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網膜・硝子体

脈絡網膜スクロペタリア

1. 脈絡網膜スクロペタリアとは

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脈絡網膜スクロペタリア(chorioretinitis sclopetaria)は、高速移動物体が眼球近傍を通過する際の衝撃によって生じる閉鎖性眼外傷である。脈絡膜・Bruch膜・網膜の全層が破裂し、強膜が露出した状態(bare sclera)を特徴とする。

本疾患は1872年にHerman Cohnによって初めて記述された。「sclopetaria」はラテン語の「sclopetum(ハンドガン)」に由来する。1901年にはGoldzieherが「chorioretinitis plastica sclopetaria」と表現した。

損傷は衝撃部位に一致した直撃損傷(coup injury)として生じる。これは衝撃波が対側に損傷を及ぼす通常の脈絡膜破裂(contrecoup injury)とは病態が異なる。

Q 通常の脈絡膜破裂とはどう違うのか?
A

通常の脈絡膜破裂は衝撃の反対側(contrecoup)に生じ、脈絡膜のみが破裂する。一方、脈絡網膜スクロペタリアは衝撃部位(coup)に生じ、脈絡膜・Bruch膜・網膜の全層が破裂する点で異なる。

Chorioretinitis Sclopetaria image
Chorioretinitis Sclopetaria image
Andrew N Siedlecki; Edmund Tsui; Jie Deng; Donald M Miller. Long-Term Retention of an Intraorbital Metallic Foreign Body Adjacent to the Optic Nerve. Case Rep Ophthalmol Med. 2016 Oct 12; 2016:3918592 Figure 2. PMCID: PMC5080503. License: CC BY.
Color fundus photograph of the patient’s left eye demonstrating a comet-shaped temporal chorioretinal scar consistent with sclopetaria.

受傷後に以下の症状が出現する。

  • 視力低下:破裂部位や出血の範囲・部位により程度が異なる。
  • 飛蚊症硝子体出血に伴う浮遊物の自覚。
  • 視野欠損:破裂部位に対応した視野欠損を生じることがある。

急性期と慢性期で所見が変化する。

強膜露出

bare sclera:白色領域として視認できる。本疾患の最も特徴的な所見である。

脈絡膜断裂:脈絡膜・Bruch膜・網膜の全層欠損を伴う。

出血所見

硝子体出血:急性期に高頻度で認められる。眼底観察を妨げることがある。

網膜下出血・網膜内出血:破裂部周囲に広範に生じる。

その他の急性期所見

黄斑浮腫乳頭浮腫:炎症反応に伴い出現する。

RAPD外眼筋麻痺視神経や外眼筋の損傷を示唆する所見。

眼圧上昇:外傷に伴う二次性緑内障として生じることがある。

慢性期所見

線維膠細胞性瘢痕:受傷後数週間で形成される。

鉤状境界(claw-like):不規則な境界を持つ瘢痕が特徴的である。

衝撃波が眼球周囲を高速で通過する際、その圧縮力が脈絡膜・網膜を破壊する。若年男性が最も多い患者層である。

主な原因物体を以下に示す。

分類具体例
銃弾類空気銃ペレット、散弾、弾丸
スポーツ用品ペイントボール
その他コルク、木の枝、金属片
Q 保護眼鏡で予防できるか?
A

保護用アイウェアは高速飛来物による眼外傷リスクを低減する有効な手段である。ただし、直接衝撃を受けた場合など、すべての受傷を完全に防ぐことは難しい。リスクのある作業・スポーツでは適切な規格の保護眼鏡を選択することが重要である。

外傷歴と眼底所見から診断する。急性期は硝子体出血により眼底観察が制限されることがある。

主な検査法を以下に示す。

検査法主な確認所見
散瞳眼底検査強膜露出、出血
OCT脈絡膜・網膜色素上皮破裂
CT眼窩内異物

各検査の役割は以下の通りである。

  • 散瞳下眼底検査:bare sclera・出血・破裂部位を確認する。Optos超広角撮影は病変の全体像把握に有用。
  • OCT(光干渉断層計):脈絡膜・網膜色素上皮の破裂範囲・深さを評価する。
  • CT:眼窩内異物の存在と位置を確認する。眼球破裂との鑑別にも有用。
  • B超音波:硝子体出血で眼底が見えない場合に眼球壁の完全性を評価する。
  • FA(蛍光眼底造影):破裂部位の低蛍光を確認する。脈絡膜新生血管の検出にも用いる。

