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角膜・外眼部疾患

Rhoキナーゼ阻害薬

Rho関連コイルドコイル含有タンパク質キナーゼ(ROCK)は、低分子量GTPaseであるRhoAの下流で作用するセリン/スレオニンキナーゼである2)。ROCK1とROCK2の2つのアイソフォームが同定されており、キナーゼドメインで92%の相同性を持つ2)角膜上皮、実質、内皮のすべてに発現し、細胞骨格の再構築、細胞増殖、移動、接着、アポトーシスの調節に関与する2)

角膜内皮細胞(CEC)はROCKを発現しており、ROCK阻害薬(RKI)はCECの創傷治癒と再生を促進する3)4)。この特性から、RKIは角膜内皮疾患に対する有望な薬理学的アプローチとして注目されている1)

臨床使用されているRKIはリパスジル(ripasudil)とネタルスジル(netarsudil)である。いずれも元来は緑内障治療薬として開発されたが、角膜内皮再生を促進する効果が確認され、角膜疾患への応用が拡大している1)2)

薬剤製剤・用法承認地域
リパスジル0.4%点眼液、1日2回日本・中国
ネタルスジル0.02%点眼液、1日1回米国・欧州
Y-27632研究用試薬未承認

Y-27632は最も広く使用される研究用RKIであり、培養CEC技術や前臨床研究で重要な役割を果たしている3)

Q 緑内障用の薬がなぜ角膜疾患にも有効なのですか?
A

ROCK阻害薬は線維柱帯シュレム管の透過性を向上させることで眼圧を低下させる緑内障治療薬として開発された。しかし角膜内皮細胞にもROCKが発現しており、その阻害がCECの増殖・移動・接着を促進しアポトーシスを抑制することが判明した3)。角膜内皮再生という異なる機序を介して角膜疾患にも応用されている。

角膜内皮疾患

フックス角膜内皮ジストロフィー(FECD):最も研究されている適応である。デスメ膜剥離術(DSO)との併用で角膜クリアランスの促進、中心角膜厚の減少、視力改善が報告されている1)

水疱性角膜症(PBK):培養CEC+ROCK阻害薬の前房内注入により、11例中10例で術後24週のCEC密度が1,000 cells/mm²以上を達成した4)

虹彩角膜内皮症候群(ICE):角膜内皮機能不全に対するRKIの潜在的な有用性が示唆されている2)

周術期の応用

白内障手術後のCEC保護:FECD患者の白内障手術において周術期にRKIを使用することで、角膜内皮細胞密度(ECD)の維持と角膜厚の減少が報告されている1)

角膜移植後の回復促進:角膜移植後の内皮細胞再生を促進する可能性がある2)

角膜上皮創傷治癒:RKIは角膜上皮細胞の移動を促進し、創傷閉鎖を加速する2)

ROCK阻害薬投与後に以下の臨床変化が観察される。

  • 角膜クリアランス:DSO+リパスジル併用群では23例中22例で角膜クリアランスが得られた。DSO単独群と比較してクリアランスの達成が早く、矯正視力(BCVA)の有意な改善と中心角膜厚(CCT)の有意な減少を認めた1)
  • 角膜内皮細胞の形態変化:リパスジル投与後に一過性の細胞境界不明瞭化やpseudo-guttaeが観察される。アクトミオシン収縮の低下による突起形成が原因と考えられている3)
  • 副作用所見:結膜充血が最も多い。角膜渦状混濁(cornea verticillata)はネタルスジルに特徴的である2)
Q どのような患者にROCK阻害薬の効果が期待できますか?
A

ROCK阻害薬は周辺角膜に健常な内皮細胞のリザーバーが残存している症例で最も効果的と考えられている1)。早期〜中等度のFECDでDSOと併用する場合や、白内障手術時の角膜内皮保護に有用である。高度な内皮細胞減少例では角膜移植が依然として根本的治療となる1)

RhoAがGTP結合型(活性型)になるとROCKのRho結合ドメインに結合し、構造変化を通じてROCKを活性化する2)。活性化されたROCKはミオシン軽鎖(MLC)を直接リン酸化し、ミオシンホスファターゼ標的サブユニット1(MYPT1)のリン酸化によりミオシンホスファターゼを抑制する2)。これにより細胞収縮性、ストレスファイバー形成、焦点接着が増強される。

