この疾患の要点
眼窩蜂窩織炎は眼窩 隔膜より後方に生じる眼窩内感染症であり、隔膜前蜂窩織炎(眼瞼蜂窩織炎)と明確に区別される。
副鼻腔炎(特に篩骨洞炎)からの波及が最多で、小児の眼窩感染の91%が副鼻腔炎に関連する。
眼球突出 ・眼球運動障害 ・疼痛・視力 低下が主徴であり、これらが揃えば眼窩蜂窩織炎を強く疑う。
CTが診断の基本検査であり、骨膜下膿瘍(SPA)の有無と大きさを評価して外科的介入の適否を判断する。
原因菌としてMRSAの割合が増加傾向にあり、バンコマイシンを含む広域抗菌薬の選択が重要である。
早期診断と適切な入院治療により良好な転帰が期待できるが、治療の遅れや頭蓋内進展例では重篤な合併症を生じうる。
眼窩蜂窩織炎(orbital cellulitis)は、眼窩隔膜(眼瞼の前面にある線維性膜)より後方の眼窩内軟部組織に生じる細菌性感染症である。眼科的緊急疾患の一つとして位置づけられる。
眼窩感染症の重症度はChandler分類(1970年)によって評価される。
Chandler I〜III
I度(眼窩周囲蜂窩織炎) :眼瞼・周囲軟部組織の浮腫。眼窩隔膜前部に限局。
II度(眼窩蜂窩織炎) :眼窩内脂肪組織への感染波及。眼球突出・眼球運動障害を伴う。
III度(骨膜下膿瘍) :眼窩壁骨膜と眼窩壁の間に膿瘍形成。
Chandler IV〜V
IV度(眼窩膿瘍) :眼窩脂肪内に膿瘍形成。高度の眼球突出と完全な眼球運動制限。視力低下が顕著。
V度(海綿静脈洞 血栓症) :頭蓋内への感染波及。両眼性所見・意識障害を伴う最重症型。
本疾患は小児に好発し、青壮年にも発症する。眼窩周囲の解剖学的位置関係から副鼻腔炎(特に篩骨洞炎)との関連が深い。成人に比べ小児では免疫応答が異なり、篩骨洞に隣接する薄い篩板(lamina papyracea)を介して感染が容易に眼窩へ波及する。副鼻腔との関連を確認するため、疑いがあれば早めの画像検査が望ましい。
Q 隔膜前蜂窩織炎(眼瞼蜂窩織炎)と眼窩蜂窩織炎はどう違うのか?
A 隔膜前蜂窩織炎は眼窩隔膜より前方(眼瞼側)に限局した感染で、眼球突出・眼球運動障害・視力低下を伴わない。眼窩蜂窩織炎は隔膜後方の眼窩内まで感染が及んだ状態であり、これらの所見が加わる。両者の鑑別にはCTが有用である。
眼瞼腫脹・発赤 :最も早期から現れる症状であり、急速に増悪することが多い。
眼痛・頭痛 :眼窩内圧上昇と炎症による疼痛。
複視 (ものが二重に見える) :眼球運動障害に伴い出現する。
視力低下 :視神経 への圧迫・血流障害により生じる。重篤な兆候の一つである。
発熱 :全身の炎症反応として出現する。
MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)による眼窩蜂窩織炎9例の検討では、眼瞼浮腫88.9%・疼痛88.9%・眼球突出66.7%・眼球運動制限66.7%・発熱55.5%が記録された。1)
眼球突出 :眼窩内膿瘍や浮腫による眼窩内容の増大による。程度が大きいほど重症。
眼球運動障害 :外眼筋 の直接的な炎症浸潤または神経支配障害による。眼球運動麻痺の回復は最も遅く、回復に18ヶ月を要した例もある。3)
眼瞼浮腫・結膜 浮腫(ケモシス) :静脈・リンパ還流障害による。
眼圧 上昇・視神経乳頭浮腫 :眼窩内圧上昇により視機能が脅かされる所見。
新生児における眼瞼後退(eyelid retraction) :新生児眼窩蜂窩織炎では眼瞼後退が重要な早期サインである。2)
検査値としては、CRP 中央値178 mg/L・WBC中央値17.9×10⁹/Lが報告されている。1)
Q 視力低下があれば緊急手術が必要か?
