屈折矯正
適正な眼鏡処方:眼精疲労治療の最重要手段。遠視・乱視・不同視を正確に矯正する。
コンタクトレンズ処方:不同視が大きい場合、不等像視の軽減に有効。
調節麻痺薬:調節けいれんが確認された場合、調節麻痺点眼薬(アトロピン等)を一時的に使用する。

眼精疲労(asthenopia)は、器質的または機能的な眼部・全身の異常を背景に、眼の疲れ・眼痛・頭痛などを引き起こす一連の不定症候群である。単なる「疲れ目」とは異なり、十分な休息をとっても症状が回復しない重篤な状態を指す。ICD-10コードはH53.1である。
有病率の動向:
Song らによる63研究・60,589名を対象としたシステマティックレビュー&メタ解析では、眼精疲労の全体有病率は51%(95%CI: 50–52%)と報告されている1)。デジタルデバイスユーザーで90%、コンピュータ作業者で77%と高く、COVID-19パンデミック中には学齢児で45%から64%へ、大学生で36%から57%へ上昇した1)。
分類:
眼精疲労は原因によって以下のように分類される。
小児でも多く、屈折異常や視力低下を伴わない子供にも訴えが認められることがある。
「疲れ目」は休息によって症状が回復する一過性の状態を指す。眼精疲労は休息をとっても症状が改善しない重篤な状態であり、屈折異常・眼位異常・全身疾患などの背景に基づく不定症候群として区別される。
眼精疲労の自覚症状は多彩であり、眼部症状と全身症状の両方を含む。
メタ解析による症状頻度は以下の通りである1)。
かすみ・ピントのぼやけ・乾燥感も頻繁に訴えられる。重症化すると眼瞼けいれんを生じることもある。吐き気・顔面筋のぴくつき・片頭痛などの反射症状が出現することもある。
眼科的検査で確認される主な所見は以下の通りである。
眼精疲労は多因子疾患であり、眼科的・全身的・環境的要因が複合して発症する。
眼科的要因:
全身的要因:
環境的要因:
メタ解析によるリスク因子と保護因子(OR値):
以下に主要なOR値を示す1)。
| 因子 | OR(95%CI) | 分類 |
|---|---|---|
| エアコン使用 | 23.02(4.94–107.18) | リスク |
| 既存眼疾患 | 2.59(1.43–4.69) | リスク |
| 不適切な座位姿勢 | 2.02(1.51–2.70) | リスク |
| 遠視 | 1.56(1.10–2.30) | リスク |
| 近視 | 1.51(1.27–1.81) | リスク |
| スクリーン時間(1時間増加ごと) | 1.15(1.09–1.21) | リスク |
| 定期休憩 | 0.21(0.09–0.51) | 保護 |
| 良質な睡眠 | 0.24(0.20–0.30) | 保護 |
| コンピュータ使用知識 | 0.20(0.13–0.30) | 保護 |
| アンチグレアフィルター | 0.34(0.19–0.64) | 保護 |
エアコン使用のOR値は小規模研究に基づくため、解釈には注意を要する。
COVID-19感染後に遠視シフトと眼精疲労症状が出現した症例が報告されており、毛様体筋の調節維持能力の低下が示唆されている2)。
スクリーン時間が1時間増えるごとに眼精疲労のリスクがOR 1.15倍上昇することが示されている1)。一方、定期的な休憩を取ることでリスクはOR 0.21まで低下する。スクリーンタイムの制限と定期休憩の組み合わせが重要である。
眼精疲労の診断において最も重要なのは詳細な病歴聴取である。VDT使用時間・作業環境・自覚症状の出現タイミング・眼鏡の処方歴を丁寧に確認する。
必須の眼科的検査:
涙液膜の不安定性が視覚疲労の主因となりうることが指摘されており3)、マイボーム腺機能不全の評価も重要である。
