この疾患の要点
大脳性多視は、単一の視覚刺激から複数の像が知覚される稀な視覚保続現象である。
単眼視でも複製像が生じ、ピンホールで改善しない点が特徴的である。
後頭葉の病変(虚血性梗塞・てんかん・外傷・片頭痛 )が主な原因である。
確立された完治法は存在せず、治療は原因疾患への対応が中心となる。
後頭葉てんかん に続発した症例では、抗てんかん薬 の有効例が報告されている。
後頭頂皮質(PPC)梗塞に伴う大脳性複視 は、輻輳不全 を介するメカニズムが提唱されている。
極めて稀な疾患であり、稀少性・症状の多様性が診断・治療研究の障壁となっている。
大脳性多視(cerebral polyopia)は、視覚保続(visual perseveration)の3型の一つである。単一の視覚刺激から複数の像が空間的に複製されて知覚される現象で、「大脳性複視(cerebral diplopia)」とも呼ばれる。複製像が2つのみの場合に「大脳性複視」と分類される。
視覚保続の3型は以下の通りである。
錯覚性視覚拡大 :illusory visual spread
反復視 :palinopsia(過去に知覚した像が再出現する現象)
大脳性多視 :cerebral polyopia(単一刺激から複数像が同時知覚される現象)
各眼の単眼視でも発生するため、眼球運動障害 による斜視 性複視とは区別される。ピンホールで改善しない点で、白内障 ・屈折 異常による単眼性複視とも区別できる。
歴史的背景 として、1908年にGiovanni Mingazzini博士が後頭葉損傷関連として初報告した。1945年にはMorris B. Bender博士が4症例を記述した。
疫学 は極めて稀であり、報告は限定的である。稀少性・他の視覚障害との類似・症状バリエーションの大きさが、病因理解と治療法発見の障壁となっている。
Q 大脳性多視と通常の複視はどう違うのか?
A 斜視性複視は両眼性であり、片目を閉じると消失する。一方、大脳性多視は単眼視でも複製像が生じ、片目を閉じても消えない。さらにピンホールで改善しない点で、屈折異常や白内障に起因する単眼性複視とも区別される。
複製像の知覚 :単一の物体が2個以上に見える。複製数は2個(大脳性複視)から数百個に達することがある。
単眼での出現 :片目を閉じても複製像が消失しない。
刺激除去後の消失 :刺激を取り除くと複製像は消えることが多い。一部の患者では静止像として残存する。
元の物体との連動 :複製像は元の物体と一緒に動く。これが視覚残像型反復視との鑑別点となる。
注視による誘発 :テレビ視聴や近見注視で誘発されうる1) 。
無痛性・間欠性 :PPC梗塞の症例では、無痛性・間欠性の水平方向複視が報告された。方向選好はなかった1) 。
患者間の相違 :複製像の数・元像との距離・サイズ・色・持続時間は患者によって大きく異なる。
眼球運動 :多くの場合は全方向正常である。明らかな眼球運動障害がない点が特徴的である1) 。
瞳孔 ・眼瞼 :異常を認めないことが多い1) 。
視野 :多くの後頭葉病変例では視野欠損 (同名半盲 など)を伴う。ただしPPC梗塞例では視野が正常であった1) 。後頭葉障害では同名半盲以外の神経症状を欠くこともある。
視覚性無視 :上記PPC梗塞例では認めなかった1) 。
認知機能 :大脳障害患者では認知機能低下や注意障害により、視覚症状に本人が気づかないこともある。
MRI-DWI :急性期梗塞では責任病巣(後頭葉または後頭頂皮質の梗塞など)を描出できる1) 。
Q 大脳性多視と反復視(palinopsia)はどう見分けるか?
