コンテンツにスキップ
神経眼科

眼科領域における無酸素性脳損傷

1. 眼科領域における無酸素性脳損傷とは

Section titled “1. 眼科領域における無酸素性脳損傷とは”

無酸素性脳損傷(Anoxic Brain Injury; ABI)は、脳組織への酸素供給低下によって脳機能に損傷・障害をきたす病態である。視覚系(視神経視交叉・視索・視放線・視覚野)に永続的損傷を与える可能性があり、眼科的な後遺症が問題となる。

成人における主な原因は、心停止・呼吸停止、外傷(絞扼・頭部外傷)、急性血管障害、中毒(一酸化炭素中毒・薬物過量摂取)である。小児では出生前・出生中・出生後の合併症、心血管系・呼吸器系の問題、先天性感染症、遺伝的要因のほか、脱水症や虐待による頭部外傷も原因となる。早産児の生存率向上に伴い有病率は増加している。

疫学的には、院外心停止が年間約80人/10万人に発生し、生存退院は約10%、完全な神経学的回復は約5%と報告されている1)。重度の低酸素虚血性脳症(HIE)は心停止後患者の脳剖検で61%に認められる1)。心停止生存患者の50〜83%が臨床的に有意な認知症状を経験し、視覚障害として皮質視覚障害が最大50〜70%、眼球運動障害が60〜85%に認められる。

小児においては、CVI(Cerebral/Cortical Visual Impairment;皮質/脳性視覚障害)が先進国における小児視覚障害の最多原因であり、最多の基礎病因は低酸素虚血性脳症である。他の原因として、てんかん、水頭症、外傷、感染がある。

Q 無酸素性脳損傷でどの程度の頻度で視覚障害が発生するのか?
A

心停止生存者では皮質視覚障害が最大50〜70%、眼球運動障害が60〜85%と高率に認められる。小児では低酸素虚血性脳症が皮質/脳性視覚障害(CVI)の最多原因であり、先進国の小児視覚障害全体においても最多を占める。

急性期から回復期にかけてさまざまな視覚症状をきたす。

  • 霧視:急性期に出現する視覚の不鮮明感。
  • 周辺視野の減少・同名半盲:後頭葉の損傷部位に応じた視野欠損
  • 皮質盲:両側後頭葉の広範囲な障害による完全な視覚消失。
  • シャルル・ボネ現象視力喪失後に複雑な幻視を訴えることがある。
  • 神経認知機能欠損:情報処理の遅延、短期記憶障害、めまい、頭痛、行動変化。

損傷から数ヶ月で一部の視覚機能が回復することがある。一方、小児のCVIでは視覚機能の変動性(てんかんや疾病による一時的低下、複雑な視覚環境での困難増大)が特徴的である。

視野・視覚の障害

同名半盲黄斑回避を伴う/伴わない。上部後頭葉損傷→下方四半盲、下部後頭葉損傷→上方四半盲。

隣接同名半盲:初回損傷数ヶ月後に上下四半部を含む両側隣接同名半盲が出現する場合がある。水平半盲や市松模様状視野欠損に類似。

皮質盲:両側後頭葉の広範囲障害で発生。対光反射は正常に保たれる。Anton症候群(見えないことを否定し見えているようにふるまう)を伴う場合がある。

Riddoch症候群・盲視:静止物は認識できないが動くものを認識できる。LGB-V1以外の視覚経路の関与が示唆される。

眼球運動・その他の障害

オキュラー・ディッピング:ゆっくりとした下方偏位→急速な上方復帰。低酸素虚血性脳損傷に関連し、大脳皮質機能の抑制と脳幹反射の比較的な保持を示唆。

オキュラー・ボビング:急速な下方ジャーク→ゆっくりとした上方ドリフト。橋の構造的病変に関連。逆オキュラー・ボビングは代謝性脳症に関連。

共同偏視:前頭眼野(Brodmann 8野)障害→患側をにらむ方向への共同偏視。

視神経萎縮:ABI続発の無酸素性虚血性視神経症による。

高次脳機能障害としては以下が認められる。

  • 腹側経路障害:視覚失認、相貌失認、大脳性色覚障害、地誌的失認。
  • 背側経路障害:空間知覚障害。
  • Balint症候群:両側頭頂後頭葉病変。精神性注視麻痺・視覚失調・視覚性注意障害の3主徴。

小児CVIでは群集効果(crowding effect)/同時失認、近距離視の選好、色覚の相対的保存(色覚の両側表現に起因)、コントラスト感度低下、羞明、逆説的注視などの特徴的所見を認める。

