この疾患の要点
鎖骨下動脈の近位部狭窄・閉塞により同側椎骨動脈の血流が逆転し、椎骨脳底動脈系が低灌流となる疾患である。
有病率は0.6〜6.4%で、50歳以上の男性に多く、左側に約82%が発生する。
視覚症状として霧視 ・複視 ・視野欠損 ・一過性黒内障 が出現しうる。
両腕の収縮期血圧差20 mmHg以上で本疾患を疑い、専門的な画像検査で確定診断する。
経皮的血管形成術+ステント留置術が現在の第一選択であり、5年開存率83〜89%が報告されている。
多くは無症状であり、広範な側副血行路の形成による代償が働いている。
動脈硬化を背景とする全身性の血管疾患として、リスク因子の包括的な管理が重要である。
鎖骨下動脈盗血症候群 (subclavian steal syndrome; SSS)は、鎖骨下動脈の近位部における狭窄または閉塞により、同側椎骨動脈の血流が逆転する疾患である。これにより椎骨脳底動脈系が低灌流となり、後頭葉・脳幹・眼への血流が減少して多彩な神経・眼症状を呈する。
1960年にContorniが橈骨脈消失例での血管造影逆流として初の症例を報告し、1961年にFisherが「subclavian steal」の用語を考案した。
疫学
有病率 :0.6〜6.4%1) 。一般人口の2〜4%に認められ、心血管疾患を併存する症例ではより高頻度3)
患者背景 :男性に多く、男女比2:1で50歳以上に好発6)
左右差 :左鎖骨下動脈が82.3%を占め、両側性は13%
無症状例の多さ :末梢動脈疾患患者の約30%に鎖骨下動脈狭窄を認める一方、血圧差50 mmHg以上でも38.5%のみが症状を呈する4)
鑑別の観点 :頭蓋外動脈疾患の17%が鎖骨下動脈閉塞に起因し、うち約9%が症状を呈する6)
Q 鎖骨下動脈盗血症候群はどのくらいの頻度で見られるのか?
A 一般人口の2〜4%に認められるが、多くは無症状である3) 。末梢動脈疾患患者では約30%に鎖骨下動脈狭窄が存在し、血圧差が大きくても無症状のまま経過する例も少なくない4) 。
subclavian steal syndrome fluorescein angiography
Central retinal artery occlusion following laser treatment for ocular ischemic aortic arch syndrome. G
MS Ophthalmol Cases. 2015 Dec 2; 5:Doc14. Figure 3. PMCID: PMC5015624. License: CC BY.
Fluorescein angiogram showing significantly delayed arterial filling with 60 seconds in the right eye (A) and 52 seconds in the left eye (B) and poor peripheral perfusion. Arteries are attenuated and veins are dilated and non-tortuous in both eyes. The late film (C) shows mild capillary leakage in the right eye at 6 minutes but no macular edema or neovascularization.
SSSの自覚症状は椎骨脳底動脈系の低灌流を反映する。
視覚症状 :霧視(1回約5分、1日2〜3回程度)、複視、視野欠損。両眼性の視覚変化を片眼性と報告する患者もいる
めまい・失調症状 :回転性めまい、運動失調、構音障害、嚥下障害
失神・前失神 :上肢を使う運動時に誘発される反復性の失神3)
患側上肢症状 :間欠性の腕の疲労感・しびれ・疼痛。運動時に増悪2)
全身所見
両腕血圧差 :20 mmHg以上でSSSを疑う。40 mmHg以上でグレードII〜III相当。代表的な計測値:差60 mmHg例(右170/100 vs 左110/70 mmHg)2) 、差40 mmHg例3) 、差70 mmHgで無症状の例4) も報告されている
頸部・鎖骨上窩の収縮期雑音 :鎖骨下動脈上に聴取3)
患側の橈骨・尺骨動脈脈拍減弱
眼科的所見
ホーレンホルスト斑(Hollenhorst plaque) :同側から対側にも進展しうる。両側頸動脈にもプラークが存在することがある
網膜 動脈圧の左右差 :左SSS例で右眼120/20 gm vs 左眼30/20 gm を認めた報告がある
眼球脈動振幅(OPA)左右差 :腕頭動脈盗血症候群例で血行再建前に患側OPAの低下を認め、再建後に正常化する
網膜所見 :網膜出血・点状出血・微小血管瘤(高安動脈炎によるSSS例での報告)
不完全網膜中心動脈閉塞(CRAO ) :眼動脈攣縮による短後毛様動脈閉塞
眼運動神経麻痺 :先天性血管奇形に伴う孤立した鎖骨下動脈例での報告がある
重症度分類
グレードI(pre-steal)
椎骨動脈血流の減少 :患側椎骨動脈の順行性血流が低下している状態。
自覚症状なし :画像検査や超音波で偶然発見されることが多い。
グレードII(交互血流)
拡張期順行・収縮期逆行 :拍動に合わせて血流方向が変化する。
軽度〜中等度症状 :運動負荷時に症状が出現しやすい。
グレードIII(持続的逆行)
常に逆行性血流 :患側椎骨動脈の血流が持続的に逆転している。
症状が顕著 :安静時にも椎骨脳底動脈系の低灌流症状が出現する。
Q 両腕の血圧差がどのくらいあると鎖骨下動脈盗血症候群を疑うべきか?