A 視力低下は視神経圧迫を示す危険な徴候であり、緊急処置を要する可能性が高い。ただし手術適応は視力低下単獨ではなく、CTによる膿瘍サイズ・部位・年齢・抗菌薬治療への反応性を総合して判断する。詳細は「標準的な治療法」の項 を参照。
眼窩蜂窩織炎の発症経路は主に3つに分類される。
副鼻腔炎からの直接波及 :最多経路。小児における眼窩感染の91%が副鼻腔炎(特に篩骨洞炎)に起因する。7) 薄い篩板(lamina papyracea)を介して感染が眼窩内へ容易に進展する。バルブレス(弁なし)静脈による直接の血行性波及も関与する。7)
血行性感染(菌血症) :免疫不全者や新生児では血流を介した感染が起こりうる。
外因性感染 :眼窩周囲の外傷、眼科手術、周囲組織からの直接波及。
主要菌種 :黄色ブドウ球菌(S. aureus )、化膿レンサ球菌(S. pyogenes )、肺炎球菌(S. pneumoniae )が代表的な原因菌である。
MRSA :近年増加傾向にある。台湾でのMRSAの割合は14.5%から 37.5%に上昇し、オーストラリアでは28.6%と報告されている。1) PVL(Panton-Valentine leukocidin)毒素産生株は膿瘍形成との関連が強い。1)
免疫不全者(HOC;血行性眼窩蜂窩織炎) :カンジダ・MRSA・クレブシエラ・腸球菌・接合菌など多彩な病原体が関与する。3)
新生児 :MS SA(メチシリン感受性黄色ブドウ球菌)が多いが、菌血症・髓膜炎を合併しやすい。2)
上気道感染・副鼻腔炎・顔面外傷・歯性感染症・免疫不全状態(HIV感染を含む)が主なリスク因子である。8)
予防・日常のケア
副鼻腔炎や上気道感染を繰り返す場合は、早めに耳鼻科を受診してください。
眼瞼や顔面の急速な腫脹・発赤・痛み・発熱が出現した場合は、直ちに眼科または救急外来を受診してください。
特に乳幼児で眼瞼の腫れに気づいた場合は、放置せず速やかに受診することが重要です。
Q なぜ副鼻腔炎から目に感染が広がるのか?
A 眼窩の内側壁(篩板)は非常に薄く、篩骨洞に隣接している。また、副鼻腔と眼窩の間には弁のない静脈(バルブレス静脈)が走行しており、感染が双方向に広がりやすい。7) このため篩骨洞炎があると感染が眼窩内へ直接波及しやすい。
検査 用途・特徴 CT(造影) 第一選択。骨膜下膿瘍の有無・大きさ・位置を評価 MRI(STIR法) 軟部組織・骨髄炎・頭蓋内病変の詳細評価 Bスキャン超音波 放射線被曝を避けたい場合の補助検査
CT検査 が診断の基本であり、眼窩に対して 3mm以下のスライス厚で冠状断像を含めた撮影が推奨される。造影CTにより骨膜下膿瘍・眼窩膿瘍の同定と、副鼻腔炎の合併評価が可能となる。
**MRI(特にSTIR法)**は軟部組織コントラストに優れ、CTが骨髄炎を検出できない発症12日以内の例でも骨髄炎を描出できる。4) 頭蓋内合併症(硬膜外膿瘍・脳膿瘍)の評価にも不可欠である。DWI(拡散強調像)は膿瘍形成の確認に有用である。1)
血液検査 :WBC・CRP・プロカルシトニン(PCT)を評価する。Coleombeらの報告ではWBC 17700/μL・CRP 107 mg/L・PCT 5.04 ng/mLが記録された。7)
血液培養 :通常の眼窩蜂窩織炎での陽性率は2〜7.9%程度にとどまるが、免疫不全者(HOC)では75%と高い陽性率が得られる。3)
次世代シークエンシング(NGS) :48時間以内に病原体同定が可能であり、通常の培養法が困難な症例でも有用である。3)
鑑別が必要な疾患には以下が含まれる。
隔膜前蜂窩織炎(眼瞼蜂窩織炎) :隔膜前に限局し、眼球突出・眼球運動障害を欠く。8)
特発性眼窩炎症(偽腫瘍) :非感染性の眼窩炎症。ステロイド への反応が良好。
眼窩腫瘍 ・リンパ腫 :繰り返す治療抵抗性の症例では腫瘍の除外が必要である。培養陰性の再発例では悪性リンパ腫の可能性を考慮する。9)
甲状腺眼症 ・眼窩仮性腫瘍 :両側性・慢性経過・発熱なしで鑑別の参考となる。
眼窩蜂窩織炎は入院のうえ経静脈的抗菌薬投与 を原則とする。耳鼻咽喉科との連携が必須であり、必要に応じて外科的排膿を行う。
初期経験的治療は以下を基本とする。
セフトリアキソン(100 mg/kg/日)+バンコマイシン :MRSA・グラム陰性菌を含む広域カバー。骨膜下膿瘍を伴う重症例や地域のMRSA流行地では必須。4)
セフォタキシム/セフトリアキソン+フルクロキサシリン→バンコマイシン :MRSA判明後はバンコマイシン(±クリンダマイシン)へ変更。1)
メトロニダゾール追加 :嫌気性菌(前頭洞経由の頭蓋内波及)が疑われる場合に併用する。4)
セフタジジム+クリンダマイシン :緑膿菌(Pseudomonas )カバーを要する場合。6)