重度のABIでは脳幹反射消失が認められる。瞳孔散大固定、角膜反射消失、頭位変換眼球反射消失、咳・絞扼反射消失が記録された症例が報告されている2)。また基底核障害では筋緊張亢進・固縮が生じ、ストレス・不安で増悪する1)

Q 皮質盲でも瞳孔の対光反射は保たれるのか?
A

皮質盲は両側後頭葉の障害によるため、瞳孔反射の経路(視床下部・中脳)は温存される。よって対光反射は正常に保たれる。このことが心因性視覚障害との鑑別に重要な所見となる。Anton症候群を伴う場合は患者本人が視覚喪失に気づかないことがある。

ABIの原因は小児と成人で異なる。

区分主要原因
小児周産期低酸素虚血性脳症(最多)、早産・低出生体重、てんかん、水頭症、外傷(虐待含む)、感染(髄膜炎・脳炎)、先天性代謝疾患
成人心停止・呼吸停止、外傷(絞扼・TBI)、急性血管障害、中毒(CO中毒・薬物過量摂取)

特殊な成人の原因として、BRASH症候群(徐脈・腎不全・AV遮断薬・ショック・高カリウム血症の悪循環)がある。高カリウム血症(7.9mmol/L)とメトプロロール内服中に本症候群が発症してPEA心停止→ABIに至った症例が報告されている3)

また、一酸化炭素中毒による皮質盲が最もよく報告されている原因の一つである。シスプラチンなどの抗癌薬が可逆性後白質脳症症候群(PRES)を誘発し皮質盲をきたす場合もある。

ABIによる視覚障害の診断には、神経眼科的診察と複数の画像・電気生理学的検査を組み合わせる。大脳障害患者では認知症や注意低下の合併で視覚症状に患者本人が気づかないことがある。病巣位置から予測される症状に特異的な検査を行うことが重要である。

  • 視野検査ハンフリー視野計で同名半盲、黄斑回避の有無、隣接同名半盲を評価する。大脳性色覚障害は半側視野ずつに出現するため、半視野ずつの色覚検査が必要である。
  • 脳幹反射評価:対光反射、角膜反射、頭位変換眼球反射、咳・絞扼反射を系統的に確認する。これらの所見は予後判定に重要である2)
  • 鑑別診断:両側後頭葉障害による皮質盲は対光反射正常・眼球異常所見なしのため、心因性視覚障害との鑑別が必要である。
検査主な所見備考
MRI(DWI/T2)皮質・深部灰白質の虚血性変化(損傷6日以内)、基底核T2/FLAIR信号異常・DWI拡散制限経時的に脳軟化症・萎縮が出現1)
CT灰白質・白質境界の消失、逆転サイン、白小脳徴候びまん性ABIでは脳溝・脳槽の完全消失3)
PET構造画像正常例でも低灌流・低代謝を検出可能初期CT・MRIが正常でもABIを否定できない

CT灌流画像では虚血後過灌流(CBF・CBV増加、MTT・TTP短縮)や虚血ペナンブラ(CBF低下、CBV増加、MTT・TTP延長)を評価できる5)

遅発性低酸素性白質脳症(DPHL/DTHL)では、MRIでびまん性白質高信号(U線維・脳梁・脳幹・小脳は温存)と散在性の拡散制限が認められる4)

EEGでは以下の所見がABIを示唆する。

  • α-θパターン、バースト抑制、全般性周期性複合波、低電位出力:ABI示唆所見。
  • Suppression-burstパターン:重度ABIを示唆2)
  • びまん性多形性δ活動:広範な脱髄/軸索損傷を示唆(DPHLなど)4)

脳死判定の補助検査として、AAN推奨の3方法(従来血管造影、経頭蓋ドップラー超音波、99mTcシンチグラフィ)が用いられる2)

Q 初期のCT・MRIが正常でも無酸素性脳損傷を否定できるか?
A

否定できない。初期の構造画像は正常〜ほぼ正常であり得る。PETであれば低代謝を検出できる場合がある。また、DPHLでは低酸素イベント後2〜5週の清明期を経て急性増悪が生じるため、経時的な連続MRIによる評価が重要である4)

ABI後の視覚喪失に有効性が証明された治療法はない。治療の目標は、急性期の二次的脳損傷防止と、回復期の機能代償・生活支援である。

急性期管理

脳灌流・酸素化の維持:二次的脳損傷を防ぐための最優先事項。

標的温度管理(TTM):周産期HIEでは全身または選択的頭部冷却が標準治療。心停止後は体温33℃で24時間維持→段階的復温3)

