上皮型(本記事の主題)
樹枝状角膜炎:単純ヘルペスウイルスが上皮で増殖した病態。特徴的な枝分かれ状の形態を示す
地図状角膜炎:樹枝状角膜炎が遷延化して上皮欠損が拡大した病態

単純ヘルペス上皮型角膜炎は、単純ヘルペスウイルス(herpes simplex virus:HSV)が角膜上皮で増殖して生じる感染性角膜炎である。角膜ヘルペスの3つの基本病型(上皮型・実質型・内皮型)のうち最も頻度が高い。
角膜ヘルペスはほとんどが単純ヘルペスウイルス-1によるものであり、単純ヘルペスウイルス-2によるものはきわめて稀である。初感染で角膜炎を発症する例は少なく、通常は三叉神経節に潜伏感染した単純ヘルペスウイルスが何らかの誘因(発熱・感冒・ストレス・紫外線など)で再活性化し、三叉神経を伝って角膜局所に伝播して各種の病変を生じる。
2016年の推計では、世界で約170万人(10万人あたり24.0人)が単純ヘルペスウイルス角膜炎に罹患した3)。そのうち上皮型角膜炎は約120万人(10万人あたり16.1人)を占め、単純ヘルペスウイルス眼感染症の最も一般的な病型である3)。年間約23万人が新たに単純ヘルペスウイルス角膜炎に関連した片眼性視力障害を獲得していると推定される3)。
世界人口の約67%(48.5億人)が単純ヘルペスウイルス-1に感染している3)。米国・ヨーロッパ以外の地域では単純ヘルペスウイルス-1有病率がさらに高く、治療へのアクセスも限られるため、実際の疾患負担は過小評価されている可能性がある3)。
上皮型(本記事の主題)
樹枝状角膜炎:単純ヘルペスウイルスが上皮で増殖した病態。特徴的な枝分かれ状の形態を示す
地図状角膜炎:樹枝状角膜炎が遷延化して上皮欠損が拡大した病態
実質型
円板状角膜炎:単純ヘルペスウイルスに対する遅延型過敏反応で円形の淡い実質混濁を生じる
壊死性角膜炎:再発を繰り返し血管侵入を伴う濃厚な実質混濁を生じる
内皮型
角膜内皮炎:角膜浮腫と角膜後面沈着物を生じるが、実質混濁は軽微
角膜輪部炎:輪部を底辺とした扇型の角膜浮腫を呈する
上皮型はウイルスの直接増殖による病態であり、実質型はウイルスに対する免疫反応が主体である。この病態の違いが治療方針の根本的な相違をもたらす。
樹枝状潰瘍の特徴
上皮型角膜ヘルペスの代表的病変である樹枝状潰瘍(dendritic ulcer)には以下の特徴がある。
その他の所見
片眼性の再発性「充血」の既往がある場合、角膜ヘルペスを強く疑う根拠となる。
文献上、両側性の単純ヘルペスウイルス角膜炎の発生頻度は1.3〜12%とされる2)。アトピー患者や免疫抑制状態にある患者では両側性になりやすい。30年間の後方視的研究では、全単純ヘルペスウイルス角膜炎患者の4%が初回発症時に両側性であり、さらに1%が再発時に両側性となった2)。韓国の大規模研究では12%、インドの研究では最大25%の両側性頻度が報告されている2)。小児では26%と高率であり、ストローマル病変や再発もより多い2)。
単純ヘルペスウイルス角膜炎は、二本鎖DNAウイルスである単純ヘルペスウイルスによって引き起こされる。単純ヘルペスウイルス-1は主に口腔顔面領域に感染し、単純ヘルペスウイルス-2は主に性器感染症を起こすが、どちらも眼感染を引き起こしうる。
初感染は通常無症状であり、ウイルスは感覚神経軸索を通って三叉神経節に到達し、永続的に潜伏感染を確立する。その後、各種の誘因によりウイルスが再活性化し、三叉神経の任意の枝に沿って眼に到達して病的状態を引き起こす。
以下の状態では両側性発症のリスクが高い2)。
単純ヘルペスウイルス上皮型角膜炎は独特の臨床像を呈するため、細隙灯顕微鏡検査による臨床診断が基本である。末端膨大部を伴う樹枝状潰瘍は本疾患に特異的な所見である。
ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)と免疫クロマトグラフィー法は単純ヘルペスウイルス角膜炎の診断に有用である(実施することを弱く推奨する:エビデンスの強さB)4)
偽樹枝状角膜炎を呈する疾患との鑑別が重要である。
| 鑑別疾患 | 鑑別のポイント |
