β遮断薬
FDAカテゴリー:C1)4)
妊娠中のリスク:胎盤通過による胎児徐脈・不整脈1)3)
授乳中:母乳中濃度が血漿の6倍との報告あり7)。乳児の心肺機能モニタリングが必要1)
位置づけ:長期の使用経験があり比較的安全とされる3)6)。涙点閉塞で全身吸収を約40%低減可能1)

妊娠中・産後における緑内障管理は、母体の視機能保護と胎児・新生児への薬剤リスク回避を両立させる必要がある特殊な臨床課題である1)。緑内障は一般に40歳以上に多い疾患であるが、先天緑内障・前眼部形成異常・ぶどう膜炎・糖尿病などに続発する緑内障を有する出産可能年齢の女性も存在する1)。
管理の基本原則として以下が挙げられる3)7)。
眼圧は妊娠中に低下する傾向がある1)。第1三半期の平均眼圧は第3三半期よりも約2 mmHg高い1)。眼圧低下のメカニズムとして、プロゲステロンやリラキシンの上昇による房水流出の改善、上肢静脈圧低下に伴う強膜上静脈圧の低下、妊娠性代謝性アシドーシスなどが推定されている1)。
ただし、既存の緑内障を有する女性15人を対象とした研究では、57%で眼圧上昇や視野進行が認められなかった一方、18%に進行性の視野欠損、別の18%に視野進行を伴わない眼圧上昇(平均10 mmHg上昇)が認められた1)。妊娠中は少なくとも各三半期に1回はモニタリングを行うべきである1)。
妊娠中は眼圧が自然に低下する傾向がある1)。プロゲステロンやリラキシンによる房水流出の改善などが関与する。しかし緑内障患者の約18%では妊娠中に眼圧上昇を認め、追加治療を要する場合もあるため1)、三半期ごとの定期的なモニタリングが重要である。
緑内障治療薬の妊娠中の安全性は、FDAの薬剤胎児危険度カテゴリー(A〜X)に基づき分類されてきた4)5)7)。
| カテゴリー | 定義 |
|---|---|
| A | ヒト妊婦で胎児危険性なし |
| B | 動物で危険性なし or ヒトで安全 |
| C | 動物で有害だがヒト研究なし |
カテゴリーDはヒト胎児にリスクあり、Xは禁忌を意味する4)。緑内障治療薬にカテゴリーAの薬剤は存在しない1)。2015年にFDAはABCDX分類を撤廃し、個別の記述式に変更した4)5)。そのためRhoキナーゼ阻害薬にはカテゴリーが付与されていない4)5)。
β遮断薬
FDAカテゴリー:C1)4)
妊娠中のリスク:胎盤通過による胎児徐脈・不整脈1)3)
授乳中:母乳中濃度が血漿の6倍との報告あり7)。乳児の心肺機能モニタリングが必要1)
位置づけ:長期の使用経験があり比較的安全とされる3)6)。涙点閉塞で全身吸収を約40%低減可能1)
ブリモニジン(α2作動薬)
FDAカテゴリー:B1)4)7)
妊娠中のリスク:動物実験で有意な影響なし1)
新生児リスク:血液脳関門を通過し、中枢神経抑制・無呼吸を引き起こす1)3)
位置づけ:妊娠第1〜2三半期に使用可能だが、分娩前・授乳中は中止すべき1)3)6)
プロスタグランジン関連薬:FDAカテゴリーCである1)4)。動物実験で高い流産率が報告されている3)。子宮収縮を刺激し早産のリスクがあるが、点眼の低全身濃度でこの作用が生じるかは不明である1)。ラタノプロスト曝露の妊婦11例では先天異常は認められなかった4)5)。妊娠中は原則回避するが、授乳中は使用可能とされる3)6)。
炭酸脱水酵素阻害薬(CAI):局所・全身製剤ともにFDAカテゴリーCである1)4)。動物実験でドルゾラミドに椎体奇形、経口アセタゾラミドの高用量投与で前肢異常が報告されている1)6)。特に第1三半期は催奇形性のリスクが最も高い3)6)。授乳中は米国小児科学会(AAP)が使用を承認している4)5)6)。
Rhoキナーゼ阻害薬(ネタスジル):FDAカテゴリー未割当である4)5)。動物実験で明確な催奇形性は示されていないが、臨床的に十分なデータがなく妊娠中の使用は推奨されない1)3)。ネタスジルは全身曝露が極めて低いため、授乳中の乳児への影響は予想されないが関連データは不十分である3)。
本邦における先天異常出生は1.7〜2.0%であり、薬剤に起因するものは外的因子の2〜3%に過ぎない7)。近年の本邦の大規模データベース研究では、妊娠初期の緑内障点眼薬使用と新生児有害事象の関連は認められなかったと報告されている7)。
安全性が完全に確立された緑内障治療薬は存在しない3)7)。FDAカテゴリーBのブリモニジンは妊娠初期〜中期に使用可能であるが、新生児無呼吸のリスクから分娩前・授乳中は禁忌となる1)3)。β遮断薬は長期の使用経験から比較的安全とされ、涙点閉塞を併用して全身吸収を低減させるのが望ましい3)6)。やむを得ず使用する場合は最低有効量とし、産科医・新生児科医との連携が不可欠である。
妊娠の各時期により安全に使用できる薬剤が異なる1)。
| 薬剤 | 第1三半期 | 第2三半期 | 授乳期 |
|---|---|---|---|
