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白内障・前眼部

瞳孔膜遺残

瞳孔膜遺残(persistent pupillary membrane, PPM)は、胎生期の前水晶体血管膜が消失せず、網目状の組織が瞳孔領に残ったものである。 瞳孔膜遺残はしばしばみられる先天異常であり、程度や形態はさまざまである。

頻度は高く、新生児の約95%・成人の約20%に膜の遺残が見られる。 早産児ではより一般的であり、性差はない。片眼性または両眼性の場合がある。 軽度なものが多く、視力障害を残すことは少ない。 しかし高度な場合には形態覚遮断弱視の原因となり得る。

瞳孔膜の遺残は、稀な先天異常であるため、過去の文献の多くは症例報告・写真によるものである。1) 最適な視力は、散瞳薬による医学的管理と完全矯正眼鏡の装用で得られることが強調されている。1)

Duke-Elder分類

I型(虹彩付着型):虹彩のみに付着した膜

II型(虹彩水晶体癒着型):虹彩と水晶体前嚢が癒着。水晶体前嚢上の色素沈着した星状物「鶏の足跡(chicken tracks)」を特徴とする亜型を含む

III型(角膜付着型):角膜に付着した膜。Axenfeld-Rieger症候群でみられる

疾患の基本特性

頻度:新生児の約95%・成人の約20%

対称性:片眼性・両眼性ともあり

性差:なし

遺伝:多くは孤発性。家族性症例も報告あり

自然退縮:出生後1年以内にかなりの程度萎縮

瞳孔膜遺残は通常無症状である。 しかし以下の状況では症状が出現する:

  • 視力障害: 瞳孔開口部が1.5mm未満の症例では、網膜照度の低下と回折(diffraction)により視力障害が生じる
  • 羞明(光過敏): 瞳孔領を遮る膜による光散乱で生じる。岡山大学の症例では、視力良好にもかかわらず高度な羞明が主訴であった1)
  • 昼盲(hemeralopia): 高度な場合、明所での縮瞳により瞳孔領が覆われ昼盲を呈する
  • 廃用性斜視: 視力障害を伴う場合に発症することがある

細隙灯顕微鏡での所見は多様である。

所見特徴
索状物瞳孔を部分的に橋渡しする1本または数本のレース状索状物。周辺部は常に虹彩小環(iris collarette)に付着
色素星状物「鶏の足跡(chicken tracks)」とも呼ばれる虹彩メラノサイトが水晶体前嚢上に沈着
広範な膜まれに瞳孔を閉塞する虹彩膜シートが見られる
前房出血索状物からの稀な合併

散瞳下では索状物の伸展性や水晶体との癒着の有無を確認する。

Q 瞳孔膜遺残はほとんどの赤ちゃんにあるのですか?
A

はい、新生児の約95%に瞳孔膜の遺残が見られますが、多くの場合は軽微で自然に消退します。出生後1年以内にかなりの程度が萎縮し、治療を要しないことがほとんどです。ただし、高度な膜が1年を超えて持続する場合は自然退行の可能性が低く、弱視のリスクがあるため眼科での経過観察が必要です。

胎生期の水晶体は血管膜で包まれている。 胎生9週頃、神経堤細胞に由来する間葉細胞が眼杯前面に沿って発達し、虹彩実質の血管から連続する前部水晶体血管膜(anterior tunica vasculosa lentis)を形成する。 胎生12週頃から虹彩の発達が始まるのに伴い、前部水晶体血管膜は小さくなっていき瞳孔膜となる。 瞳孔膜は胎生8〜9か月頃にマクロファージの食作用によって退行・消失する。

出生後も残存しているものを瞳孔膜遺残という。

房水中のVEGF(血管内皮増殖因子)と塩基性線維芽細胞増殖因子は瞳孔膜の退化に伴い減少する。 これらの因子が瞳孔膜遺残の保持など眼発生に関与していることが示唆されている。 アポトーシスによって選択的に血管内皮細胞が死滅するプロセスの異常が、胎児血管系の遺残の基礎となっている可能性がある。1)

  • 早産: 早産児でより一般的
  • 子宮内ストレス: 慢性的な母体高血圧が瞳孔膜消失を加速させる可能性があるという証拠がある
  • 家族歴: 家族性症例も報告されているが、多くは孤発性

診断は主に臨床的に行われる。 無散瞳下で瞳孔領を覆う範囲や透光性を確認する。 散瞳下で索状物の伸展性や水晶体との癒着の有無をみる。

前眼部光干渉断層計OCT)は非侵襲的に断面像を取得でき、前房深度・隅角幅・角膜および虹彩の構造異常・瞳孔膜遺残の可視化に有用である。1) 岡山大学の症例では、光干渉断層計により虹彩突起が角膜内面に接着していることが可視化され、Peters異常の診断を支持する所見が得られた。1)

検査目的
細隙灯顕微鏡検査索状物の分布・性状・癒着部位の評価
レチノスコピー(検影法局所的水晶体混濁がある場合、水晶体乱視の評価
前眼部の光干渉断層計膜と水晶体嚢・虹彩の関係評価。高解像度の光干渉断層計で虹彩前境界層との関係可視化1)
高周波超音波検査広範な膜がある場合に膜と水晶体嚢の関係評価
虹彩血管造影血管灌流は0.3%のみ。多くの膜では蛍光造影の適応なし
視力検査・屈折検査弱視や屈折異常の精査
眼底検査後眼部合併症の確認
  • 炎症後虹彩後癒着(post-inflammatory synechiae)
  • 副虹彩膜(Accessory Iris membrane):虹彩重複とも呼ばれる
  • 先天性特発性小瞳孔(congenital idiopathic microcoria)
  • Axenfeld-Rieger症候群
  • Peters異常(前眼部形成異常スペクトラム)
  • 虹彩角膜内皮症候群
Q 瞳孔膜遺残とPeters異常の違いは何ですか?
A