|---|---|
| 帯状ヘルペス角膜炎 | 偽樹枝状病変:末端膨大部なし、辺縁隆起なし |
| アカントアメーバ角膜炎 | 強い疼痛、放射状角膜神経炎 |
| 薬剤毒性角膜症 | 点眼薬使用歴、びまん性点状表層角膜症 |
| 再発性角膜びらん | 起床時の急性発症、強い疼痛 |
角膜知覚検査は角膜ヘルペス診断の有力な補助検査である。特に再発を繰り返す症例では著明な角膜知覚の低下を認める。Cochet-Bonnet角膜知覚計が簡便で程度を段階づけできるため有用である。ただし特異性のある検査ではなく、また広く普及していないことが課題である4)。臨床診断が困難な症例では、病歴(再発歴の聴取)と角膜知覚低下の確認がPCR以上に診断上役に立つことがある。
基本治療
上皮型角膜ヘルペスの治療はアシクロビル(ACV)眼軟膏の1日5回投与が原則である。
| 薬剤 | 投与法 | 特徴 |
|---|---|---|
| ACV眼軟膏3% | 1日5回 | 第一選択。半減期が短いため回数遵守が重要 |
| バラシクロビル内服 | 1000mg 分2 | ACVのプロドラッグ。眼軟膏の副作用時に変更 |
| ガンシクロビルゲル0.15% | 1日5回→3回 | 米国ではFDA承認。日本では保険適用外 |
| トリフルリジン点眼1% | 1日8〜9回 | 耐性株に有効。10〜14日で中止(角膜毒性) |
上皮型ではステロイド点眼は禁忌である。ウイルスの活性化を促進し病態を悪化させる。
抗ウイルス薬の全身投与
上皮型角膜ヘルペスに対して、抗ウイルス薬の全身投与を条件付きで推奨する(使用することを弱く推奨する:エビデンスの強さC)4)
ACV内服(2,000 mg/日)はACV眼軟膏と同等の効果が期待できる4)。ACV眼軟膏による角膜上皮毒性が強い症例、耐性株の症例、アドヒアランス不良例で有用である4)。ただし日本では単純ヘルペスウイルス角膜炎に対するACV内服は保険適用外である4)。
再発予防
上皮型角膜ヘルペスの再発予防のための抗ウイルス薬の全身投与を条件付きで推奨する(使用することを弱く推奨する:エビデンスの強さC)4)
HEDS(Herpetic Eye Disease Study)では、ACV 400 mg 1日2回の1年間投与により、上皮型・実質型単純ヘルペスウイルス疾患の再発リスクがほぼ半分に減少した1)。12ヶ月を超える長期投与でさらに再発間隔の延長が示されている2)。ACV内服を12ヶ月以上継続している場合やACV耐性株が出現する可能性があることに注意が必要である4)。
デブリードマン(掻爬)
ウイルス量を減少させるため、抗ウイルス薬と併用して樹枝状病変の上皮掻爬を行う場合がある。
薬物療法に反応しない瘢痕性の角膜混濁が残った場合、角膜移植術の適応となる。単純ヘルペスウイルス角膜炎に対する角膜移植は拒絶反応や再発のリスクが高く、歴史的にグラフト不全の高リスクとされてきたが、近年の術式進歩と術後抗ウイルス予防により成績が大幅に向上している1)。
全層角膜移植(PK)
適応:角膜穿孔や全層の混濁
成績:抗ウイルス予防なしで再発率44%、拒絶率46%1)。経口ACV併用でグラフト不全の相対リスクが0.3に低下1)
問題点:免疫学的拒絶反応が主なグラフト不全の原因1)
深層前部層状角膜移植(DALK)
適応:実質混濁で内皮が健全な症例
成績:再発率6〜10%、拒絶率0〜4.5%、5年生存率96%1)。PK(78.8%)と比較して著明に優れる
利点:宿主内皮を温存するため免疫学的拒絶が少ない1)
マッシュルーム角膜移植(MK)
適応:DALK中のDescemet膜穿孔時の変換術式
成績:10年グラフト生存率92%、拒絶率9.7%、再発率7.8%1)
特徴:9mm前部+6mm後部の2ピース構成。最小限の内皮置換で抗原負荷を軽減1)
AAOガイドラインでは、角膜移植後の抗ウイルス予防として経口ACV 800 mg 1日3回以上を最低1年間推奨している1)。
