この疾患の要点
タクロリムス視神経症(TON)は固形臓器移植後に使用されるカルシニューリン阻害薬タクロリムスにより稀に生じる視神経 障害である。
急性〜亜急性の両眼性・無痛性視力 低下として発症することが多い。
血清タクロリムス濃度が治療域内でも発症しうるため、血中濃度モニタリングでは予防できない。
発症時期はタクロリムス開始後2か月〜10年と幅広く、中央値は数か月である1) 。
視神経乳頭所見は正常・浮腫・蒼白と多彩であり、診断は除外診断による。
タクロリムス中止または代替免疫抑制剤への切り替えが基本治療であり、約半数で視力改善が期待できる1) 。
不可逆的な視力障害を防ぐために早期の発見と対応が不可欠である。
タクロリムス(FK506)はStreptomyces tsukubensis から産生されるカルシニューリンホスファターゼ阻害薬である2) 。T細胞の機能およびサイトカイン・インターロイキン合成を抑制し、固形臓器移植後の拒絶反応予防や自己免疫疾患(重症筋無力症 ・潰瘍性大腸炎・ループス腎炎など)の治療に広く使用される。日本での商品名はプログラフ、グラセプターである。
タクロリムス視神経症(Tacrolimus Optic Neuropathy; TON)は稀な合併症であり、2022年時点での文献上の報告例は16例程度にとどまる2) 。肺移植後患者65件の眼科コンサルトを対象とした後方視的研究では3例(4.6%)でTONが同定されており、想定より高頻度の可能性もある1) 。
発症時期はタクロリムス開始後2か月〜10年と幅広く、中央値は数か月である1) 。TONの最初期の症例報告はBrazisら(2000年)による肝移植後58歳男性の症例である。
タクロリムスの眼科的副作用としては、TONの他に涙液減少・睫毛乱生 ・サイトメガロウイルス網膜炎 ・皮質盲 ・黄斑 症なども報告されている。
Q タクロリムス視神経症はどれくらいの頻度で起きるのか?
A 文献上は16例程度の報告と極めて稀だが、肺移植後コンサルト65件中3例(4.6%)でTONが同定されたとの報告もあり1) 、実際の発症頻度はこれまで過小評価されていた可能性がある。
視力低下 :急性〜亜急性に発症する両眼性・無痛性の視力低下が典型的。軽度〜光覚なし(NLP)まで程度は多岐にわたる。
発症パターン :通常両眼性だが、初期は片眼性で数日〜数週間後に両眼性に進行することがある。稀に片眼性に留まる症例もある。
色覚障害(dyschromatopsia) :視力低下に先行したり並行して生じることがある1) 。
進行速度 :視力低下は数日〜数か月で生じることが多いが、1年以上かけて緩徐に進行する例もある。
視神経乳頭所見 :正常・浮腫・蒼白と多彩。乳頭浮腫 は乳頭周囲出血を伴う場合も伴わない場合もある。
著明な乳頭浮腫の報告 :Husseinら(2022)は心臓移植後60歳男性で光干渉断層計 (OCT)網膜神経線維層 (RNFL)平均厚442μm(右眼)・330μm(左眼)という既報中最大の乳頭浮腫を報告した2) 。乳頭周囲出血も伴っていた。
視野異常 :上方・下方の鼻側視野欠損 ・全般的感度低下・両耳側半盲 ・中心暗点 など多彩。Hussein症例では乳頭浮腫に対応した視野狭窄と盲点拡大を呈し、乳頭浮腫(papilledema)に類似した所見を示した2) 。
RAPD (相対的瞳孔求心路障害) :左右差のある症例ではRAPD陽性。
OCT所見 :急性期にはRNFL厚増大(浮腫)、慢性期には菲薄化(萎縮)を示す1,2) 。Hussein症例ではシクロスポリン への切り替え12か月後にRNFL厚が442μm→62μm(右眼)に減少した2) 。
色覚検査 :Hardy-Rand-Rittler色覚検査で0/12(両眼)、石原式で1.5/14(右眼)・11.5/14(左眼)など著明な低下が報告されている1) 。
TONの原因物質はタクロリムス(カルシニューリン阻害薬)そのものである。以下のリスク因子が明らかになっている。
ABCB1(MDR1)遺伝子多型 :中枢神経系(CNS)へのタクロリムス透過性を増加させ、感受性を高める可能性がある1) 。
移植片対宿主病(GVHD) :血液脳関門の一過性破綻によりCNSへのタクロリムス透過が増加する。GVHDは肝機能障害によりタクロリムスクリアランスを20%低下させ、急性腎障害(AKI)により40%低下させる1) 。
急性腎障害(AKI) :3症例すべてで視覚症状出現前後に一過性AKIが認められ、クレアチニン上昇とTON発症の関連が示唆された(因果関係は不明)1) 。
血液脳関門を破綻させる感染症 :VZV髄膜炎などがCNSへのタクロリムス透過を増加させる可能性1) 。
治療期間 :長期使用ほどリスクが高い可能性。ただし2か月で発症した例もあり期間のみでは予測不能。
胆汁排泄経路の障害 :タクロリムスは主に胆汁排泄で排出されるため、胆道系疾患患者では代替免疫抑制剤の検討が必要。
血中濃度は発症の予測因子にならない 。治療目標域(5〜20 ng/mL)内でも発症した複数の症例が報告されており(Ascasoら 2.6 ng/mL、Kesslerら 3.4 ng/mL、Shaoら 13.9 ng/mL など)、半減期が3.5〜40.5時間と幅広いため、血漿濃度は実際の体内負荷を正確に反映しない可能性がある1) 。
タクロリムスを服用中の方へ
視力低下・色の見え方の変化・視野の暗い部分に気づいたら速やかに眼科を受診してください。
血中濃度が正常範囲内であっても視神経障害は起こりうることが知られています。
自己判断でタクロリムスを中止せず、必ず主治医に相談してください。
Q タクロリムスの血中濃度が正常範囲内でも視神経症は起こるのか?
