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緑内障

隅角後退緑内障

隅角後退緑内障(Angle Recession Glaucoma; ARG)は、眼外傷に関連する二次開放隅角緑内障の一種である。鈍的(非穿通性)眼外傷後に前房隅角の後退が生じ、線維柱帯の機能障害を通じて眼圧が上昇する。

隅角後退の概念は1892年にCollinsが初報告し、1949年にD’Ombrainが外傷と片眼性緑内障の関連を指摘した。1962年にはWolfとZimmerが6症例で外傷・隅角後退・緑内障発症の相関を初めて系統的に示した。

  • 非穿通性外傷眼の**最大60%**に隅角後退が生じる
  • 外傷性前房出血を伴う症例での隅角後退発生率は60〜100%
  • 鈍的眼外傷の6か月後に約3.4%(Girkinら、US Eye Injury Registry)がARGを発症
  • 隅角後退症例のうち**約6%**が長期的に緑内障へ移行(KaufmanとTolpin、31眼10年前向き研究)

線維柱帯に房水流出抵抗の主座がある続発開放隅角緑内障の一病型として分類される3)。鈍的外傷が線維柱帯の損傷・瘢痕化・炎症・赤血球閉塞・隅角後退を招き、房水流出低下と眼圧上昇をきたす2)。外傷後かなり長期間を経てから眼圧上昇が顕在化することもある2)

Q 眼を打撲してからどのくらいで緑内障になりますか?
A

受傷後数日〜数年後に発症することが多いが、最長50年後の報告もある。鈍的外傷6か月後のARG発症率は約3.4%で、隅角後退眼の約6%が長期的に緑内障へ移行する。受傷後も定期的な眼圧フォローアップを続けることが重要である。

ARGは他の開放隅角緑内障と同様、通常は痛みを伴わない進行性の視野障害・視力低下を呈する。

  • 視野障害・視力低下:緑内障性視神経症の進行に伴い生じる。自覚されにくく、発見が遅れることが多い
  • 隅角後退自体の症状:隅角後退そのものによる特異的な自覚症状はない
  • 前房出血合併時:合併する前房出血に起因する視力低下・眼痛が生じることがある
  • 断裂範囲が広範囲で瞳孔偏位を伴う場合:視力低下・複視の原因となる

隅角後退の確認に隅角鏡検査が不可欠である3)。主要所見は毛様体帯の拡大で、虹彩根部〜強膜岬の距離増大と毛様体部の濃い灰色への変化を特徴とする3)。正常眼でも毛様体帯が広いことがあるため、対側健眼との比較が重要である。

眼外傷に関連するその他の所見

Section titled “眼外傷に関連するその他の所見”

隅角後退以外にも、鈍的眼外傷に特徴的な所見を伴うことがある。

所見部位意義
虹彩括約筋断裂虹彩外傷の直接徴候
フォシウス環水晶体前面虹彩色素の転写
虹彩離断虹彩根部重度外傷の指標
前房出血前房隅角後退と高率に合併
  • UBM(超音波生体顕微鏡):虹彩根部〜毛様体の微細構造を断面として観察できる。接触式の検査である3)
  • 前眼部OCT:非接触で隅角部を観察できる。解像度はUBMより優れるが、毛様体の観察は不可である3)

Nittaら(2023)が報告したARG症例では、88歳女性が受傷1年6か月後に2時〜7時方向の隅角後退とIOP 40 mmHgを呈した。偽落屑症候群の合併により散瞳不良(最大瞳孔径3.5 mm)と軽度IOL動揺を認めた1)

Q 隅角後退はどのように確認するのですか?
A

隅角鏡検査で毛様体帯の拡大を確認する。対側健眼との比較が重要で、UBMや前眼部OCTも補助的に使用される。なお前房出血が残存する間は再出血リスクがあるため、隅角鏡検査は出血消退後に行う。