以下の疾患との鑑別が必要となる。

  • 脈絡膜破裂:contrecoup型。全層破裂ではなく脈絡膜のみ。
  • 外傷性黄斑円孔黄斑部の全層欠損。
  • 網膜震盪症(commotio retinae):白色浮腫性変化。破裂を伴わない。
  • 網膜動脈閉塞症:外傷後の血管攣縮・閉塞による白色変化。
  • 外傷性網膜剥離:破裂部位からの二次的剥離。
  • 眼球破裂:全層創傷。眼圧低下・眼球変形を伴う。

多くの症例では経過観察が基本方針となる。広範な線維膠細胞増殖が生じることで、網膜破裂は自然に瘢痕化・閉鎖する傾向がある。

以下の合併症を認めた場合は手術が必要となる。

  • 眼球破裂:緊急の一次縫合が必要。
  • 網膜剥離硝子体切除術または強膜バックリングを施行する。
  • 眼内異物:異物除去術を行う。

主な術式は以下の通りである。

  • 硝子体切除術(PPV:硝子体出血の除去・網膜剥離の修復。
  • 強膜バックリング:孔原性網膜剥離に対して施行する。
  • 異物除去術:眼内・眼窩内異物がある場合に行う。
  • 眼球摘出術:眼球保存が不可能な場合の最終手段。

脈絡膜新生血管(CNV)への対応

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受傷後の瘢痕部位から脈絡膜新生血管が発生することがある。その場合はレーザー光凝固または抗VEGF薬硝子体内注射を行う。

視力予後は全般的に限定的である。20/20の視力到達率は16.4%と報告されている。黄斑部や視神経を含む破裂では予後が特に不良となる。

Q 手術は必ずしも必要か?
A

多くの症例では線維膠細胞増殖による自然治癒が期待できるため、経過観察が基本方針となる。ただし網膜剥離・眼球破裂・眼内異物を合併した場合には手術が必要となる。診断と検査方法で述べた定期的な眼底評価により、合併症の早期発見が重要である。

Q 視力はどの程度回復するか?
A

20/20の視力到達率は16.4%にとどまる。黄斑部・視神経が破裂部位に含まれる場合や、眼窩骨折・視神経症を合併した場合は予後が特に不良である。受傷直後の視力のみで最終的な転帰を予測することは難しい。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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高速物体が眼球近傍を通過する際に生じる衝撃波が眼球壁を変形させ、脈絡膜・神経感覚網膜を強膜から剥離・破裂させる。

各組織層の弾性特性の差異が破裂パターンを規定する。

Bruch膜

非弾力性:圧縮力に対して脆弱であり、比較的低いエネルギーでも破裂する。

破裂の起点:Bruch膜の破裂が脈絡毛細管板からの急性網膜下出血を引き起こす。

網膜色素上皮

非弾力性:Bruch膜と同様に弾力性が乏しく、破裂しやすい。

過形成:慢性期に網膜色素上皮過形成が生じ、瘢痕形成に関与する。

網膜・強膜

弾力性あり:比較的弾力性が高く、高エネルギーの衝撃でのみ損傷を受ける。

強膜の温存:強膜は弾力性が最も高く、通常は温存される(bare sclera)。

受傷後の病態進行は以下の通りである。

  • 急性期:Bruch膜・脈絡膜破裂→脈絡毛細管板からの網膜下出血。
  • 亜急性期:線維芽細胞と膠細胞が活性化し、破裂部位への遊走が始まる。
  • 慢性期:受傷後数週間で線維組織が形成され、鉤状(claw-like)の瘢痕が完成する。

1974年のDubobyによる組織病理学的検討では、Bruch膜・脈絡膜の欠損、光受容体の消失、網膜色素上皮の過形成が確認された。

7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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従来、線維膠細胞増殖は破裂部位を封鎖し網膜剥離を予防すると考えられてきた。しかしPapakostas(2014)は、眼窩損傷を伴うスクロペタリア症例で実際に網膜剥離が確認されたことを報告し、「線維化が剥離を予防する」という従来の概念に疑問を呈した。

Ludwigらの検討では、空気銃など比較的低エネルギーの物体による受傷の方が予後不良となる傾向が示された。衝撃エネルギーが小さい場合でも耳側・黄斑部の破裂は視力不良をもたらし、最終視力20/20の達成率は全体で16.4%にとどまった。

高エネルギー物体(弾丸等)では早期に眼球破裂として診断・治療されるのに対し、低エネルギー物体による受傷では眼球構造が温存されながら黄斑部が損傷を受けることが、予後不良の一因と考えられている。

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