この疾患の要点
頭蓋咽頭腫はラトケ嚢由来の鞍上部良性腫瘍(WHO グレードI)で、視交叉 への近接が視覚障害の主因となる。
頭蓋内腫瘍全体の1.2〜4.6%を占め、5〜14歳と50〜74歳に二峰性の発症ピークがある。
最も特徴的な眼科所見は両耳側半盲 であり、腫瘍が視交叉を上方から圧迫するため下方から始まる点が下垂体腺腫 と異なる。
成人患者の40〜84%が視覚障害を主訴として来院し、早期の診断・治療介入が視機能予後を左右する。
治療の第一選択は外科的切除であるが、視交叉や下垂体との強い癒着のため全摘出は容易でなく、下垂体腺腫に比べて術後の視機能回復も良好でないことが多い。
エナメル上皮腫様型(ACP)はCTNNB1変異、乳頭型(PCP)はBRAF V600E変異を特徴とし、後者では分子標的療法の開発が進んでいる。
5年生存率は83.9%と比較的良好だが、再発率は9〜51%と高く、定期的な眼科的フォローアップが必要である。
頭蓋咽頭腫(craniopharyngioma; CP)は、ラトケ嚢(Rathke’s pouch)の遺残上皮から発生するまれな鞍上部腫瘍である。組織学的にはWHO グレードIの良性腫瘍に分類される。
頭蓋内腫瘍全体の1.2〜4.6%を占め、年間発症率は人口100万人あたり0.5〜2.5人と推定される。成人では0.5〜2例/100万人年とされ、性別・人種・地理的差異は認めない1) 。年齢分布は二峰性で、5〜14歳と50〜74歳にピークを持つ1) 。
組織型は主に2つに分類される。
エナメル上皮腫様型(adamantinomatous CP; ACP) :全年齢層に発生し小児に多い。嚢胞と実質成分が混在し、コレステロール含有の黄褐色嚢胞液(「ウェットケラチン」)と石灰化を特徴とする。CTNNB1(β-catenin)遺伝子変異を最大96%に認める1) 。
乳頭型(papillary CP; PCP) :成人(40〜55歳)にほぼ限定され、石灰化は少なく球形の形態をとる。BRAF V600E変異を95〜100%に認める1) 2) 。
眼科的な意義は腫瘍の解剖学的位置に由来する。鞍上部に発生した頭蓋咽頭腫は視交叉・視神経 ・下垂体に近接するため、視覚障害が主要な初発症状の一つとなる。症例の40〜70%で患者が視覚症状を自覚し、成人では視覚障害が最多の主訴(40〜84%)である1) 。
Q 頭蓋咽頭腫はなぜ眼に影響を及ぼすのか?
A 腫瘍が鞍上部(視交叉の直下〜周辺)に発生し、視交叉や視神経を圧迫するためである。腫瘍が3cm以上に成長するまで無症状のことも多く、視覚障害が気づきのきっかけになりやすい。
視力 低下 :緩徐に進行することが多い。腫瘍が相当な大きさになるまで自覚されないことがある。成人では44.1〜67.6%に認められる1) 。
視野欠損 :最も特徴的なのは両耳側半盲(bitemporal hemianopsia)。下方から始まる傾向がある(後述)。成人の51.6〜71.4%に認める1) 。
複視 :海綿静脈洞 への進展や頭蓋内圧亢進時に出現する。
頭痛 :鈍く持続的な痛み。成人の47〜56%、小児ではより高率(60%)に認める1) 。
内分泌症状 :疲労感・体重増加・多飲多尿(尿崩症14.2%)・成長障害(小児)・月経異常(成人女性57%)など1) 。
頭蓋咽頭腫は視交叉を上方から下方へ圧迫する。このため、視交叉の交叉線維のうち下鼻側の網膜 神経線維が優先的に障害され、下方から始まる両耳側半盲 を呈する。下垂体腺腫が下方から視交叉を圧迫して上方優位の耳側半盲を呈するのとは対照的である。進行例では接合部視野欠損(junctional scotoma)や視神経症、まれに視索障害も生じる。
相対的瞳孔求心路障害 (RAPD) :視神経病変を示唆する。視索病変では対側眼にRAPDを生じうる。
乳頭浮腫 :頭蓋内圧亢進の徴候として出現する。
視神経乳頭萎縮 :長期圧迫後に生じる。視交叉部障害に特異的な帯状萎縮(band atrophy / bow-tie atrophy)のパターンをとることがある。
静脈拍動の消失 :頭蓋内圧亢進の間接的所見。
OCT 所見 :視交叉病変では黄斑部 網膜内層解析で中心窩 鼻側領域の選択的菲薄化を認め、cpRNFL 解析では耳側・鼻側象限の菲薄化が典型的なパターンとなる。
海綿静脈洞浸潤が生じると眼筋麻痺(ophthalmoplegia)を来すことがある。
Q 頭蓋咽頭腫と下垂体腺腫で視野障害のパターンはどう異なるか?