A 収縮期血圧差が20 mmHg以上でSSSを疑う。40 mmHg以上はグレードII〜IIIに相当するが、70 mmHgの差があっても無症状の例も存在する4) 。血圧差のみで症状の有無を予測することは難しく、超音波や画像検査による確認が必要である。
SSSの最多原因は動脈硬化(atherosclerosis)であり、患者の81%は脳供給血管に多発性動脈硬化を有するとされる。
その他の原因
高安動脈炎・巨細胞性動脈炎
放射線照射後の血管障害
胸郭出口症候群(圧迫症候群)
線維筋形成不全
神経線維腫症
頸肋
大動脈縮窄症修復後
先天性血管奇形
リスク因子
脂質異常症・高血圧・糖尿病6)
加齢(50歳以上)・喫煙
心血管疾患の家族歴3)
特殊な病態
透析関連SSS :透析アクセスの過剰血流が鎖骨下動脈狭窄のない患者にも盗血症状を惹起・増悪させうる1)
冠動脈-鎖骨下動脈盗血 :内胸動脈グラフトを用いた冠動脈バイパス術後に発生。運動時狭心症を呈する
Q 透析を受けている場合、鎖骨下動脈盗血症候群のリスクは高くなるのか?
A 透析アクセス(シャントなど)の過剰血流が、鎖骨下動脈狭窄がない場合でもSSS様の症状を引き起こすことがある1) 。透析中のめまいや上肢症状はこの機序によることがあり、早期に評価が必要である。
両腕血圧測定 :最も簡便。ベッドサイドで実施でき、20 mmHg以上の差でSSSを疑う
カラードプラ超音波 :非侵襲的スクリーニングの第一選択。椎骨動脈血流の逆転を検出し、複数血管の狭窄を同時に評価できる
経頭蓋ドプラ超音波(TCD) :後方循環の血流変化を検出。グレードIのpre-steal成分を検出できる3)
過血充テスト(hyperemia-ischemia cuff test) :超音波モニタリング下で潜在性SSSを検出する6)
眼底血圧測定 :眼底血圧の左右差と上腕血圧の比較により、頸動脈〜眼動脈の狭窄を推定できる
カラードプラ画像(CDI) :眼動脈の血流方向・流速・脈波変化を解析し、眼虚血症候群 の診断に有用
各画像診断法の特徴を以下に示す。
検査法 主な用途 特徴 CTA 狭窄部位の特定・石灰化評価 閉塞・逆行性充填を描出3) MRA(TOF法) 椎骨動脈信号評価 患側の信号低下が早期診断に有用5) DSA(脳血管造影) 確定診断・治療 ゴールドスタンダード6)
Tanakaら(2022)は76歳男性の反復性めまい症例において、TOF-MRAで左近位頭蓋内椎骨動脈の信号低下を確認し、血管造影で左鎖骨下動脈起始部閉塞と左椎骨動脈逆流を確定診断した5) 。MRAの信号強度変化がSSS早期診断に有用であると報告している。
中枢神経系 :起立性低血圧、心不整脈、TIA、てんかん発作、片頭痛 、動脈解離
上肢虚血 :末梢動脈疾患、胸郭出口症候群、レイノー現象、高安動脈炎
眼虚血 :糖尿病網膜症 、網膜中心静脈閉塞症 との鑑別が重要
リスク因子の管理と薬物療法を基本とする。
リスク因子管理 :高血圧・糖尿病・脂質異常症のコントロール、禁煙
抗血小板療法 :アスピリン+クロピドグレルのDAPT(二剤抗血小板療法)2)6) 、または低用量アスピリン単独4)
スタチン :アトルバスタチン40 mg/日などを使用6)
経過観察 :超音波による定期的なモニタリング
眼虚血に対する眼科的治療
汎網膜光凝固 :虹彩ルベオーシス ・新生血管緑内障 を合併した場合に施行
VEGF阻害薬 硝子体 内投与 :保険適用外だが新生血管 症例に対して用いられることがある
一過性黒内障の評価 :頸動脈ドプラ検査で狭窄を評価し、不整脈を除外。網膜電図 ・蛍光眼底造影 で眼虚血の程度を評価する
現在の第一選択は経皮的血管形成術(PTA)+ステント留置術である。
5年開存率 :83〜89%
合併症 :脳卒中率0.6〜1%、軽微合併症4.5〜5.3%(解離・TIA・遠位塞栓・出血など)
再狭窄率 :10%(血管形成術を併用した場合は5%に低下)6)
Neupaneら(2024)は60歳女性の左鎖骨下動脈近位部高度閉塞に対し、血管形成術+ステント留置を施行した2) 。術後DAPT(アスピリン+クロピドグレル)+スタチンを開始し、血流回復と症状消失が得られた。
血管内治療が困難な場合(高度石灰化など)や血管内治療が失敗した場合に選択する。
各術式の長期開存率を以下に示す。
術式 開存率 鎖骨下動脈移植術(transposition) 5年98% 頸動脈-鎖骨下動脈バイパス 5年95%・10年83% 頸動脈-腋窩動脈バイパス 47か月96%1) 腋窩-腋窩動脈バイパス 5年76%1)
外科的修復の成績 :死亡率0.5%、脳卒中率3.8%未満
頸動脈-腋窩動脈バイパスの適応 :鎖骨下動脈の高度石灰化でステント困難な場合1) 。ただし横隔神経麻痺・リンパ漏の合併に注意が必要1)
Hashimotoら(2023)は鎖骨下動脈の高度石灰化を有する83歳の透析患者に対し、8mm PTFEグラフトを用いた総頸動脈-腋窩動脈バイパスを施行した1) 。術後11日で退院し、術後1年再発を認めていない。
治療における注意点
ステント後の再狭窄率は10%であり、長期的な超音波フォローアップが必要である
外科的バイパス後の閉塞や再発SSSの報告があり、重度血管障害患者では再発リスクが高い6)
透析アクセスに関連したSSSでは、アクセス側の血流量調整も治療の選択肢に含まれる
Q ステント治療の長期成績はどの程度か?