ROCKはまたLIMキナーゼを活性化し、コフィリンをリン酸化・不活化してアクチンフィラメントの脱重合を阻害する2)

  • 角膜上皮:ROCK阻害によりアクトミオシン張力が低下し、細胞の展延・移動が促進される。創傷閉鎖が加速する2)
  • 角膜実質:TGF-β誘導性の角膜実質細胞から筋線維芽細胞への分化を抑制する。Y-27632はα-SMA陽性細胞を4%から0.3%に減少させた2)。線維化瘢痕の形成を抑制する
  • 角膜内皮:生理的条件下では細胞骨格の安定化とバリア機能維持に寄与する。酸化ストレスや炎症下ではROCKの過活性化により細胞収縮・接合部破壊・アポトーシスが生じる2)。RKIはサイクリンD上昇とp27Kip1のリン酸化抑制によりG1/S期進行を促進し、CEC増殖を誘導する3)

ROCKはNF-κBを介したサイトカイン産生と免疫細胞動員を促進する。RKIはこの経路を抑制し、炎症と線維化を軽減する2)。動物モデルでは角膜新生血管を抑制する効果も報告されている2)。角膜移植モデルでは制御性T細胞の増加とTh17応答の抑制により拒絶反応を減少させた2)

リパスジル(Glanatec®)

製剤:0.4%点眼液。1日2回投与

特徴:ROCK1/ROCK2の非選択的阻害薬。日本で2014年に緑内障・高眼圧症に対して承認された3)。角膜への速やかな移行と約6時間の角膜内効果を有する2)

角膜応用:DSO後の角膜クリアランス促進に使用される。リパスジルで治療した患者はDSO後3・6・12か月時点で対照群より高いECDを示した1)

ネタルスジル(Rhopressa®)

製剤:0.02%点眼液。1日1回投与

特徴:ROCK1/ROCK2阻害に加え、ノルアドレナリン輸送体(NET)阻害作用を持つ二重作用薬である2)。米国・欧州で緑内障治療薬として承認されている

臨床試験:FECD患者に対するプラセボ対照二重盲検試験で、中心角膜厚の有意な減少とBCVAの有意な改善が報告された1)

  • 結膜充血:最も多い副作用である。ネタルスジルで50〜55%、リパスジルで60〜65%に認める2)。通常は軽度・一過性で、継続使用により減弱する
  • 眼瞼炎:リパスジルに多い。12か月で約25%に発症し、中止の最多原因である2)。アトピー素因が危険因子となる
  • 角膜渦状混濁(cornea verticillata):ネタルスジルで約20%に認める2)。淡褐色の渦巻状上皮沈着であり、視力低下を来さず中止後に消失する。リパスジルでは報告されていない
  • 蜂巣状角膜浮腫(honeycomb keratopathy):両薬剤で報告されている1)5)。角膜代償不全例で生じやすい。多くは薬剤中止後に可逆的である
Q ROCK阻害薬の副作用で視力に影響するものはありますか?
A

結膜充血は一過性で視力には影響しない。角膜渦状混濁(cornea verticillata)もネタルスジルの約20%に認めるが視力低下を来さない2)。蜂巣状角膜浮腫(honeycomb keratopathy)は角膜代償不全の既往がある症例で生じうるが、薬剤中止後に通常は可逆的である1)。いずれも重篤な視力障害は稀である。

デスメ膜剥離術(DSO: Descemet Stripping Only)は中心部のデスメ膜を除去し、周辺からの健常CECの移動による内皮再生を期待する術式である3)。ROCK阻害薬の併用により、CEC移動が促進され角膜クリアランスの達成が加速する1)

Moloneyらの研究ではDSO+リパスジル群(23例)の22例で角膜クリアランスが達成された1)。DSO単独群(9例)と比較して、RKI群はクリアランスの達成が有意に早く、BCVAと中心角膜厚の改善も有意であった1)

Kinoshitaらの画期的な臨床試験では、培養ヒトCECにY-27632を添加して前房内に注入する細胞療法が実施された4)。水疱性角膜症患者11例を対象とし、術後24週でCEC密度が10例で1,000 cells/mm²以上を達成した4)。角膜浮腫は11例中10例で630μm以下に改善した4)。2年間の追跡でも免疫反応なく良好な角膜透明性が維持されている3)

