血管・循環因子
乳頭出血:正常眼圧緑内障で高頻度。乳頭出血の出現後は視野障害進行が速い
低血圧・低眼灌流圧:拡張期・収縮期血圧が低いことは緑内障進行の危険因子
片頭痛・レイノー現象:一次性血管調節不全が正常眼圧緑内障のリスク因子として注目される
閉塞性睡眠時無呼吸症候群:夜間の一過性低酸素血症により視神経乳頭灌流が低下する可能性

正常眼圧緑内障は、原発開放隅角緑内障(広義)のサブタイプであり、緑内障性視神経症の発生進行過程において眼圧が常に統計学的に決定された正常値にとどまる病型である5)。日本人における正常眼圧の上限は約20 mmHgであり、20 mmHgを境に原発開放隅角緑内障(狭義)と正常眼圧緑内障に区分することに合理性がある5)。
正常眼圧緑内障の有病率にはアジアとそれ以外の地域で顕著な差がある。原発開放隅角緑内障における正常眼圧緑内障の割合は日本で92.3%(多治見スタディ)、シンガポール84.6%、中国北部83.6%であるのに対し、米国では31.7%にすぎない。
原発開放隅角緑内障(広義)は慢性進行性の視神経症であり、視神経乳頭陥凹の拡大と辺縁部の菲薄化、網膜神経線維層(RNFL)の欠損を形態的特徴とする5)。原発開放隅角緑内障は恣意的に「高眼圧型」と「正常眼圧型」に細分されるが、これらはスペクトラムの両端であり、低い眼圧レベルの緑内障では眼圧以外のリスク因子がより重要と推定される7)。
正常眼圧緑内障は正常眼圧レベルでの緑内障性変化という点で過小診断されやすい7)。原発開放隅角緑内障患者の約40%は診察時間中に眼圧上昇を示さないとの報告もある8)。
正常眼圧緑内障と原発開放隅角緑内障(狭義)は原発開放隅角緑内障(広義)のサブタイプであり、連続した疾患群として位置づけられる5)7)。治療方針は同一であるため、臨床上絶対に区別すべきものではない。ただし正常眼圧緑内障では循環障害など眼圧非依存性因子の寄与がより大きいと推定されている。
初期には自覚症状を欠くことが多い。進行に伴い視野欠損を自覚するが、傍中心暗点が比較的多いことが特徴とされる。Humphrey視野計24-2では検出されない中心10度以内の局所的暗点が存在し、Humphrey視野計10-2で初めて同定される場合がある1)。
| 所見 | 正常眼圧緑内障の特徴 |
|---|---|
| 乳頭出血 | 原発開放隅角緑内障(狭義)より頻度が高い |
| 乳頭陥凹 | 同程度の視野異常でより大きい |
| 局所的陥凹拡大 | 認められる比率が高い |
正常眼圧緑内障においても眼圧が発症・進行に最も強く関わる因子であることが臨床的エビデンスとして示されている5)。統計学的に正常範囲の眼圧であっても、個々の視神経には耐えられない眼圧値が存在する。眼圧日内変動や季節変動により、診察時以外に高眼圧を示している可能性も否定できない5)。
血管・循環因子
乳頭出血:正常眼圧緑内障で高頻度。乳頭出血の出現後は視野障害進行が速い
低血圧・低眼灌流圧:拡張期・収縮期血圧が低いことは緑内障進行の危険因子
片頭痛・レイノー現象:一次性血管調節不全が正常眼圧緑内障のリスク因子として注目される
閉塞性睡眠時無呼吸症候群:夜間の一過性低酸素血症により視神経乳頭灌流が低下する可能性
構造・脳脊髄液因子
篩状板の構造的脆弱性:正常範囲の眼圧に耐えられない構造的異常
経篩状板圧較差:眼圧上昇ではなく球後脳脊髄液圧の低下が経篩状板圧較差の上昇を引き起こす可能性4)
脳脊髄液動態の障害:正常眼圧緑内障の患者では脳脊髄液中のL-PGDS濃度が正常対照より上昇しており、全身的な脳脊髄液動態異常が示唆されている4)
グリンファティック系の不全:視神経における代謝廃棄物除去の低下が緑内障性損傷に関与する仮説
正常眼圧緑内障には主に4つの遺伝子が関与する。OPTN(オプチニューリン)変異、特にE50Kバリアントは若年発症と強く関連する。TBK1のコピー数多型も正常眼圧緑内障に関連し、網膜神経節細胞の喪失に寄与する。METTL23変異は家族性正常眼圧緑内障症例で同定されている。原発開放隅角緑内障に関連するMYOCも一部の正常眼圧緑内障症例で関与する。