ARGの根本原因は鈍的(非穿通性)眼外傷である。スポーツや格闘技、暴行などによる外傷が多い。

外傷の特徴

外傷の種類:鈍的(非穿通性)外傷。レクリエーション活動・暴行が多い受傷機転

前房出血の合併:前房出血を伴う外傷では隅角後退発生率が60〜100%と高率

受傷機転:スポーツ(ボールなど)・格闘技・眼周囲打撲など

緑内障化の危険因子

後退範囲:180度以上でリスク増大(著者によっては240度以上)

眼所見:色素沈着増加・ベースライン眼圧上昇・水晶体偏位が有意なリスク因子

対側眼:ARG患者の50%が対側眼にも開放隅角緑内障を発症する報告があり、素因の関与が示唆される

Q 隅角後退があれば必ず緑内障になりますか?
A

隅角後退があっても必ず緑内障になるわけではない。隅角後退症例のうち緑内障へ移行するのは約6%とされる。ただし180度以上の広範な後退、色素沈着増加、ベースライン眼圧の高さなどがリスクを高める。ARG患者の50%が対側眼にも開放隅角緑内障を発症するという報告があり、もともと緑内障になりやすい素因を持つ眼で外傷がプロセスを加速させるという仮説が提唱されている。

隅角後退緑内障の隅角鏡所見
隅角後退緑内障の隅角鏡所見
Life (Basel). 2023 Aug 27;13(9):1814. Figure 2. PMCID: PMC10532958. License: CC BY.
上方と下方の隅角を並べて示した隅角鏡写真である。下方隅角の異常な開大が矢印で示されており、隅角後退の診断所見を具体的に理解できる。

ARG診断のゴールドスタンダードである。毛様体帯の拡大を確認する3)

  • 間接型隅角鏡(Goldmann隅角鏡・Zeiss四面鏡):日常診療で一般的に使用される3)
  • 直接型隅角鏡(Koeppe・Swan-Jacobなど):手術時・乳幼児の検査に使用される3)
  • 隅角分類:Shaffer分類・Scheie分類が日本で一般的に使用される3)。Spaeth分類も使用される4)
  • 僚眼との比較:生理的な広隅角や360度後退を正常と見誤ることを防ぐために必須

前房出血が残存する間は再出血リスクがあるため、隅角鏡検査は出血消退後に行う。

各検査法の特徴を以下に示す。

検査法特徴制限事項
隅角鏡検査標準検査前房出血中は施行不可
UBM毛様体まで観察可接触式
前眼部OCT非接触・高解像度毛様体は観察不可

以下の疾患との鑑別が重要である。

ARGは一般的な緑内障よりも薬物・手術によるコントロールが困難な傾向がある。

薬物療法・レーザー治療・手術療法の概要

Section titled “薬物療法・レーザー治療・手術療法の概要”

薬物療法

房水産生抑制薬β遮断薬炭酸脱水酵素阻害薬(CAI)・α2作動薬が有効

PG関連薬:急性期後に使用可。ぶどう膜強膜流出路を増加させ機能不全の線維柱帯をバイパスする利点がある

禁忌:ピロカルピン(縮瞳薬)は隅角後退を悪化させるため使用禁忌

レーザー治療

アルゴンレーザー線維柱帯形成術(ALT):長期的な眼圧下降に失敗する報告がある

選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT):IRISレジストリ560人の分析で18か月時点の失敗率が48%。全体(41%)より高率

手術療法

線維柱帯切除術(MMC併用):眼圧下降に成功例あり。ただし濾過胞不全リスクが高い

緑内障ドレナージデバイス:ある程度の効果があるが、他の緑内障より成功率が低い傾向

毛様体破壊術:視力予後が限られた末期例への代替手段

線維柱帯切除術はマイトマイシンC(マイトマイシンC)併用下で施行されるが、ARG患者は術後の濾過胞不全リスクが高いことに注意する。緑内障ドレナージデバイスとしてAhmed緑内障バルブ(AGV)などが選択肢となる。

