麻痺性兎眼
顔面神経(第VII脳神経)麻痺が原因:Bell麻痺(単純ヘルペスウイルス再活性化)が最多。脳血管障害、聴神経腫瘍手術後、外傷でも生じる。眼輪筋の収縮減弱により下眼瞼下垂・外反を伴う。

露出性角膜症(exposure keratopathy: EK)は、眼瞼の閉鎖不全や瞬目障害により角膜が外界に長時間露出し、涙液層の破綻と角膜上皮障害を生じる疾患の総称である。兎眼性角膜炎(lagophthalmic keratitis)とも呼ばれる。
正常な眼表面の恒常性は、涙液層(脂質層・水層・ムチン層)による潤滑・栄養供給と、瞬目による涙液層の再分布によって維持されている。このシステムが破綻すると、角膜上皮の密着結合(tight junction)が障害され、微生物や外部異物の侵入が容易となる。
ICU重症患者における系統的レビュー・メタアナリシス(23研究、3,519名)では、EKのプール有病率は34.0%、プール発症率は23.0%と報告されている1)。

三叉神経麻痺を伴う場合は疼痛を訴えないことがあり、注意が必要である。夜間兎眼が原因の場合、症状は朝に増悪する傾向がある。
初期所見は角膜下方の点状表層角膜炎(SPK)である。フルオレセイン染色で角膜下1/3に限局する点状上皮欠損として検出される。
進行すると以下の所見を呈する。
不完全な瞬目、兎眼、眼球突出、眼瞼の変形や位置異常の有無を外部所見として評価する。ベル現象(閉瞼時の眼球上転)の有無は予後予測に重要である。
夜間の軽度兎眼は本人では確認が困難です。原因不明の下方点状表層角膜症がある場合は、ご家族に夜間の閉瞼状態をスマートフォンなどで撮影してもらう方法が有用です。ある報告では一般集団の最大23%に何らかの夜間兎眼があるとされています。
EKの原因は眼瞼閉鎖を妨げるすべての病態に及ぶ。兎眼は以下の4型に大別される。
麻痺性兎眼
顔面神経(第VII脳神経)麻痺が原因:Bell麻痺(単純ヘルペスウイルス再活性化)が最多。脳血管障害、聴神経腫瘍手術後、外傷でも生じる。眼輪筋の収縮減弱により下眼瞼下垂・外反を伴う。
瘢痕性兎眼
外傷・手術後の瘢痕収縮が原因:眼瞼形成術後(発生率47%との報告あり)、顔面熱傷、化学腐蝕で生じる。瘢痕が眼輪筋の収縮に拮抗する。
機械性兎眼
眼球突出による閉瞼不全:甲状腺眼症(Graves病)が代表的。眼窩腫瘍、頭蓋縫合早期癒合症、強度近視でも生じる。
生理的兎眼
器質的異常を伴わない閉瞼不全:夜間睡眠時の不完全閉瞼が該当する。一般集団の最大23%にみられるとの報告がある。
ICU重症患者では複数のリスク因子が重複する1)。
| リスク因子 | オッズ比 |
|---|---|
| 兎眼 | 9.62 |
| 結膜浮腫 | 3.89 |
| 瞬目≤5回/分 | 12.07 |
人工呼吸器使用(OR 25.85)、鎮静(OR 11.36)、低GCSスコア、高APACHE IIスコアも有意なリスク因子である1)。鎮静剤や神経筋遮断薬は瞬目反射とベル現象の両方を障害する7)。陽圧換気による静脈圧上昇は結膜浮腫を二次的に引き起こし、兎眼を増悪させる。
EKの診断は病歴と臨床所見に基づく。
病歴聴取:手術歴(眼瞼形成術、脳神経外科手術)、併存疾患(甲状腺疾患、糖尿病、顔面神経麻痺)、使用薬剤(鎮静剤、筋弛緩薬)、外傷歴を詳細に確認する。
角膜知覚検査:局所麻酔薬点眼前にCochet-Bonnet角膜知覚計で評価する。40mm未満で知覚低下と判定する。神経栄養性角膜症の鑑別に必須である。
細隙灯顕微鏡検査:フルオレセイン染色で角膜下方の点状表層角膜症を評価する5)。ローズベンガルやリサミングリーンも用いられる。角膜下方に限局する点状表層角膜症のパターンは兎眼を強く示唆する。
閉瞼評価:無意識下の瞬目不全を診察中に確認する。座位だけでなく仰臥位での観察も重要である。
涙液検査:涙液分泌障害の合併評価を行う。Schirmer試験、涙液破壊時間(BUT)を測定する。
閉瞼を指示した際に残存する瞼裂の幅(mm)で評価します。1mm以下の軽度から数mm以上の高度まで段階があります。座位と仰臥位の両方で確認することが重要です。また、睡眠時の兎眼は覚醒時の診察では検出できないため、家族による観察や撮影が有用です。
