5)。
TASS(毒性前房セグメント症候群)は術後1〜2日以内の早期発症で、眼痛が軽微なことが多い。角膜浮腫・角膜内皮障害を主体とし、後部硝子体への炎症波及が乏しい点が特徴である。眼内炎は通常術後2日以降に発症し、眼痛・前房蓄膿・硝子体混濁が前景に立つ。両者の鑑別は治療方針に直結するため、迷う場合は培養検体を採取した上で抗菌薬治療を開始する。
眼表面常在菌が術中に眼内へ侵入することが発症の主要経路である。眼瞼縁・結膜嚢に常在する細菌が起因菌の60〜80%を占める6)。
起因菌の頻度は以下の通りである。
Achromobacter xylosoxidansなどの非発酵グラム陰性菌も術後眼内炎を起こしうる。バイオフィルム形成能が高く、抗菌薬単独では根治が困難な場合がある1)。
術後経過中の急激な視力低下・眼痛・前房蓄膿・硝子体混濁の組み合わせが診断の基本である。特に後嚢破損など術中合併症があった症例では高い疑いを持って経過観察する。
TASSとの鑑別(「臨床所見」の項参照)が重要であり、後眼部への炎症波及の有無・眼痛の程度・発症時期を確認する。
確定診断には眼内液(前房水・硝子体液)の採取と培養が必要である。
培養陰性例でも PCR により起因菌を同定できる。特にC. acnes眼内炎では有用性が高い。
Wu et al.(2025)が報告した症例では、前房水・硝子体液ともに培養陰性であったが、PCR検査によりC. acnesが確定診断された4)。PCRの感度は前房水で82%、硝子体液で78%、特異度はそれぞれ100%・93%に達する4)。
起因菌が培養で検出されない場合でも、PCR検査により検出率が向上する。前房水PCRの感度は82%、硝子体液PCRは78%と報告されており4)、C. acnesなど発育の遅い嫌気性菌の同定に特に有効である。培養陰性でも臨床的に眼内炎と判断できる場合は、抗菌薬治療を開始しながら経過観察する。
日本では急性術後眼内炎に対し、硝子体内抗菌薬注射(IOAB:intravitreal antibiotic injection)と早期硝子体手術(PPV:pars plana vitrectomy)を組み合わせた治療が標準である。
第一選択薬の用量・投与経路を以下に示す。
| 投与経路 | 薬剤と用量 |
|---|---|
| 硝子体内注射 | バンコマイシン(VCM)1.0 mg/0.1 mL |
| 硝子体内注射 | セフタジジム(CAZ)2.0 mg/0.1 mL |
| 硝子体灌流液 | VCM 20 μg/mL + CAZ 40 μg/mL |
VCMはグラム陽性菌(CNS・MRSEを含む)に対する第一選択薬である5)。CAZはグラム陰性菌をカバーする。両剤を同時に投与する際は混合しない(析出リスク)。
Endophthalmitis Vitrectomy Study(EVS)の知見に基づき、光覚弁以下の高度視力低下例ではIOAB単独群と比較して硝子体手術群で視力予後が優れることが示されている10)。日本では早期PPVが標準的なアプローチとして広く採用されている12)。
硝子体手術施行時の灌流液にはVCM 20 μg/mL+CAZ 40 μg/mLを添加する。術中に硝子体液を採取し、培養・PCRに供する。
遅発型C. acnes眼内炎では、治療の選択によって再発率が大きく異なる。
IOAB単独
再発率100%:IOABのみでは全例が再発する4)5)。バイオフィルムを形成したC. acnesが後嚢-IOL間に隔離されており、抗菌薬が到達しにくい。
適応なし:C. acnes眼内炎への単独使用は推奨されない。
硝子体手術+嚢切除+IOAB
再発率14〜50%:硝子体手術に加えて嚢切除を行うことで再発率が大幅に低下する4)5)。嚢切除の範囲が広いほど再発率は低下する。
IOL温存可能:嚢を部分または全切除しつつIOLを温存する方針。術後6ヶ月で矯正視力0.7を達成した報告がある4)。
硝子体手術+IOL摘出
治癒率100%:IOLと嚢を完全に摘出することで治癒率が最も高くなる5)。Fowler et al.(2021)の120例レビューで報告された5)。
