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角膜・外眼部疾患

Rhoキナーゼ阻害薬関連角膜上皮水腫

1. Rhoキナーゼ阻害薬関連角膜上皮水腫とは

Section titled “1. Rhoキナーゼ阻害薬関連角膜上皮水腫とは”

ネタルスジル(netarsudil)およびリパスジル(ripasudil)は、開放隅角緑内障および高眼圧症に対する眼圧下降薬として使用されるRho結合キナーゼ(ROCK)阻害薬である。ネタルスジルは主に米国で、リパスジルは日本・韓国・インドで使用されている。

ROCK阻害薬の一般的な副作用には結膜充血・結膜下出血渦状角膜(cornea verticillata)・点眼部位の疼痛がある1)。これらに加えて、より稀な副作用としてハニカム状(蜂の巣状)パターンの角膜上皮水腫が報告されている1)。本疾患は「網状水疱性上皮水腫(reticular bullous epithelial edema)」または「ハニカム角膜水腫(honeycomb corneal edema)」とも呼ばれる。

ROCK阻害薬は線維柱帯からの房水流出促進、房水産生の抑制、および上強膜静脈圧の低下という三つの機序で眼圧を下げる。一方で角膜上皮にハニカム状の水腫を引き起こす機序は未だ解明されていない。

Q ROCK阻害薬にはどのような種類があるか?
A

眼科で用いられるROCK阻害薬は主にネタルスジル(米国で承認)とリパスジル(日本で承認)の2種類である。いずれも開放隅角緑内障・高眼圧症に対する点眼薬として使用される。

ROCK阻害薬関連角膜上皮浮腫の前眼部OCT
ROCK阻害薬関連角膜上皮浮腫の前眼部OCT
Kamdar GA, Chodvadiya SA, Paranjpe R. Drop and Swell: Unanticipated Corneal Edema From Netarsudil Therapy. Cureus. 2024 Nov 10; 16(11):e73376. Figure 2. PMCID: PMC11631165. License: CC BY.
前眼部OCTで、表層側に限局した上皮性浮腫を矢印で示している。ROCK阻害薬関連角膜浮腫が上皮主体であることを説明する補助像として適切である。

ROCK阻害薬関連角膜上皮水腫の主な自覚症状を以下に示す。

  • 霧視:角膜上皮の水腫による角膜透明性低下が原因である。重度の視力低下をきたすこともある。
  • 眼痛・刺激感:水疱形成や上皮不整による角膜表面の障害に伴い生じる。
  • 充血:結膜充血を伴う。ROCK阻害薬自体の副作用による充血と重なる場合がある。
  • 流涙:眼表面の刺激に伴い反射性の流涙を生じる。

症状は薬剤開始から最短5日で出現することがある。角膜浮腫では軽症例の視力低下が朝に強く日中に軽快する傾向が知られている。

臨床所見(医師が診察で確認する所見)

Section titled “臨床所見(医師が診察で確認する所見)”

細隙灯顕微鏡検査で確認される特徴的な所見を示す。

角膜上皮所見

網状水疱:角膜上皮に多葉状のハニカム(蜂の巣)パターンの水疱を形成する。本疾患に特徴的な所見である。

微小嚢胞様水腫:上皮内に微小な嚢胞状構造が散在する。

上皮不整:水疱による角膜表面の凹凸が生じる。

前眼部OCT所見

水疱/ハニカム構造:前眼部OCTで角膜上皮の水疱形成およびハニカム構造を確認できる。

上皮肥厚:水腫に伴い角膜上皮の厚さが増大する。

Q ハニカム状水腫とはどのような見え方か?
A

細隙灯顕微鏡で観察すると、角膜上皮に蜂の巣(ハニカム)のような多葉状の水疱パターンが認められる。前眼部OCTでも水疱構造を確認できるが、診断に必須ではない。

ROCK阻害薬関連角膜上皮水腫の正確な発症機序は不明である。以下のリスク要因が報告されている。

  • 既存の角膜水腫角膜内皮機能が低下している眼では、ROCK阻害薬の影響が増幅される可能性がある。
  • ぶどう膜炎の既往眼内炎症が血液房水関門を破綻させ、薬剤の角膜への影響を強めうる。
  • 過去の眼科手術歴白内障手術などの術後眼では角膜内皮細胞が減少しているため、上皮水腫が生じやすくなる可能性がある。

ただし、角膜疾患や眼内炎症の既往がない患者でもネタルスジル開始後に上皮水腫を発症した例が報告されている。リスク要因がなくても発症しうる点に留意する必要がある。

Q リパスジルでも同様の副作用は起きるか?
A

ネタルスジルでの報告が大半を占めるが、リパスジルも同じROCK阻害作用を持つため、同様の角膜上皮水腫が生じる可能性はある。リパスジルでも角膜内皮細胞に一過性の形態変化が観察されている2)

本疾患の診断は主に臨床的に行われる。

以下の3点を確認することで診断に至る。

  • 薬剤使用歴:ネタルスジルまたはリパスジルの点眼開始歴を確認する。開始から数日〜数週間での発症が典型的である。
  • 細隙灯顕微鏡検査:角膜上皮に特徴的なハニカム(蜂の巣)状パターンの水疱を確認する。結膜充血の程度も評価する。
  • 前眼部OCT:上皮水腫の存在確認に有用であるが、診断に必須ではない。上皮内の水疱形成やハニカム構造を描出できる。

