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白内障・前眼部

両眼同時白内障手術(ISBCS)

両眼同時白内障手術(Simultaneous Bilateral Cataract Surgery: SBCS)は、一般に即時順次両眼白内障手術(Immediately Sequential Bilateral Cataract Surgery: ISBCS)とも呼ばれる。同日の受診において、両眼の白内障摘出・眼内レンズ挿入を独立した手術として順次実施する術式である。

これに対し、日程を分けて(数日〜数週〜数か月後に)第2眼を手術する方式を遅延順次両眼白内障手術(Delayed Sequential Bilateral Cataract Surgery: DSBCS)という2)

ISBCSの歴史は古く、1952年にChanとDe la Pazが最初の同日両眼白内障手術を報告した。フィンランドでは1996年から積極的に導入され、現在フィンランドとスウェーデンでは全白内障手術の約40%がISBCSで実施されている3)。一方、米国では1%未満にとどまり、地域差が大きい。

ISBCSの対象は、両眼性白内障により視力低下を来している患者である。単眼ずつ手術する場合、第1眼術後から第2眼手術までの期間に**不等視(anisometropia)**が生じる。この期間の不等視は複視眼精疲労・転倒リスクの増加をもたらすことがある。ISBCSはこの期間をなくし、早期の両眼視機能回復を可能にする2)

ISBCSの候補患者では以下を確認する。

ISBCS適応評価のポイント

両眼性白内障の確認:両眼に手術適応のある白内障があること

屈折状態:術前から高度屈折異常がある場合、不等視による障害が大きく、ISBCSのメリットが大きい

全身状態:全身麻酔のリスクが高い患者、繰り返しの全身麻酔を避けたい患者

眼合併症の有無:眼内炎・毒性前眼部症候群TASS)リスクを上昇させる要因がないか精査

ISBCS禁忌事項の評価ポイント

感染リスク因子:未治療眼瞼炎、涙嚢粘液嚢胞、糖尿病、免疫抑制状態

角膜リスク:内皮ジストロフィ、滴状角膜などによる角膜代償不全のリスク

生体計測の信頼性低下眼軸長26mm超(強度近視)、21mm未満(強度遠視)、レーザー屈折矯正手術後

水晶体隅角の問題:水晶体亜脱臼、偽落屑症候群緑内障既往

Q ISBCSは手術成績(視力回復)がDSBCSより劣りますか?
A

いいえ。矯正遠見視力(CDVA)のアウトカムについて、ISBCSとDSBCSに有意差はないとされている(エビデンスレベルは低〜非常に低)2)。ガイドラインに沿った抗菌予防を実施した場合、眼内炎・創口離開・黄斑浮腫角膜浮腫など主要合併症リスクにも有意差は認められていない2)

ISBCSを必要とする主な背景・リスク要因を以下に示す。

リスク・背景ISBCS選択理由
全身麻酔が必要な患者繰り返しの全身麻酔リスクを回避
認知・知的障害術後管理が困難なためまとめて処置
遠隔地・交通手段の制約通院回数の最小化
高度屈折異常術後不等視を避けるため
多焦点眼内レンズ希望両眼同時に視覚系を調整するため

ダウン症患者における特殊なリスク

Section titled “ダウン症患者における特殊なリスク”

ダウン症(Trisomy 21)は1000人に1人以上の出生率で、60%に眼科的問題を伴う3)。加齢とともに白内障との合併率が上昇する。このような患者では多発する顎顔面異常・短頸・肥満・認知障害により気道管理が困難であり、全身麻酔を複数回実施するリスクが高い3)。したがってISBCSの適応となることが多い。

