理論的な利点
眼圧下降作用:Δ9-THCの全身投与は確実に眼圧を低下させる1)。
神経保護の可能性:CB1/CB2受容体を介した網膜神経節細胞保護効果が動物モデルで示されている1)。
血流改善の可能性:血管拡張作用により視神経乳頭血流を改善しうる1)。
複合的作用:眼圧下降に加え、抗炎症・抗酸化・抗アポトーシス作用を併せ持つ1)。

緑内障は視神経と視野に特徴的変化を有し、眼圧下降により視神経障害の改善もしくは抑制が期待できる疾患である2)。眼圧は緑内障の発症・進行に最も強く関わる因子であり、唯一の修正可能なリスク因子である1)2)。
カンナビノイドは大麻草(Cannabis sativa)に由来する化合物の総称である。1971年、HeplerとFrankが大麻喫煙により健常者の眼圧が約25%低下することを報告して以来、緑内障治療への応用可能性が検討されてきた1)。
カンナビノイドには植物性カンナビノイド(Δ9-THC、CBDなど)、合成カンナビノイド(WIN55212-2、ナビロンなど)、および内因性カンナビノイド(エンドカンナビノイド)の3種類がある1)。これらは眼内に広く分布するエンドカンナビノイド・システム(ECS)の受容体に作用し、房水動態や網膜神経節細胞の生存に影響を及ぼす1)。
しかし、作用持続時間の短さ、全身性副作用、投与経路の制約、臨床エビデンスの不足から、現在の緑内障診療においてカンナビノイドは標準治療として位置付けられていない1)3)4)。
大麻の主成分であるΔ9-THCは一時的に眼圧を下げるが、効果は3〜4時間しか持続せず、24時間の眼圧管理のためには1日6〜8回の投与が必要となる1)。全身性の副作用(頻脈、低血圧、精神作用)や耐性の問題もあり、米国緑内障学会・カナダ眼科学会・米国眼科学会はいずれも緑内障治療への大麻使用を推奨していない。既存の点眼薬やレーザー治療のほうが効果的かつ安全である。
ECSは角膜、結膜、毛様体、線維柱帯、シュレム管、網膜を含む眼組織全体に分布する1)。主要なエンドカンナビノイドはアラキドン酸エタノールアミド(アナンダミド; AEA)と2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)である1)。
緑内障眼では毛様体における2-AGとパルミトイルエタノールアミド(PEA)の濃度が低下しており、ECSが眼圧調節に関与することが示唆されている1)。
| 受容体 | 眼内の分布 | 主な機能 |
|---|---|---|
| CB1 | 毛様体・線維柱帯・網膜 | 眼圧下降・神経保護 |
| CB2 | 角膜・線維柱帯・網膜 | 抗炎症・神経保護 |
| GPR18/55 | 線維柱帯・毛様体・網膜 | 眼圧調節 |
カンナビノイドは以下の経路で眼圧を低下させる1)。
CBDはCB1受容体の負のアロステリックモジュレーターとして作用し、Δ9-THCの効力と有効性を低下させる1)。このため、CBD:THC比が高い大麻株は逆説的に眼圧を上昇させる可能性がある。
| 投与経路 | 眼圧下降率 | ピーク | 持続 |
|---|---|---|---|
| 吸入 | 13〜34% | 約90分 | 3〜4時間 |
| 経口 | 10〜30% | 2〜4時間 | 3〜4時間 |
| 静脈内 | 29〜62% | 30〜90分 | 短時間 |
Lindnerら(2023)は、カンナビノイドの眼圧下降効果に関する臨床研究を包括的にレビューし、全身投与のΔ9-THCは一過性に眼圧を低下させるが、3〜4時間の治療効果に基づけば1日6〜8回の投与が必要であり、物質依存のリスクに患者を曝すと指摘した1)。
理論的な利点
眼圧下降作用:Δ9-THCの全身投与は確実に眼圧を低下させる1)。
神経保護の可能性:CB1/CB2受容体を介した網膜神経節細胞保護効果が動物モデルで示されている1)。
血流改善の可能性:血管拡張作用により視神経乳頭血流を改善しうる1)。
複合的作用:眼圧下降に加え、抗炎症・抗酸化・抗アポトーシス作用を併せ持つ1)。
臨床的な限界
短い作用持続時間:3〜4時間の効果では24時間の眼圧管理は困難である1)。
全身性副作用:頻脈、低血圧、多幸感、めまい、精神症状が報告されている1)。
耐性の発現:反復使用で眼圧下降効果が減弱する(タキフィラキシー)1)。
