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網膜・硝子体

染色硝子体手術

染色硝子体手術(chromovitrectomy)とは、経毛様体扁平部硝子体手術PPV)において内境界膜(ILM)・硝子体・網膜前膜(ERM)といった半透明な眼内組織を可視化するために生体染色剤(vital dyes)を使用する手技の総称である。

手術中に染色が必要とされる主な組織は以下の3つである。

  • 内境界膜(ILM):Müller細胞の基底膜。厚さ約2μmで透明、多層構造を持つ。網膜の剛性の少なくとも50%を担う3)黄斑周囲では中心窩から約1000μmの位置で最も厚い3)
  • 硝子体:コラーゲン・ヒアルロン酸・水から構成される。容積は約5mLで、基本的に透明である。
  • 網膜前膜(ERM):網膜表面に形成される半透明の線維性膜。視力低下・変視症の原因となる。

青色・緑色系の染色剤が多く使用される。これは網膜色素上皮(RPE)のオレンジ赤色に対するコントラストが高く、染色部位の視認性が向上するためである。

染色剤の注入には主に3つの方法がある。

  • 液置換下注入法:BSS充填下で染色剤を吹きつける方法。
  • 空気置換下注入法:液空気置換後に後極部へ滴下する方法。染色部位を集中的に染色でき、周辺部への曝露を回避しやすい。
  • 液体パーフルオロカーボン(PFCL)下注入法:PFCL下に少量を滴下する方法。
Q なぜ硝子体手術で染色剤を使うのか?
A

ILMや網膜前膜は厚さ数μmの半透明組織であり、染色なしでは手術顕微鏡下での識別が困難である。染色剤を使用することで組織の境界が明確になり、剥離の精度と安全性が向上する。

染色硝子体手術の主な適応は以下の通りである。

  • 黄斑円孔(MH):ILM剥離が手術の不可欠な要素3)
  • 網膜前膜:網膜前膜剥離およびILM peel。
  • 黄斑下血腫:精密な操作のためにILM可視化が必要。
  • 増殖性硝子体網膜症PVR:網膜前膜・ILMの完全除去のため。
  • 裂孔原性網膜剥離:硝子体可視化のためTA使用。
  • 糖尿病黄斑浮腫増殖糖尿病網膜症:膜剥離時の組織可視化。

黄斑円孔手術におけるILM剥離の有効性は複数の研究で実証されている。

FILMS試験では、ILM剥離群で解剖学的閉鎖率84%、非剥離群で48%と有意な差が示された(P<0.001)3)。ILMは細胞増殖の足場となるため、除去しないと細胞増殖が再開する可能性がある2)

5480例を対象としたメタアナリシスでは、ILM剥離が黄斑円孔の再開を有意に減少させることが示された2)。ILM剥離を併用した手術では再発率が低い1)。また5つのRCTがILM剥離の範囲を検討しており3)、剥離範囲の最適化に関する研究が進んでいる。

空気置換法

手順:液空気置換後に後極部へ染色剤を滴下する。

利点:後極部への集中的な染色が可能。周辺部への染色剤曝露を回避できる。

注意点:空気下での操作に習熟が必要。

液充填法

手順:BSS充填下のまま染色剤を注入する。

利点:手技が簡便で習得しやすい。

注意点:希釈・広範曝露のリスクがある。高比重懸濁液を使用することで対策が可能。

染色後の標準的な剥離手技はpinch and peel法である3)。細鑷子でILMを把持し、円形に剥離する。染色時間は5〜10秒で十分であり3)、過度な曝露は毒性リスクを高める。

Q 空気置換法と液充填法はどちらが安全か?
A

空気置換法は染色剤を後極部に限局させることができ、周辺部の不必要な曝露を避けられる点で安全性が高い。ただしいずれの方法でも染色時間を5〜10秒程度に抑え、過剰な曝露を避けることが重要である3)