けいれん予防・管理:てんかん発作は二次的脳損傷を悪化させるため積極的に管理する。

脳梗塞合併時:発症超早期にはt-PA血栓溶解療法や血管内治療を考慮。再発予防にアスピリン75〜150mg/日、クロピドグレル75mg/日(グレードA)、シロスタゾール200mg/日(グレードB)などの抗血小板薬や抗凝固薬を使用。高度内頸動脈狭窄には頸動脈内膜剥離術やステント留置術を検討する。

リハビリテーション

作業療法(OT)・理学療法(PT):機能回復と代償技術の習得を目標とする。

ロービジョンケア:残存視機能の最大活用と補助器具の導入。

ビジョンセラピー(VT):代替手段の習得により機能改善が期待される。

視覚環境の最適化:小児CVIでは視覚刺激の調整と多職種ケア(眼科・全身合併症)が推奨される。

同名半盲の予後:脳梗塞後の視野欠損回復は高齢者で不良、若年者では回復可能な場合がある。

ABI後に興奮症状を呈する患者への抗精神病薬(ハロペリドールなど)の使用は、ドーパミン遮断により悪性症候群(NMS)リスクが上昇するため注意が必要である6)。代替薬として以下が推奨されている。

  • アマンタジン:間接的ドーパミン放出促進・再取込み阻害作用。外傷性脳損傷患者でlevel 1aエビデンス。用量200mg超で固縮・抑うつ・痙攣のリスク。
  • β遮断薬:pindololは興奮エピソード数を減少、propranololは重症度を減少(class 1b推奨)6)

遅発性低酸素性白質脳症(DPHL)の治療

Section titled “遅発性低酸素性白質脳症(DPHL)の治療”

メチルプレドニゾロン1000mg IV 1日1回×5日とアマンタジン100mg 1日2回の併用で改善した症例が報告されている4)。ただしエビデンスは限定的であり、適切な支持療法で完全〜ほぼ完全回復が一般的である。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

脳灌流途絶後、数秒で酸素貯蔵が消費されて意識消失をきたす。5分後にはグルコース・酸素が枯渇してATP産生が障害され、ATP依存性膜ポンプの機能不全が生じる。

嫌気的代謝への移行→乳酸蓄積→膜電位破綻→Na⁺/Ca²⁺の細胞内蓄積→K⁺喪失5)。さらに細胞膜の完全性喪失→Ca²⁺流入→グルタミン酸放出→NMDA受容体結合→細胞内Ca²⁺高値→電子伝達系破壊→フリーラジカル形成→壊死・アポトーシスへと至る5)

血流回復後は活性酸素種(ROS)と免疫細胞が脆弱な脳組織に流入して再灌流傷害をきたす。過度の過灌流は出血性変化のリスクとなる5)

一次視覚野の選択的脆弱性は2つの因子による。(1)後大脳動脈終末部からの血流供給→低血圧時に灌流不足をきたしやすい。(2)一次視覚野の顆粒細胞が低酸素症に対して耐性が低い。

基底核の選択的脆弱性は、高代謝需要・密なグルタミン酸作動性入力・限られた側副灌流による1)。基底核損傷では筋緊張亢進・固縮などの運動制御障害をきたす。両側基底核低吸収を示す患者の75%が予後不良(Barthel Index 50未満)と報告されている。

ドーパミン作動性シグナルの障害

Section titled “ドーパミン作動性シグナルの障害”

虚血後に線条体でドーパミンシグナルが初期に増加し、72時間後に基底核病変の進行とともに消退する。ドーパミン産生ニューロン死により恒久的なドーパミンレベル低下が生じる。D2受容体は低酸素虚血状態に極めて感受性が高い6)。この機序がABI後に抗精神病薬によるNMSリスクが増大する根拠となっている。

遅発性低酸素性白質脳症(DPHL)の機序

Section titled “遅発性低酸素性白質脳症(DPHL)の機序”

低酸素イベント後2〜5週の清明期(lucid interval)を経て広範な白質疾患が急性出現する。ミエリン塩基性タンパク質プールの速い成分の半減期(19〜22日)と清明期の長さが一致することが特徴的である。

初期の中毒性低酸素イベントでオリゴデンドロサイトのミエリンタンパク質合成が障害→清明期中は既存ミエリンで機能維持→ミエリン置換不全で急性機能破綻、というメカニズムが提唱されている4)。深部白質は広く間隔を置いた細動脈で灌流され吻合が少ないため低酸素虚血に脆弱である。

