加齢性遠見内斜視
非共同性内斜視:遠見および側方視で悪化し、近見では正位または小さな隠斜視のみ。
垂直偏位なし:水平偏位のみで垂直成分を伴わない。
正常な水平眼球運動:水平方向の眼球運動範囲およびサッケード速度は正常である。

下垂眼症候群(sagging eye syndrome: SES)は、加齢に伴う外眼筋プーリー間の結合組織(特にLR-SRバンド)の変性により、外直筋(LR)プーリーが下方へ偏位(サギング)することで生じる後天斜視である。2009年にRutarとDemerにより初めて報告された。
水平斜視(内斜視)と垂直斜視の組み合わせに加え、両側性の腱膜性眼瞼下垂および上眼瞼溝の深化を特徴とする。軸性高度近視に伴う内斜視・下斜視を呈する重い眼症候群(heavy eye syndrome: HES)とは病態が異なり、明確に区別される。
後天性複視の原因として高頻度である。Gosekiらの研究では、複視を訴える945人(多くは60〜80歳)のうち約31%が下垂眼症候群であり、約60%が女性であった。50歳未満では4.7%にとどまるが、90歳以上では60.9%に達する。60〜80歳の間に発症することが最も多く、女性(54%)および近視眼に多い1)。これまで原因不明の滑車神経麻痺や開散麻痺とされていたものの多くが、この疾患概念に含まれると考えられている。
下垂眼症候群は加齢に伴うプーリー間結合組織の変性が原因であり、小角度の内斜視や垂直斜視を呈する。一方、重い眼症候群は軸性高度近視(通常-8D以上、眼軸長27mm以上)に伴う大角度の内斜視・下斜視であり、眼球運動制限が著明である点が異なる。
高齢者における緩徐または亜急性の複視の発症が典型的である1)。
神経学的検査は正常であり、脳神経麻痺は認められない。眼瞼手術、フェイスリフト、白内障手術などの既往を有する場合がある。
顔面の加齢性変化として以下の眼附属器所見を認める。上眼瞼の陥凹と下眼瞼の膨らみに注意する。
下垂眼症候群は加齢性遠見内斜視(ARDE)と回旋垂直斜視(CVS)の2病型に分けられ、それぞれの臨床像が異なる。
加齢性遠見内斜視
非共同性内斜視:遠見および側方視で悪化し、近見では正位または小さな隠斜視のみ。
垂直偏位なし:水平偏位のみで垂直成分を伴わない。
正常な水平眼球運動:水平方向の眼球運動範囲およびサッケード速度は正常である。
回旋垂直斜視
下斜視+外回旋:下位眼の下斜視(hypotropia)と外回旋(excyclotorsion)を認める。
非共同性垂直斜視:水平偏位は認めないこともある。
上転障害:上方への眼球運動制限を呈しうる。
加齢性遠見内斜視+回旋垂直斜視
複合型:非共同性内斜視に加え、片側に小さな下斜視を伴う。
回旋偏位:下垂眼症候群患者の65%に認められる。
下垂眼症候群による偏位は通常10プリズムディオプトリー(PD)以下と小角度である。近見時には融像能(両眼の像を一つに統合する能力)が十分に保たれているため、小角度の偏位を代償でき、複視を自覚しない。
下垂眼症候群の根本原因は、加齢に伴う外眼筋プーリー間を連結する結合組織(特にLR-SRバンド)の変性である。詳細な発症機序は「病態生理学・詳細な発症機序」の項で述べる。
主なリスク要因は以下の通りである。
診断は主に臨床所見に基づいて行われる。感覚運動機能検査での偏位パターン(遠見で内斜視が大きく近見で小さい)と、眼附属器の加齢性変化(眼瞼下垂、上眼瞼溝深化)の組み合わせが診断の手がかりとなる。下垂眼症候群における偏位パターンは脳神経麻痺や交代性上斜視のパターンとは一致しない。水平サッケードと水平眼球運動範囲が正常であることも重要な鑑別点である。
MRIの使用は診断の「確定」に有用であるが「必須」ではない。頭部MRIで外直筋の下方偏位と外方傾斜、LR-SRバンドの破綻または伸展・菲薄化を確認する。
