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神経眼科

妊娠中の特発性頭蓋内圧亢進症(IIH)

1. 妊娠中の特発性頭蓋内圧亢進症(IIH)とは

Section titled “1. 妊娠中の特発性頭蓋内圧亢進症(IIH)とは”

特発性頭蓋内圧亢進症(Idiopathic Intracranial Hypertension; IIH)は、脳脊髄液(CSF)正常・脳病変なしという条件のもとで、明らかな原因のない頭蓋内圧(ICP)亢進を特徴とする神経疾患である。偽脳腫瘍とも呼ばれ、1893年にQuinckeが最初に報告し、1904年にNonneが偽脳腫瘍と命名した。1955年にFoleyが「良性頭蓋内圧亢進症」の概念を提唱した。

妊娠可能年齢の女性に好発し、男女比は1:8とされる。妊娠可能年齢女性の発生率は10万人あたり0.9人であるが、肥満女性では10万人あたり19.3人に上昇する。米国における全国有病率は18〜55歳女性1万人あたり3.44人(95%CI: 2.61–5.39)と報告されている。

妊娠中のIIH有病率は16/100,000と報告されている1)。症例の61%が第1三半期に発生するが、どの三半期でも起こり得る。妊娠中のIIH発生率は一般人口と同等であり、妊娠自体は病因因子とみなされていない。妊娠中のIIHの視覚的予後は非妊娠時と同等であり、自然流産率も一般人口と同等で、通常ハイリスク妊娠とはみなされない。

Q 妊娠するとIIHが悪化するのか?
A

妊娠中のIIH発生率は一般人口と同等であり、妊娠自体は病因因子とみなされない。前向き研究では、妊娠前にIIHが安定していた患者では視野や頭痛は妊娠中に有意に悪化しないことが示されている1)。ただし妊娠中に新規診断されたIIHでは乳頭浮腫・視野障害のリスクが高い。

  • 頭痛:最多の初発症状。拍動性・体位性で悪心を伴う毎日の頭痛が典型的。Valsalva手技や眼球運動で増悪し、朝に重い2)
  • 一過性視覚障害(TVO):一時的な視界のかすみや暗転。
  • 複視・視力障害:進行した場合に出現する。視力障害はIIHの最も深刻な転帰である。
  • 拍動性耳鳴:頭蓋内静脈圧上昇に伴う特徴的症状。
  • めまい・頸部痛・背部痛・神経根痛:ICP亢進に関連する多彩な症状。
  • 羞明・悪心・嘔吐:炎症性・圧迫性機序による2)

視神経乳頭浮腫(papilledema)がIIHの特徴的所見であり、通常両側対称性に認められる2)

システマティックレビュー(178妊娠を対象)では、62.9%に頭痛増悪、66.8%に視覚障害の悪化または新規発症が認められた1)。ただしこれらのデータは小規模症例報告由来であり、実際のリスクを過大評価している可能性がある1)

Thallerらの前向き研究では、妊娠前にIIHが安定していた患者において、視野・頭痛は妊娠中に有意に悪化しないことが示されている1)

IIHの発症機序は完全には解明されていないが、CSF産生増加・CSF吸収低下(くも膜絨毛の吸収障害)・脳静脈洞圧上昇が主要仮説とされる。妊娠中には以下の因子がICP亢進に関与すると考えられている。

  • 肥満:最大のリスク因子。178妊娠中69.1%に肥満が認められた1)。肥満により腹腔内圧・胸腔内圧が上昇し、静脈圧上昇を介してCSF流出が障害される。
  • レプチン過剰:脂肪組織からのレプチンが脈絡叢を過活性化し、CSF過剰産生・吸収低下をきたす可能性がある1)
  • 妊娠の体液変化:妊娠中の血漿量拡大・体液貯留がICP上昇を増強する1)
  • 血栓傾向の増大:妊娠は血栓傾向を高め、横-S状静脈洞狭窄部での静脈洞血栓リスクが上昇する1)
  • ホルモン変動:インスリン抵抗性増加、コルチゾール・甲状腺ホルモン異常が潜在的IIHを顕在化させる1)
  • 合併症:大規模レジストリでは、IIH妊婦に慢性高血圧(18.3% vs 2.6%)・妊娠前糖尿病(3.1% vs 1.3%)が有意に高率に認められた1)
  • 内分泌疾患:Addison病・副甲状腺機能低下症、ステロイド離脱、ホルモン避妊薬も関連が報告されている。
  • 遺伝的素因:ゲノムワイド関連研究で染色体5・13・14番に候補領域が示されており、家族内集積も報告されている。

IIHは肥満とは異なる全身性代謝疾患として認識されつつあり、アンドロゲン調節異常の関与も示唆されている。グリア-神経-血管界面の関与も最近の研究で示唆されている。

Q 妊娠中にIIHを発症するリスクが高い人はどのような特徴があるか?
A

肥満(妊娠中IIHの約70%を占める)が最大のリスク因子である。慢性高血圧・妊娠前糖尿病を合併している妊婦でも有意にリスクが高い1)。内分泌疾患・ステロイド離脱歴のある場合も注意が必要である。

