全身性リスク因子
高血圧:最も重要な全身性リスク因子。ONH血流自己調節を慢性的に障害する。
糖尿病:血管障害を介してONH灌流を低下させる。僚眼発症リスク因子でもある。
閉塞性睡眠時無呼吸(OSAS):NAION患者の最大89%にOSASが存在。発症リスクが1.7〜3.8倍増加する。
夜間低血圧:起床時発症が多い機序に関連する主要因子。

非動脈炎性前部虚血性視神経症(Non-arteritic anterior ischemic optic neuropathy; NAION)は、視神経乳頭(ONH)の虚血性梗塞による急性の視神経障害である。50歳以上の成人における最も一般的な急性視神経症であり、緑内障に次ぐ第2頻度の視神経症とされる。米国での年間発症率は10万人あたり2.3〜10.2例と推定される。
歴史的背景: 1817年にフランスの医師Jean-Pierre Saint-Yvesが初記載。1935年にC. Miller Fisherが詳細な臨床記載を行い、1970年代初頭にSohan Singh Hayrehが「anterior ischemic optic neuropathy」の用語を提唱した。
虚血性視神経症(ION)は動脈炎性(A-AION、巨細胞性動脈炎と関連)と非動脈炎性(NAION)に大別される。NAIONは原則としてすべて前部型であり、視神経乳頭浮腫を呈する。
透析との関連: 末期腎不全(ESRD)患者では、慢性高血圧によるONH血流自己調節の障害、透析による慢性低血圧と貧血がONH灌流圧と酸素化を低下させる。透析中の急性重症低血圧エピソードでは、約25%で両側同時性NAIONが報告されている。
IDHの定義: KDOQIは透析中低血圧(IDH)を「収縮期血圧のベースラインから20mmHg以上の低下、または症状を伴う平均動脈圧の10mmHgの低下」と定義している。
ESRDとNAIONの関連は広く報告されており、透析中の急性重症低血圧エピソードでは約25%で両側同時性NAIONが生じる。慢性高血圧・貧血・自律神経障害など複数の因子がONH灌流を障害するため、透析患者は一般集団より発症リスクが高い。
以下に視力・視野の重症度分布を示す。
| 指標 | 所見の割合 |
|---|---|
| 視力 10/10(発症時) | 20〜33% |
| 視力 5/10以上(発症時) | 50%以上 |
| 視力 <1/10(発症時) | 20〜33% |
| 下方水平半盲 | 55〜80% |
| 中心暗点 | 20〜25% |
予後: 40〜50%が重大な視覚障害または法的失明に至る。同眼の再発率は3〜8%。僚眼の発症は5年以内に15〜30%(中央値7〜12か月)。若年・糖尿病・慢性腎不全・重症OSASが僚眼発症リスク因子である。
IODNTデータでは、初期VA 20/64以下の未治療NAION眼で、2年間のフォローアップ中に約30%が3段階以上の視力改善、20%が3段階以上の悪化、50%が不変であった。
なお、両眼鼻側半盲(binasal hemianopia)という稀な視野パターンを呈する症例も報告されている1)。
IODNTデータでは初期VA 20/64以下の未治療NAION眼の約30%が2年間で3段階以上の視力改善を示すが、50%は不変、20%は悪化する。対側眼の発症リスクも5年以内に15〜30%あり、定期的な眼科的フォローアップが重要である。
全身性リスク因子
高血圧:最も重要な全身性リスク因子。ONH血流自己調節を慢性的に障害する。
糖尿病:血管障害を介してONH灌流を低下させる。僚眼発症リスク因子でもある。
閉塞性睡眠時無呼吸(OSAS):NAION患者の最大89%にOSASが存在。発症リスクが1.7〜3.8倍増加する。
夜間低血圧:起床時発症が多い機序に関連する主要因子。
眼科的リスク因子
Crowded disc(disk-at-risk):OD径 <1.5mm、C/D <0.2。80〜90%のNAION患者の僚眼に認められる。
視神経乳頭ドルーゼン:特に50歳未満でNAIONとの関連あり。
透析関連リスク因子
透析中低血圧(IDH):急性重症低血圧エピソードで約25%に両側同時性NAIONが発症。
慢性貧血:ONHの酸素化を低下させる。貧血のある透析患者では特に重要。
自律神経障害:透析患者に多く、心拍数調節と末梢血管収縮が障害される。
尿毒症:高血圧・低血圧・動脈硬化・貧血のすべてに関与し、血液供給の質を低下させる。
薬剤性リスク因子:
IDHの予防が最重要である。透析中の食事摂取を避け、ナトリウム摂取を制限し、目標体重の適切な設定と降圧薬の透析中休薬が有効とされる。高血圧・糖尿病・OSAS等の全身リスク因子の管理も並行して行う。
NAIONの診断は臨床的であり、確定検査はない。臨床所見・眼底検査・病歴・他の病因の除外に基づく。IDH続発性NAIONの診断も同様で、確定的な検査値や画像所見はない。
以下に検査法の特性を示す。
| 検査法 | 主な所見・目的 |
|---|---|
| 視野検査 | 発症時に常に視野欠損あり。最重要の診断検査 |
| 蛍光眼底造影(FAG) | OD虚血パターンが70〜80%に認められる |
| 光干渉断層計(OCT) | 急性期網膜神経線維層肥厚→慢性期網膜神経線維層菲薄化。Disk-at-risk検出にも有用 |
| MRI | 非典型例に必須。NAIONでは正常所見(異常増強・拡散制限なし) |
確立された有効な治療法は現時点では存在しない。修正可能な基礎リスク因子の特定と管理が治療戦略の中心となる。
EBPGガイドラインに基づき、透析管理を段階的に最適化する。
第1選択
透析中の食事回避:内臓血管拡張による末梢血管抵抗低下→MAP低下を防止。食後20分以内に血圧低下が起こりうる。
ナトリウム制限:1日1〜2gを目標とする。細胞外液蓄積を減らし限外濾過量を適正化する。
目標体重の再評価:ドライウェイト過小評価→脱水→低血圧につながるため、正確な設定が不可欠。
透析中の降圧薬休薬:ACE阻害薬・カルシウム拮抗薬・硝酸薬を評価。短期間の休薬でIDHを軽減。
透析時間の延長:限外濾過率の低下→血液量減少の緩和。
貧血の是正:正常Hb値維持が血液の酸素化を改善する。
第2・3選択
心血管リスク因子の評価(第2選択):心不全・左室肥大・冠動脈疾患は心拍出量増加能力を障害し、IDHリスクを高める。
透析スケジュール変更(第2選択):透析時間・回数の増加で限外濾過率を下げる。
低温透析液(第2選択):深部体温上昇を抑制し、体温上昇に続く血管拡張・低血圧を予防する。
ミドドリン(第3選択):選択的α1受容体作動薬。末梢細動脈収縮と静脈還流増加でIDHを軽減。他の対策が無効な場合に検討。
腹膜透析への変更(第3選択):難治性透析低血圧例に対する選択肢。ただし血液透析との差が小さいとの報告もある。
透析中に血圧が急激に低下した場合の対応は以下の通りである。
トレンデレンブルグ体位(骨盤高位)をとり脳への血流を確保する。同時に限外濾過率を下げて血管内容量の減少を緩和し、酸素モニターを接続してO₂飽和度の変化を監視する。これらの急性期対応を経た後、EBPGガイドラインに基づく予防策の導入を検討する。
NAIONは視神経乳頭(ONH)への血流供給の急性欠乏により生じる。短後毛様体動脈(SPC arteries)がONH前層部と篩板領域を栄養しており、その一過性または永続的な低灌流がメカニズムの中核をなす。
眼灌流圧(OPP): OPP = 平均動脈圧(MAP)− 眼圧。OPPが閾値(サルでは30mmHg相当)を下回るとONH血流はOPPに比例して低下し、自己調節が破綻する。
病態生理カスケード:
透析特有の機序:
自己調節障害の促進因子: 加齢・高血圧・低血圧・糖尿病・脂質異常症・甲状腺疾患・脳血管疾患・OSAS・血管作用薬。
スマトリプタン誘発NAIONでは、5-HT1B/1D受容体作動薬による血管収縮と降圧薬(ビソプロロール)の夜間併用がSPC動脈の急性虚血を引き起こすメカニズムが提唱されている3)。これは透析中低血圧との病態生理的共通点を持つ。
骨髄由来幹細胞の球後・テノン嚢下・静脈内投与で、80%の治療眼で6か月以内にVA改善が報告されている。間葉系幹細胞エクソソームの硝子体内注射も研究中である。
ウイルスベクターを用いた視神経再生・修復の研究が進行中である。動物実験でON軸索再生・RGCアポトーシス減少が示されているが、現時点では実験段階にとどまる。
Lin et al.(2022)は、AstraZenecaワクチン接種7日後に左眼NAION を発症した61歳女性の症例を報告した4)。過凝固状態がメカニズムとして考察されており、Kuhli-Hattenbachらの知見と合致する。プレドニゾロン60mg/日2週間投与後漸減で乳頭浮腫は消退したが視力改善は得られなかった。若年NAION発症例や心血管リスク因子が乏しい症例では血栓性素因の検索が推奨される。
この知見は、透析患者のように凝固系が活性化されやすい状態でのNAIONリスク評価にも示唆を与えうる。