A 経皮的血管形成術+ステント留置術の5年開存率は83〜89%と良好である。ただし再狭窄率は10%であり、血管形成術を併用することで5%に低下する6) 。術後は定期的な超音波検査による経過観察が重要である。
SSSの基本機序は以下の通りである。
近位鎖骨下動脈の狭窄・閉塞により、閉塞部遠位の血圧が低下する
同側椎骨動脈が高圧側の基底動脈から低圧側の鎖骨下動脈へと逆行性に血流を供給し始める
椎骨脳底動脈系への順行性血流が減少し、後頭葉・脳幹・眼への低灌流が生じる
椎骨脳底動脈系の低灌流による障害部位
延髄 :Wallenberg症候群(眼振 ・眩暈・顔面感覚障害・交差性感覚障害)
橋 :MLF症候群(核間性眼筋麻痺 )、Foville症候群、Millard-Gubler症候群
中脳 :Weber症候群、Benedikt症候群、Parinaud症候群(垂直方向眼球運動障害 )
後頭葉 :同名半盲 、高次視機能障害
眼虚血の機序
後大脳動脈の虚血 →後頭葉視覚野への血流低下→皮質性視覚障害
眼動脈灌流圧の低下 →網膜・脈絡膜 虚血→眼虚血症候群
運動時増悪の機序
患側上肢を使用すると腕の筋肉への血流需要が増大し、鎖骨下動脈遠位への血流が増加する。これにより椎骨動脈からの「盗血」が増大し、脳・眼への低灌流が悪化する。
透析関連SSSの機序
透析アクセス(シャント)の過剰な血流が鎖骨下動脈の血流需要を高め、鎖骨下動脈に明らかな狭窄がない場合でも椎骨脳底動脈不全を引き起こしうる1) 。
冠動脈-鎖骨下動脈盗血
内胸動脈グラフトを使用した冠動脈バイパス術後に、グラフトから鎖骨下動脈へ血液が逆流し、心筋虚血(運動時狭心症)を惹起する特殊病態である。
Tanakaら(2022)は、TOF-MRAで患側椎骨動脈の信号強度低下がSSSの早期診断に有用であることを症例報告で示した5) 。非侵襲的で低コストなMRAが、DSAを行う前のスクリーニングとして果たす役割が注目されている。
Leachら(2023)は、左鎖骨下動脈ステント閉塞+バイパス閉塞後に再発した50代後半女性の症例を報告した6) 。高血圧・2型糖尿病・脂質異常症・冠動脈疾患・両側頸動脈狭窄を併存しており、再発SSS+起立性脳低灌流症候群(OCHOS)の合併が確認された。重度の多発性血管障害を有する患者における再発リスクと長期管理戦略の確立が課題として示唆されている。
無症状SSSは適切な管理指針が確立していない。
Amanoら(2021)は収縮期血圧差70 mmHgを有しながらも完全無症状であった82歳男性例を報告し4) 、偶発的に発見された無症状SSSに対する介入の必要性と日常的な両側血圧測定の重要性を論じた。
Hashimoto K, Kawahara T, Miyoshi K, et al. A case of carotid-axillary bypass for subclavian steal syndrome in an 83-year-old female undergoing hemodialysis. Int J Surg Case Rep. 2023;112:108974.
Neupane D, Kafle S, Chhetri V, et al. Subclavian steal syndrome. Clin Case Rep. 2024;12:e8561.
Shemesh E, Karkabi B, Zissman K. Multimodality imaging in subclavian steal syndrome. Oxf Med Case Rep. 2021;7:246-249.
Amano Y, Watari T. “Asymptomatic” subclavian steal syndrome. Cureus. 2021;13(10):e19109.
Tanaka T, Fukushima K, Goto H, et al. Brain magnetic resonance angiography of subclavian steal syndrome. JMA J. 2022;5(4):551-552.
Leach DF, Radwanski DM, Kaur P, et al. Recurrent subclavian steal syndrome: a novel case of vasculopathy. Cureus. 2023;15(1):e33310.
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