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角膜・外眼部疾患

水晶体乳化吸引術中の角膜切開創熱傷

角膜切開創熱傷(corneal wound burn)は、水晶体乳化吸引術(PEA)中に発生する術中合併症である。一般に**ファコバーン(phacoburn)**と呼ばれ、超音波チップとそれを包む灌流スリーブとの間の摩擦熱が原因で生じる。強角膜トンネル内のコラーゲン繊維は温度が60℃に達すると1〜3秒で熱損傷を受け、切開部位および周囲組織の収縮・変性が起こる2)

発生率に関しては、2006〜2009年に米国・カナダで実施された920,095件の角膜手術を対象とした調査で**0.037%**と報告されている4)。別の調査では76,581件中75件(0.98/1,000件)の創熱傷が報告され、72%が核片除去時、28%が初期溝掘り時に発生していた2)。報告されない症例を考慮すると、実際の発生率はさらに高い可能性がある4)

近年、フルイディクスの改善やパワーモジュレーションの進歩により創熱傷の頻度は低下しているが、依然として完全には排除できていない重要な合併症である2)

角膜切開創熱傷は術中合併症であり、術者が認識する所見が中心となる。

術中所見:

  • 乳白色液体の出現: チップ周囲に乳白色の液体(milky white fluid)が出現する。最も重要な早期警告サインである
  • 角膜白濁: 創口周囲の角膜・強膜組織が白く変性する。創周囲の組織が白濁しないか常に注意を払う必要がある
  • 切開部の離開: 創口が閉じにくくなり、自己閉鎖機能が失われる

術後所見:

  • 創閉鎖不全: 変性した組織は脆弱で縫合が困難となる。ハイドレーションでも自己閉鎖しない場合がある
  • 高度乱視: 創熱傷の軸に沿った急峻化が生じる。Sugar & Schertzerは7〜15 Dの乱視を報告している2)。Giglio et al.の症例ではパッチグラフト後も14 Dの不正乱視が残存した2)
  • 角膜浮腫: Descemet膜皺襞を伴う広範な角膜浮腫を呈することがある2)
  • 虹彩嵌頓: 創口への虹彩嵌頓を生じることがある2)
  • 前房: 水密閉鎖が得られない場合に生じうる

Mansour et al.の症例では術後8時間で5 Dの乱視が認められたが、テノン嚢パッチ留置と縫合抜去後に乱視は消失し、矯正視力20/25まで回復した1)。一方、Ashena et al.の症例では術後3週間経過しても持続する微小漏出が認められ、通常の縫合とバンデージCLでは閉鎖できなかった3)

灌流不足

粘弾性物質によるチップ閉塞:高粘度粘弾性物質(特にHealon5)がチップを閉塞し冷却効果を妨げる4)

灌流ボトルの問題:ボトルが空・位置が低い場合に流量不足となる

チューブのねじれ:灌流チューブの折れ曲がりや圧迫による灌流停止

過剰な超音波エネルギー

高パワー長時間発振:特に硬い核(grade 4以上)の乳化で生じやすい

連続発振モード:連続超音波はパルスまたはバーストモードより創熱傷リスクが3倍2)

創口からの発振:核閉塞時の低吸引・低吸引流量設定でのUS発振

術式リスク理由
ディバイド&コンカー高いUS依存度が大きい2)
ストップ&チョップ高いUS使用時間が長い
フルチョップ低い機械的力を活用4)

Sorensen et al.の調査では、術者の手術件数と創熱傷発生率に逆相関が認められ、手術件数が倍増するごとに発生率が45%低下していた4)。フルチョップ法はディバイド&コンカー法やストップ&チョップ法と比較して有意にリスクが低かった2)4)

粘弾性物質の種類も重要なリスク要因である。Healon5やViscoatは創熱傷の発生率が高く、一方HealonGVは高粘度であるにもかかわらず温度上昇が最小限で発生率が非常に低い。粘弾性物質の粘度だけでなく発熱特性がリスクに関与する2)

その他のリスク要因として、浅前房1)3)、狭い切開創によるスリーブ圧迫1)、深い眼窩(deep set eye)1)、Fuchs角膜内皮ジストロフィに対する分散型粘弾性物質の使用(チップ閉塞リスク)2)なども報告されている。