A 頭蓋咽頭腫は視交叉を上方から圧迫するため下方から始まる両耳側半盲を呈する。下垂体腺腫は視交叉を下方から圧迫するため上方優位の耳側半盲を呈する。この違いは鑑別上の重要なポイントである。
頭蓋咽頭腫は、口腔原基(stomodeum)から脳底部へ向かう発生過程においてラトケ管(craniopharyngeal duct)の上皮が遺残することで発生すると考えられている5) 。特定のリスク因子は同定されておらず、遺伝的素因も明らかでない。
分子生物学的背景は組織型により大きく異なる。
エナメル上皮腫様型(ACP)
遺伝子変異 :CTNNB1遺伝子exon 3の活性化変異を最大96%に認める1) 。
シグナル経路 :β-cateninの核内蓄積を介するWNTシグナル経路の恒常的活性化。EGFR・SHHシグナル経路も上方制御される。
発症年齢 :全年齢層。小児に多い。
乳頭型(PCP)
遺伝子変異 :BRAF V600E変異を95〜100%に認める1) 2) 。
シグナル経路 :MAPKシグナル経路(Ras/Raf/MEK/ERK)の恒常的活性化。
発症年齢 :ほぼ成人(40〜55歳)に限定。
ACPとPCPのこれら変異は基本的に重複しない。エピゲノム的にも両者は明確に異なるクラスターを形成し、成人・小児ACPのメチル化プロファイルは互いに類似する1) 。
異所性頭蓋咽頭腫(第4脳室、副鼻腔、眼窩 などに発生)の一部は、神経堤細胞の異常遊走による播種説(translocation theory)で説明される4) 5) 。
MRIが第一選択である。造影剤を使用した頭部MRIで、軟部組織・嚢胞成分・腫瘍位置・隣接構造を評価する。
下表に2つの組織型のMRI・CT所見の主な違いをまとめる。
所見 ACP PCP T1信号 高信号(嚢胞成分) 低信号傾向 形態 不均一・小葉状 均質・球形 石灰化 多い まれ
T1高信号はACPとPCPの鑑別に有用であり、感度73.3%・特異度75%と報告されている1) 。石灰化の有無はCTで確認するとより明確で、感度83.3%・特異度100%とされる1) 。
視野検査 :自動静的視野計(Humphrey)またはGoldmann動的視野計による。ベースライン評価と術後経過観察に必須。
OCT :網膜神経線維層厚・黄斑部網膜内層の定量評価。術前ベースライン取得と術後の視機能予後推定に有用。視交叉病変特有の帯状萎縮パターンの検出にも役立つ。視神経萎縮 の進行度は治療後の視機能予後と直接関連する。
全CP患者で前葉・後葉ホルモンの評価を実施する。病理では免疫染色(β-catenin・BRAF V600E)、MIB-1ラベル指数(増殖能測定)が治療計画・再発予測に利用される1) 。
ラトケ嚢胞 :造影効果なし。T1信号は嚢胞内容により変動する。
下垂体腺腫 :視交叉を下方から圧迫し、上方優位の耳側半盲を呈する。
その他:蜘蛛膜嚢胞・髄膜腫・転移・視床下部過誤腫・サルコイドーシス など。
治療の第一選択は外科的切除である。頭蓋咽頭腫は視交叉・下垂体・視床下部との癒着が強く、全摘出は容易でないことが多い。下垂体腺腫に比べて術後の視機能回復も良好でないことが多い点に注意が必要である。
主な手術アプローチは以下のとおりである。
内視鏡下経鼻経蝶形骨手術(EET)
適応 :鞍部・鞍上部腫瘍。近年の技術進歩で採用が増加している1) 。
特徴 :低侵襲。視交叉下面への良好なアクセスが可能。
経頭蓋手術
種類 :翼状突起(pterional)、前頭底部(subfrontal)、経脳梁(transcallosal)など1) 。
特徴 :腫瘍の大きさ・位置・癒着の程度に応じて選択する。
全摘出(GTR)と亜全摘出(STR)の比較では、GTRで再発率が低い(GTR 9.9〜25% vs STR 33〜94.2%)が、尿崩症・視覚障害・下垂体機能低下症のリスクは高くなる1) 。5年再発無生存率はGTR 75.0% vs STR 25.0%との報告がある1) 。水頭症を合併する場合は術前にシャント術を検討する。
術前に視野検査・OCTのベースライン評価を実施しておくことが推奨される。
亜全摘後の残存腫瘍や再発例に使用する。陽子線治療 は隣接構造の温存が可能で推奨される。光子治療と比較して二次腫瘍発生率を最大15分の1に低減できるとされる。成人91例の後方視的研究では5年・10年の局所制御率がそれぞれ100%・94%と報告されている1) 。
ホルモン補充療法 :手術後に下垂体機能低下症が生じることが多く、必要となる。二次性副腎不全76%、二次性甲状腺機能低下80%、二次性性腺機能低下83%、GH欠乏60%、尿崩症63%が術後に認められる1) 。
全身化学療法 :使用されない。
嚢胞内療法 :主にACPに対して実施される。インターフェロン・アルファや局所ブレオマイシンの奏効報告がある。
神経内視鏡経脳室アプローチ(NTVA) :嚢胞優位のCPに有効。微小外科手術やOmmayaリザーバーと比較して低い再発率・合併症率が示されている6) 。
再発率は外科切除後9〜51%と高い。定期的な画像検査に加え、視野検査・OCTによる眼科的評価を継続することが重要である。5年生存率は83.9%、2年生存率は約89.5%と報告されている。
Q 手術後に視機能は回復するか?