Patelらは斜視のない100人を対象とした画像研究で、非脂肪抑制冠状断T1強調画像で95%、冠状断STIR画像で68%の眼においてLR-SRバンドが視認可能であることを示した。5%で不連続なバンド、24%で上外側へのたわみが認められ、正常加齢に伴う結合組織変性の証拠と考えられた。
下垂眼症候群患者は脳卒中や腫瘍のリスク因子を有する年齢層であるため、慎重な鑑別が求められる1)。
| 鑑別疾患 | 下垂眼症候群との主な違い |
|---|---|
| 外転神経(第6脳神経)麻痺 | 外転制限あり、外転時眼振 |
| 滑車神経(第4脳神経)麻痺 | 上斜筋機能低下、Bielschowsky陽性 |
| 甲状腺眼症 | 強制牽引試験陽性、眼筋肥大 |
| 重症筋無力症 | 症状の日内変動、疲労試験陽性 |
| 代償不全隠斜視 | 幼少期からの斜視の既往 |
| 重い眼症候群 | 高度近視(-8D以上)、大角度偏位 |
ほとんどの下垂眼症候群患者は良好な融像能を有し、近見時には複視を経験しない。偏位が小さく日常生活に支障がない場合は、介入なしで経過観察が可能である。
下垂眼症候群による偏位は通常10PD以下であるため、プリズム矯正が有効である。プリズムまたは斜視手術により良好に管理される1)。
近見融像能が強いため、遠見の複視を改善しても近見時の複視を誘発しないことが利点である。眼鏡を使用せず今後も使用を望まない患者には手術が提案される。
プリズムに反応しない、またはプリズムを希望しない患者が適応となる。
2020年のレビューでは、全下垂眼症候群症例の50%で斜視手術が行われた。術前の平均遠見内斜視は6.9 ± 0.7Δであったが、術後は0.3 ± 0.3Δに改善し、平均垂直偏位は3.0 ± 0.3Δから0.7 ± 0.2Δに減少した。
下垂眼症候群は変性疾患であるため、術後に結合組織の退行がさらに進行し、斜視が再発する可能性がある(最大20%)。手術前にこの可能性について説明を受けることが重要である。
外眼筋は、テノン嚢内の眼球赤道部付近に位置する結合組織の環状リング(プーリー)によって支持されている。プーリーはコラーゲン、エラスチン、平滑筋が密に織り込まれたバンドによって眼窩壁、隣接する外眼筋、および赤道部テノン嚢に結合している。
各直筋には2つの筋層がある。
プーリーは滑車が上斜筋腱の経路を屈曲させるのと同様に、直筋および下斜筋の経路を屈曲させる。隣接するプーリー間には密なバンドが存在する。
LR-SRバンドは下斜筋の下方への力に対して外直筋プーリーを垂直方向に支持し、その位置を維持している。加齢に伴いこのバンドが変性すると、外直筋プーリーが下方へ偏位(サギング)し、上直筋は内方へ偏位する1)。外直筋が下方へ垂れ下がると外転機能が低下し、内斜視が生じる1)。
加齢性遠見内斜視
両側対称性の変性:両側のLRプーリーが対称的に下方シフトする。
遠見内斜視:外転低下により遠見固定で内斜視、近見固定では正位。
水平機能は保持:水平方向の眼球運動範囲とサッケード速度は正常に保たれる。
回旋垂直斜視
左右非対称の変性:LRプーリーの下方シフトが左右で非対称に生じる。
下斜視+外回旋:より変性が進んだ側の眼に下斜視と外回旋を認める。
LR-SRバンド断裂:CVS眼の91%で靭帯断裂が確認される。
重い眼症候群とは画像的にも異なり、重い眼症候群では外直筋の偏位がはるかに大きく、上直筋の鼻側変位と眼球の上耳側への脱出を認めるが、下垂眼症候群ではこれらの所見は軽微である1)。
プーリーとは、外眼筋の経路を制御する結合組織の環状構造である。テノン嚢内の眼球赤道部付近に位置し、コラーゲン・エラスチン・平滑筋から構成される。直筋の眼窩層がプーリーに停止することで、眼球運動時の筋の作用方向が決定される。
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