ISBCSを実施する前に、以下の評価が必要である。

視機能・屈折評価

  • 両眼の最良矯正視力(BCVA)測定
  • 生体計測(IOL度数計算):強度近視・強度遠視・屈折矯正手術後では誤差が大きくなる
  • 角膜内皮細胞密度測定

眼合併症の評価

  • 角膜内皮ジストロフィ・滴状角膜の有無
  • 緑内障・眼圧管理状況
  • 水晶体亜脱臼・偽落屑症候群
  • 過去の眼内炎症や虹彩炎

全身状態の評価

  • 糖尿病・免疫抑制状態・血液疾患(白血病・リンパ腫)
  • ヨードアレルギー(ポビドンヨード使用のため)
  • 全身麻酔予定の場合は気道評価・心肺機能

患者への十分なインフォームドコンセントが不可欠である。ISBCSの利益・リスク・代替手段(DSBCS)を説明し、同意を得る1)

Q ISBCSを行う前に、特に注意すべき禁忌は何ですか?
A

主な禁忌は以下の通り。①未治療の眼瞼炎・涙嚢炎(眼内炎リスク)、②糖尿病・免疫抑制状態(感染リスク上昇)、③角膜内皮ジストロフィ・滴状角膜(角膜代償不全リスク)、④生体計測信頼性低下(強度近視/強度遠視、屈折矯正手術後)、⑤水晶体亜脱臼・偽落屑症候群。なお、第1眼の手術に合併症が生じた場合は第2眼の中止を検討する2)

基本原則:各眼を独立した別手術として扱う

Section titled “基本原則:各眼を独立した別手術として扱う”

ISBCSの安全実施における最重要原則は「2眼の手術を完全に独立した別手術として実施する」ことである2)。具体的には以下を厳守する。

  • 器具の完全別滅菌:第1眼に使用した器具は、第2眼手術前に完全な別サイクルで滅菌する2)
  • 薬剤・デバイスの共有禁止:第1眼と第2眼で薬剤・点眼液・機器・輸液バッグなどを共有しない2)
  • 患者の再消毒・再ドレーピング:第1眼終了後に再びポビドンヨード5〜10%で3分以上消毒し、新たにドレーピングを行う
  • 眼内抗菌薬投与:手術終了時に前房内抗菌薬(intracameral antibiotic)を投与することが強く推奨される1) 2)
  1. 第1眼の白内障摘出・眼内レンズ挿入を完了する
  2. 術野を閉じ、患者を再消毒・再ドレーピングする
  3. 新しい滅菌器具セットを用いて第2眼の手術を開始する
  4. 第2眼の眼内レンズ挿入後、眼内抗菌薬を投与する

第1眼の手術中に予期せぬ合併症(後嚢破損など)が生じた場合、合併症を解決してから第2眼に進む。場合によっては第2眼の延期を検討する2)

両眼術後のため眼帯は使用しない。代わりに強力な抗菌点眼薬を術直後より早期に開始する4)

Q ISBCSは全身麻酔が必要な小児患者に特に有益ですか?
A

はい。小児白内障・知的障害・全身疾患を有する患者では、すべての白内障手術に全身麻酔が必要となる5)。全身麻酔の繰り返しは、心肺リスク・気道リスクを蓄積させる。ISBCSにより1回の全身麻酔で両眼手術を完了できるため、この患者群でのメリットは大きい。ダウン症患者など困難な気道を有する場合は特に有益とされる3)

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

ISBCSのメリット・デメリットの機序

Section titled “ISBCSのメリット・デメリットの機序”

メリットの機序

ISBCSのメリットは主に以下の機序による。

  • 不等視の回避:第1眼術後から第2眼手術までの期間、患者は両眼で屈折度数が大きく異なる(不等視)状態となる。この不等視は両眼融合を妨げ、転倒・事故リスクを高める。ISBCSはこの期間をゼロにする2)
  • 医療資源の効率化:手術室使用時間・患者の通院回数・医療費が削減される2)
  • 全身麻酔リスクの最小化:特に全身麻酔が必要な患者群では、麻酔回数を半減させることでリスクを低減できる2) 3)

