グループI
脳幹核の低形成/欠損:外転神経核・顔面神経核を含む脳幹神経核が形成されない、または著しく縮小している。

メビウス症候群(Möbius syndrome)は、第6脳神経(外転神経・CN6)と第7脳神経(顔面神経・CN7)の先天性障害により、非進行性の顔面筋麻痺と水平眼球運動障害を呈する稀な先天性疾患である。先天性脳神経異常支配症候群(CCDDs; Congenital Cranial Dysinnervation Disorders)に分類される1)。
発生率は出生5万〜50万人に1人と推定される。性差はない。遺伝形式はほとんどが孤発性であるが、まれに優性遺伝の家系が報告されている。四肢異常を伴う場合はポーランド・メビウス症候群(Poland-Möbius syndrome)と呼ばれる。
病理学的には、外転神経核を含む脳幹部の神経核の低形成または萎縮が認められる。NINDSによる病理学的分類では、以下の4グループに整理されている。
グループI
脳幹核の低形成/欠損:外転神経核・顔面神経核を含む脳幹神経核が形成されない、または著しく縮小している。
グループII
末梢神経の変性:顔面末梢神経でのニューロン消失と変性が主体である。
グループIII
神経核の壊死・硬化:脳幹核のニューロン消失と変性に加え、微小損傷や硬化を伴う。
グループIV
脳神経病変なし:明確な脳神経病変はなく、筋症状が主体である。
出生5万〜50万人に1人と推定される稀な疾患である。性差はなく、ほとんどが孤発性で遺伝しにくいが、まれに優性遺伝の家系が報告されている。
随伴しうる脳神経病変を以下に示す。
| 脳神経 | 障害による臨床症状 |
|---|---|
| CN5(三叉神経) | 顔面感覚障害 |
| CN8(内耳神経) | 感音性難聴 |
| CN10(迷走神経) | 嚥下障害・構音障害 |
| CN12(舌下神経) | 舌萎縮・構音障害 |
認知機能については相反するエビデンスが存在する。日本の眼科学教科書ではほとんどの症例に知能低下が合併するとされているが、文献によって見解が異なる。
水平方向の眼球運動が障害されるが、垂直方向(上下)の運動は保存される1)。重症度には個人差があり、外転制限のみの症例から完全な水平眼球運動障害まで幅がある。
メビウス症候群の病因については複数の仮説が提唱されており、単一の原因ではなく多因子性と考えられている。
病理学的には外転神経核を含む脳幹部の神経核の低形成または萎縮が認められる。
大半は孤発性であり、遺伝しにくい疾患である。PLXND1遺伝子変異や妊娠初期の催奇形性物質曝露など複数の病因仮説が提唱されている。まれに優性遺伝の家系報告があるが、家族例でも完全な診断基準を満たさないことが多い1)。
メビウス症候群の診断は主に臨床的に行われる。世界共通の診断基準は現在存在しない。
代表的な鑑別疾患を以下に示す。
| 疾患 | 鑑別のポイント |
|---|---|
| Duane症候群 | 外転障害+内転時眼球後退・瞼裂狭小。片眼性82%・左眼に多い。顔面麻痺を伴わない。 |
| CFEOM(先天性外眼筋線維症) | 眼瞼下垂+上転障害が主体1)。水平運動障害は主症状でない。 |
| HGPPS(水平注視麻痺+進行性側弯症) | 外転・内転とも不能だが眼球後退なし1)。側弯の合併が特徴。 |
完治させる治療法は存在しない。症状に応じた対症療法が中心であり、眼科・形成外科・歯科による多職種連携(interdisciplinary approach)が必要である。
薄筋移植術(gracilis muscle transfer)により顔面筋機能を回復し、笑顔を作れるようになる場合がある。形成外科との連携が必要であり、すべての症例に適応されるわけではない。
メビウス症候群の病態生理は、CCDDsの枠組みで理解される。主要な発症メカニズムは以下の2つである1)。
(a) 神経細胞の特定化の障害
脳幹のパターン形成に必要な転写因子の連続的発現が障害され、特定の運動神経核(CN6・CN7核)が消失する。この機序では脳幹の発生学的な「地図」そのものが形成されないため、標的の神経核が存在しない状態となる。
(b) 軸索の成長・誘導の障害
神経細胞は存在するが、脳神経の軸索が標的筋に到達できない状態である。誤誘導(misrouting)により、本来とは異なる筋肉に神経支配が起こることもある。
PLXND1遺伝子は膜受容体タンパク質プレキシンD1をコードし、神経系の血管形成と運動ニューロンの移動・増殖に関与する。マウスモデルでは以下が示されている1)。
CN6・CN7核は脳幹の分水嶺領域(血管供給が脆弱な境界域)に位置するため、虚血に対して特に脆弱である。催奇形性物質や血管異常による一時的な虚血が、この領域の脳神経核の壊死を招く。
橋においてCN6核の近傍をCN7が走行するという解剖学的関係から、両神経が同時に障害されやすい2)。
MacKinnon et al.(2014)は、大半のメビウス症候群が孤発性であること、家族例でも完全な診断基準を満たさないことが多いこと(外転障害を伴わない顔面麻痺のみの例がある)を報告している1)。
また、チューブリン異常症(tubulinopathies)との関連の可能性も示唆されており、常染色体優性の両側性顔面麻痺・眼瞼下垂・軟口蓋咽頭機能不全の家系が報告されている1)。
PLXND1遺伝子変異の機能解析が進展している。マウスモデルでの軸索誘導異常の解明により、メビウス症候群を含むCCDDsの遺伝的基盤の理解が深まりつつある1)。
Nagata et al.(2017)はPLXND1のC760R変異・G607S変異がそれぞれ異なる分子機序(タンパク質の局在異常とmRNAの分解)を通じて、いずれも外転神経の軸索誘導異常を引き起こすことを報告した1)。
CCDDsに関連する原因遺伝子の同定が進んでおり、メビウス症候群を含む先天性脳神経異常支配症候群全体の遺伝的多様性と病態機序の解明に向けた研究が続いている1)。
チューブリン異常症(tubulinopathies)の病態範囲がCCDDsに拡大する可能性が示唆されており、今後の遺伝子解析研究による詳細な解明が期待される1)。