IIHの診断には改訂Dandy基準または2024年Friedman基準が用いられる。

改訂Dandy診断基準(5項目)は以下の通りである。

  • ICP亢進およびそれに関連する症状の存在
  • 局在神経徴候を認めない
  • 意識清明・見当識が保持されている
  • CSF圧上昇以外は正常
  • ICP亢進の他の原因が除外されている

2024年Friedman基準では、ICP症状・乳頭浮腫・CSF圧 > 250mmH2O・正常神経画像・二次的原因の除外の5項目が求められる1)。腰椎穿刺でCSF初圧25cmH2O(250mmCSF)以上が診断閾値となり、25〜30cmH2Oの場合は再評価が推奨される。

MRI(造影なし)+MR静脈造影(MRV)が第一選択である。妊娠中のガドリニウム造影剤使用は非推奨とされる。CTは電離放射線リスクのため妊娠中の第一選択としない。

散瞳眼底検査で乳頭浮腫を評価し、視野検査で視力障害のモニタリングを行う。安定症例では月1〜2回の視野検査が推奨され、乳頭浮腫や視野変化が出現した場合は毎週の評価が必要となる1)

腰椎穿刺は妊娠中禁忌ではなく、CSF初圧 > 25mmHg(250mmCSF)で診断的意義を持つ2)。肥満妊婦では技術的に困難な場合があるが、透視下または超音波ガイド下で施行可能である。

IIHの診断確定には二次的原因の除外が不可欠である。主な鑑別診断を以下に示す。

疾患主な鑑別点
脳静脈洞血栓症MRVで静脈洞閉塞を確認
妊娠高血圧腎症・子癇血圧上昇・蛋白尿・痙攣
頭蓋内占拠性病変MRIで腫瘍・膿瘍を除外
髄膜炎CSF細胞増多・感染所見
高血圧緊急症著明な血圧上昇

IIHに特異的な検査は存在しない。血圧・尿蛋白・CBC・クレアチニン・肝機能のモニタリングを行う。貧血の除外も重要であり、乳頭浮腫患者の10%に治療可能な鉄欠乏性貧血が認められるとの報告がある。薬剤歴(ビタミンA誘導体・テトラサイクリン系・成長ホルモン・リチウム)の確認も二次性ICP上昇の除外に必要である。

体重管理が第一選択の疾患修飾的介入である。妊娠中の体重増加を20ポンド(約9kg)以内に制限することが推奨される。体重管理のみで初期管理された症例は16.3%(178妊娠中29例)に上る1)

第一選択薬

アセタゾラミド炭酸脱水酵素阻害薬。CSF産生を減少させる。FDAカテゴリーCであり、動物実験で四肢異常が報告されているが、霊長類・ヒトでは再現されていない。

先天奇形との関連:システマティックレビューで52例に使用(31.4%)されたが、先天奇形との因果関係は否定的である1)。第1三半期でも1g/日以上の使用で、妊娠糖尿病・妊娠高血圧・流産リスクは対照群と同等であった1)

第二選択薬

フロセミド・クロルサリドン:アセタゾラミドに代わる利尿薬。産科医との協議のもとで使用する1)

副腎皮質ステロイド:FDAカテゴリーB。急性視力低下時に限定使用。9.5%(17例)で一次治療として使用されたが、漸減後のリバウンド効果の報告がある1)

妊娠中の禁忌薬

トピラマート:催奇形性が確認されており、妊娠中は禁忌(旧FDAカテゴリーD)1)

NSAIDs(第3三半期):胎児動脈管早期閉鎖・羊水過少のリスクがあるため第3三半期は使用を避ける。

26.9%(178妊娠中48例)で反復腰椎穿刺が使用された1)。CSFは6時間で再生成されるため効果は一過性であるが、分娩後の自然軽快を期待してシャント手術を先延ばしにする手段として有用である1) 2)。10日〜2週間間隔で施行するが、肥満妊婦では技術的困難を伴う。

  • 視神経鞘切開術(ONSF):視神経乳頭浮腫と視野障害に有効。頭痛には効果がない。失明リスクは1〜2%1)。一次治療としての使用は1.1%(2例)に限られる1)
  • CSFシャント術(LPS・VPS):最重症例に予約。腰腹腔シャント(LPS)が妊娠中の第一選択とされる1)。合併症として感染・腹痛・背部痛・頭蓋内低圧がある。一次治療での使用は3.9%(7例)1)
  • 静脈洞ステント留置:妊娠中の施行報告はない1)

IIH自体は帝王切開の適応ではなく、経膣分娩も禁忌ではない。システマティックレビューでは経膣分娩56.9%(66例)vs 帝王切開43.1%(50例)と同程度の頻度であった1)