A 起こりうる。治療目標域内でも発症した複数の症例が報告されており、血中濃度モニタリングだけでは視神経症の発症予防はできない1) 。タクロリムスの半減期が3.5〜40.5時間と幅広く、血漿濃度は実際の体内負荷を正確に反映しない可能性があるためである。
TONは除外診断であり、感染性・炎症性・腫瘍性の視神経障害を除外した上で診断する1) 。
散瞳 下眼底検査 :視神経乳頭の浮腫・蒼白・正常の評価。
OCT :網膜神経線維層厚の評価。急性期には肥厚(442μmまでの報告あり2) )、萎縮期には菲薄化(62μmまでの低下2) )を示す。
視野検査 (ハンフリー視野計 ) :視野欠損のパターン評価。
色覚検査(石原式・Hardy-Rand-Rittler) :色覚障害の定量評価。
蛍光眼底造影 (FA) :視神経乳頭への血流遅延・欠損の評価(YunらやShaoらで報告)。
MRI(脳・眼窩 ) :正常〜視神経の造影増強・白質病変など症例間で所見は大きく異なる。神経症状を有するタクロリムス使用患者のうち白質異常は35.7%のみ1) 。
MRV(磁気共鳴静脈造影) :頭蓋内圧亢進(乳頭浮腫との鑑別)の除外に有用2) 。Hussein症例では開放圧12 cmH2O(正常)、2回目も14 cmH2O と正常で乳頭浮腫を否定した2) 。
タクロリムス血清濃度 :治療域の確認(ただし発症の予測因子にはならない)。
除外のための検査 :CBC・ACE・RF・ANCA・ANA・補体 ・VDRL。
感染症除外 :サイトメガロウイルス・トキソプラズマ・ライム病 ・VZV・HSV・クリプトコッカス・真菌および細菌培養1) 。
代謝性原因除外 :葉酸・ビタミンB12。
腎機能(クレアチニン) :AKIの評価1) 。
腰椎穿刺 :頭蓋内圧亢進・感染症の除外(髄液の細胞数・糖・蛋白・培養)。
虚血性視神経症(非動脈炎性前部虚血性視神経症 〔NAION〕/前部虚血性視神経症〔AION〕)
栄養欠乏性視神経症(葉酸・ビタミンB12欠乏)
腫瘍性・圧迫性視神経症
感染性視神経症(CMV・クリプトコッカス・VZV等)
脱髄性視神経炎
Leber遺伝性視神経症
他の薬剤性視神経症(エタンブトール等)
乳頭浮腫(papilledema):頭蓋内圧亢進によるもの。腰椎穿刺・MRVで除外2) 。
可逆性後白質脳症症候群 (PRES):タクロリムスによる可逆性後白質脳症症候群とTONは共存しうる1) 。
中毒性視神経症の治療原則は中毒物質の中止であり、薬剤の中止・休薬が遅れれば不可逆性の視機能異常が残存する危険がある。
中止のメリットがリスクを上回る場合に推奨されるが、移植臓器の生存や自己免疫疾患管理のためにタクロリムス中止が困難な場合もある。その際は医療チーム間での慎重な協議が必要である。
中止
第一選択の対応 :TONと診断されたら速やかにタクロリムス中止を検討する。
移植臓器の状態や自己免疫疾患の活動性を考慮し、主治医チームとの協議のうえで判断する。
代替薬への切り替え
シクロスポリン :最も報告の多い切り替え先。Husseinら症例でタクロリムス3mg BIDからシクロスポリン150mg BIDに切り替え後、12か月で視力20/25(両眼)に改善、RNFL厚も正常化した2) 。
マイコフェノール酸モフェチル :代替薬として使用し視力回復が報告されている(Kesslerら)。
ステロイド補助
確立された治療法ではない 。Guptaら:タクロリムス中止+プレドニゾロン経口で視力安定・視野改善。
中止しない場合の限界 :Ascasoら:タクロリムス継続のまま高用量ステロイド パルスを行ったが改善なし。
治療における注意点・副作用
タクロリムスを自己判断で中止すると移植拒絶反応など重篤な合併症を招く可能性がある。必ず主治医の指示のもとで対応すること。
シクロスポリンへの切り替えはシクロスポリン自体も視神経毒性を有するという報告があるため、切り替え後も眼科的フォローアップを継続する必要がある。
Q タクロリムスを中止すれば視力は回復するのか?
