特徴的所見
網状点状浸潤(reticular dot infiltrate):上皮下〜表層実質に網状パターンを呈する浸潤。ピシウムに高い臨床的疑いを示唆する。
触手状突出(tentacular projections):主病巣から放射状に伸びる触手様の浸潤。
周辺部溝状変性(peripheral furrowing/guttering):周辺部角膜の菲薄化を伴う溝状変化。
早期角膜輪部波及:急速に輪部へ進展し、強膜への波及を来す。

ピシウム角膜炎(Pythium insidiosum keratitis:PIK)は、水生卵菌(oomycete)であるピシウム・インシディオサム(Pythium insidiosum)によって引き起こされる稀で重篤な角膜感染症である。ピシウムは分類学上、ストラメノパイル界・卵菌門・卵菌綱・ピシウム目・ピシウム科に属し、真菌ではない1)。しかし臨床的・形態学的・微生物学的に真菌性角膜炎に酷似するため「擬似真菌(parafungus)」とも呼ばれる1)。
全身性ピシウム症は1884年に英国の獣医師により初めて報告された。眼ピシウム症の最初の症例は1988年にタイから報告され、角膜潰瘍としては1993年にVirgileらが31歳女性の症例を報告したのが最初である2)。2021年までに世界で168例の眼ピシウム症が報告されている2)。
ピシウムは熱帯・亜熱帯・温帯気候で見られ、タイ・インド・中国・オーストラリア・イスラエル・米国から報告されている1)2)。南インドのコホートではPIKの有病率が5.9%(71/1204例)と報告されている2)。ITS領域またはシトクロム酸化酵素II遺伝子に基づき、地理的位置により3クレードに分類される。クレードI(ATH:米国)、クレードII(BTH:アジア・オーストラリア)、クレードIII(CTH:タイ・米国)である1)。
最大規模の114例の解析では、平均年齢は41±14.3歳、43%が男性であった。40.4%が農業従事者、56.6%が主婦や事務職であり、55.3%では明確な素因が同定されなかった1)。
ピシウムは卵菌(oomycete)に分類される原生生物であり、真菌ではない。細胞壁にエルゴステロールを欠き、セルロースとβ-グルカンで構成される点が真菌と根本的に異なる。このため抗真菌薬が効かない。また双鞭毛遊走子による無性生殖を行う点も真菌とは異なる。
他の微生物性角膜炎と共通する症状を呈する1)。
発症から受診までの期間は2日から60日まで幅がある。
ピシウム角膜炎の臨床所見は、真菌性角膜炎との類似が強い一方で、特徴的な所見が存在する1)2)。
特徴的所見
網状点状浸潤(reticular dot infiltrate):上皮下〜表層実質に網状パターンを呈する浸潤。ピシウムに高い臨床的疑いを示唆する。
触手状突出(tentacular projections):主病巣から放射状に伸びる触手様の浸潤。
周辺部溝状変性(peripheral furrowing/guttering):周辺部角膜の菲薄化を伴う溝状変化。
早期角膜輪部波及:急速に輪部へ進展し、強膜への波及を来す。
真菌に類似する所見
羽毛状辺縁(feathery margins):糸状菌による角膜炎に類似する辺縁不明瞭な浸潤。
衛星病巣・多焦点浸潤:角膜全体に散在する複数の小浸潤。
角膜後面プラーク・前房蓄膿:重症例で認める深部波及の所見。
乾燥した角膜表面:細菌性角膜炎のような膿性分泌物は乏しい。
浸潤サイズの中央値は5.5×6mm(範囲:1〜10mm)であった。92.1%の患者でlogMAR視力の中央値は2.78であった1)。
