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網膜・硝子体

網膜震盪症

網膜震盪症(commotio retinae)は、眼球への鈍的外傷により視細胞外節と網膜色素上皮(RPE)細胞が崩壊・浮腫を生じる可逆性病変である。白色混濁が主たる所見であり、多くの場合は自然軽快する。

黄斑部を含む場合、中心窩付近のcherry-red spot様所見とその周囲の白色混濁を特徴とし、Berlin混濁(ベルリン浮腫)とも呼ばれる。一方、不可逆性の損傷は網膜打撲壊死(contusion necrosis)と区別される。

閉鎖性眼外傷の約30%に認められる比較的頻度の高い病態である。眼球が直接打撲された部位(coup損傷)だけでなく、衝撃波が対側まで伝達することによる反対側損傷(contrecoup損傷)としても生じる。

Q 「網膜震盪症」と「ベルリン浮腫」は同じ病気か?
A

ベルリン浮腫は黄斑部に生じた網膜震盪症に対して用いられる名称である。中心窩がcherry-red spot様に見え、その周囲が白く濁る特徴的な外観を呈する。網膜震盪症は黄斑部以外にも生じうる概念であり、より広い疾患名である。

  • 視野暗点:病巣部に一致した視野の欠損または沈下を生じる。黄斑外病変では比較的自覚されにくいこともある。
  • 視力低下:病変が黄斑部に及ぶ場合に顕著となる。
  • 霧視:受傷直後から認められることが多い。
  • 一過性の経過:多くは受傷後1〜2週間で自覚症状が軽快する。ただし黄斑部病変では永続的な視力障害が残る場合がある。

眼底検査では、テカテカした光沢のある小斑状〜地図状の白色混濁が特徴的である。通常、出血を伴わない。混濁は受傷直後〜2〜3日後に最強となり、その後1〜2週間かけて軽快する。

黄斑部病変(Berlin混濁)では、中心窩が相対的に赤く見えるcherry-red spot様所見が生じ、周囲網膜との白色混濁のコントラストが顕著となる。

OCTでは楕円体帯(EZ)の高反射と厚み増加、および相互連結帯(IZ)の破壊が典型所見である。AhnらによるOCTグレーディングは予後予測に有用である。

軽症 Grade 1-2

Grade 1(EZ反射率増加):EZの高反射を認めるが、構造は保たれる。視力予後は比較的良好。

Grade 2(IZ反射消失):IZの反射が消失する。中等度の視細胞外節障害を示す。

重症 Grade 3-4

Grade 3(IZ+EZ反射消失):IZとEZの双方が消失する。視力予後は不良となりやすい。

Grade 4(IZ+EZ+ELM反射消失):外境界膜(ELM)まで消失する最重症型。視力予後が最も不良である。

OCTAでは受傷後1か月時点で黄斑部の血管密度低下が認められることがある。Montorioらは6か月後には正常化することを報告している。また、受傷早期には脈絡膜肥厚を伴うことがある。

Q 視力はどのくらいで回復するか?
A

混濁自体は1〜2週間で軽快することが多く、6か月にわたって改善が続く場合もある。ただし黄斑部病変の約26%では永続的な視力障害が残るとされる。OCTグレードが高い(Grade 3〜4)ほど予後が不良であり、受診時のOCT評価が重要である。詳細は「診断と検査方法」の項も参照。

網膜震盪症は閉鎖性眼外傷または爆風損傷(blast injury)によって生じる。

  • 高衝撃スポーツ:球技(野球・テニス・スカッシュ等)が最多。ボールや用具が直接眼に当たることで生じる。
  • 暴行・暴力行為:拳や物体による眼面への直接打撃。
  • 自動車事故:エアバッグ展開時や衝突時の衝撃。
  • 爆発・爆風損傷:軍事関連受傷や産業事故でも生じうる。
Q スポーツ中の眼保護具はどれを選べばよいか?
A

衝撃の強さに応じてポリカーボネート素材のレンズを選ぶことが推奨される。低〜中衝撃では2〜3mm厚、高衝撃では3mm以上が目安となる。アイスホッケーやラクロスなど最高リスクのスポーツではフェイスマスク付きヘルメットが適切である。通常の眼鏡レンズは保護具として不十分なため、専用の保護用アイウェアを使用する必要がある。

散瞳下眼底検査が基本である。テカテカした光沢のある白色混濁という特徴的な所見から診断は比較的容易であることが多い。

外傷の診察では、網膜以外の眼内合併症を同時に確認することが重要である。

  • 前房出血(hyphema):隅角や虹彩血管の損傷を反映する。
  • 隅角損傷:隅角鏡による評価を要する。外傷性緑内障の原因となる。
  • 水晶体脱臼・偏位:強い鈍的力による毛様小帯断裂で生じる。
  • 硝子体出血:眼底観察が困難な場合は超音波検査を用いる。
  • OCT(光干渉断層計):EZの高反射と厚み増加が典型所見。IZ・ELMの消失の有無によるグレーディングが視力予後の予測に有用である(「臨床所見」の項参照)。
  • 超音波検査(Bモード):前眼部混濁や硝子体出血により眼底が透見不良な場合に使用する。
  • OCTA:黄斑部の血管密度評価や経過観察に用いられる。