Q フェムトセカンドレーザー白内障手術では創熱傷のリスクは低くなりますか?
A

フェムトセカンドレーザーは核の事前分割や前嚢切開に使用され、PEA時のUS使用量を減少させうる。しかし、核の乳化・吸引にはなお超音波が必要であり、創熱傷のリスクが完全に排除されるわけではない。灌流管理や装置セットアップの確認は従来のPEAと同様に重要である。

角膜切開創熱傷の診断は主に術中の直接観察による。

術中の警告サイン:

  • チップ周囲に出現する乳白色液体が最も重要なサインである1)
  • 創口周囲組織の白濁
  • 手術終了時の創閉鎖不全(ハイドレーション不能)

術後評価:

  • Seidel試験: フルオレセイン染色による房水漏出の確認。創熱傷では持続的な微小漏出を認めることがある3)
  • 前眼部OCT: 創口の内部構造を詳細に評価できる。Mansour et al.はテノン嚢パッチ後の創口密着をOCTで確認し、縫合抜去のタイミングを判断した1)
  • 角膜形状解析: 創熱傷による乱視の評価に有用。角膜瘢痕上の平坦化、または組織の短縮による切開軸に沿った急峻化パターンを示す。Scheimpflug解析では不正乱視の定量が可能である2)

創口熱傷が生じた場合、まず創口の閉鎖を優先する。惹起乱視のことは後回しでよい。

  1. ハイドレーション: 創口断面の角膜実質にBSSを注入し、角膜を膨潤させて自己閉鎖を促す
  2. 前房内エア注入: ハイドレーションで止まらない微小漏出にはエアー注入が有効な場合がある
  3. 10-0ナイロン縫合: 自己閉鎖しない場合は縫合が必須。迷ったときは縫合すべきである

縫合で閉鎖困難な場合の治療選択肢

Section titled “縫合で閉鎖困難な場合の治療選択肢”

テノン嚢パッチ

方法:下方結膜からテノン嚢を採取し、離開した創口に留置。2本の放射状10-0ナイロンで固定1)

利点:自家組織のため拒絶反応なし。線維芽細胞が創傷治癒を促進。追加コスト不要1)

転帰:Mansour症例では10日で縫合抜去が可能となり、乱視なく矯正視力20/25を達成1)

心膜パッチ

方法:Tutoplast心膜(多方向性コラーゲンマトリックス)を創口に縫着3)

利点:約6週間で吸収されるため、抜糸後の不正乱視が軽減。拒絶反応のリスクが低い3)

適応:通常の縫合やバンデージCLが無効な大きな離開に有用3)

角膜パッチグラフトや強膜パッチグラフトも選択肢となる。Giglio et al.の症例では直径4 mmの全層角膜パッチグラフトを施行し、最終的に全層角膜移植(PK)に至った2)。PK後の矯正視力は20/32であった2)。Khodabakhsh et al.は重症創熱傷4例中3例に層状パッチグラフト、1例にPKを施行し、いずれも乱視が著明に改善したと報告している2)

その他の治療法として、結膜フラップ(小〜中程度の離開に適する)1)羊膜移植、シアノアクリレート接着剤などが報告されているが、標準化された治療アプローチは確立されていない2)

Q 術中に創熱傷を認識したとき、まず何をすべきですか?
A

直ちに超音波発振を停止し、灌流液(BSS)で創口を洗浄する。チューブの閉塞やねじれがないか確認し、灌流・吸引流量を増加させる。創口が焼けた場合は無理にPEAを継続せず、まず創口の閉鎖を優先する。ハイドレーション→エア注入→10-0ナイロン縫合の順で対処する。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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現代の超音波ハンドピースには、電気刺激で28,000〜60,000 Hzの超音波領域周波数で振動する圧電素子が内蔵されている。振動はチタン製チップに伝達され、水晶体核を乳化する。

超音波ハンドピースは2つの熱源をもつ:

  1. 電気→機械エネルギー変換で発生する熱
  2. 超音波チップがスリーブに対して振動する際の摩擦熱

通常、灌流液(BSS)がチップ外面を冷却し、中心管からの吸引と合わせて熱を除去する2)。チップ周囲の灌流が遮断されると、この冷却機構が破綻する。

強角膜トンネルを構成するコラーゲン繊維は、温度が60℃以上に達すると不可逆的に変性する2)4)。変性したコラーゲンは収縮・脆弱化し、「不規則に冷えたロウ」のような質感となる2)。これが創口離開と縫合困難の直接的原因である。

粘弾性物質(眼科手術用粘弾性物質)がチップを閉塞すると灌流液の流れが妨げられ、温度が急上昇する。特に粘弾性物質で前房内が置換されている状態では灌流液の流れが悪く、強い変形をきたしやすい。Ernest et al.は凝集型・分散型いずれの粘弾性物質も同等の条件下で温度上昇を引き起こすことを示した2)

Giglio et al.(2024)は、divide-and-conquer法やカルーセル法に連続超音波を組み合わせた場合、チョップ法のパルス/バーストモードと比較して創熱傷リスクが3倍に増加すると報告した。72%の創熱傷が核片除去時に発生しており、チップ閉塞が創熱傷発生の重要な契機である。2)

超音波速度で崩壊するガス気泡が大量のエネルギーを放出する現象をキャビテーション効果と呼ぶ。これは核乳化の補助的メカニズムであると同時に、追加的な熱源ともなりうる。

Q 粘弾性物質の選択は創熱傷リスクにどう影響しますか?
A

高粘度粘弾性物質(Healon5など)はチップ閉塞による灌流阻害のリスクが高い。分散型粘弾性物質(Viscoatなど)は粘度が低くても発熱特性が高く、温度上昇を引き起こしうる。一方、HealonGVは高粘度にもかかわらず温度上昇が最小限で安全性が高い。粘弾性物質の「粘度」だけでなく「発熱特性」がリスクを左右するため、PEA開始前にI/Aで作業スペースから粘弾性物質を除去することが推奨される。

Mansour et al.(2021)は、自家テノン嚢をパッチとして用いる手法を報告した1)。テノン嚢は線維芽細胞を豊富に含み、創傷治癒を加速して堅固な瘢痕を形成する。自家組織であるため追加コストや拒絶反応のリスクがない。前眼部OCT下で縫合抜去のタイミングを判断でき、10日後に縫合を除去しても乱視なく良好な視力(20/25)が得られた1)

Ashena et al.(2021)は、Tutoplast心膜パッチグラフトによる創熱傷管理を初めて報告した。心膜は多方向性コラーゲンマトリックスからなる吸収性移植材であり、約6週間で吸収される。縫合抜去後に不正乱視の誘発が少なく、移植片拒絶のリスクも低い。3)

Giglio et al.(2024)は、Fuchs角膜内皮ジストロフィ合併例における重症創熱傷に対し、角膜パッチグラフト後にPKを施行して矯正視力20/32を達成した症例を報告した2)。この報告は、現在入手可能な文献の大部分が症例報告やケースシリーズにとどまり、前向き比較試験の実施が困難であることを指摘している2)。標準化された治療アプローチは未確立であり、症例の共有が管理法の発展に不可欠である。

フルイディクスの改善やパワーモジュレーションの進歩により発生頻度は減少傾向にあるが、手動小切開白内障手術(MSICS)の採用など、超音波に依存しない術式も重症例の予防策として選択肢となりうる2)

  1. Mansour HA, Mansour AM. Autologous tenon plug and patch in phacoburn. BMJ Case Rep. 2021;14:e238970.
  2. Giglio R, Vinciguerra AL, Inferrera L, Tognetto D. Phacoemulsification wound burn and its management. Case Rep Ophthalmol. 2024;15:303-309.
  3. Ashena Z, Holmes C, Nanavaty MA. Pericardium patch graft for severe corneal wound burn. J Curr Ophthalmol. 2021;33:342-344.
  4. American Academy of Ophthalmology Cataract/Anterior Segment Preferred Practice Pattern Panel. Cataract/Anterior Segment Summary Benchmark — 2022. Ophthalmology. 2022.

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