FECD患者の白内障手術における周術期使用

Section titled “FECD患者の白内障手術における周術期使用”

FECD患者の白内障手術は角膜内皮障害のハイリスク症例であり、70%が後に角膜移植を必要とする1)。周術期のRKI投与によりECDの改善と中心角膜厚の減少が報告されている1)。48眼を対象としたランダム化試験では、RKI群でECDと中心角膜厚に対照群と比較して有意差が認められた1)

Q ROCK阻害薬で角膜移植を避けることはできますか?
A

早期〜中等度のFECD患者では、DSO+ROCK阻害薬の併用により角膜クリアランスが達成され、角膜移植の遅延または回避が可能な症例が報告されている1)。しかし高度なCEC減少を伴う進行例では角膜移植(EK)が依然として根本的治療となる1)。ROCK阻害薬はドナー角膜不足の解決に向けた細胞療法の重要な構成要素でもある4)

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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FECD角膜内皮におけるROCKの過活性化

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FECD角膜内皮ではROCKシグナルが過活性化されており、細胞収縮性の増大と増殖・移動能力の低下を来す1)。酸化ストレス、ミトコンドリア機能不全、異常なタンパク質/RNAプロセシングが関与し、カスパーゼ-3依存性のアポトーシスが進行する1)2)

ROCK活性の亢進は細胞外マトリックス(ECM)異常にも関与する。FECD内皮細胞はコラーゲンなどのマトリックスタンパク質を異常に分泌し、デスメ膜上にguttaeとして沈着する1)。ROCK阻害はこの病的ECM産生を抑制しうる1)

ROCK阻害による内皮再生メカニズム

Section titled “ROCK阻害による内皮再生メカニズム”

RKIはアクトミオシン収縮を弛緩させ、細胞展延を促進する。サイクリンDの上昇によりG1/S期進行が活性化され、CECの増殖が誘導される3)。リパスジルはRac1を刺激し、SnailとVimentinを上方制御してCECの運動性を著明に増強する2)。通常は静止状態にある角膜内皮を修復可能な表現型に転換する効果がある2)

CEC培養におけるROCK阻害薬の役割

Section titled “CEC培養におけるROCK阻害薬の役割”

Y-27632は動物由来病原体フリーのCEC培養系の確立に貢献した3)。RKIの添加によりCEC収量が1.96〜3.36倍に増加する3)。細胞-基質接着の増強、増殖促進、生存率向上、凍結保存成績の改善が確認されている3)

ROCK阻害薬の角膜疾患への応用は急速に拡大している。リパスジルとネタルスジルに加え、より高い選択性を持つ新規ROCK阻害薬(ITRI-E-212、NRL-1049など)の開発が進行中である2)。ROCK2選択的阻害薬は組織特異性の向上とオフターゲット効果の低減が期待される2)

持続放出型製剤(ナノキャリア、in situゲル化システム)の開発も進み、投与頻度の削減と慢性角膜疾患への長期適用が可能になりつつある2)

培養CEC+ROCK阻害薬による細胞療法は、世界的なドナー角膜不足を克服する革新的アプローチとして位置づけられている3)4)。複数の臨床試験が進行中であり、今後の長期安全性と有効性のデータが待たれる1)


  1. Jukić A, Pupić Bakrac A, Šapić Ivancić B, Kopić A, Meter A, Kasalica Zuzul R, Pavan J, Jukić T. Rho-Kinase Inhibitors in the Management of Fuchs Endothelial Corneal Dystrophy: A Review. Medicina. 2025;61(5):772.
  2. Leong EYX, Ding J, Wu D, Lim BXH, Ang A, Wong E, Morlet N, Mehta JS, Lim CHL. A Comprehensive Review of the Role of Rho-Kinase Inhibitors in Corneal Diseases. Life. 2025;15(8):1283.
  3. Tone SO, Kocaba V, Böhm M, Wyber A, Kinoshita S, Jurkunas UV. Fuchs endothelial corneal dystrophy: A review. Prog Retin Eye Res. 2021;80:100898.
  4. Patel SV. Graft survival and endothelial outcomes in the new era of endothelial keratoplasty. Annu Rev Vis Sci. 2020;6:255-267.
  5. American Academy of Ophthalmology. Corneal Edema and Opacification Preferred Practice Pattern. Ophthalmology. 2019;126(1):P216-P285.

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