ヒトのピシウム症を引き起こす最も一般的な種である。菌糸形態と双鞭毛遊走子形態の2つの形態を持つ1)。ヒトのピシウム症には血管型・眼型・皮膚/皮下型・播種型の4つの臨床形態がある1)。
真菌性角膜炎が農業従事者に多いのに対し、ピシウム角膜炎は主婦・IT専門職・学生など非農業従事者にも高頻度で報告されている点が特徴的である1)2)。
主に熱帯・亜熱帯の水圏環境(水田・池・川水・汚染された雨水)で見られる遊走子を介して感染する。眼の損傷部位に遊走子が接着して感染が成立する。農業従事者のほか、主婦やIT専門職など都市部居住者からも報告されている。
ピシウム角膜炎の診断には高い臨床的疑いが必要である。微生物学者にはピシウムの可能性を具体的に伝えないと検出されない場合がある1)。
角膜擦過物の塗抹検鏡では太い、疎な有隔または無隔の菌糸が観察される。直角に分岐するリボン状の折り畳みパターンが特徴だが、真菌の菌糸との鑑別は困難である1)2)。
主な染色法を以下に示す。
| 染色法 | 特徴 |
|---|---|
| 10%KOH+CFW | 感度79.3〜96.5%、特異度93%以上 |
| IKI-H2SO4 | ピシウム特異的、特異度100% |
| トリパンブルー | 感度75%以上、特殊機器不要 |
IKI-H2SO4(ヨウ素・硫酸法)染色はピシウムを青色/青黒色に染色するが真菌は染色しないため、鑑別に極めて有用である1)2)。
血液寒天培地・ポテトデキストロース寒天培地(PDA)で培養する。37℃で平坦な灰白色〜クリーム色のコロニーとして発育する1)2)。サブロー培地(クロラムフェニコール添加)では発育しないか発育不良を示す点が真菌との鑑別に有用である3)。葉片培養法(leaf incarnation method)による遊走子の同定が確定診断となる1)2)。
PCR法がゴールドスタンダードである1)2)。rDNA-ITS領域やシトクロム酸化酵素II(cox II)遺伝子を標的とする。
メタゲノム次世代シーケンシング(mNGS)も有効な手段である3)。また、MALDI-TOF質量分析によるピシウムの同定も報告されている4)。
真菌性角膜炎との鑑別が最も重要である。日本の感染性角膜炎診療ガイドラインでは、糸状菌による角膜炎は境界不明瞭な羽毛状潰瘍を特徴とし、ピマリシンがFusarium属の第一選択薬とされている5)。ピシウムはこの治療に反応しないため、抗真菌薬に反応しない「真菌性角膜炎」ではピシウムの可能性を考慮すべきである。
その他の鑑別疾患にはアカントアメーバ角膜炎(放射状角膜神経炎を共有)、非定型抗酸菌角膜炎(乾燥した灰白色浸潤を共有)、細菌性角膜炎がある1)2)。
確立された標準治療プロトコルは存在しないが、近年の研究で治療指針が明らかになりつつある。
抗真菌薬はピシウムに対して無効である。エルゴステロール合成阻害を作用機序とする従来の抗真菌薬は、エルゴステロールを欠くピシウムの細胞壁に作用しない1)2)3)。
Huらのin vitro薬剤感受性試験では、6種の抗真菌薬すべて(フルコナゾール、イトラコナゾール、ボリコナゾール、ポサコナゾール、アムホテリシンB、カスポファンギン)のMICが>32 mg/mLであり、抗真菌活性を示さなかった3)。
現在推奨される薬物療法は抗菌薬である。
69眼の治療成績を評価した研究では、55.1%が薬物治療で治癒した(治療期間中央値3ヶ月)。残りの44.9%は治療的角膜移植を必要とした。浸潤サイズ6mm超、長期経過例、後部実質への波及例は薬物治療に反応しにくかった2)。
治療的角膜移植
適応:薬物療法に反応しない症例、角膜穿孔が差し迫った症例。
要点:1mm以上の安全域を確保して実施する。網状浸潤パターンを含めて切除する1)2)。
再発率:TPK単独で51.8〜54.2%。凍結療法やエタノール塗布などの補助療法を併用すると7.1%に低下する2)。
