異常接続説
最も支持される仮説:三叉神経と動眼神経の間に本来存在しない神経接続がある。
接続レベル:皮質/皮質下、核間、核下(CN V3とCN III上枝)、末梢(耳介側頭神経経由)の各レベルが想定される。

マーカス・ガン下顎瞬目眼瞼下垂(Marcus Gunn jaw-winking ptosis)は、下顎の咀嚼運動に伴い上眼瞼の共同運動が生じる先天性神経原性眼瞼下垂である。1883年にRobert Marcus Gunnが片側性の眼瞼下垂を呈する15歳少女の症例として初報告した。先天性神経原性眼瞼下垂の中で最も一般的な病型とされる。
先天性眼瞼下垂の2〜13%にマーカス・ガン下顎瞬目現象がみられる1)。通常は片側性で左側に多く、男女比は同等である1)。まれに両側性の報告もある。稀な家族性症例では不規則な常染色体優性遺伝パターンが報告されている1)。思春期まで気づかれないこともある1)。
ほとんどが孤発性であり遺伝性は低い。ただし、稀な家族性症例で不規則な常染色体優性遺伝パターンが報告されている1)。近年ではACKR3遺伝子変異と眼球運動共同運動症の関連も示されている3)。
下顎瞬目の程度はミリメートル定規で共同運動による眼瞼の移動距離を測定し、以下のように分類する。
| 重症度 | 眼瞼移動距離 |
|---|---|
| 軽度 | <2mm |
| 中等度 | 2〜5mm |
| 重度 | ≥6mm |
眼科的合併症の頻度が高く、早期の管理が重要である1)。
弱視は30〜60%の患者に発生するが、下垂した眼瞼による視軸遮断が直接の原因となることは稀である。ほとんどは合併する斜視や不同視に続発する1)。そのため弱視の治療では斜視・不同視の矯正を優先する。
本疾患の病因は、咀嚼筋を支配する三叉神経運動枝と上眼瞼挙筋を支配する動眼神経上枝との先天的な異常接続(aberrant connection)である。外側翼突筋を支配する三叉神経と上眼瞼挙筋を支配する動眼神経の異常連合により、下顎運動時に眼瞼挙筋が同時収縮する。
ほとんどの症例は先天性であるが、後天性のマーカス・ガン現象も存在する。後天性は眼科手術、梅毒、外傷、橋腫瘍などの後に発症する。後天性では自然寛解の可能性があるが、先天性では通常生涯持続する。数年を経て先天性でも眼瞼下垂が自然軽快する場合がある。
異常接続説
最も支持される仮説:三叉神経と動眼神経の間に本来存在しない神経接続がある。
接続レベル:皮質/皮質下、核間、核下(CN V3とCN III上枝)、末梢(耳介側頭神経経由)の各レベルが想定される。
機能的干渉説
休止接続の活性化:通常は休止している神経接続が刺激される。
脱抑制説(Ascher):系統発生学的に原始的な既存メカニズムの脱抑制。健常者でも点眼時に口を開けてしまう現象を説明する。
先祖返り説
進化的逆戻り:魚類では顎を開ける動作と開眼動作が強く関連している。
筋弛緩仮説:眼輪筋が下顎開口動作で反射的に弛緩し、脆弱な挙筋が眼瞼を挙上できるようになる。
筋電図検査で外側翼突筋と上眼瞼挙筋の同時収縮が証明されている。
マーカス・ガン下顎瞬目現象と単眼挙上障害(MED)は同一疾患スペクトラムの可能性が指摘されている2)。いずれも先天性脳神経異常支配症候群(CCDDs)の一部として位置づけられる3)。
後天性のマーカス・ガン現象では自然寛解の可能性がある。一方、先天性では通常生涯を通じて持続する。先天性でも加齢とともに外見上改善することがあるが、これは患者が誘発動作を回避する方法を学習した結果であることが多い1)。
診断は特徴的な臨床所見に基づいて確定的に行う。口や顎の運動に伴う眼瞼の連動を確認する。乳児では授乳中の観察が診断の契機となることが多い。