局所投与の困難さ:脂溶性の高さから有効な点眼製剤の開発が進んでいない1)。
カンナビノイドの副作用は多臓器にわたる1)。
CBDには眼圧下降作用がない1)。Tomidaらの研究では、CBD 20 mgの舌下投与で眼圧変化はなく、CBD 40 mgでは逆に一過性の眼圧上昇が認められた1)。CBDはCB1受容体の負のアロステリックモジュレーターとして作用し、Δ9-THCの眼圧下降効果を阻害する可能性がある1)。CBD:THC比が高い大麻製品は緑内障に有害となりうるため注意が必要である。
ECSの構成要素は網膜と線維柱帯で同定されており、代謝酵素(COX-2、FAAH、MAGL)の活性を通じた眼圧調節能と神経保護能を有する1)。
植物性カンナビノイドとエンドカンナビノイドの標的は部分的に重複する1)。Δ9-THCはCB1/CB2受容体の部分アゴニストであり、TRPV2-4チャネルのアゴニストとしても作用する1)。CBDはCB1/CB2受容体の逆アゴニストまたは負のアロステリックモジュレーターとして機能する1)。
開放隅角緑内障では非色素毛様体上皮においてCOX-2の特異的喪失が報告されている1)。カンナビノイドはCOX-2とマトリクスメタロプロテアーゼの発現を刺激し、シュレム管の拡張や細胞外マトリクスのリモデリングを通じて房水流出を改善する1)。
COX経路を介して、エンドカンナビノイドの加水分解によりアラキドン酸が産生され、プロスタノイド合成の前駆体となる1)。COX-2はAEAと2-AGを一連のプロスタグランジンエタノールアミド(プロスタミド)とプロスタグランジングリセリルエステルに酸化する1)。プロスタミドはぶどう膜強膜流出経路を介して作用し、ビマトプロストはこのプロスタミドアナログに該当する1)。
TRPV4は線維柱帯に発現し、眼圧調節において重要な役割を果たす1)。TRPV4を介したeNOSシグナル伝達の障害が線維柱帯における眼圧上昇に関与することが報告されている1)。
TRPV1は網膜神経節細胞に発現し、高眼圧下ではその発現が増加する1)。TRPV1の活性化は細胞外カルシウム流入を引き起こし、神経節細胞の発火率を正味過分極させることでRGCを保護する代償機構として機能する1)。Weitlaufらは、TRPV1ノックアウトマウスのRGCでは眼圧上昇に対する代償的な発火率増加が認められないことを示し、この仮説を支持した1)。
臨床的エビデンスは乏しいが、前臨床研究ではカンナビノイドの神経保護効果が示されている1)。
Crandallら(2007)は、上強膜静脈焼灼による片眼性緑内障モデルラットにΔ9-THC 5 mg/kgを腹腔内投与し20週間観察した結果、RGC消失が10〜20%に抑えられた(対照群では40〜50%消失)と報告した1)。
合成非精神作用性カンナビノイドHU-211は、視神経軸索切断後の再生成長と軸索発芽を30日後に促進した1)。
CB2受容体を介した神経保護機構としては、ミクログリア活性化の抑制、ROS/RNS産生の減少、白血球遊走の抑制、血管炎症の軽減が報告されている1)。CB2受容体アゴニストは精神作用を伴わないため、治療標的として有望視されている1)。
カンナビノイドの血管拡張作用は視神経乳頭血流を改善しうる1)。緑内障眼では視神経乳頭の毛細血管消失と乳頭周囲毛細血管の脱落が認められ、血流障害が病態に関与するとされている。
Hommerら(2020)は健常者を対象としたランダム化臨床試験で、合成THC(ドロナビノール)の経口投与が視神経乳頭血流に及ぼす影響を検討した1)。
局所投与の限界を克服するため、以下の薬物送達技術が研究されている1)。
PEAはアナンダミドの同族体であり、高眼圧症・緑内障・予防的虹彩切開術後の患者で眼圧下降効果が報告されている1)。
Rossiら(2020)は緑内障患者を対象としたランダム化単盲検クロスオーバー試験で、PEAのパターン網膜電図における網膜内層機能への効果を検討した1)。
現在、カンナビノイドの脂溶性の高さを克服するため、シクロデキストリン製剤、プロドラッグ、ナノ粒子など新たな薬物送達技術が研究段階にある1)。特にWIN55212-2のシクロデキストリン製剤は少数の緑内障患者で有効性が示されている1)。しかし、大規模臨床試験による有効性と安全性の確立、規制上の課題など、実用化にはまだ多くのハードルが残されている。