A 中止により約半数(50%程度)で少なくとも部分的な視力改善が期待できる1) 。ただし中止後も悪化が続く例や不可逆的な視力障害が残存する例もある。早期介入がより良好な転帰をもたらす傾向がある2) 。
TONの発症機序は血管性・脱髄性・直接毒性の複数のメカニズムが提唱されており、個々の症例で異なる可能性がある。
血管性(虚血)機序
トロンボキサンA2上昇 :タクロリムスがトロンボキサンA2レベルを上昇させ、血管収縮を引き起こし視神経虚血を招く。
蛍光造影所見 :FAで視神経乳頭への血流欠絶(Yunら)や充填遅延・減少(Shaoら)が報告されている。
機序 :プロスタサイクリンとトロンボキサンA2の相互作用の修飾による血管収縮と相対的組織虚血2) 。
脱髄・直接毒性機序
髄鞘への親和性 :タクロリムスは脂溶性で脂質含有量の高い髄鞘に親和性を持ち、オリゴデンドロサイトに損傷を与える。
組織学的証拠 :視神経生検で軸索は保存されつつ著明な髄鞘脱落が確認され、虚血性変化はみられなかった(Rasoolら)2) 。
直接神経毒性 :軸索浮腫・含水量増加・神経組織浮腫を引き起こす2) 。
血液脳関門の破綻 :GVHDや髄膜炎(VZVなど)による血液脳関門の一過性破綻がタクロリムスのCNS透過を増加させる可能性がある1) 。ABCB1(P糖蛋白質多剤排出ポンプ)の遺伝子多型ではCNSからのタクロリムス排出が低下し、血漿濃度と無関係にCNS毒性感受性が増加する1,2) 。
PRESとの関連 :TONはPRES(後部可逆性脳症症候群)に先行する場合がある。TONは血管調節異常と血液脳関門機能不全の早期徴候である可能性が示唆されている1) 。
薬物動態学的要因 :タクロリムスは肝代謝後も生物学的活性を維持する。半減期が3.5〜40.5時間と幅広く、正常血漿濃度は実際のタクロリムス負荷を正確に反映しない可能性がある1) 。
Q タクロリムス視神経症はシクロスポリンによる視神経症と同じか?
A 別の病態とされている。脂溶性の高いタクロリムスは髄鞘に親和性が高く、視神経生検で髄鞘脱落が主体の所見が報告されている2) 。シクロスポリンへの切り替えで視力が改善した報告もあることから、両薬剤の毒性機序は異なると考えられる。
Nandaら(2021)は肺移植後3例のTONを報告し、既報16例(自験3例含む)の臨床像を一覧化した1) 。65件のコンサルト中3例という頻度は想定より高く、肺移植後のルーティン眼科フォローアップの必要性を提唱した。現在、肺移植後の定期眼科フォローアップの指針は存在しない。
Husseinら(2022)はOCT 網膜神経線維層 442μmという既報中最大の乳頭浮腫を呈するTONを報告した2) 。乳頭浮腫(papilledema)と類似した所見を示したが、腰椎穿刺で頭蓋内圧は正常であった。シクロスポリンへの切り替え後に著明な改善を得た本症例は、papilledemaとTONの鑑別の重要性を強調する。
発症メカニズム(虚血性 vs 脱髄性)の解明
ABCB1遺伝子多型など遺伝的リスク因子の層別化
移植後の眼科的フォローアップガイドラインの策定1)
タクロリムスの代謝や分布の個人差を考慮した投与管理法の開発
Nanda T, Rasool N, Bearelly S. Tacrolimus induced optic neuropathy in post-lung transplant patients: A series of 3 patients. Am J Ophthalmol Case Rep . 2021;23:101155.
Hussein IM, Micieli JA. Tacrolimus optic neuropathy mimicking papilledema. Case Rep Ophthalmol . 2022;13:693-700.
記事の全文をコピーして、お好みのAIに貼り付けて質問できます
下のAIを開いて、チャット欄に貼り付け(ペースト) してください