腹側経路(“what”経路)はV4野で形態・色の視覚に関与し、損傷により視覚失認・相貌失認・大脳性色覚障害・地誌的失認をきたす。背側経路(“where”経路)はV5/MT野で空間位置・動きの視覚に関与し、損傷により空間知覚障害をきたす。高次脳視覚野はV1〜V8、V3A、V3B、V7、MT+、LOの10領域に分類される。

視神経への影響として、低酸素症が小胞体ストレスマーカーCHOPの上昇→GFAPの網膜・視神経での発現増大→乏突起膠細胞の死→視神経萎縮という経路が示されている。

Q なぜ視覚野は低酸素に特に脆弱なのか?
A

2つの因子がある。第一に、一次視覚野は後大脳動脈終末部から血流供給を受けるため、全身性低血圧時に灌流不足をきたしやすい。第二に、一次視覚野の顆粒細胞は他の部位と比較して低酸素症に対する耐性が低い。


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”

AHAによる神経学的予後判定の推奨

Section titled “AHAによる神経学的予後判定の推奨”

米国心臓協会(AHA)は、心停止後昏睡患者の神経学的予後予測はROSC(自己心拍再開)後72時間以降に実施すべきと推奨している5)。TTM・鎮静を使用した症例ではTTM完了/鎮静中止後、少なくとも1週間の観察が推奨される。予後の不確実性は数日〜数週〜数ヶ月持続する可能性があり、遅発性回復にも留意が求められる。

虚血後過灌流(luxury perfusion)はCT灌流画像で検出可能であり、補償機構として有益な場合もある。一方で過度の場合は再灌流傷害や出血性変化の前兆となる可能性がある5)。遅発性過灌流は特に注意を要する。CT灌流パラメータ(CBF、CBV、MTT、TTP)の系統的評価が急性期管理に貢献する可能性が示されている。

視覚刺激プログラムや幹細胞療法が提唱されているが、現時点では十分なエビデンスが存在しない。早産児ケアおよびHIE管理の進歩が将来的にCVIの発生率を低下させる可能性がある。

DTHLは適切な支持療法で完全〜ほぼ完全回復が一般的であるが、他の白質疾患との誤認が問題となる。多発性硬化症・浸透圧性脱髄症候群・進行性多巣性白質脳症とは臨床・画像・病理学的特徴が異なり、臨床経過(清明期の存在)と低酸素イベントの病歴が鑑別の鍵となる4)

Chachkhianiら(2021)は、オピオイド過量摂取後にDTHLを発症した46歳男性の症例を報告した4)。低酸素イベント後8日で退院→19日の清明期→Day 27に無言症・精神運動遅延で再入院→MRI:びまん性白質高信号(U線維・脳梁・脳幹・小脳は温存)→メチルプレドニゾロン1000mg IV×5日+アマンタジン100mg×2回/日→Day 48退院→Day 62にほぼ正常に復帰→Day 138にMRI白質高信号がほぼ消失した。

アマンタジン(TBI患者でlevel 1aエビデンス)とβ遮断薬(class 1b推奨)のABI患者への用量・適応に関するさらなる研究が必要とされている。脳損傷患者への抗精神病薬の慎重使用が求められており、代替薬のプロトコール確立が課題となっている6)


  1. Gumaa I, Mohamed M, Kadies M. Hypoxic Brain Injury Mimicking a Spinal Cord Disease: An Unusual Neurological Consequence of Cardiac Arrest. Cureus. 2025;17(10):e94265.
  2. Abdelrehim A, Landau D, Gaukler C, Brundavanam H. Interdisciplinary approach in post-cardiac arrest anoxic brain injury with unconfirmed brain death. BMC Palliat Care. 2025;24:251.
  3. Ghumman GM, Kumar A. BRASH Syndrome Leading to Cardiac Arrest and Diffuse Anoxic Brain Injury: An Underdiagnosed Entity. Cureus. 2021;13(10):e18628.
  4. Chachkhiani D, Chimakurthy AK, Verdecie O, Goyne CT, Mader EC Jr. Delayed Toxic-Hypoxic Leukoencephalopathy As Sequela of Opioid Overdose and Cerebral Hypoxia-Ischemia. Cureus. 2021;13(12):e20271.
  5. Castellanos L, Roa Forster V, Khatib M, Uddin MS, Perez G. Cerebral Hyperperfusion After Hypoxic Brain Injury Secondary to Aspiration. Cureus. 2025;17(8):e91141.
  6. Cocuzzo B, Fisher KA, Alvarez Villalba CL. Neuroleptic Malignant Syndrome Status Post Anoxic Brain Injury: A Case Presentation of Heightened Susceptibility in the Brain Injury Population. Cureus. 2023;15(3):e35740.

記事の全文をコピーして、お好みのAIに貼り付けて質問できます