治療の原則は基礎疾患の治療であり、それまでの間は角膜保護を段階的に行う。
人工涙液:防腐剤フリーの人工涙液を頻回に点眼する7)。0.1%ヒアルロン酸点眼(ヒアレイン)を日中4〜6回使用する。
眼軟膏:就寝前に抗菌薬眼軟膏(タリビッド眼軟膏0.3%)を塗布する。日中も適宜使用する。炎症が高度の場合はステロイド点眼を追加する。
テーピング:下眼瞼を外上方または内上方へ牽引する方向が効果的である。眼瞼縁が眼表面にタイトに接触することを目的とする。テープスプリント瞼板縫合術(TST)は非侵襲的な代替法として報告されているが、コンプライアンス不良による再発がある2)。
涙点プラグ:涙液分泌が著しく低下している場合に涙液貯留量の増加を図る。
ICU患者では眼のケアが見落とされやすい。Simple Eye Band(SEB)は綿ガーゼ製の非粘着性・非侵襲性デバイスであり、Velcro固定で点眼や診察時の取り外しが容易である。症例報告では3〜6日で上皮欠損の治癒が得られている5)。
瞼板縫合(tarsorrhaphy):上下の瞼板を縫合し、角膜露出面積を物理的に縮小する7)。一時的(吸収糸)または永久的(眼瞼縁切開後の縫合)に行う。確実な閉瞼が得られるが、長期留置では皮膚部感染のリスクがある。
ボツリヌス毒素注射:上眼瞼への注入により約3か月持続する一時的な化学的眼瞼下垂を誘発する。
強膜コンタクトレンズ:従来治療に抵抗する慢性兎眼に対し、角膜を涙液リザーバーで被覆し保護する7)。重度化学熱傷で眼瞼を喪失した患者においても、強膜レンズ装用により視力20/20と上皮びらん消失が達成された報告がある4)。慢性兎眼で角膜移植を施行した後の移植片保護にも有用であり、ミニ強膜レンズにより矯正視力1.0が得られた症例がある3)。
眼瞼形成術:根本的な治療として以下が選択される。
ICU重症患者の約3人に1人が露出性角膜症を発症するとされています。鎮静下や人工呼吸器装着中は瞬目反射が抑制されるため、定期的な眼の評価と保湿ケアが必要です。担当医や看護師に、人工涙液や眼軟膏による保湿ケアの実施状況、眼瞼の閉鎖状態の確認頻度について問い合わせることをお勧めします。
露出性角膜症の病態は、涙液層の破綻と角膜上皮の障害が連鎖的に進行する過程である。
涙液層は外側から脂質層(マイボーム腺由来)、水層(主涙腺・副涙腺由来)、ムチン層(結膜杯細胞・上皮細胞由来)の3層で構成される。脂質層は涙液の蒸発を防止し、水層は栄養・酸素供給と抗菌防御を担い、ムチン層は涙液の角膜上皮への付着を維持する。
正常な涙液分布には、瞬目反射、適切な瞬目回数、睡眠中・瞬目中の完全な眼瞼閉鎖が不可欠である7)。眼瞼閉鎖不全はこのシステムを根本から破壊する。
角膜露出により涙液層が局所的に破綻すると、以下の連鎖が生じる。
角膜下方に障害が集中するのは、開瞼時に下方の角膜が最も露出されやすいためである。
ICU患者では複数の機序が同時に作用する1)。鎮静剤と神経筋遮断薬は眼輪筋を弛緩させ兎眼を生じさせる。同時に瞬目反射とベル現象も障害される。陽圧換気は静脈還流を阻害し結膜浮腫を引き起こす。高流量酸素療法は角膜表面を直接乾燥させる。これらが重複することで、ICU患者におけるEKの高い有病率が説明される1)。
ICU患者におけるEKの高い有病率(34%)が大規模メタアナリシスで確認され1)、眼のケアプロトコル策定の重要性が認識されている。リスク因子として人工呼吸器使用(OR 25.85)や鎮静(OR 11.36)が同定されており1)、高リスク患者への予防的介入の標準化が今後の課題である。
Simple Eye Band(SEB)のような非侵襲性の眼保護デバイスが報告されている5)。従来のテーピングや外科的瞼板縫合に比べ、粘着剤による皮膚障害がなく、反復的な点眼や診察が容易である点が利点である。
強膜コンタクトレンズは従来治療に抵抗する慢性兎眼において、角膜保護と視力改善の両方を達成できる治療法として注目されている3)4)。PROSE(Prosthetic Replacement of the Ocular Surface Ecosystem)デバイスを含め、適応疾患の拡大と長期成績の蓄積が進められている7)。