| ブリモニジン | 第一選択 | 後半は中止 | 禁忌 |
| β遮断薬 | 第一〜二選択 | 継続可 | 使用可 |
| PG関連薬 | 第三選択 | 第二選択 | 第一選択 |
局所CAIは第1三半期では第三選択、第2三半期以降は第二選択として使用可能であるが、涙点閉塞を併用する1)。全身CAIは急性の眼圧上昇時に限り短期間使用する1)。
レーザー治療は妊娠中の安全な代替手段である1)4)。
ただし、若年患者では線維柱帯形成術の効果が低い傾向があり、先天緑内障変異型や若年開放隅角緑内障では治療抵抗性を示すことが多い1)。
薬物療法とレーザー治療で眼圧コントロール不良の場合、手術が検討される1)2)。
手術の原則
最適時期:第2三半期が母子への潜在的リスクのバランスが最も良い1)
禁忌薬剤:マイトマイシンC(MMC)・5-FU(FDA カテゴリーX)1)
麻酔:局所麻酔(リドカイン)が推奨される。ブピバカインは胎児徐脈の報告あり1)
体位:第2三半期以降は仰臥位で大血管圧迫のリスクがあり、左側臥位を考慮する1)
術式の選択
Polらは36歳の初産婦(妊娠10週)に急性閉塞隅角緑内障(IOP 40 mmHg)が発症した症例を報告した。YAGレーザー虹彩切開術と抗緑内障薬で眼圧コントロールが得られず、両眼の線維柱帯切除術を施行した。術後眼圧は正常化し、胎児の構造的異常は認められず、正期産で健常児を出産した2)。
可能であるが、第1三半期は催奇形性・流産のリスクから避けるべきである1)。手術が必要な場合は第2三半期が最も安全とされる。マイトマイシンCや5-FUなどの抗代謝薬は禁忌(FDA カテゴリーX)であり1)、コラーゲンマトリックスなどの代替材を使用する。麻酔はリドカインによる局所麻酔が推奨される1)。近年では低侵襲緑内障手術が新たな選択肢として報告されている1)。
プロスタグランジンF2α関連薬はプロスタグランジンF2受容体に結合し、黄体溶解作用およびオキシトシン放出を刺激する1)。齧歯類モデルでは、ラタノプロスト・トラボプロスト・ビマトプロストが非妊娠子宮の収縮活性を示した1)。トラボプロストはヒト最大推奨眼科用量の250倍の静脈内曝露で催奇形性が確認されている1)。流産誘発薬ミソプロストールの経口・経膣使用はメビウス症候群や末端横断肢欠損のリスクと関連するが、眼科用プロスタグランジンの低全身濃度でこれらが生じるかは不明である1)。
チモロールは胎盤関門を通過する1)。生後3週間の乳児では血漿中チモロール濃度が34 ng/mlに達した報告がある(5歳児では3.5 ng/ml)1)。新生児への影響として、徐脈・不整脈・呼吸抑制が報告されている3)6)。母乳中の交感神経β受容体遮断薬は血漿中濃度の6倍に濃縮されるとの報告もあるが、乳児への臨床的影響については不明な点が多い7)。
経口アセタゾラミドの高用量投与で齧歯類に前肢異常が生じる1)6)。ヒトでは新生児の仙尾部奇形腫の症例報告がある1)。局所ドルゾラミドではウサギで椎体奇形が認められたが、ブリンゾラミドではヒト眼科用量の375倍でも器官奇形は認められなかった1)。一方、特発性頭蓋内圧亢進症に対する経口アセタゾラミド使用12例では胎児への悪影響は報告されていない1)。
ベンザルコニウム塩化物(BAK)は緑内障点眼薬に0.004〜0.02%含まれる1)。動物実験で用量依存的な胎児毒性が確認されており、100〜200 mg/kgの単回投与で軽度の胸骨欠損が認められた1)。眼科用製剤のBAK濃度は動物実験に比べ極めて微量であるが、防腐剤フリー製剤の選択が推奨される1)。
妊娠中の眼圧低下にはホルモン因子が関与する1)。プロゲステロンとリラキシンの上昇が房水流出率を上昇させる1)。また末梢血管抵抗の減少に伴う強膜上静脈圧の低下や、代謝性アシドーシスも眼圧低下に寄与する1)。分娩時のValsalva動作では一過性に眼圧が上昇するが、分娩後72時間以内に分娩前の値に復帰する1)。
Kumariらのレビューでは、XEN Gel Stent(抗代謝薬不使用)を妊娠中に両眼に順次移植し、良好な眼圧下降を得た症例が報告されている1)。低侵襲緑内障手術は手術時間が短く、結膜を温存でき、産後に追加手術が必要な場合にも有利である1)。
若年開放隅角緑内障(JOAG)の妊婦に対し、第2三半期にorphan trabeculectomyまたはAhmed・Baerveldtチューブシャントを両眼に施行し、良好な成績を得た症例シリーズも紹介されている1)。
橋本らによる本邦の大規模データベースを用いた傾向スコア解析では、妊娠初期の緑内障点眼薬使用と新生児有害事象の発生に関連は認められなかった7)。しかし、症例数の制約からサブグループ解析は困難であり、個別薬剤の安全性については更なる研究が必要である。
妊娠中の緑内障管理に関しては、倫理的制約からランダム化比較試験の実施が困難である1)。今後は以下の方向性での進展が期待される。