その他の外科的介入
シアノアクリレート接着剤:角膜融解に対するテクトニックサポート。包帯コンタクトレンズと併用する1)。
凍結療法:輪部に液体窒素プローブで単回凍結融解を施行。再発予防に有効2)。
エタノール塗布:輪部を超えて浸潤が波及した場合に使用。複数列の凍結療法と併用する2)。
中国から報告された3症例では、いずれも初期に真菌性角膜炎と誤診され抗真菌薬が投与された。2例でTPK、全例で最終的に眼球摘出に至った。抗真菌療法が無効であったため診断が遅れ、最適な治療時機を逸したことが原因と考えられた4)。
従来の抗真菌薬(アゾール系、ポリエン系など)はエルゴステロールを標的とするが、ピシウムは細胞壁にエルゴステロールを持たない。細胞壁はセルロースとβ-グルカンで構成されるため、抗真菌薬の作用点が存在しない。代わりに蛋白質合成阻害薬であるリネゾリドやアジスロマイシンが有効である。
近年の研究により、軽度〜中等度の症例では抗菌薬(リネゾリド・アジスロマイシン)による薬物治療で約55%が治癒する。重症例やTPK後の再発率は高い(51.8%)が、凍結療法・エタノール塗布の補助療法により7.1%まで低減可能である。早期診断と適切な治療薬選択が予後を大きく左右する。
ピシウム・インシディオサムは水生環境で遊走子嚢(sporangia)から双鞭毛遊走子(biflagellate zoospores、直径9〜10 μm)を放出する1)。遊走子は損傷した組織に対して走化性(chemotaxis)を示し、低CO2環境に引き寄せられる1)。
感染の経過は以下の通りである。
遊走子は誘導から1時間以内に形成され、被嚢後24時間以内に急速に発芽管を産生する。この迅速なサイクルが本疾患の劇症的経過の原因である1)。
ピシウムの細胞壁はセルロースとβ-グルカンで構成され、エルゴステロールを欠く。この特性が抗真菌薬耐性の根本的原因であり、セルロース合成経路を標的とした新規治療薬の開発が期待される1)2)。
組織病理学的には、角膜実質のびまん性破壊と好中球主体の炎症性浸潤を認める。15%の症例で肉芽腫性炎症が報告されている1)。
Huらはメタゲノム次世代シーケンシング(mNGS)を用いてピシウムの迅速同定に成功した。従来の培養では5〜7日を要するが、mNGSは未知の病原体に対しても迅速に同定可能である。ただしコスト面の課題から、ルーチン検査としての普及には至っていない3)。
Houらは、MALDI-TOF質量分析によるピシウムの参照スペクトラムを作成し、自施設のBrukerデータベースに追加することで、以後のピシウム同定を迅速化した4)。
LAMP法(loop-mediated isothermal amplification)は感度100%、特異度98%と報告されており、特殊な機器を必要としないためリソースが限られた施設での応用が期待される2)。リアルタイムPCR(exo-1,3-β-グルカナーゼ遺伝子標的)は感度・特異度ともに100%で所要時間7.5時間と報告されている2)。
Agarwalらはエタノールのピシウムに対する殺菌効果をin vitroで評価し、赤外線分光法で角膜内への浸透を確認した。エルゴステロールを欠くピシウムの細胞膜はエタノールに対して脆弱であり、治療選択肢となりうると報告したが、至適濃度の確立が課題である2)。
ピシウムに対するCLSI標準薬剤感受性試験プロトコルは現時点で存在しない。遊走子を接種源として用いたブロス微量希釈法とディスク拡散法が報告されているが、手法と接種濃度の多様性がMIC値のばらつきにつながっている3)。標準化された感受性試験法の確立と臨床転帰との相関解析が今後の課題である。