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神経眼科

後天性動眼神経麻痺

後天性動眼神経麻痺(Acquired Oculomotor Nerve Palsy)は、第III脳神経(動眼神経)の損傷によって生じる眼球運動障害である。動眼神経は以下の筋を支配する。

  • 体性外眼筋:上直筋・下直筋・内直筋・下斜筋・上眼瞼挙筋
  • 自律神経:瞳孔括約筋・毛様体筋(副交感神経線維)

これらの障害により、眼瞼下垂・眼球運動制限・瞳孔散大・調節障害が組み合わさって出現する。麻痺は完全麻痺と部分麻痺(上枝麻痺・下枝麻痺)に分類される。動眼神経麻痺は脳神経麻痺の中で2番目に多い。

成人における原因の頻度は以下の通りである。

原因成人(概算)小児(概算)
虚血性(糖尿病・高血圧等)約20%少数
動脈瘤約20%約7%
腫瘍約15%約10%
外傷約10%約13〜23%
先天性約43〜47%

日常臨床では血管障害性(糖尿病・高血圧・動脈硬化による虚血)が最多である。成人の麻痺性斜視は循環障害や外傷が原因で自然寛解することが多いが、小児の麻痺性斜視は感染症を除けば脳腫瘍がほとんどを占めるため緊急疾患として扱う必要がある。小児では先天性が最も多く、外傷性がこれに続く。

Q 後天性動眼神経麻痺は珍しい疾患か?
A

脳神経麻痺の中では2番目に多い疾患で、日常臨床でも遭遇する機会がある。成人では虚血性が最も多く、高齢者・糖尿病患者・高血圧患者では特に注意が必要である。

  • 複視:最も多い眼症状の一つ。突然の複視で発症することが多い。
  • 眼瞼下垂:初発症状の約7割を占める。完全な上眼瞼挙筋麻痺では眼裂が完全に閉鎖する。
  • 眼痛・頭痛三叉神経第一枝領域の刺激症状として出現することがある。動脈瘤では特に強い頭痛を伴うことがある。
  • 全身神経症状:病変部位によって片麻痺・不随意運動・意識障害を伴う場合がある。

完全麻痺と部分麻痺では所見が異なる。

完全麻痺

眼位:正面視で外斜視かつ軽度の下斜視。

眼球運動:内転制限(正中線を越えない)・上転制限・下転制限。滑車神経が正常であれば下転時に内方回旋が観察される。

眼瞼:完全な眼瞼下垂。

瞳孔:散大し、直接・間接対光反射が消失する。

部分麻痺

上枝麻痺:眼瞼下垂+上直筋麻痺(上転制限)。海綿静脈洞内動脈瘤では下枝麻痺より上枝麻痺が多い。

下枝麻痺:瞳孔線維・下直筋・下斜筋・内直筋の障害を組み合わせて呈する。

異所性再生:外傷・圧迫性病変後に多い。先天動眼神経麻痺では61〜93%に認められる。

Q 瞳孔が開いている(散瞳している)動眼神経麻痺は、なぜ緊急性が高いのか?
A

動眼神経の副交感神経線維(瞳孔括約筋支配)は神経の最表層・背内側を走行し、圧迫に対して脆弱である。散瞳は後交通動脈瘤による外からの圧迫を示唆し、動脈瘤が破裂すれば致命的なくも膜下出血に至る。詳細は「原因とリスク要因」の項も参照。

  • 血管障害性(日常臨床では最多):糖尿病・高血圧・動脈硬化による虚血。突然発症し、起床時の複視として気づかれることが多い。高齢者に好発する。散瞳を通常伴わない。
  • 後交通動脈瘤(IC-PC aneurysm):最も重要な圧迫性病変。瞳孔散大を初発症状とすることが多い。破裂すれば致命的であり、生命に関わる緊急疾患である。
  • 鉤ヘルニア:頭蓋内圧亢進によるテント切痕ヘルニアで動眼神経が圧迫される。最多原因は頭蓋内出血。
  • 腫瘍:下垂体腫瘍の側方伸展・髄膜腫など。成人で約15%。
  • 外傷:成人で約10%。重篤な頭部外傷に伴うことが多い。外傷後は異所性再生が生じやすい。
  • 炎症性(Tolosa-Hunt症候群):特発性肉芽腫性炎症による有痛性眼筋麻痺。ステロイドに著効する。
  • 糖尿病ニューロパチー:海綿静脈洞内の栄養血管の動脈硬化性閉塞。散瞳を通常伴わないが、必ずしも正常とは限らない。予後良好で数か月以内に回復する。
  • その他:副鼻腔真菌症・帯状疱疹・巨細胞動脈炎・髄膜炎・脳炎・膠原病血管炎・白血病・Hodgkinリンパ腫・脳外科手術後合併症など。