除外すべき疾患:
閉塞隅角緑内障・ぶどう膜炎・視神経炎など、眼精疲労に類似した症状を呈する疾患の除外が必要である。VDT作業者には厚生労働省ガイドラインに基づくVDT検査も参考となる。
眼精疲労の治療は原因に応じた多面的なアプローチが基本である。
屈折矯正
適正な眼鏡処方:眼精疲労治療の最重要手段。遠視・乱視・不同視を正確に矯正する。
コンタクトレンズ処方:不同視が大きい場合、不等像視の軽減に有効。
調節麻痺薬:調節けいれんが確認された場合、調節麻痺点眼薬(アトロピン等)を一時的に使用する。
眼位矯正
プリズム眼鏡:10プリズムジオプトリー(Δ)程度の斜位にはプリズム眼鏡が有効。垂直眼位異常は角度が小さくても融像域が狭いため積極的に治療を考慮する。
視能訓練:輻輳不全・両眼視機能障害に対する訓練。
手術:大角度の眼位異常や薬物・訓練に抵抗する症例に適応。ボツリヌス毒素注射も斜視治療の選択肢の一つである。
環境調整
スクリーンタイム制限:20-20-20ルール(20分ごとに6m先を20秒注視)の実践。
ドライアイ治療:保湿剤点眼や眼周囲の温熱療法が調節機能改善・近方視力改善に有用。
作業環境改善:適切な照明・モニター位置・アンチグレアフィルターの導入。
メタ解析の結果、定期的な休憩が眼精疲労の強力な保護因子であることが示されており、そのOR値は0.21である1)。コンピュータ使用に関する知識もOR 0.20と有効な保護因子であり、20-20-20ルールの実践は科学的根拠に基づく予防策といえる。
眼精疲労の発症機序は原因によって異なり、複数の機序が複合することも多い。
調節性機序:
輻輳・両眼視の機序:
調節不全を伴う輻輳不全では、調節性輻輳と融像性輻輳がともに不十分となり、近見時の複視・眼精疲労を引き起こす。
涙液膜の機序:
涙液膜の不安定性は視覚疲労の主因の一つであることが指摘されている3)。瞬目回数の減少や蒸発亢進により涙液膜が破壊されると、散乱光の増加と視覚情報処理の負荷増大が生じる。
栄養学的・代謝的機序:
DHA(ドコサヘキサエン酸)は網膜光受容体のリン脂質の約50%を占め、omega-3系多価不飽和脂肪酸(PUFAs)の補給が網膜・眼表面の酸化ストレス軽減に有効であることが示唆されている4)。
COVID-19後の機序:
COVID-19感染後に副交感神経支配の低下が生じ、毛様体筋の緊張が低下することで遠視方向への屈折シフトが起こり、眼精疲労症状が出現することが報告されている2)。
Thakur ら(2023)は COVID-19 回復後に眼精疲労症状を呈した3症例を報告した2)。31歳女性、25歳男性、22歳男性のいずれも遠視シフトが認められ、適切な眼鏡処方によって症状が改善した。毛様体筋の調節維持能力の低下が示唆される。
COVID-19感染後に遠視シフトと眼精疲労症状が出現した症例が報告されており、毛様体筋の調節維持能力の低下が関与すると考えられている2)。適切な屈折矯正によって症状が改善する場合がある。
眼精疲労には国際的に合意された診断定義がなく、研究間での比較が困難である。Song ら(2026)のメタ解析は、以下の統一的診断基準を提案している1)。
この定義が標準化されれば、今後の疫学研究・介入研究の質が向上すると期待される。
omega-3系多価不飽和脂肪酸(PUFAs)の補給が眼表面の酸化ストレスを軽減し、涙液膜の安定化を通じて視覚疲労を改善する可能性があることが示唆されている4)。ただし、臨床的なエビデンスの蓄積はまだ不十分であり、今後の介入研究が期待される。
涙液膜の安定性を客観的に評価する手法の開発が進んでいる3)。この技術が臨床応用されれば、ドライアイ関連の眼精疲労を客観的に診断・モニタリングできるようになると考えられる。