外傷後の網膜白色混濁では、以下の鑑別が重要である。

以下の表は網膜震盪症と網膜打撲壊死の主な鑑別点を示す。

特徴網膜震盪症打撲壊死
混濁の性状光沢ある白色濃い白色
出血なしあり
予後自然軽快不可逆性

その他の鑑別疾患として以下が挙げられる。

  • 網膜虚血:血管閉塞による白色混濁。血管所見を伴う。
  • 脈絡膜破裂:三日月状の白色線条。外傷後数週で顕在化する。
  • Purtscher網膜症:頭部外傷・胸部圧迫後に生じる多発性白斑と出血。
  • 外傷性黄斑円孔:黄斑部の全層欠損。OCTで確認できる。

網膜震盪症に対して有効性が確立された治療法は現在存在しない。混濁は自然軽快することがほとんどであり、経過観察が基本的な対応となる。

白色混濁は受傷後1〜2週間で自然に消退することが多い。その後もOCT所見の改善は数か月にわたって継続することがある。

高用量ステロイド静脈内投与に関する逸話的な報告がわずかに存在するが、有効性は確立されておらず、現時点では標準治療として推奨されない。

経過観察において最も重要なのは合併症の発見と対処である。

  • 黄斑円孔:外傷後の経過中に生じることがある。症状の再増悪があれば速やかにOCTを施行する。
  • 網膜裂孔・剥離:鈍的外傷では網膜周辺部の格子状変性や裂孔を合併することがある。散瞳下の周辺部眼底検査を定期的に行う。
  • 続発緑内障:隅角損傷に続発して発症することがある。眼圧の定期的な確認が必要である。
Q 治療法がないなら受診しなくてよいか?
A

眼科受診は必須である。網膜震盪症自体は自然軽快することが多いが、同時に網膜裂孔・黄斑円孔・隅角損傷・水晶体脱臼などの合併症が生じていることがある。これらを見逃すと視力や視野に永続的な障害が残る可能性がある。特に受傷後の定期的な経過観察が合併症の早期発見に直結する。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

眼球への鈍的衝撃は、以下の機序で網膜に力学的ストレスを加える。

  1. 眼球の急速変形:打撃により水晶体・虹彩隔壁が急速に後方へ変位する。
  2. 流体力学的力の発生:眼内液の急激な圧力変化が生じる。
  3. 網膜への二方向性圧力硝子体側からの圧力と強膜側からの反発力が網膜を挟む形で加わる。

contrecoup損傷は、衝撃波が眼球を通過して対側の網膜に達することで生じる。

Mansourらは、受傷後24時間以内に処理した献体眼において、視細胞外節の破壊と網膜下デブリの蓄積を確認している。

  • 視細胞外節の断裂:最も損傷を受けやすい部位である。視細胞の突起(外節)はMuller細胞による支持を受けていないため、機械的ストレスに対して脆弱である。
  • 網膜色素上皮への軽度障害:網膜色素上皮細胞は比較的軽度の変化にとどまる。
  • 血液網膜関門の温存:網膜震盪症では血液網膜関門の有意な破綻は生じないと考えられている。これが出血を伴わない理由の一つである。

眼底の光沢ある白色混濁は、破壊された外節やデブリが異常な光散乱を起こすことで生じる。組織内への水分貯留(浮腫)ではなく、外節構造物の物理的破壊が本態である。

外節の修復は受傷後約1週間で開始される。完全な修復には2か月以上を要することもある。

正常な視細胞外節では、円板膜が1,000〜2,000枚存在し、外節先端部の約10%が毎日網膜色素上皮に貪食されて刷新される。この代謝回転サイクルにより、外節全体が約10〜14日で更新される。この生理的な外節刷新機構が、外傷後の自然軽快を支える背景にあると考えられている。


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”

Montorioらは光干渉断層血管造影(OCTA)を用いた縦断的研究で、網膜震盪症後の黄斑部血管密度低下が受傷後6か月で正常化することを報告している。OCTAは非侵襲的な経過観察ツールとして有用である可能性があるが、予後予測における臨床的意義はさらなる検討を要する。

OCTグレーディングによる予後予測

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AhnらのOCTグレーディングシステムは、急性期の所見から視力予後を予測するツールとして注目されている。特にGrade 3〜4の重症例の同定は、早期の集中的経過観察の適応判断に役立つと考えられている。今後の多施設・前向き研究による検証が求められる。

Burkeらは、眼球への鈍的外傷後に脈絡膜血管の拡張が生じ、これが網膜色素上皮と視細胞外節の機能障害に寄与する可能性を提唱している。この仮説は病態の理解を深める一方で、治療標的としての可能性を示唆しているが、現時点では仮説の域を出ない。

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