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白内障・前眼部

老視矯正眼内レンズ(多焦点・EDOF IOL)

白内障手術で摘出した水晶体の代わりに植込む眼内レンズ(IOL)のうち、遠近複数距離の視力を提供するものを老視矯正眼内レンズ(presbyopia-correcting 眼内レンズ; PC-IOL)と呼ぶ。 通常の単焦点眼内レンズは主に遠方視力を矯正するが、PC-眼内レンズは遠・中・近のいずれか複数の焦点を提供し、眼鏡依存度の低減を目指す。

国際標準化機構(ISO 11979-7:2024)は非調節型の多距離視力提供レンズを「同時視野域レンズ(SVL)」と定義し、3種類に分類する。

多焦点眼内レンズ(MIOL)

回折型:回折格子で光を近方・遠方焦点に分配。ハロー・コントラスト低下に注意

屈折:光学部に遠用・近用ゾーンを同心円状に配置。グレア・ハロが出やすい

トライフォーカル型:遠・中・近の3焦点提供。代表例:PanOptix(Alcon)

EDOF 眼内レンズ

焦点深度拡張型:遠方から中間距離にかけて連続した焦点域を実現

ディスフォトプシアが少なく、軽微な黄斑病変例・角膜屈折矯正術後にも選択肢となる

代表例:TECNIS Symfony、Vivity(Alcon)

調節型眼内レンズ

位置変化型毛様体筋収縮によりレンズが前後移動(例:Crystalens)

効果には個人差があり、近方視力の向上は限定的なことが多い

ハロー・グレアは少ない傾向がある

日本では、iSii(HOYA)、Tecnis Multifocal(AMO)、PanOptix(Alcon)、Tecnis Synergy(AMO)、LENTIS Comfort(Oculentis)などが薬事承認を受けている。

PC-眼内レンズ埋植を希望する患者が術前に訴える主な症状は以下の通り。

  • 老視・近見障害:手元の細かい作業が困難になる
  • 白内障による霞み:屋外・蛍光灯下での霞み
  • 眼鏡・コンタクトへの依存感:日常生活の質(QOL)低下

術後に見られる症状として、グレア(光源周囲の眩しさ)やハロー(光輪)がある。 これらは多焦点眼内レンズ特有のディスフォトプシアであり、EDOFでは軽減されることが多い。

評価項目内容PC-眼内レンズでの重要度
角膜乱視量トポグラフィ・トモグラフィ極めて高い
瞳孔明所・暗所での測定高い
涙液・角膜状態ドライアイの合併確認高い
黄斑・視神経OCT眼底検査高い
Q 老視矯正眼内レンズの手術後に見え方の不満が生じるのはなぜですか?
A

残余乱視と残余屈折誤差が主な原因です。PC-眼内レンズは乱視に対して特に敏感で、残余乱視が残ると視質が著しく低下します。また多焦点眼内レンズで生じるグレア・ハローへの神経適応不足や、非現実的な術前期待も不満の原因となります。術前に乾燥性眼疾患(DED)を治療し、十分なカウンセリングを行うことが重要です。

PC-眼内レンズ手術の適応・不適応に関わる主な要因を以下に示す。

適応が望ましい要因

眼鏡独立への強い希望:患者のライフスタイル・職業・趣味を詳細に聴取する

良好な黄斑機能:黄斑疾患がないこと

適切な角膜形状:不正乱視・角膜内皮障害がないこと

適切な神経適応能力:若年者ほど適応しやすい2)

相対的禁忌・慎重適応

黄斑疾患・視神経疾患:術後の視質に影響する

角膜屈折矯正術後:眼内レンズ度数計算の誤差が大きくなりやすい

高度乾燥性眼疾患:術前治療を完了させる

非現実的な期待:十分なカウンセリングが必要

その他のリスク因子:

  • 極端な眼軸長(過長・過短)では屈折サプライズのリスクが高まる
  • 非利き目の同定不良(モノビジョン設計時に影響)
  • 高齢者では神経適応能力が低下しており、PC-眼内レンズの相対的禁忌となる場合がある2)

PC-眼内レンズ埋植の術前評価は単焦点眼内レンズより包括的でなければならない。

必須評価項目

  • 視力・矯正視力(遠・中・近)
  • 角膜形状解析(Placido・断層型トポグラフィ):不正乱視・円錐角膜の除外
  • 眼軸長・角膜曲率測定:正確な眼内レンズ度数計算
  • 黄斑OCT・眼底検査:黄斑疾患の評価
  • コントラスト感度・瞳孔径測定
  • ドライアイ評価(涙液層破壊時間・角膜染色など)
  • 患者の生活様式・職業・視覚的期待の聴取

乱視量に応じた対応策

  • 低度角膜乱視(≦0.75 D):切開位置の調整や輪部弛緩切開(LRI
  • 中等度以上の乱視:トーリックPC-眼内レンズへの変更を検討1)

EDOFは多焦点眼内レンズより乱視への耐性が高い傾向があり1)、中等度の残余乱視が見込まれる症例ではEDOFが選択肢となる。 不規則乱視・後面角膜乱視が大きい症例では、トーリック眼内レンズの矯正効果が限定的になる場合がある。

Q 乱視があっても多焦点眼内レンズを使えますか?
A

乱視量と不整乱視の有無によります。規則的な乱視であれば、トーリック多焦点眼内レンズで対応可能です。EDOFは乱視への耐性が多焦点眼内レンズより高いため1)、軽度の残余乱視が見込まれる症例ではEDOFが選ばれることが多いです。不規則乱視がある場合は多焦点眼内レンズ全般が不適応となることが多いです。