新生児(バンコマイシン 15 mg/kg+メロペネム 40 mg/kg を1日3回) :MSSA・グラム陰性菌の両方をカバー。最低3週間の投与が必要であり、3週未満での中止は失敗リスクを高める。2)
外来点滴治療(OPAT)への移行は臨床的安定後に検討し、内服への切り替えは長期間(7週間に及ぶことも)を要する。4)
手術適応の目安
大きな膿瘍 :骨膜下膿瘍が大きい場合(例:20 mm以上)は積極的排膿を検討する。
視機能障害 :視力低下・求心性瞳孔 反応障害がある場合は緊急適応となりうる。
抗菌薬不応 :適切な抗菌薬治療後も悪化・無改善の場合。
頭蓋内進展 :硬膜外膿瘍・脳膿瘍への波及が認められる場合。
手術術式
FESS(機能的内視鏡副鼻腔手術) :副鼻腔炎の排膿・ドレナージ。MRSA症例の88.9%に施行された。1)
眼窩外ドレナージ :外切開による膿瘍排膿。内視鏡手術との併用(combined approach)も行われる。4)
多科連携 :耳鼻科・眼科・脳神経外科の連携が重篤例では不可欠。4)
デキサメタゾンの補助療法としての有用性が報告されている。
AlQahtaniらは3歳のMRSA+緑膿菌感染例(骨膜下膿瘍6.6 mm)に対し、セフタジジム+クリンダマイシンに加えてデキサメタゾン 6 mg(q12h、3日間)を3コース投与し、劇的な改善を達成したと報告した。6)
Heri-KovacsらはCOVID-19ワクチン接種後に発症した眼窩蜂窩織炎例にIVデキサメタゾン250 mg/日を4日間投与し、副鼻腔炎合併なしの症例で有効であったと報告した。5)
ステロイドの使用は個々の臨床状況に応じた判断が必要であり、標準的な投与プロトコールは確立されていない。
治療における注意点
眼窩蜂窩織炎では、治療開始後も視力・眼球突出・眼圧・眼球運動の経時的モニタリングが必須である。
MRSAが疑われる重症例や培養陰性例では、経験的にバンコマイシンを含む広域抗菌薬を早期から開始する。
抗菌薬の投与期間が不足すると再燃しやすい。特に新生児では3週間未満での中止は失敗リスクが高い。2)
視力障害・頭痛増悪・意識変化が出現した場合は頭蓋内合併症の可能性があり、緊急で神経画像を施行する。
Q 骨膜下膿瘍(SPA)はすべて手術が必要か?
A すべてのSPAが外科的排膿を必要とするわけではない。膿瘍サイズが小さく視機能が保たれ、抗菌薬治療に良好に反応する場合は保存的治療が試みられる。ただし視力低下・眼圧上昇・抗菌薬不応などがあれば外科的排膿を早急に検討する必要がある。
眼窩と副鼻腔の接触面となる**篩板(lamina papyracea)**は眼窩内壁を形成する骨板で、きわめて薄く穿孔を生じやすい。この解剖学的特徴が篩骨洞炎から眼窩への感染波及を容易にする。
副鼻腔と眼窩の間には**弁のない静脈(バルブレス静脈)**が走行しており、感染が血行性に双方向へ拡散しうる。7) 前頭洞炎からは硬膜外・頭蓋内への直接波及も起こりうる。4)
PVL毒素(Panton-Valentine leukocidin) :コミュニティ獲得型MRSAが産生する毒素であり、白血球傷害・膿瘍形成と強く関連する。1)
バルブレス静脈による頭蓋内波及 :前頭洞の感染が眼窩さらに硬膜外・脳内へ及ぶ経路となる。7)
免疫不全(HOC)における重症化 :免疫不全者では血行性眼窩感染(hematogenous orbital cellulitis; HOC)が発症し、複数の日和見病原体が関与しうる。3) 眼球運動麻痺の回復に最長18ヶ月を要することがある。3)
Angら9例の後方視的研究では、MRSA眼窩蜂窩織炎の入院期間中央値は13.7日であり、100%の症例で外科的処置が必要であった。1) MRSAの眼窩蜂窩織炎に占める割合は地域によって差があり、台湾では14.5%から 37.5%へ上昇している。1)
抗菌薬選択の最適化と、PVL産生MRSAを考慮した初期治療プロトコールの確立が今後の課題である。
Tangらは免疫不全者に発症した4例のHOCを報告し、NGSが通常48時間以内に病原体を同定できる点を強調した。3)
Heri-KovacsらはVeroCell(不活化COVIDワクチン)2回目接種9日後に副鼻腔炎合併なしの眼窩蜂窩織炎(5 mm眼球突出・眼球運動麻痺)を発症した72歳男性を報告した。5) IVデキサメタゾン250 mg/日を4日間投与して 4日で消退した。病態機序は未解明である。
Ishakらは培養陰性の「眼窩蜂窩織炎」として繰り返し治療を受けていた症例が最終的にB細胞リンパ腫であったと報告した。9) 治療抵抗性・再発性の眼窩蜂窩織炎では腫瘍や肉芽腫性疾患を早期に疑い、生検を含む精査が不可欠である。
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