加齢、近視(特に乳頭構造変化を伴う近視)、女性、アジア人種、緑内障の家族歴が危険因子として挙げられる。近年では正常眼圧緑内障と血管性認知症・アルツハイマー病との関連も報告されている。

正常眼圧、正常開放隅角、細隙灯顕微鏡検査正常、緑内障性視神経障害、緑内障性視野障害を証明することで診断される5)。現在はもちろん過去に眼圧上昇の原因がないこと、眼圧負荷以外の視神経障害の原因を除外することが必要である。
他の高眼圧緑内障
Burned-out 原発開放隅角緑内障:過去の高眼圧が現在は正常化した症例
ステロイド緑内障の自然寛解:ステロイド使用歴の問診
Posner-Schlossman症候群の寛解期:過去の眼圧発作の既往
非緑内障性視神経症
正常眼圧緑内障と診断された場合であっても、非典型的な経過(急速な片眼性の進行、視力低下、垂直子午線に沿った視野欠損)を認めた際は頭蓋内病変を除外するための画像検査が推奨される2)3)。
すべての正常眼圧緑内障の患者にルーチンの神経画像検査は推奨されていない2)。しかし非典型的な進行パターン(急速な片眼性悪化、視力低下、垂直子午線に沿う視野欠損)を認めた場合は、下垂体腺腫2)や内頸動脈瘤3)などの圧迫性病変を除外するために脳MRI/MRA(磁気共鳴血管造影)が必要となる。
正常眼圧緑内障においてエビデンスのある治療は眼圧下降治療のみである5)。
CNTGS(共同正常眼圧緑内障研究):正常眼圧緑内障の患者を対象とした多施設共同研究であり、無治療時眼圧から30%以上の眼圧下降を得た群では、無治療群と比較して視野障害進行が有意に抑制されることが示された(エビデンスレベル1B)5)。ただし30%以上の眼圧下降を達成するために半数以上で濾過手術が実施されており、術後の白内障進行が視機能低下を招く場合もある。
眼圧下降療法以外に視神経血流改善療法や神経保護治療が注目されている5)。ブリモニジン酒石酸塩に眼圧下降作用に相応しない視野維持効果があることがLoGTS試験で報告されている(エビデンスレベル2B)5)。しかし現時点で正常眼圧緑内障の患者に対するエビデンスが確立された神経保護薬はない。
はい。CNTGS試験により、正常範囲の眼圧をさらに30%以上下降させることで視野障害の進行を抑制できることが示されている5)。正常眼圧緑内障においても眼圧は最も重要な修正可能リスク因子であり、眼圧下降が唯一エビデンスのある治療である。
視神経乳頭の生体力学理論(biomechanical theory)では、眼圧に関連した結合組織への圧迫(stress)と緊張(strain)が、篩状板・傍乳頭強膜・軸索・グリア細胞・血管内皮に影響を与えると考えられている。正常眼圧緑内障では統計学的正常範囲の眼圧であっても、個々の篩状板の構造的脆弱性により軸索障害が生じる。
緑内障による網膜神経節細胞死の主体は軸索障害であり、発症部位は視神経乳頭の篩状板と考えられる。軸索輸送障害により神経栄養因子の細胞体への供給が遮断され(神経栄養因子枯渇説)、異常ミトコンドリアの集積を介したアポトーシス経路が作動する。
視神経乳頭への圧負荷には眼圧のみならず脳脊髄液圧も関与する。正常眼圧緑内障では眼圧の上昇ではなく脳脊髄液圧の低下が経篩状板圧較差の上昇を引き起こし、軸索障害を惹起する可能性が指摘されている4)。正常眼圧緑内障の患者の脳脊髄液中L-PGDS濃度の上昇は全身的な脳脊髄液動態異常を示唆するものである4)。
正常眼圧緑内障では視神経乳頭部の血管調節不全が関与する。乳頭出血は正常眼圧緑内障で高頻度に認められ、乳頭出血の出現後は視野障害進行が加速する。光干渉断層血管造影により、緑内障眼では乳頭内毛細血管の消失や網膜神経線維層の欠損に一致した放射状乳頭周囲毛細血管の脱落が観察される。全身性の低血圧、エンドセリンによる血管緊張調節の異常、一次性血管調節不全が関与すると考えられている。
