この疾患の要点
ニパウイルス(NiV)はパラミクソウイルス科ヘニパウイルス属のRNA ウイルスで、致死率(CF R)は40〜75%に達する。
眼科的合併症には脳神経麻痺(CN3・CN6)、Horner症候群、眼振 、網膜動脈分枝閉塞症 (BRAO )などが含まれる。
遅発性眼合併症は初期感染から数ヶ月〜1年後に出現することがある。
脳幹障害を示す人形目反射異常(死亡例の87%)・ピンポイント瞳孔 (死亡例の97%)は予後不良の指標となる。
確定診断はRT-PCRによる。承認された治療法はなく、対症療法が中心である。
リバビリンは一部の研究で死亡率低下と相関したが、有効性は確立されていない。
ニパウイルス(Nipah virus; NiV)はパラミクソウイルス科ヘニパウイルス属に属する、エンベロープを保有するマイナス鎖一本鎖RNAウイルスである。1998年、マレーシアのSungai Nipah村で初めて特定された。自然宿主はオオコウモリ属(Pteropus )であり、東南アジア・南太平洋・オーストラリアに分布する。バイオセーフティレベル4(BSL-4)病原体に分類される。
WHOは25回のアウトブレイクで429例・307死亡を記録している。主な流行地域と規模は以下の通りである1)2) 。
流行地域・年 症例数 CFR マレーシア 1998–1999 265例 38.5% バングラデシュ 2001–2015(17回) 261例 75.9% インド(4回のアウトブレイク) 92例 73.9% フィリピン 2014 17例 52.9%
NiV感染症の主な臨床像は発熱・脳炎などの全身症状であるが、眼科的・神経眼科的合併症を伴うことが知られている。本記事ではこれらの眼科的特徴に焦点を当てて解説する。
Q ニパウイルスはどのような地域で流行するのか?
A 南アジア・東南アジアを中心に繰り返しアウトブレイクが報告されている。マレーシア、バングラデシュ、インド、フィリピンでの流行が確認されており、自然宿主であるオオコウモリの生息域と重なる地域での発生が多い2) 。
全身症状 (発症最初の2週間)
発熱 :最も頻度が高く、系統的レビュー(68例)では80%に認められた1) 。
頭痛・筋痛 :各47%に報告1) 。
呼吸困難/ARDS :44.1%。意識変容も同率1) 。
嘔吐 :42.6%1) 。
神経症状 :見当識障害、混乱、傾眠、昏睡、痙攣、ミオクローヌス、小脳機能不全。
眼症状
マレーシアアウトブレイクの94例分析では、以下の所見が確認された。
意識レベル低下 (GCS <15):55%に認められた。
異常な人形目反射 :死亡例の87%に認められた脳幹障害の指標。
ピンポイント瞳孔 :死亡例の97%に認められた脳幹障害の指標。
NiV感染後に遅発性に出現する眼合併症が複数報告されている。
脳神経麻痺
動眼神経麻痺 (CN3) :生存者22例中2例に認められた。初期感染から数ヶ月〜1年後に出現。4例の遅発性脳神経麻痺のうち2例がCN3麻痺だった。
外転神経麻痺 (CN6) :持続的複視の原因。系統的レビュー(92例)では3例(4.4%)に報告1) 。退院後も後遺症として残存することがある。
その他の眼合併症
Horner症候群 :感染9ヶ月後に左側Horner症候群(眼瞼下垂 ・縮瞳・額の無汗症)を発症した1例が報告されている。電気生理検査でC8-T1脱神経、MRIでC7脊髄病変を確認。
網膜動脈分枝閉塞症(BRAO) :退院1ヶ月後に片眼のかすみ目を訴えた1例でBRAOが確認された(フルオレセイン蛍光眼底造影 による)。
系統的レビュー(92例)における眼関連所見の頻度は以下の通りである1) 。
眼振 :3例(4.4%)
第6脳神経麻痺 :3例(4.4%)
複視 :2例(2.9%)
一過性失明・Horner症候群・かすみ目・両側眼瞼下垂 :各1例以上の報告あり
Q 眼症状はいつごろ現れるのか?