5. 使用される染色剤の特性と比較

Section titled “5. 使用される染色剤の特性と比較”
Chromovitrectomy image
Chromovitrectomy image
Liyan Ye; Luyun Liang; Xiaolan Liu; Xiaohua Zhu; ZhongPing Chen; Yiqin Duan. A technique of TA-assisted ILM peeling for myopic foveoschisis. BMC Surg. 2025 Dec 11; 26:33 Figure 1. PMCID: PMC12802189. License: CC BY.
a The TA granules were sprinkled evenly on the retina surface of the macular area by a 27G needle with a circular area about 2 PD centered on the macular fovea. b ILM forceps were used to grasp the flap on the temporal quadrant of the TA marked area, and peel off the ILM in the form of multiple small circles. c One optic disc diameter of the ILM was preserved in the fovea. Excessive edge of ILM was repaired with the vitrectomy tip

各染色剤の主な特性を以下に示す。

染色剤主な対象組織使用濃度
BBGILM(選択的)0.025%
TA硝子体・ILM40mg/mL懸濁液
ICGILM(高親和性)0.05〜0.5%
TB網膜前膜(高親和性)0.15%

ILM染色剤

BBG(ブリリアントブルーG):ILMに選択的親和性を持つ3)。網膜前膜や硝子体はほぼ不染色。網膜毒性なし。神経保護作用も示唆されている。

ICG(インドシアニングリーン):ILMのIV型コラーゲン・ラミニンに高い親和性3)。最初に使用されたILM染色剤3)。毒性懸念あり。

網膜前膜染色剤

TB(トリパンブルー):網膜前膜への染色親和性が高い。網膜前膜中のグリア細胞を選択的に染色する。ILM・硝子体への親和性は低い。高濃度で角膜内皮毒性あり。

硝子体可視化

TA(トリアムシノロンアセトニド):白い結晶として硝子体に沈着し、硝子体を可視化する3)。染色剤ではなくILM上の白い結晶として対比させる。抗炎症作用も有する。

TA(トリアムシノロンアセトニド)

Section titled “TA(トリアムシノロンアセトニド)”

白色結晶性水性懸濁液(40mg/mL)であり、0.1〜0.3mLを注入して使用する。硝子体および後部硝子体皮質を白く可視化する。染色剤とは異なり、ILM上に白い結晶として沈着することで対比が得られる3)。抗炎症作用を併せ持ち、術後眼内炎症の抑制にも寄与する。半減期は非切除眼で18日、切除眼で3日程度とされる。副作用として白内障進行・眼圧上昇がある。日本ではマキュエイド(triamcinolone acetonide 40mg/mL)が認可されている。

青色の食用染料に由来する染色剤で、ILMに選択的な親和性を持つ3)。網膜前膜や硝子体は染色されないため、ILM剥離時のみに使用される。使用濃度は0.025%(0.25mg/mL)の等張液である。in vitroおよびin vivoの研究で網膜毒性は認められず、神経保護作用が示唆されている。TBおよびBBGはICGの後に開発された染色剤であり、より良好な安全性プロファイルを持つ3)

日本での調製法として、粉末0.1gをBSS 400mLに溶解し、115℃・30分間オートクレーブ滅菌する方法が知られている。使用期限は調製後3ヶ月とされる。

青色の有機染料で、ERMに対して高い染色親和性を持つ。死細胞の損傷した細胞膜を通過してERMの細胞成分を染色するため、ERM剥離手術に適している。ILMおよび硝子体への親和性は低い。使用濃度は0.15%であり、高比重溶液化(TB:10%ブドウ糖を3:1で混合)することで後極部への集中が容易になる。高濃度では角膜内皮毒性が報告されており、催奇形性もあるため妊娠中および小児への使用は避けるべきである。

ICG(インドシアニングリーン)

Section titled “ICG(インドシアニングリーン)”

緑色の染色剤で、ILMを構成するIV型コラーゲンおよびラミニンに高い親和性を持つ3)。ILM染色に最初に使用された染色剤である3)。ILMを部分的に「剥離」させる効果(擬似剥離効果)も報告されている3)。しかし内層網膜・視神経障害、視野欠損などの毒性が懸念されており3)、現在は低濃度・最小曝露時間・照明の最小限化での使用が推奨されている3)。初回希釈には蒸留水が必要であり(生理食塩水で沈殿が生じる)、その後BSS等で最終濃度に調製する。FDAは静注のみを承認しており、眼内使用はオフラベルである。

Q 日本で使用できる染色剤はどれか?
A

TAはマキュエイドとして日本で認可されている。BBGおよびICGは日本では眼内用の正式認可製品がなく、自家調製または適応外使用となる。TBも同様に適応外使用の場合が多い。使用にあたっては施設の薬事管理規定を確認する必要がある。