多焦点眼内レンズは遠・近・中間の眼鏡独立を強く希望する患者に考慮する(GRADE+)。 EDOF 眼内レンズは中間視力を優先しディスフォトプシアを軽減したい患者に推奨する(GRADE+)。 患者の視覚的期待・職業・ライフスタイルに基づく個別化されたカウンセリングが不可欠である(Expert opinion)。

PC-眼内レンズ患者では残余乱視が視質を著しく低下させる。 低度乱視(約0.50〜0.75 D以下)であれば角膜切開(LRI・OCCI)で対処できる場合がある1)。 中等度以上の乱視ではトーリックPC-眼内レンズの使用が推奨される1)

乱視量推奨対応備考
<0.75 D切開部位調整・LRI侵襲が最小
0.75〜1.5 Dトーリック眼内レンズ検討後部角膜乱視も考慮1)
>1.5 Dトーリック眼内レンズ推奨精度の高い軸合わせが必要

ミックス・アンド・マッチ戦略

Section titled “ミックス・アンド・マッチ戦略”

両眼に異なる種類の眼内レンズを埋植する「ミックス・アンド・マッチ」戦略がある。 例:主眼にトライフォーカル+非主眼にEDOF。 各眼内レンズの強みを補完し合うことで、遠・中・近の全距離をカバーしながらディスフォトプシアを軽減する狙いがある。 ただし両眼間の視力差が生じると立体視に影響する場合があり2)、適切な組み合わせの選択が重要である。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

回折型多焦点眼内レンズは、同心円状の回折格子により入射光を近方(1次回折光)・遠方(0次回折光)に振り分ける設計である。 すべての焦点が同時に網膜上に形成されるため、脳が目的距離の像を選択・統合する「神経適応」を必要とする2)

屈折型多焦点眼内レンズは、同心円状または分節状の屈折ゾーンで焦点を分ける設計であり、理論上コントラスト感度の低下をきたしにくい。 しかし各屈折ゾーンがはっきりと分かれているため、グレア・ハロが出やすい傾向がある。

立体視は両眼視の最高機能であり、深さや距離の知覚を担う2)。 PC-眼内レンズが立体視に与える影響についてさまざまな研究が報告されている。

両眼埋植 vs 片眼埋植: 両眼埋植は片眼埋植より有意に良好な立体視をもたらす2)。 Shoji らは屈折型多焦点眼内レンズの両眼埋植群で84.6%が近方立体視60”以下を達成したのに対し、片眼埋植群では42.8%にとどまり、有意差を認めた(P=0.009)2)。 両眼埋植群の92.3%が不等像視なしであったのに対し、片眼埋植群では21.4%にすぎず、有意差があった(P=0.001)2)

EDOF 眼内レンズの立体視: EDOF 眼内レンズ両眼埋植50例(100眼)の検討では、術後1年時の平均近方立体視21.1±2.3”、平均遠方立体視103.6±49.1”であり、80%が近方立体視20”以下、82%が遠方立体視100”以下を達成した2)

屈折型 vs 回折型多焦点眼内レンズの立体視: 屈折型多焦点眼内レンズの両眼埋植は回折型に比べて立体視が優れる傾向がある2)。 Changらはティトマスステレオテストで屈折型(平均8.36点)が回折型(平均6.50点)を上回り、近方立体視80”以下の達成率も屈折型100%対回折型74.1%と有意差を認めた(P=0.017)2)

PC-眼内レンズ埋植後の神経適応は、良好な立体視と視機能回復の基盤となる2)。 fMRI研究では、多焦点眼内レンズ両眼埋植後3〜4週に注意・学習・認知制御に関わる皮質領域の活動が増加し、6カ月後には安定化・正常化することが確認された2)。 この適応過程は光学的変化ではなく脳の変化によるものとされる2)

PC-眼内レンズ患者の多くが低度の角膜乱視を有する。 角膜切開による矯正とトーリック眼内レンズのどちらが有効かについて研究が続いており1)、EDOF 眼内レンズの乱視耐性の高さも考慮した個別化された選択が推奨される1)

ミックス・アンド・マッチの最適化

Section titled “ミックス・アンド・マッチの最適化”

異なる眼内レンズの組み合わせで各眼内レンズの長所を生かした全距離視力の実現が期待される。 立体視への影響は組み合わせによって異なる結果が報告されており2)、最適な組み合わせを明らかにするさらなる研究が求められる。

ハイブリッド眼内レンズの進化

Section titled “ハイブリッド眼内レンズの進化”

多焦点-EDOF複合型ハイブリッド眼内レンズの開発が進んでいる。 ハイブリッド眼内レンズは遠方から近方まで連続した視力を提供しながら、ディスフォトプシアの軽減を目指す。 補完型眼内レンズシステム(例:ARTIS Symbiose)では、両眼の焦点深度の組み合わせで総合的な焦点深度が拡張される2)

眼内レンズの種類ごとの長期立体視の安定性や持続性に関するデータは不足しており、今後の研究が求められる2)。 神経適応の長期メカニズムの解明も今後の重要な課題である2)

  1. Rocha-de-Lossada C, Rodríguez-Vallejo M, Rodríguez-Calvo-de-Mora M, et al. Managing low corneal astigmatism in patients with presbyopia correcting intraocular lenses: a narrative review. BMC Ophthalmol. 2023;23:254.

  2. He Y, Zhu B, Li B, Zou H, Ma Y. Stereopsis following implantation of presbyopia-correcting intraocular lenses: a narrative review. Ophthalmol Ther. 2024;13:2331-2341.

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