弱視が認められる場合は、手術に先行して遮蔽法(occlusion therapy)や不同視矯正による積極的な治療を行う。斜視・弱視の管理は手術より優先される。合併する乱視の程度によっては眼鏡装用が望ましい場合もある。
6ヶ月ごとのフォローアップが推奨される。下垂した眼瞼による乱視の有無をチェックする必要がある。経過観察には写真記録が有用である。眼形成外科手術が有効であるが、自然軽快に伴う過矯正に注意する。
下顎瞬目が2mm以上の場合に手術適応となる。下垂のみを修復し下顎瞬目を修正しない場合、異常な眼瞼運動が強調され美容的に受け入れがたい結果となる。
Beard法
術式:両側の上眼瞼挙筋切除+両側の前頭筋吊り上げ術。
利点:瞬目現象をほぼ完全に消失させ、左右の対称性が良好。
課題:健側も手術するため、保護者・患者の同意取得が困難な場合がある。
Kersten法
術式:患側のみの片側挙筋切除+前頭筋吊り上げ術。
利点:健側に手術侵襲がない。
追加手術:結果が不十分な場合、後日対側の手術を選択できる。
Dillman-Anderson法
術式:Whitnall靭帯より上方の挙筋一部切除。
特徴:広範な剥離や眼瞼構造への損傷を避けながら挙筋機能を消失させる。
前頭筋吊り上げ術の具体的術式として、Fox pentagon法でシリコンチューブを用い、上眼瞼の瞼板と前頭筋を連結する方法がある2)。
必ずしも両目に行う必要はない。Beard法は両側手術で左右対称性が優れるが、Kersten法は患側のみの手術で、結果が不十分な場合に後日対側を追加できる。術式の選択は下顎瞬目の程度や弱視の有無を考慮して決定する。
本疾患の本態は、上眼瞼挙筋が本来の支配神経(動眼神経上枝)以外の運動神経からの過誤支配(misdirection)を受けることにある。組織病理学的研究では罹患した挙筋内に正常な横紋筋が認められ、筋原性変化ではなく神経支配異常が示唆されている。一部の研究では罹患した挙筋内に様々な程度の線維化が報告されている。
Cxcr4条件的ノックアウトマウスでは、動眼神経(CN3)が腹側ではなく背側に異常投射し、眼窩に到達しない。その代わりに三叉神経運動枝が感覚三叉神経の経路に沿って外眼筋に異所性投射することが示された3)。ただし胚ごとに異常支配の程度に変動がある。
Ackr3ノックアウトマウスではCN3、CN6、三叉運動神経の経路異常が示された。ACKR3変異は眼球運動共同運動症と関連するタンパク質のCXCL12結合親和性を低下させる3)。同一胚の左右で表現型が異なることも報告されている。
ケモカイン受容体ACKR3(CXCR7)のホモ接合性ミスセンス変異を持つヒトで、眼瞼下垂と外転時の同側眼瞼挙上が報告されている3)。ACKR3はCXCL12と結合するスカベンジャー受容体であり、CXCR4が利用可能なCXCL12量を調節している。
先天性脳神経異常支配症候群(CCDDs)の分子機構の解明が進んでいる。ACKR3変異によるヒトの眼球運動共同運動症が報告され、CXCR4/CXCL12シグナル経路が動眼神経の軸索誘導に重要な役割を果たすことが明らかになりつつある3)。
マーカス・ガン下顎瞬目現象と単眼挙上障害(MED)が同一疾患スペクトラムの異なる表現型である可能性が提唱されている2)。TUBB3遺伝子変異との関連も報告されており、今後の遺伝学的研究によりさらなる知見が期待される2)。
遺伝子治療が変異遺伝子の正常コピーへの置換という新規アプローチとなる可能性が示唆されている1)。ただし、現時点では基礎研究段階にあり、臨床応用には至っていない。