  • ICG:IV型コラーゲンに結合し、光曝露によってILMの剛性・物性が変化する。これが擬似剥離効果をもたらす一方、光毒性の原因となる。
  • TB:損傷した細胞膜を選択的に通過し、ERM中の死細胞・グリア細胞成分を染色する。生存細胞には取り込まれにくく、選択性が高い。
  • BBG:ILMに選択的に結合する。分子レベルでの結合機序は完全には解明されていないが、コラーゲンとの親和性が高いとされる。
  • TA:水不溶性の結晶が硝子体腔に沈着し、硝子体線維に付着することで可視化される。染色反応ではなく物理的な付着である。

毒性発生には以下の要因が関与する。

毒性原因該当染色剤対策
高浸透圧・低浸透圧ICG(低浸透圧が問題)等張液での調製
光毒性ICG照明を最小限に
防腐剤毒性製剤全般防腐剤フリー製剤を選択
過度な曝露時間ICG、TB5〜10秒で洗浄

浸透圧の問題として、低浸透圧環境ではCa²⁺流入による網膜傷害が生じる可能性がある。一方、高浸透圧では網膜収縮が起こる。ICGの毒性の一因は低浸透圧での注入にあると考えられており3)、等張液での調製が重要である。

防腐剤問題では、塩化ミリスチル-γ-ピコリニウムが重度毒性の原因となることが報告されており、防腐剤フリーの製剤選択が望ましい。ベンジルアルコールに関するデータは現時点では不明確である。

ILM剥離後に生じる特徴的な所見として以下がある。

  • DONFL(解離性網膜神経線維層:ILM剥離後2〜3ヶ月で出現する円形・楕円形の暗部3)眼底自発蛍光(眼底自発蛍光)やOCTで確認される。時間経過とともに軽快することが多い。
  • SANFL(鉗子把持部位の網膜神経線維層変化):細鑷子の把持部位に一致したRNFL障害3)。剥離手技の精度向上で予防が可能である。
Q ICGの網膜毒性の原因は何か?
A

ICGの毒性は複数の要因が関与している。低浸透圧での注入によるCa²⁺流入、光曝露による光酸化反応(光毒性)、含有されるヨウ素成分の関与などが挙げられる3)。これらのリスクを低減するために、低濃度・短時間曝露・照明の最小化・等張液での調製が推奨されている3)


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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既存染色剤の毒性や選択性の課題を克服するため、新規染色剤の研究が進んでいる。

  • ブロモフェノールブルー:ILMとERMの双方を染色できる可能性があり、ICGよりも低毒性であることが示唆されている候補染色剤である。
  • IFCG(ヨウ化ナトリウム非含有ICG誘導体):従来ICGのヨウ素含有成分による毒性を低減した候補物質として研究されている。
  • パテントブルー:TBに代わるERM染色の代替候補として検討されている。

ILMを完全に除去せず一部を翻転(フラップとして反転)して黄斑円孔の閉鎖を促進する手技である3)。大型黄斑円孔や難治例に対して使用が検討されている。染色剤によるILMの可視化がこの手技の精度向上に寄与する。

新規染色剤・手技の評価には、IDEAL frameworkのような段階的な外科的イノベーション評価枠組みの導入が求められている。安全性・有効性の系統的な評価が今後の課題である。

Q 将来有望な新規染色剤は何か?
A

ブロモフェノールブルーはILMとERMの両方を染色できる可能性があり、ICGより低毒性とされる候補染色剤である。またIFCG(ヨウ化ナトリウム非含有誘導体)はICGの毒性の一因とされるヨウ素成分を除いた設計で研究が進んでいる。いずれも現時点では臨床試験段階であり、標準使用には至っていない。


  1. American Academy of Ophthalmology Retina/Vitreous Panel. Idiopathic epiretinal membrane and vitreomacular traction preferred practice pattern. Ophthalmology. 2020;127(2):P145-P183.
  2. American Academy of Ophthalmology Retina/Vitreous Panel. Idiopathic macular hole preferred practice pattern. Ophthalmology. 2020;127(1):P184-P222.
  3. Royal College of Ophthalmologists. Clinical guideline on idiopathic full-thickness macular holes. London: RCOphth; 2024.

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