A 反復視(視覚残像型)では、動く物体が通過した後の航跡に複製像が残る。大脳性多視では複製像が元の物体と一緒に移動する点が鑑別のポイントとなる。
大脳性多視の主要病因は後頭葉(特に視覚連合野)の病変と後頭葉てんかんである。既報のほとんどは後頭葉疾患に関連しており、Kesserwani(2021)によるPPC梗塞の症例は初報告であった1) 。
原因疾患の一覧 は以下の通りである。
虚血性脳卒中 :後頭葉に分布する後大脳動脈の梗塞が原因となることが多い。
頭部外傷 :外傷性後頭葉損傷による発症。
片頭痛 :片頭痛発作に関連して一過性に出現することがある。
てんかん :後頭葉てんかんに続発する形で発症しうる。
腫瘍 :後頭葉・頭頂後頭葉の占拠性病変。
脳炎 :後頭葉を侵す脳炎性病変。
多発性硬化症 :脱髄病変が後頭葉に及ぶ場合。
多くの症例は視野欠損を伴い、後頭葉に病変が局在する。左前頭頭頂葉梗塞で後頭葉が温存され視野欠損を欠く症例の報告もある(Isherwood)。
右頭頂後頭葉障害で視覚保続がみられることがある。両側頭頂後頭葉病変ではBalint症候群を来す。
脳梗塞が原因である場合は、心臓・大動脈を含む塞栓源の検索が重要である。PPC梗塞の症例では発症1週間後に発作性心房細動(心拍数132/分)が心臓イベントモニターで検出され、塞栓性梗塞と判断された1) 。
輻輳不全のリスク因子として、加齢・外傷性脳損傷・神経変性疾患(パーキンソン病、進行性核上性麻痺 )が知られている1) 。
Q どのような脳の病気が大脳性多視を引き起こすのか?
A 最多は後頭葉の虚血性梗塞・外傷・てんかん・片頭痛である。腫瘍・脳炎・多発性硬化症も原因となりうる。後頭頂皮質(PPC)梗塞に伴う大脳性複視も報告されており、病変部位は後頭葉に限らない。
大脳性多視の診断には、すべての視覚障害を特定することが不可欠である。反復視(palinopsia)など他の視覚障害との合併が多いため、詳細な病歴聴取が重要となる。服用薬・症状発現時期を含む問診から脳由来かどうかを判断する。
MRI(DWI含む) :急性期梗塞の描出に有用。PETも病変の特定に有効である。CTは病変特定において最も効果的ではない。
MRI-DWI :PPC梗塞例では左後頭頂皮質の急性梗塞が確認された1) 。
心臓イベントモニター :塞栓性梗塞の場合、心房細動など不整脈の検出に有用である1) 。
頸動脈エコー・経頭蓋ドプラ :血管性病変(狭窄・閉塞)の除外に用いる1) 。
視野検査 :視野欠損の有無と病変部位の推定に使用する。神経画像との照合が病変の精密推定に有用である。
高次視機能検査 :病巣位置から予測される症状に特異的な検査を行う。
各病態の鑑別ポイントを以下の表に示す。
疾患 単眼性 ピンホール 複製像の動き 大脳性多視 あり(単眼でも出現) 改善なし 元の物体と連動 視覚残像型反復視 あり 改善なし 物体の航跡に残る 斜視性複視 なし(両眼性) 改善なし — 単眼性複視 あり 改善しうる —
複視の鑑別として、単眼性複視では前眼部・中間透光体の問題(屈折異常・白内障など)が原因となることが多い。両眼性複視では眼球運動障害・脳神経麻痺・重症筋無力症 ・甲状腺眼症 が鑑別に挙がる。大脳性多視は眼球運動が正常であり、これらとは異なる。
確立された完治法は存在しない。治療は症例ごとに異なり、視覚障害を引き起こす脳のメカニズムが治療計画の指針となる。適切なフォローアップに関する既知のエビデンス・症例報告はない。
塞栓性脳梗塞 :抗凝固療法が適応となる。PPC梗塞の症例(塞栓性梗塞+心房細動+高齢)にはアピキサバン2.5 mg 1日2回が開始された1) 。
脳梗塞の再発予防 :抗血栓療法 (抗血小板薬:アスピリンなど、抗凝固薬:ワルファリンなど)を行う。
発症後超早期の脳梗塞 :t-PAによる血栓溶解療法や血管内治療を考慮する。
後頭葉てんかん続発例 :バルプロ酸ナトリウム+ガバペンチン投与後に大脳性多視が反復視へ軽減した症例(Kataoka)が報告されている。
大脳性多視の発症メカニズムについては複数の理論が提唱されている。
固視不安定性理論
提唱者 :Bender
概要 :不随意微小眼球運動中の固視不安定性により偽黄斑 が形成され、複製像が生じるとした。
現状 :近年の症例研究で多視像と眼球運動の程度が一致しない例が報告されており、現在は支持されていない。
受容野再編理論
提唱者 :Cornblath
概要 :視覚皮質の損傷領域付近のニューロンが受容野を再編することで複製像が発生するとした。
ホロノミック脳理論
提唱者 :Kesserwani(2020)
概要 :V1/V2梗塞の70歳女性症例に基づく。フーリエ変換を用いた数学的・実験的基盤を持つホログラフィック/ホロノミック脳理論として提唱された。
輻輳不全理論
提唱者 :Kesserwani(2021)
概要 :後頭頂皮質(PPC)→前頭眼野(FEF)→中脳網様体/PPRFのネットワーク障害による輻輳不全が水平複視を引き起こすとした1) 。
視覚情報の処理には2つの経路が存在する1) 。
腹側経路(“what” pathway) :線条体皮質 → 後頭側頭葉。物体の認知を担う。障害されると相貌失認 ・物体認識障害・意味性認知症を来す。