HeとChopra(2023)は、正常眼圧緑内障の患者がHumphrey視野計24-2では正常範囲と判定されながら、Humphrey視野計10-2で初めて傍中心暗点が検出された2症例を報告した1)。1例はアジア人女性で片頭痛・低血圧の既往があり、もう1例はアフリカ系アメリカ人男性であった。いずれも眼圧は正常であり、網膜専門医・神経眼科医で除外診断がなされた後に正常眼圧緑内障と診断された。正常眼圧緑内障疑い例ではHumphrey視野計10-2を含む包括的な視野評価が推奨される。
Chengら(2023)は、65歳男性の正常眼圧緑内障に合併した非機能性下垂体腺腫(3.1×2.3×2.8 cm)の症例を報告した2)。視野検査で垂直子午線に関連する両耳側半盲を伴う鼻側階段が検出され、頭蓋内病変の疑いからMRIが施行された。腫瘍摘出後に両耳側欠損は消失した。
Ashokら(2024)は、数年間正常眼圧緑内障として管理されていた72歳女性で急速な片眼性視野悪化を認め、巨大左内頸動脈-眼動脈瘤(16×8 mm)が発見された症例を報告した3)。白金コイルによる治療後も両眼性の網膜神経線維層の菲薄化が進行し、正常眼圧緑内障と圧迫性病変の併存が示唆された。
KillerとPircher(2021)は、正常眼圧緑内障の患者の脳脊髄液動態障害がアルツハイマー病やパーキンソン病などの他の神経変性疾患と共通するメカニズムを持つ可能性を論じた4)。視神経鞘のコンパートメント化が脳脊髄液循環を局所的に障害し、正常眼圧緑内障の病態に寄与するという仮説が提唱されている。
He JZ, Chopra V. Unusual Presentations of Low-Tension Glaucoma. Case Rep Ophthalmol. 2023;14:115-120.
Cheng AM, Schecter S, Komotar RJ, Tsai J, Gupta SK. Pituitary Macroadenoma with Optic Cupping Masquerading as Normal Tension Glaucoma. Int Med Case Rep J. 2023;16:419-423.
Ashok S, Pilling A, Lee-Kwen P, Guterman LR, Weiner A. Normal-Tension Glaucoma Complicated by a Giant Internal Carotid-Ophthalmic Artery Aneurysm. Case Rep Ophthalmol Med. 2024;2024:3878152.
Killer HE, Pircher A. Are Generalized Reduced Cerebrospinal Fluid Dynamics and Optic Nerve Sheath Compartmentation Sequential Steps in the Pathogenesis of Normal-Tension Glaucoma? Eye Brain. 2021;13:157-158.
日本緑内障学会. 緑内障診療ガイドライン(第5版). 日眼会誌. 2022.
European Glaucoma Society. European Glaucoma Society Terminology and Guidelines for Glaucoma, 6th Edition. Br J Ophthalmol. 2025.
European Glaucoma Society. European Glaucoma Society Terminology and Guidelines for Glaucoma, 5th Edition. Savona: PubliComm; 2020.
American Academy of Ophthalmology. Primary Open-Angle Glaucoma Preferred Practice Pattern. AAO; 2025.