デメリット・リスクの機序

  • 両眼性眼内炎:細菌性眼内炎が両眼で同時発症した場合、最悪では両眼失明に至る。これがISBCSの最大の懸念事項
  • 両眼性毒性前眼部症候群:非感染性の前眼部炎症が両眼で同時発症するリスク
  • 両眼性屈折誤差(refractive surprise):生体計測誤差が両眼で同一方向に生じ、かつ第1眼の結果から第2眼の度数を修正する機会が失われる

プロトコル違反により生じた両眼性術後眼内炎の症例では、第1眼手術で汚染された器具を再滅菌せずに第2眼にも使用することで、病原体が両眼に伝播する4)

典型的な経過(Kogawa et al. 2023の症例より)4)

75歳女性、肺癌に対する抗癌剤治療中(免疫抑制状態)、両眼ぶどう膜炎続発緑内障の既往あり。ISBCS実施病院では、前房内モキシフロキサシン投与後、同一器具を再滅菌なしで両眼に使用。術翌日朝は両眼視力20/50〜20/60で炎症所見なし。同日夕より両眼視力低下が出現。術2日後に両眼結膜充血・前房蓄膿・角膜浮腫を認め、視力は光覚弁まで低下、眼圧39〜40 mmHg。同日緊急硝子体切除術施行。硝子体切除術6か月後、両眼視力20/30まで回復。

ESCRS白内障ガイドラインおよびAAO眼科診療ガイドライン(PPP)は、推奨される手術ガイドラインに従った場合、ISBCSはDSBCSと比較して眼内炎・毒性前眼部症候群・その他主要合併症リスクに有意差がないことを明示している1) 2)。ただし眼内炎の絶対数が非常に少ないため、確固たる結論を出すには今後さらなるデータ蓄積が必要とされる2)

AAO IRISレジストリ(Intelligent Research in Sight)を用いた後ろ向きコホート研究では、ISBCS後の術後眼内炎発生率はDSBCSと統計学的有意差がなかった1)

認知・知的障害を有する小児・成人への応用

全身疾患・認知障害を有する小児54眼(30例)の白内障手術アウトカム研究では、術前視力1.4 logMAR(平均)が術後2年で1.0 logMARに改善し、約70%の保護者が児の精神運動スキルの改善を報告した5)。こうした患者では全身麻酔を繰り返すリスクが高く(全麻サービス欠如が紹介遅延原因の78%)5)、ISBCSによる1回の麻酔での両眼手術完了の意義は大きい。

多焦点眼内レンズ・老視矯正への応用

多焦点眼内レンズ(MFIOL)を双眼に挿入する場合、ISBCSは神経適応を両眼で同時に開始できる点で有利とされる。

現在、以下の団体がISBCSのガイドラインを発行している。

  • iSBCS(International Society of Bilateral Cataract Surgeons):ISBCSの一般原則(General Principles for Excellence in ISBCS 2009)
  • ESCRS(European Society of Cataract and Refractive Surgeons):白内障ガイドライン
  • Royal College of Ophthalmologists:白内障手術ガイドライン
  • Canadian Ophthalmological Society:ISBCSキーポイント(2020)
  1. American Academy of Ophthalmology. Cataract in the Adult Eye: Preferred Practice Pattern. San Francisco: AAO; 2021.
  2. Spekreijse LS, et al. European Society of Cataract and Refractive Surgeons (ESCRS) Cataract Guidelines. J Cataract Refract Surg. 2023.
  3. Sharma R, Shankar S, Kumar N, Vichhare N. Immediately sequential bilateral cataract surgery in Down syndrome. Indian J Ophthalmol. 2022;70:4089-91.
  4. Kogawa S, Suzuki Y, Furukawa A, et al. Bilateral simultaneous endophthalmitis after immediately sequential bilateral cataract surgery. Am J Ophthalmol Case Rep. 2023;32:101886.
  5. Mandal S, Maharana PK, Nagpal R, et al. Cataract surgery outcomes in pediatric patients with systemic comorbidities. Indian J Ophthalmol. 2023;71:125-37.

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