角膜上皮水腫をきたす他の疾患との鑑別が重要である。

鑑別疾患鑑別のポイント
Fuchs角膜内皮ジストロフィ滴状角膜(guttae)の有無
術後角膜浮腫手術歴との時間的関係
ヘルペス性角膜内皮炎角膜後面沈着物・前房炎症

ROCK阻害薬の使用歴とハニカム状パターンの存在が他の角膜水腫との鑑別に最も重要である1)。病歴聴取では薬剤使用歴に加え、家族歴・外傷歴・コンタクトレンズ装用歴なども確認する1)

治療の基本はROCK阻害薬の中止である。ほとんどの症例で薬剤中止により完全に回復する。他の緑内障治療薬への変更を主治医と相談する。

薬剤中止に加え、回復促進のために以下の補助療法が行われることがある。

  • ステロイド点眼薬:角膜上皮の炎症を抑制し、水腫の軽減を促進する。
  • 高張食塩水点眼(5% NaCl):角膜上皮の浸透圧勾配を利用して水分を角膜外へ排出する。高張食塩水による角膜脱水は上皮浮腫の軽減に有効であるが、実質浮腫を直接減少させるわけではない。
  • 抗菌薬点眼:水疱破裂時の二次感染予防として使用されることがある1)

眼圧が正常上限付近または上昇している場合には眼圧下降も角膜浮腫の改善に有用とされるが、ROCK阻害薬以外の降圧薬を選択する1)。炎症が関与しうる患者ではプロスタグランジン関連薬の使用は避けるべきとされている1)

Q 薬をやめればどのくらいで治るか?
A

症例報告では、薬剤中止から5週間以内に上皮水腫の改善が認められている。臨床的には水疱が小さくなり、水疱同士の間隔が広がっていくことで改善が確認される。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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ROCK阻害薬関連角膜上皮水腫の正確な発症機序は未解明である。

Rho関連コイルドコイル含有タンパク質キナーゼ(ROCK)はROCK1とROCK2の2つのアイソフォームからなるセリン/スレオニンキナーゼである2)。小分子GTPaseであるRhoの下流エフェクターとして機能し、以下の細胞機能に関与する2)

  • 細胞骨格の組織化:アクチンフィラメントの再構成を調節する。
  • 細胞遊走:角膜内皮細胞(CEC)や上皮細胞の遊走に関与する。
  • 細胞間接着:タイトジャンクションやアドヘレンスジャンクションの形成を調節する。
  • 細胞増殖・アポトーシス:細胞周期制御やプログラム細胞死に関わる。

ROCK阻害薬が角膜上皮に水腫を引き起こす機序としては、以下の可能性が考えられている。

  • 上皮バリア機能の障害:ROCK阻害によるタイトジャンクションの弛緩が上皮のバリア機能を低下させ、涙液側から上皮内への水分流入を増加させる可能性がある。
  • 細胞骨格への影響:ROCK阻害によるアクチン細胞骨格の再構成が上皮細胞の形態と機能を変化させる可能性がある。
  • 角膜内皮への間接的影響:リパスジルの点眼は健常者においても角膜内皮細胞に一過性の形態変化(不明瞭な細胞境界など)を引き起こすことが報告されている2)。内皮ポンプ機能への影響を介して上皮水腫に至る可能性もある。

ハニカム状の特徴的なパターンが生じる理由は不明であるが、角膜上皮細胞間のタイトジャンクション構造に沿った水分貯留が関与している可能性がある。

7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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ROCK阻害薬は角膜疾患の治療に対しても応用が試みられている薬剤である。角膜内皮細胞の接着・増殖・遊走を促進する作用が確認されており、Fuchs角膜内皮ジストロフィや水疱性角膜症に対する治療薬としての可能性が研究されている2)

Kinoshitaら(2018)は、培養角膜内皮細胞とROCK阻害薬を併用した前房内注入療法により、水疱性角膜症患者11例中10例で角膜厚630μm未満を達成し、9例で視力改善を得たと報告した2)

このように、ROCK阻害薬は角膜内皮再生の促進という治療的側面と、角膜上皮水腫という副作用の側面を併せ持つ。今後の研究では、上皮水腫の発症機序の解明と、リスク因子の同定が重要な課題となる。

  • ハニカム状上皮水腫の正確な発症機序の解明
  • 発症リスクを予測するバイオマーカーの探索
  • ROCK阻害薬のアイソフォーム選択性と副作用プロファイルの関連
  • ROCK阻害薬の角膜内皮治療応用における至適投与法の確立
Q ROCK阻害薬は角膜に良いのか悪いのか?
A

ROCK阻害薬は角膜内皮細胞の増殖・遊走を促進する治療的効果がある一方、まれに角膜上皮水腫を引き起こす副作用も報告されている。詳細は「病態生理学・詳細な発症機序」の項を参照。この二面性の機序解明が今後の研究課題である。


  1. American Academy of Ophthalmology. Corneal Edema and Opacification Preferred Practice Pattern. AAO; 2023.
  2. Tone SO, Kocaba V, Böhm M, Wylegala A, White TL, Jurkunas UV. Fuchs endothelial corneal dystrophy: A review. Prog Retin Eye Res. 2021;80:100898.

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