A 眼症状には急性期の症状と遅発性の症状がある。遅発性の脳神経麻痺は初期感染から数ヶ月〜1年後に出現することがある。BRAOは退院1ヶ月後に発症した報告があり、回復後も長期にわたる眼科的フォローアップが重要である。
病原体 :NiVはパラミクソウイルス科ヘニパウイルス属に属し、NiV-M株(マレーシア)とNiV-B株(バングラデシュ)の2つの主要株が存在する。両株はゲノムが91.8%相同だが、NiV-BはNiV-Mより呼吸器症状が多く、ヒト-ヒト感染が多く、CFRが高い(約75% vs 40%)2) 。
伝播経路 :系統的レビューでは、ヒト-ヒト直接接触59.76%、人獣共通感染37.8%、汚染食物2.44%であった1) 。
コウモリ→ヒト :汚染されたナツメヤシ樹液や果物の摂取が主な経路。
動物→ヒト :感染豚との接触(初期マレーシアアウトブレイクの主因)、馬の屠殺・馬肉摂取(フィリピン2014年)2) 。
ヒト→ヒト :飛沫・呼吸器分泌物・体液接触。バングラデシュ以降の主要経路1)2) 。
リスク因子 :
豚・馬との密接な接触 :養豚業者、屠殺場作業員2) 。
生のナツメヤシ樹液の摂取 2) 。
感染者の看護・医療従事者 :院内感染のリスクがある1) 。
予防・日常のケア
ナツメヤシの樹液は採取場所を覆い、摂取前に沸騰させてください。
果物は十分に洗い皮をむいてから食べましょう。コウモリの噛み跡がある果物は廃棄してください。
病気の動物を扱う際は手袋・防護服を着用してください。
感染者との無防備な接触を避け、手指衛生を徹底してください。
Q ナツメヤシの樹液を介した感染はどう予防できるか?
A 樹液の採取場所を覆ってコウモリの接触を防ぐことが有効である。また、生の樹液は摂取前に沸騰させることでウイルスを不活化できる。コウモリの噛み跡がある果物も廃棄することが推奨される。
RT-PCR(ゴールドスタンダード) :咽頭・鼻腔スワブ、脳脊髄液(CSF)、尿、血液から検体を採取する。系統的レビューでは81.8%の症例で使用された1) 。
検体採取・輸送 :安全な採取・トリプルコンテナ包装で2〜8℃輸送。48時間超の保存は-20℃1) 。
ウイルス分離 :BSL-4施設でVero細胞株を用いて実施。細胞変性効果(CPE)は3日で観察可能1) 。
検査法 検出可能時期 持続期間 IgM ELISA 症状発現後1週間 約3ヶ月 IgG ELISA 発症2週間後 8ヶ月以上
系統的レビューでは、IgM ELISAが35%、IgG ELISAが22.07%の症例で使用された1) 。
CBC :血小板減少症・白血球減少症が多い。
肝機能検査 :肝酵素上昇。
CSF検査 :白血球数・タンパク上昇。
頭部MRI :T2強調画像で複数の小さな(2〜7 mm)高信号病変。皮質下・深部白質、脳室周囲、脳梁に多い。
Horner症候群の評価 :頭部MRI・頭頸部MRA(造影剤有無)が推奨される(ACR適切性基準)。
CN3麻痺の評価 :Hパターンでの眼球運動検査、ペンライトによる瞳孔検査。
CN6麻痺の評価 :各眼での外転運動確認。
Horner症候群の評価 :1%アプラクロニジン点眼(縮瞳→散瞳 で陽性)。コカイン点眼(4〜10%)でHorner症候群を確認後、チラミン(1〜2%)またはヒドロキシアンフェタミン(1%)点眼で節前・節後障害を鑑別する。
人形目反射 :頭部受動回旋時の共同眼球運動を評価。脳幹機能の指標となる。
BRAO :眼底検査 で分節状の網膜 白濁・動脈狭細化。OCT ・フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)で裏付け。
NiV感染症に対して承認された治療法は存在しない。対症療法(安静・水分補給・臓器サポート)が治療の中心である。眼科的合併症に特化した治療法も確立されていない。
NiV感染に対して最も研究されている抗ウイルス薬である。
マレーシア1999年 :140例を対象としたオープンラベル試験で死亡率の36%低下と相関した2) 。
同アウトブレイクの第二研究 (94例中78%がリバビリン使用)では有意な死亡率低下は示されなかった2) 。
ケーララ2018年 :経口リバビリン投与6例で非投与群(死亡率100%)と比較して20%の死亡率低下が報告された1) 。
動物実験 :死亡を阻止しないが最大5日遅延の可能性がある。
インド国立疾病管理センター はNiV感染にリバビリンを推奨している(曝露後予防への使用は推奨されていない)2) 。
用量(WHO Lassa fever基準) :小児 loading dose 30 mg/kg、成人 2000 mg/kg、続いて10日間の治療1) 。
1999年シンガポールで屠殺場作業員9例に使用され、8例が生存した。ただし因果関係は不明である2) 。脳炎が疑われる場合に考慮される1) 。
ケーララでは8名の医療従事者にリバビリンを予防投与したところ、全員がNiV感染を発症しなかった2) 。
治療における注意点
NiVに対して正式に承認された抗ウイルス薬は存在しない。
リバビリンの有効性はデータ間で一致しておらず、確立されたエビデンスはない。
眼科的合併症(脳神経麻痺・Horner症候群・BRAO)に対する特異的治療法も存在しない。
Q 現在、ニパウイルス感染に有効な治療薬はあるのか?