主なリスク因子:糖尿病、高血圧、血管炎、感染症、外傷、腫瘍、動脈瘤。

Q 糖尿病性の動眼神経麻痺はどのような特徴があるか?
A

糖尿病ニューロパチーによる動眼神経麻痺は、海綿静脈洞内の栄養血管の動脈硬化性閉塞が機序である。虚血は神経内部に及ぶが瞳孔線維は側副血行路が豊富なため、通常は散瞳を伴わない。予後は良好で数か月以内に回復することが多く、糖尿病の治療が最優先となる。

診断は臨床所見を基本とするが、原因の特定には各種検査が不可欠である。

  • 問診:発症様式(突然か緩徐か)、眼痛・頭痛の有無、糖尿病・高血圧の既往、症状の日内変動(重症筋無力症との鑑別に重要)
  • 眼球運動評価:各方向の運動制限、共同運動の確認
  • 上眼瞼挙筋機能:完全下垂か部分下垂かを評価
  • 対光反射・調節反射:直接・間接対光反射の消失の有無
  • 細隙灯検査:滑車神経麻痺合併の鑑別のため内下転時の眼球内方回旋の有無を確認

主な画像検査法の比較を以下に示す。

検査法特徴・用途
MRI(SPGR法)薄いスライス(2〜3 mm)で高解像度。IC-PC aneurysmの圧迫像を明瞭に描出
MRA非侵襲的脳動脈描出。IC-PC aneurysmの発見に最も簡便で診断的価値が高い
CTA(3D-CTアンギオグラフィ)直径3 mm以上の動脈瘤に対し感度90%。MRAとともに第一選択となり得る
DSA(デジタル減算血管造影)ゴールドスタンダード。侵襲的だが最も精度が高い

MRI検査(T1強調・T2強調・脂肪抑制・拡散強調・ガドリニウム造影)が基本で、CTより有用である。

  • 血液検査:CBC、ESR、CRP、包括的代謝パネル(CMP)。必要に応じて抗核抗体・C-ANCA・P-ANCA・ACE・β-Dグルカンなど追加する。
  • 髄液検査:海綿静脈洞・頭蓋底病変が疑われる場合に実施する。
  • 病理診断(生検):確定診断に必要な場合がある。
  • 重症筋無力症:テンシロンテスト(エドロホニウム10 mgを2.5 mgずつ静注)、アイステスト(保冷剤を上眼瞼に2分間当て、2 mm以上改善で陽性、感度80〜92%)、日内変動の確認、抗AChR抗体(眼筋型では陽性率50%以下)
  • 甲状腺眼症:CT/MRIで外眼筋肥大を確認する
  • その他眼窩偽腫瘍、核間性眼筋麻痺、慢性進行性外眼筋麻痺(CPEO)、巨細胞性動脈炎
Q 動眼神経麻痺と重症筋無力症はどのように鑑別するのか?
A

重症筋無力症は日内変動(夕方以降に悪化)が特徴で、アイステスト(感度80〜92%)やテンシロンテストが鑑別に有用である。抗AChR抗体は眼筋型では陽性率が50%以下にとどまるため、陰性でも否定できない。MRI/CTで動眼神経・眼窩の器質的病変を除外することも重要である。

原因疾患の治療が最優先である。原因に応じた治療方針を以下に示す。

虚血性

自然経過:多くは発症後4週間以内に改善が始まり、12週間以内に完全回復が期待される。

薬物療法:回復促進を目的にビタミンB群および循環改善薬を内服する。

動脈瘤

緊急対応:脳神経外科的治療(クリッピング・コイル塞栓術等)を緊急で行う。

当日中の画像診断と専門科への緊急紹介が必要である。

炎症性(Tolosa-Hunt)