背側経路(“where” pathway) :線条体皮質 → 後頭頂皮質(PPC)。空間定位を担う。障害されるとZeitraffer現象・視覚性運動失調・同時失認 ・subitization障害・運動盲を来す。
PPC梗塞を契機とした輻輳不全による水平複視の機序は以下のように説明される1) 。
輻輳経路 :後頭葉+PPC → FEF → 視床(枕核)・基底核 → 中脳網様体(近反応細胞:tonic cells・burst cells・tonic-burst cells、発火率は輻輳角・速度に比例) → Edinger-Westphal核(EWN、最終共通経路。瞳孔縮瞳+輻輳を制御)。PPRF・NRTP・小脳の間在核・室頂核も関与する。
水平注視生成 :PPRF → 同側外転神経核(同側外転)+対側動眼神経核(対側内転)によって生成される。
MLFと輻輳 :内側縦束(MLF)は輻輳には関与しない。MLF病変のみでは輻輳不全は生じない。
Diaschisis(機能的脱求心化) :PPC梗塞により FEF が電気的に沈黙し、そのカスケードが中脳網様体・PPRFへ波及することで輻輳不全が生じ、水平複視が出現する。
Q なぜ後頭頂皮質の梗塞で複視が起こるのか?
A Kesserwani(2021)は、後頭頂皮質(PPC)→前頭眼野(FEF)→中脳網様体/PPRFのネットワーク障害による輻輳不全が水平複視を引き起こすと提唱した1) 。PPC梗塞によってFEFが機能的に脱求心化(diaschisis)し、輻輳制御が障害されることが機序とされる。
Kesserwani(2021)は、左後頭頂皮質虚血性梗塞に伴う大脳性複視の初症例として、90歳右利き男性を報告した1) 。突然発症の無痛性・間欠性水平複視であり、眼球運動は全方向正常、視覚性無視なし、対座法視野正常であった。心臓イベントモニターで発作性心房細動(心拍数132/分)が検出され、塞栓性梗塞と診断された。本症例を基に輻輳不全理論が提唱されたが、患者が眼科受診を拒否したため輻輳不全の直接確認はできなかった。
Alvarez(2014)のfMRI研究では、輻輳不全患者においてPPC・FEF・小脳虫部の血流が低下し、これらの部位における血流がピーク輻輳速度と有意に相関することが示された1) 。さらにvergence trainingにより血流パターンが改善したことも報告されている。
PPC梗塞による大脳性複視の機序検証には今後のfMRI研究が必要である1) 。
後頭葉てんかん続発の大脳性多視に対する抗てんかん薬(バルプロ酸+ガバペンチン)の有効性は、さらなる臨床試験と大きなサンプルサイズでの検証が必要である。
微細構造異常白質仮説(Isherwood)の検証も今後の課題として残されている。
Kesserwani H. A Novel Case of Cerebral Diplopia Secondary to a Posterior Parietal Cortex Ischemic Infarct: Proposal of a Mechanism of Generation of Polyopia Due to Convergence Insufficiency. Cureus. 2021;13(1):e12962.
参考(引用番号なし)
Bender MD. Polyopia and monocular diplopia of cerebral origin. Arch Neurol Psychiatry. 1945;54:323-38.
Cornblath WT, et al. Spatial characteristics of cerebral polyopia: a case study. Vision Res. 1998;38(24):3965-78.
Jones MR, et al. Cerebral polyopia with extrastriate quadrantanopia. J Neuroophthalmol. 1999;19(1):1-6.
Kataoka H, Ueno S. Cerebral polyopia and palinopsia in a patient with occipital lobe epilepsy. Epilepsy Behav. 2009;14(4):684-6.
Kesserwani H. An Analytic Dissection of a Case of Cerebral Diplopia: Is the Human Brain a Holographic Device? Cureus. 2020;12(9):e10292.
Isherwood S, et al. An unusual case of cerebral polyopia. Can J Ophthalmol. 2017;52(3):e102-e104.
Gersztenkorn D, Lee AG. Palinopsia revamped: a systematic review. Surv Ophthalmol. 2015;60(1):1-35.
Raieli V, et al. Cerebral polyopia in migraine: a clinical case. J Headache Pain. 2000;1(2):127-9.
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