A 適時な腫瘍除去により視機能が軽減・改善することがある。成人の38〜42%が術後に視覚の改善を経験するとされる。しかし、視神経萎縮が明らかに進行した症例では予後が不良なことが多く、下垂体腺腫の術後に比べて全般的に回復が良好でないことが多い。
視交叉は下垂体の直上に位置し、鼻側網膜線維が交叉し耳側網膜線維が非交叉のまま通過する構造をもつ。頭蓋咽頭腫は鞍上部から視交叉を上方から下方へ向けて圧迫 する。このため、視交叉の腹側(下方)を走行する下鼻側網膜線維が優先的に障害され、両耳側下方視野から始まる耳側半盲が生じる。
進行に伴い非交叉線維が障害されると、鼻側視野にも欠損が拡大する。視索へ進展した場合は対側の同名半盲 を呈し、対側眼にRAPDが生じうる。
下垂体卒中(pituitary apoplexy) :腫瘍内出血による急性発症。眼筋麻痺・急激な視力喪失を伴い、医療的緊急事態となる。
二次性空鞍症候群 :腫瘍除去後の空間に視交叉が陥入する状態。
異所性再発 :外科的切除経路での直接播種、またはCSF循環を介した再発。再発率は39.1%との報告がある3) 。
妊娠中の増悪 :妊娠に伴う下垂体の生理的肥大が圧迫を増加させる可能性が示唆されている。妊娠中に初発した両耳側半盲の症例報告がある7) 。
乳頭型CPのBRAF V600E変異に対し、BRAF阻害薬とMEK阻害薬の併用療法が注目されている。
Yu ら(2024)は、第3脳室内PCPを持つ45歳男性に対しvemurafenib 960mg 1日2回+cobimetinib 60mg 1日1回(28日サイクル)を投与した2) 。腫瘍は2.3×2.3×3.0cmから0.4×0.3×0.3cmへと劇的に縮小し、治療中止後29か月間安定を維持した。主な副作用は下痢・悪心・高血圧であった。
vemurafenib+cobimetinib併用のPCP患者における有効性を検証する第II相臨床試験(NCT03224767)が進行中である2) 。術前補助療法としての活用も検討されている1) 。
この治療はBRAF V600E変異陽性のPCPにのみ適応可能であり、ACPには適応がない。
トシリズマブ (tocilizumab) :IL-6を標的とした薬剤。小児嚢胞性ACPでの症例報告があるが、成人での研究は限定的1) 。
ベバシズマブ (bevacizumab) :抗VEGF抗体。ACP患者での症例報告がある1) 。
ペグインターフェロンα-2b :切除不能・再発CP 19例の第II相試験で無増悪生存期間中央値19.5か月を示したが、画像上の客観的奏効は限定的であった1) 。
GLP-1受容体作動薬(semaglutide等) :視床下部性肥満への治療として症例レベルの報告がある1) 。
機械学習による画像診断 :MRIのradiomicsを用いたACP/PCP自動鑑別でAUC 0.89〜0.92が達成されている1) 。
Q BRAF阻害薬はどの患者に使えるか?
A 乳頭型CP(PCP)でBRAF V600E変異陽性の場合が対象となる。PCPの約95〜100%がこの変異を有するとされる。エナメル上皮腫様型(ACP)はこの変異を持たないため、BRAF/MEK阻害療法は適応とならない2) 。現時点では研究・治験段階の治療であり、標準治療には含まれない。
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