分娩中のCSF圧は一過性に上昇し、第1期では39mmHg、第2期では71mmHgまで上昇し得る2)。器械分娩(吸引・鉗子)を用いた第2期いきみの軽減も選択肢となる2)。重度乳頭浮腫・神経学的悪化・高血圧合併・血栓傾向・高度肥満を認める場合は帝王切開を考慮する1)

脊髄くも膜下麻酔・硬膜外麻酔は、IIH患者では占拠性病変とは異なり脳ヘルニアリスクがなく、安全に使用可能である2)

  • 硬膜外麻酔:推奨される第一選択。母体意識を維持しつつ疼痛管理が可能1)。ロピバカイン75mg+スフェンタニル0.01mgの報告例がある2)
  • 脊髄くも膜下麻酔:少量の局所麻酔薬の使用が重要。CSFドレナージを兼用できる利点がある2)。高比重ブピバカイン9mgまたは8mg+フェンタニル0.015mgもしくはスフェンタニル0.002mgの報告例がある2)
  • 全身麻酔:挿管・抜管時のICP上昇リスクがあり、緊急時以外は避ける1) 2)。サクシニルコリンは筋線維束攣縮によるICP上昇のため使用を避ける2)
Q 妊娠中にアセタゾラミドは安全に使用できるのか?
A

FDAカテゴリーCに分類されるが、システマティックレビューでは先天奇形との因果関係は否定的とされている1)。第1三半期でも大量使用(1g/日以上)で奇形リスクの増加は認められなかった。ただし必ず産科医との協議のもとで使用し、多くの場合は妊娠20週以降に限定される。

Q IIHがある場合、帝王切開が必要か?
A

IIH自体は帝王切開の絶対的適応ではない。分娩様式は産科的適応に基づいて決定される。ただし重度乳頭浮腫・神経学的悪化・重篤な合併症を認める場合は帝王切開が考慮される1)

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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IIHの頭蓋内圧亢進には、CSF産生増加・CSF吸収低下・脳静脈洞圧上昇の3つの主要仮説が提唱されている。

  • 静脈圧上昇機序:肥満による腹腔内圧上昇→胸腔内圧・心臓充満圧上昇→脳静脈還流遅延→頭蓋内静脈圧上昇→CSF流出障害という連鎖が主要な機序と考えられている2)
  • レプチン仮説:脂肪組織に豊富なレプチンが脈絡叢を過活性化し、CSF過剰産生・吸収低下をきたす可能性がある1)
  • 妊娠関連因子:妊娠中の血漿量拡大・体液貯留がICP上昇を増強させる1)。また妊娠の血栓傾向が横-S状静脈洞接合部の局所狭窄部での静脈洞血栓リスクを上昇させる1)
  • ホルモン因子:インスリン抵抗性増加・コルチゾール異常・甲状腺ホルモン異常が潜在的IIHを顕在化させる1)。アンドロゲン調節異常の証拠もある。
  • 代謝疾患としての側面:IIHは肥満とは異なる全身性代謝疾患であり、CSF動態の調節障害と代謝・ホルモン因子の複合として理解されつつある。グリア-神経-血管界面の関与も最近の研究で示唆されている。
  • 遺伝的関与:ゲノムワイド関連研究で染色体5・13・14番に候補領域が示されている。

7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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Pelermoら(2025)の49論文・165患者・178妊娠を対象としたシステマティックレビューでは、母児転帰として早産8.5%・先天異常1.2%・流産7.3%が報告された。アセタゾラミド曝露児に先天奇形は認められなかった。産後には39例が無症状であり、永続的視野異常(VFC)は9.5%(17例)に認められた1)

  • 疾患罹病期間が長いほど乳頭浮腫の軽減が大きい。BMI高値は視野予後不良の予測因子である1)
  • 妊娠中の体重増加・BMI変化・腰椎穿刺初圧は視野予後に影響しない1)
  • 新規IIH診断は妊娠中まれであるが、妊娠中に新規診断された症例では乳頭浮腫・視野障害のリスクが高い1)
  • IIHと気分障害(抑うつ・不安)の関連が報告されており、産後うつの予測因子としても注意が必要である1)
  • GLP-1受容体作動薬:エキセナチドなどのGLP-1受容体作動薬がIIHの標的治療として研究されている。
  • 特発性頭蓋内圧亢進症 Intervention trial:脳脊髄液シャント術と静脈洞ステント留置術を比較する無作為化比較試験が進行中である。
  • 治療戦略の変遷:過去には開頭減圧術が主流であったが、現在はアセタゾラミド+反復腰椎穿刺への移行が進んでいる1)

  1. Palermo M, Trevisi G, D’Arrigo S, Sturiale CL. Idiopathic Intracranial Hypertension in Pregnancy. A Systematic Review on Clinical Course, Treatments, Delivery and Maternal-Fetal Outcome. Eur J Neurol. 2025;32:e70186.
  2. Alves S, Sousa N, Cardoso L, Alves J. Multidisciplinary management of idiopathic intracranial hypertension in pregnancy: case series and narrative review. Braz J Anesthesiol. 2022;72(6):790-794.

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