ステロイド療法:プレドニゾロン 50〜60 mg/日をまず3日間投与。眼窩部痛は劇的に改善することが多い。

注意:早期減量で再燃することがあり、適宜漸減する。

外傷性

経過観察:回復が比較的困難。半年経過後も改善がない場合は手術療法を検討する。

  • 糖尿病性:糖尿病の治療を優先する。予後良好で数か月以内に回復することが多い。
  • 腫瘍・鉤ヘルニア:原因疾患の外科的・内科的治療を行う。

残留欠損への対応(対症療法)

Section titled “残留欠損への対応(対症療法)”
  • プリズム眼鏡:症状が安定した6か月以降に検討する。
  • ボツリヌス毒素:拮抗筋への注射による化学的除神経で一時的に複視を軽減する。
  • 斜視手術:第一眼位および読書位置での眼位矯正が主目的。完全麻痺では外直筋の超最大後転・摘出・外側眼窩壁骨膜への縫合、上斜筋の内直筋付着部方向への鼻側移動、内直筋最大短縮などを組み合わせる。異所性再生がある場合は、二次的神経再支配を有する筋への手術は回避する。
  • 眼瞼下垂手術:Bell現象が著しく障害されている場合は暴露性角膜症のリスクに注意が必要である。
Q 虚血性の動眼神経麻痺はどのくらいで回復するのか?
A

多くは発症後4週間以内に改善が始まり、12週間(約3か月)以内に完全回復が期待される。回復促進を目的にビタミンB群と循環改善薬が投与される。半年以上経過しても改善が得られない場合は外傷性などの別の原因や残留欠損への対応(斜視手術・プリズム眼鏡)を検討する。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

動眼神経核は中脳被蓋部に存在し、複合核構造をとる。各亜核の支配関係は以下の通りである。

  • 内直筋・下直筋・下斜筋核:同側支配
  • 上直筋核:対側支配(交叉部位は不明)
  • 上眼瞼挙筋核(尾側中心核):単一核が両側支配
  • 自律神経核(Edinger-Westphal核を含む):核群の吻側に位置し、同側支配

核内の線維配列は吻側-尾側方向で、最吻側に副交感神経→下直筋・下斜筋→最尾側に上眼瞼挙筋・上直筋が配列する。内外側では上直筋・下斜筋が外側、瞳孔線維・下直筋が内側に位置する。

末梢での瞳孔線維は動眼神経最表層の背内側(上鼻側)を走行し、圧迫に弱く、虚血には比較的強い(側副血行路が豊富なため)。この解剖学的特性が「圧迫性病変→散瞳、虚血性病変→瞳孔正常」という臨床的法則の基盤となる。

核性病変

特徴:通常両側性の障害を来す。

一側の核性麻痺では同側の動眼神経麻痺+中等度の両側眼瞼下垂+対側上直筋麻痺を呈する。

線維束病変(中脳症候群)

Weber症候群:大脳脚病変。同側動眼神経麻痺+対側片麻痺。

Benedikt症候群:赤核病変。同側動眼神経麻痺+対側不随意運動。

Claude症候群:赤核+上小脳脚病変。同側動眼神経麻痺+対側失調・振戦。

Nothnagel症候群:上小脳脚病変。同側動眼神経麻痺+小脳失調。

くも膜下腔・海綿静脈洞・眼窩内病変

Section titled “くも膜下腔・海綿静脈洞・眼窩内病変”
  • くも膜下腔:後交通動脈瘤による圧迫が最重要。鉤ヘルニアによる圧迫も生じる。瞳孔線維が最表層を走行するため散瞳が早期から出現する。
  • 海綿静脈洞:他の脳神経(IV、V1、VI)との複合麻痺(海綿静脈洞症候群)を呈しやすい。動眼神経が上枝・下枝に分岐した後は、分枝麻痺を生じやすい。
  • 眼窩内視力低下・眼筋麻痺・眼球突出を伴う。分枝麻痺が生じやすい。

  • Adult Strabismus Preferred Practice Pattern(American Academy of Ophthalmology)

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