上皮型(活動性の上皮疾患がある状態)ではステロイド点眼は禁忌である。ウイルスの増殖を活性化させ、病態を悪化させる。一方、実質型(円板状角膜炎など)ではウイルスに対する免疫反応が主体であるため、ACV眼軟膏とステロイド点眼の併用が標準治療となる。ステロイド点眼の使用にあたっては急にやめることなく漸減することが重要である。
術後抗ウイルス薬の長期予防投与が不可欠である1)。HEDS試験では移植患者は除外されていたが、多くの研究で経口ACV高用量投与が再発率とグラフト不全率を低下させることが示されている1)。DALKでは宿主内皮を温存するため、PK(5年生存率78.8%)と比較して5年生存率96%と優れた成績を示す1)。マッシュルーム角膜移植も10年で92%のグラフト生存率を達成している1)。
初感染
初感染は通常小児期に口腔顔面領域への接触で生じる。大半は無症状に経過する。ウイルスは角膜上皮細胞の特異的受容体(Nectin-1、HVEMなど)を介して細胞内に侵入する2)。感染後、ウイルスは感覚神経軸索を通って三叉神経節に到達し、永続的な潜伏感染を確立する。
潜伏感染
単純ヘルペスウイルス-1はニューロンの核内にゲノムを維持し、免疫系の監視を回避する1)。潜伏期には潜伏関連転写産物(LAT)を産生し、ウイルスゲノムの完全性を維持するとともに、細胞アポトーシスを抑制する2)。CD8+T細胞とサイトカインがウイルス遺伝子発現を抑制し、ウイルスを休止状態に維持する1)。
再活性化
各種の誘因により潜伏ウイルスが再活性化し、三叉神経に沿って角膜に到達する。COVID-19患者では免疫抑制とサイトカインストーム症候群が生じ、単純ヘルペスウイルス-1特異的CD8+T細胞の疲弊により潜伏ウイルスの再活性化が促進される2)。
ACVは感染細胞内でウイルス由来のチミジンキナーゼ(TK)により一リン酸化され、さらに宿主細胞のリン酸化酵素により三リン酸化される。この活性型がウイルスDNAポリメラーゼを阻害し、ウイルスDNA合成を阻害する。正常細胞ではリン酸化されないため、ヘルペスウイルスに対する選択性が高く副作用が少ない。
ACV耐性株はTK活性の欠失や変異によりACVがリン酸化されないことで生じる2)。免疫不全患者で特にリスクが高い2)。
上皮型角膜ヘルペスでは単純ヘルペスウイルスが角膜上皮細胞で活発に増殖する。上皮欠損部ではなく、辺縁部でウイルスが活発に増殖しているのが特徴である。樹枝状病変は角膜の神経パターンに沿って形成される。
再発を繰り返すと角膜知覚神経が障害され、知覚低下が進行する。知覚低下により栄養障害性角膜潰瘍に移行する場合がある。これはウイルス増殖による一次性病変ではなく、創傷治癒遅延による二次性病変である。
単純ヘルペスウイルス-1感染角膜組織のマイクロRNAプロファイリングにより、miR-329がウイルス感染を調節する主要因子として同定された。miR-329の発現上昇は単純ヘルペスウイルス-1感染を抑制し、抑制はウイルス複製を促進する。従来の抗ウイルス薬と異なりウイルス自体を直接標的にしないため、耐性リスクを軽減できる可能性がある。
涙液メタボロミクスプロファイリングにより、活動性上皮型単純ヘルペスウイルス角膜炎患者で特異的な代謝変化(アルギニン減少、スフィンゴ脂質代謝変化)が同定された。非侵襲的な涙液サンプリングによる新たな診断バイオマーカーとしての可能性が示唆されている。
ACV耐性株への対策として、複数の新規分子が単純ヘルペスウイルス-1感染の異なる段階を標的としている2)。
BX795とOGT 2115はACV耐性単純ヘルペスウイルス株に対して有効性を示しており、有望な候補である2)。単純ヘルペスウイルス-1が3つの異なる治療メカニズムに同時に耐性を獲得することは困難であるため、複数の分子の併用が将来の治療戦略として期待される2)。
DALK(深層前部層状角膜移植)やマッシュルーム角膜移植の導入により、単純ヘルペスウイルス角膜炎に対する角膜移植の成績は飛躍的に向上した1)。大径(9mm)DALKでは術後乱視が有意に軽減され、44%が20/20以上の視力を達成している1)。高用量初期投与と長期漸減のプロトコルにより、血管新生を伴う瘢痕眼でも良好な10年成績が報告されている1)。