行動変容(最重要)
患者教育:粘液除去行動の中止が治療の根幹である1)2)。悪循環の機序を患者に説明し、眼表面への接触を完全に控えるよう指導する
家族への協力依頼:患者が無意識に行っている場合、家族に行動を指摘してもらうことが有効である
心理的評価:強迫性障害(OCD)や不安障害が関与している場合は精神科評価を検討する2)

ムーカス・フィッシング症候群(MFS)は、結膜円蓋部から粘液の束を繰り返し手動で除去することで引き起こされる慢性炎症性眼表面疾患である。1985年にMcCulleyらにより初めて報告された1)。「フィッシング(釣り上げる)」という名称は、患者が眼から粘液を指で釣り上げるように除去する特徴的な行動に由来する1)。
MFSは稀な疾患であり、一般に2000人に1人未満の頻度とされる2)。アレルギー性結膜炎、細菌性結膜炎、眼瞼炎、乾性角結膜炎(ドライアイ)など、眼の刺激や粘液産生増加を招く基礎疾患に続発して発生することが多い2)。
患者が結膜表面から粘液を手動で除去する際の機械的外傷が杯細胞を刺激し、粘液産生をさらに増加させる。増加した粘液が再び除去行動を誘発するという悪循環が本症候群の本質である1)2)。この悪循環が基礎疾患に重畳することで、適切な治療にもかかわらず炎症の持続を招く1)。
MFSの主な症状(充血、流涙、異物感、粘液分泌)は非特異的であり、ドライアイや細菌性結膜炎と類似する。患者自身が粘液除去の習慣を自覚していないことも多く、医師が粘液除去の病歴を積極的に聴取しなければ診断に至らない。実際に最初の症例シリーズでは、25例全例が粘液除去の病歴を確認して初めて診断された1)。
初期に異物感を引き起こした基礎疾患の既往がしばしば認められる。症状は非特異的であるため誤診や見落としが起こりやすい1)。
MFSは基礎疾患による粘液産生増加と、それに対する手動除去行動の組み合わせで発症する。以下の疾患がリスク要因として挙げられる。
ドライアイは涙液の量的・質的異常により眼表面の刺激症状を引き起こす。この刺激が粘液除去行動のきっかけとなりやすい。また、ドライアイでは反応性に杯細胞からの粘液分泌が増加するため、粘液の束が形成されやすくなる。MFS患者の多くにドライアイが基礎疾患として併存していることが報告されている2)。
MFSの診断において詳細な病歴聴取が最も重要である。患者が結膜から粘液を繰り返し手動で除去していることを確認することが診断の鍵となる1)。
病歴のみに基づく診断精度は88%に達すると報告されている1)。McCulleyらの最初の症例シリーズでは、25例全例が粘液除去の病歴を確認して初めて診断に至った1)。
患者自身がその行動を自覚していない場合は、家族からの情報が有用である。
Keratograph 5Mなどの装置を用いた非侵襲的涙液評価が有用である2)。涙液メニスカス高(TMH)、非侵襲的涙液破壊時間(NIKBUT)、OSDI(眼表面疾患指数)スコアで眼表面の状態を客観的に評価する。
| 鑑別疾患 | 鑑別のポイント |
|---|---|
| アレルギー性結膜炎 | 掻痒感が主体 |
| 細菌性結膜炎 | 膿性眼脂 |
| ドライアイ | 粘液除去歴なし |
| 眼瞼炎 | 眼瞼縁の炎症所見 |
| 眼科的ミュンヒハウゼン | 意図的な自傷行為 |
MFSの治療には、行動変容・薬物療法・基礎疾患治療の三本柱が必要である2)。
行動変容(最重要)
患者教育:粘液除去行動の中止が治療の根幹である1)2)。悪循環の機序を患者に説明し、眼表面への接触を完全に控えるよう指導する
家族への協力依頼:患者が無意識に行っている場合、家族に行動を指摘してもらうことが有効である
心理的評価:強迫性障害(OCD)や不安障害が関与している場合は精神科評価を検討する2)
薬物療法
粘液溶解薬:アセチルシステイン5%点眼を1日4回投与する2)。粘液の凝集を破壊し涙液の透明度を改善する
局所ステロイド:眼表面炎症の抑制に使用する。ロテプレドノール0.5%1)、フルオロメトロン0.1%2)、ヒドロコルチゾン2)などが用いられる
抗菌薬:二次的な細菌感染予防にレボフロキサシン1.5%点眼などを併用する1)
自己血清点眼:重症・難治例では自己血清点眼20%が上皮修復を促進する2)
ドライアイ、眼瞼炎、MGDなどの基礎疾患の治療が不可欠である。人工涙液による涙液補充、温罨法と眼瞼清拭による眼瞼衛生、抗アレルギー薬の使用などを基礎疾患に応じて行う2)。
粘液除去行動は強迫的な性質を持つことがあり、単に「やめてください」と言うだけでは不十分な場合がある。アセチルシステイン5%点眼などの粘液溶解薬で粘液の凝集を抑えることが行動中止の助けになる。不安障害や強迫性障害が背景にある場合は、精神科での評価や認知行動療法が有効な場合がある2)。回復過程で一時的に不快感を生じることがあるが、心理的な耐性を身につけることが長期的な改善につながる。
MFSの病態の中核は「機械的外傷→杯細胞刺激→粘液過剰産生→さらなる除去行動」という悪循環である1)2)。
基礎疾患(ドライアイ、結膜炎など)により眼表面に異物感や粘液の貯留が生じると、患者は指で粘液を除去しようとする。この機械的外傷が結膜内の杯細胞を直接刺激し、ムチン(粘液糖蛋白)の分泌を亢進させる2)。
さらに、指による操作は眼表面に外部からの刺激物を持ち込む。これにより以下の免疫応答が誘発される。
Manciniらは、結膜上皮損傷が炎症を惹起し杯細胞の過活動を促進することで粘液過分泌が悪化すると報告している。この過程は涙液恒常性の破綻と相まって、眼表面不安定性をさらに増悪させる2)。
機械的外傷による結膜上皮欠損は下涙点付近に好発する。これは患者が内眼角部から粘液を指でつまみ出す動作と一致する1)。
Manciniらは2025年にMFS患者2例に対して低出力光線療法(LLLT)を補助的に使用した症例を報告した。赤色光(波長633±10nm、照度約15mW/cm²)を用いた赤外線発光マスクを週1回、15分間照射した。従来治療(ステロイド点眼、アセチルシステイン5%、眼瞼衛生)との併用で、2例ともOSDIスコアとTBUTの改善が得られた2)。
| 評価指標 | 症例1(治療前→後) | 症例2(治療前→後) |
|---|---|---|
| TBUT(秒) | 5→8 | 2→6 |
| OSDI | 45→35 | 58→38 |
LLLTはマイボーム腺機能を改善し脂質層の分泌を促進することで、蒸発性涙液喪失を軽減する可能性がある2)。ただし、併用治療との寄与の切り分けは困難であり、有効性の確立には対照群を設けた比較研究が必要とされている2)。
杯細胞調節機構の解明と粘液過分泌を標的とした薬剤開発が今後の研究課題として挙げられている2)。MFSは稀な疾患であるため大規模研究が困難であり、症例報告の蓄積と臨床医の疾患認知向上が重要である。