最終手段:他の方法で再発を繰り返す場合に選択する。無水晶体眼となり光学的リハビリが必要。
Fowler et al.(2021)は6例の自験例と文献120例を解析し、C. acnes眼内炎の術後診断までの期間は平均7.4±5.2ヶ月と報告した5)。治癒率はIOAB単独18%、硝子体手術+嚢切除+IOAB 77%、IOL摘出100%であった5)。
国際的な予防ガイドライン21件の系統的レビューによると、以下の予防策が推奨されている7)。
| 予防策 | 推奨ガイドライン数 |
|---|---|
| ポビドンヨード結膜嚢消毒 | 17/21(81%) |
| 前房内セフロキシム投与 | 16/21(76%) |
| 術前抗菌薬点眼 | 少数のみ |
C. acnes眼内炎では、硝子体手術+嚢(部分または全)切除+硝子体内抗菌薬の組み合わせによりIOLを温存しながら77%の治癒率が報告されている5)。ただし嚢切除が不完全な場合は50%が再発するため、十分な嚢切除が重要である4)。繰り返す再発例では最終的にIOL摘出が必要になる場合がある。
国際ガイドラインの系統的レビューでは、ポビドンヨード結膜嚢消毒と前房内セフロキシム投与の組み合わせが最も強く推奨されている7)。前房内セフロキシムはESCRS RCTで有効性が証明された唯一の前房内抗菌薬である9)。術前抗菌薬点眼のみでは眼内炎予防の十分なエビデンスはない7)。
術中に結膜嚢・眼瞼縁の常在菌が切開創を通じて眼内に侵入することが主要な感染経路である。眼内に到達した細菌は栄養豊富な硝子体・前房水を培地として急速に増殖する。
細菌毒素は脈絡膜血管を直接障害し、血液-眼関門を破壊する。これにより炎症細胞の眼内浸潤が促進され、組織傷害が拡大する3)。
Otsuka et al.(2025)は術後眼内炎2症例においてレーザースペックルフローグラフィー(LSFG)で脈絡膜・網膜血流を経時的に計測した3)。治療前には脈絡膜血流が著明に低下しており、PPV後に進行的に改善することが示された。症例1では角膜厚(CCT)が396 μmから187 μmへ正常化した3)。
C. acnes(旧Propionibacterium acnes)は偏性嫌気性グラム陽性桿菌であり、白内障術後の慢性遅発型眼内炎の主要起因菌である。術中に眼内に侵入した菌がIOLと後嚢の間の嫌気的環境で増殖し、バイオフィルムを形成する。
バイオフィルム内の菌は以下の特性を持つ。
C. acnesの後嚢-IOL間への隔離が、診断の遅れと治療の困難さをもたらす最大の要因である4)5)。
レーザースペックルフローグラフィー(LSFG)は、眼内炎における脈絡膜・網膜血流変化を非侵襲的にモニタリングする技術である。
Otsuka et al.(2025)は2例の術後眼内炎でLSFGを使用し、脈絡膜血流が治療経過とともに進行的に改善することを示した3)。症例1(MRSE感染)は術後3ヶ月で矯正視力20/25、症例2(縫着IOL後7年での慢性型C. acnes)は術後3ヶ月で20/33を達成した3)。LSFGが眼内炎の治療効果判定や予後予測ツールとして応用できる可能性が示された。
培養陰性例への対応として、PCRを用いた起因菌同定の感度・特異度の向上が報告されている。
Wu et al.(2025)の報告では、前房水PCRの感度82%・特異度100%、硝子体液PCRの感度78%・特異度93%が達成された4)。培養で検出できなかったC. acnesがPCRで確定診断され、適切な術式選択(硝子体手術+部分嚢切除+嚢内VCM・CAZ注入)につながった。
Surawatsatien et al.(2025)は2008〜2023年のガイドライン21件を系統的にレビューし、予防策の推奨内容の国際的な統一状況を評価した7)。ポビドンヨードと前房内セフロキシムは高い一致率を示した一方、術前抗菌薬点眼については各ガイドラインで見解が分かれている7)。
アウトブレイク事例の解析から、汚染された手術器具・粘弾性物質・BSS溶液が複数例同時発生の原因として特定されている2)。グラム陰性菌・真菌によるアウトブレイクは単発例と異なる汚染源を示唆しており、感染管理の強化が重要である2)。