A 現時点でNiV感染症に対して承認された治療薬は存在しない。リバビリンは一部の研究で死亡率低下と相関したが、有効性は確立されていない。対症療法が治療の中心となる1)2) 。
NiVは宿主受容体への結合と膜融合の2段階で細胞に侵入する。
NiV-G蛋白 :宿主受容体ephrin-B2およびephrin-B3に結合する。ephrin-B2は内皮細胞・平滑筋関連血管系・気道上皮・ニューロンに高発現し、ephrin-B3はCNSに豊富である2) 。
NiV-F蛋白 :pH非依存性の膜融合を媒介する。GタンパクとエフリンのB結合がF蛋白活性化をトリガーし膜融合を可能にする2) 。
口鼻腔経路で侵入後、気道上皮(リンパ組織・細気管支上皮)で初期複製が起こる。上皮バリア突破後、循環白血球がヘパラン硫酸を介してウイルスを運搬する(細胞自体の感染なし)1) 。
CNSへの侵入には2つのメカニズムが存在する2) 。
血行性播種 :感染内皮細胞・白血球が血液脳関門(BBB)を通過する。
嗅神経経路 :嗅粘膜→嗅神経→嗅球への順行性移動。
NiV感染における中心的病態は小血管炎である2) 。
内皮壊死と炎症浸潤 :ウイルスが内皮細胞に直接感染し、細胞変性効果(cytopathic effects)を引き起こす。
合胞体形成(syncytia formation) :多核巨細胞が形成される。感染細胞表面のウイルス糖蛋白発現が特徴1) 。
壊死性プラーク :脳実質のほぼ全例に観察される2) 。
眼合併症の病態は以下の通りである。
小血管炎による内皮障害 →眼・視路内での血栓症・虚血・微小梗塞が生じる。
CN3麻痺・CN6麻痺・Horner症候群・BRAO はこの血管炎に起因すると考えられている。
NiVはインターフェロン活性を阻害することで自然免疫応答を回避し、高致死率に寄与している1) 。
マレーシア初期アウトブレイクでは、発熱から入院まで平均3.3日、発熱から死亡まで平均9.5日という急速な経過をたどった2) 。
モノクローナル抗体
m102.4(抗NiV-G抗体) :NiV-G蛋白のephrin-B2/B3結合部位を標的とする。フェレットで曝露後10時間の静脈内投与により完全防御が得られ、アフリカミドリザルでも有効性が確認された。第1相臨床試験を完了している2) 。
h5B3.1(抗NiV-F抗体) :NiV-F蛋白特異的抗体で、フェレットモデルで有効性が示されている2) 。
核酸アナログ
レムデシビル(GS-5734) :アデノシン・ヌクレオシドアナログ・プロドラッグ。in vitroでNiVに対して活性を示し、アフリカミドリザルで曝露後投与により死亡が改善した。対照群が重度呼吸不全で死亡したのに対し、投与群は3ヶ月間軽度呼吸器症状のみであった2) 。
ファビピラビル(T-705) :プリンアナログのRNA依存性RNAポリメラーゼ阻害薬。in vitroおよびシリアンハムスターモデルで有効性が確認されている2) 。
HeV-sG-V(組換え可溶性ヘンドラウイルスG糖タンパク質ワクチン)は最も開発が進んだ候補である。ヘンドラウイルスG蛋白ベースで、NiV-Gとのアミノ酸同一性は83%である。フェレットで12ヶ月以上の防御が示され、第1相試験で良好な安全性と強力な免疫原性が確認されている。馬用にはオーストラリアで「Equivac HeV」として使用中である2) 。
その他の主なワクチン候補を以下に示す2) 。
ChAdOx1 NiV-B :チンパンジーアデノウイルスベクター。NiV-BおよびNiV-Mの両方に対してハムスターで完全防御。
rVSVベースワクチン :NiV-G蛋白発現rVSVワクチンでサル3頭中3頭が完全防御。
rMV-NiV-G :組換え麻疹ワクチン、サルで有効性確認。
mRNAワクチン(sHeVG) :ヘンドラウイルスG蛋白mRNA、ハムスターで部分防御。
VLPワクチン :NiV G/F/M蛋白ウイルス様粒子(VLP)、ハムスターで防御と中和抗体産生を確認。
Alla D, Shah DJ, Adityaraj N, et al. A systematic review of case reports on mortality, modes of infection, diagnostic tests, and treatments for Nipah virus infection. Medicine. 2024;103(40):e39989.
Hauser N, Gushiken AC, Narayanan S, et al. Evolution of Nipah Virus Infection: Past, Present, and Future Considerations. Trop Med Infect Dis. 2021;6(1):24.
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