Nittaら(2023)は、AGVのチューブを毛様体溝(ciliary sulcus)へ正確に挿入する4-0ナイロンガイド法を報告した1)。偽落屑症候群合併の88歳女性ARG症例に本法を施行し、術前IOP 40 mmHg→術後1か月IOP 10 mmHg(点眼なし)を達成した。角膜内皮細胞密度の減少は認めなかった1)

EGSガイドラインは、外傷性緑内障に対して抗炎症薬・局所および全身の眼圧下降薬・永続的前眼部障害がある場合の長期眼圧モニタリングとフォローアップ・緑内障手術を推奨している2)

Q 隅角後退緑内障のレーザー治療は効果がありますか?
A

アルゴンレーザー線維柱帯形成術は長期的な眼圧下降に失敗するとされ、選択的レーザー線維柱帯形成術も18か月時点の失敗率が約48%と一般的な緑内障(約41%)より高い。レーザー治療の効果は限定的であり、薬物療法で十分なコントロールが得られない場合は、線維柱帯切除術や緑内障ドレナージデバイスの手術療法が検討される。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

鈍的外力が眼球に加わると、房水が側方・後方へ押しやられ、虹彩・隅角部に強い圧力がかかる。この圧力が虹彩根部に牽引力を生じ、毛様体の縦走筋(Brücke筋)と輪状筋(Müller筋)の間で断裂が起きる。すなわち隅角後退とは、毛様体輪状筋(Müller筋)と縦走筋(Brücke筋)の間で断裂が生じ、毛様体が虹彩とともに後方へ移動した状態である(隅角解離ともいう)。

外力が十分に大きい場合は毛様体動脈が破綻し前房出血を生じる。外傷性前房出血で隅角後退発生率が高い理由もここにある。

  • 線維柱帯(TM)・シュレム管の直接的ダメージによる早期の眼圧スパイク
  • 出血・炎症産物による線維柱帯の通過障害
  • 赤血球・細胞デブリによるシュレム管の閉塞
  • TM・シュレム管の瘢痕化・線維化による房水流出抵抗の増大(数年後の眼圧上昇の主因)
  • 強膜突起に対する毛様体筋の緊張喪失によるシュレム管狭窄
  • 線維柱帯を覆う硝子様膜の増殖による房水流出抵抗の増大

EGSは、鈍的外傷による二次開放隅角緑内障として、線維柱帯の損傷・瘢痕化・炎症・赤血球やデブリの閉塞・隅角後退・水晶体誘発性緑内障を挙げている2)。外傷後きわめて長い期間を経て眼圧上昇が生じうる点を強調している2)


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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Ahmed緑内障バルブの毛様体溝挿入:新手技

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AGVのチューブを毛様体溝へ挿入する手技は、前房挿入と比較して角膜内皮細胞の減少が少ないという利点がある1)。しかし従来の単純挿入法では、Asaokaらによれば46%が1回の試みで成功せず、4.4%は毛様体溝挿入自体が不可能であったとされる1)

Nittaら(2023)は、23Gニードルで作成した確実なガイドチャンネルを利用する4-0ナイロンガイド法を報告した1)。本法は21G/23Gニードルガイド法と比較して水平挿入により虹彩干渉のリスクが低く、硝子体腔への迷入リスクを排除できる利点を持つ。散瞳不良眼や眼内レンズ動揺眼でも正確な毛様体溝挿入が可能であることが示された1)


  1. Nitta K, Akiyama H. A New Technique Using a 4-0 Nylon Thread as a Guide for Easy and Precise Tube Insertion of Ahmed Glaucoma Valve Implant Into Ciliary Sulcus. Cureus. 2023;15(2):e34854.
  2. European Glaucoma Society. European Glaucoma Society Terminology and Guidelines for Glaucoma, 5th Edition. Br J Ophthalmol. 2021;105(Suppl 1):1-169.
  3. 日本緑内障学会. 緑内障診療ガイドライン(第5版). 日眼会誌. 2022;126(2):85-177.
  4. American Academy of Ophthalmology. Primary Open-Angle Glaucoma Preferred Practice Pattern. Ophthalmology. 2021;128(1):P51-P110.

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