両者は前眼部形成異常として関連して現れることがありますが、異なる胚発生由来です。Peters異常は中央角膜混濁・虹彩角膜癒着・Descemet膜と後部間質の欠損を特徴とする前眼部形成異常であり、神経堤細胞由来の間葉から生じます。一方、瞳孔膜遺残は中胚葉由来の前水晶体血管膜の不完全退縮から生じます。岡山大学の症例では、Peters異常と瞳孔膜遺残が同一眼に共存していましたが、OCTにより虹彩突起の角膜内面への接着を確認し、Peters異常の診断を支持できました。

視力が良好であれば無治療でよい。 ただし、以下の場合は治療を考慮する:

  • 視力障害の原因となっている場合
  • 視力障害を伴わなくても、白内障手術や網膜剥離治療の際に支障となる場合
  • 眼底の視認性が不良な場合

生後1年以内は多くの瞳孔膜遺残が自然に萎縮するため、まずは経過観察が原則である。 1年を過ぎても持続する高度な膜は自然退行の可能性が低いため、治療適応を検討する。

散瞳薬(mydriatics):

  • 0.5%トロピカミド+0.5%フェニレフリン配合製剤を1日2回など
  • 1%アトロピン点眼を週1回など(副作用:流涎等に注意しながら調整)
  • 瞳孔径を拡大し光学的な経路を確保する目的で使用
  • 岡山大の症例2では、生後6か月から1%アトロピン週1回を12歳まで継続し、右眼視力0.7を達成した1)

屈折矯正と弱視治療:

  • 屈折異常があれば眼鏡での矯正は必須
  • 左右差がある場合は健眼遮閉訓練を視覚の感受性期間内に実施

薄くまばらな膜を持つ高齢患者は、Nd:YAGレーザー膜切開術の適応となる場合がある。 瞳孔膜遺残と水晶体前面に癒着がない場合は、アルゴンレーザーやYAGレーザーによる脚切開術を行う。 稀に前房出血・白内障形成・虹彩炎・色素散布のリスクを伴う。

適応:

  • 水晶体前面への癒着がある場合
  • 乳幼児などレーザー治療に協力困難な場合
  • 高度な膜による視力障害・羞明がある場合1)

手術手技(岡山大学):1) 前房をヒアルロン酸(1%)で充填して前房空間を維持する。 角膜輪部のサイドポートから剪刀を挿入し、虹彩面上の瞳孔膜の根部を切断する。 切離した瞳孔膜は、25Gピンセットでサイドポートから引き出す。 その後、25G硝子体カッターを吸引モードで前房洗浄する。

  • 成人の白内障手術例(症例3)では、水晶体嚢を保護する必要がなく(cataract摘出後)、より安全な切除が可能であった1)
  • 小児例(症例1)では水晶体嚢への損傷防止に十分な注意が必要で、最初の硝子体カッター試用よりも剪刀の方が効率的であった1)

手術合併症:

  • 水晶体前嚢損傷による白内障
  • 前房内炎症
  • 眼圧上昇
  • 術後感染

治療の選択肢

経過観察:視力良好・症状軽微な場合

散瞳薬:瞳孔領を確保し弱視予防。生後6か月〜長期継続可能1)

屈折矯正・遮閉:屈折異常・弱視の管理

Nd:YAGレーザー:薄い膜・高齢患者・水晶体癒着なし

外科的切除:高度な膜・水晶体癒着例・乳幼児

岡山大学症例の要点

症例1:羞明が主訴で視力良好。6歳で外科的切除→17歳時視力1.2を維持1)

症例2:Peters異常合併。手術適応なしと判断→散瞳薬単独で12歳時右眼視力0.71)

症例3:49歳時に白内障で初めて症状。56歳で白内障手術と同時に瞳孔膜切除1)

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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胎生期において、前水晶体血管膜(tunica vasculosa lentis)は水晶体を包み栄養を供給する。 前毛様体動脈および間葉由来の血管で構成され、背側の後硝子体血管(posterior hyaloid vessels)と吻合して水晶体血管膜を形成する。

退縮開始は妊娠6か月頃からマクロファージの食作用によって進行し、8か月頃に完全消失する。 退縮の際には:

  1. 瞳孔膜の血管周囲に線維芽細胞と膠原線維が増殖して血管が消失する
  2. 線維芽細胞や膠原線維が変性し、マクロファージが貪食して瞳孔膜が消失する

アポトーシスによって選択的に血管内皮細胞が死滅するプロセスの障害が、遺残の要因と考えられている。1)

岡山大学の症例1・症例3における切除した瞳孔膜の病理検査では、管腔内に赤血球を含む血管構造が確認された。1) これは、瞳孔膜遺残が胎児血管系の遺残であるという事実を組織病理学的に支持する所見である。1)

免疫染色(メラニン除去後)では:

  • CD31陽性・網膜電図陽性: 管腔内皮細胞が血管内皮細胞マーカーで陽性1)
  • D2-40(ポドプラニン)陰性: 血管内皮細胞はリンパ管マーカーで陰性1)
  • 色素沈着細胞の多くはD2-40陽性であり、虹彩前境界層との関連が示唆された1)

CD31・網膜電図陽性細胞は束状パターンで配列しており、おそらく血管の縦断面を表している。1) 眼内組織(水晶体・虹彩・毛様体・網膜・脈絡膜)にリンパ管が存在しないことが確認されており、瞳孔膜遺残はリンパ管と関連しない。1)

胚葉由来と前眼部形成異常との関係

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瞳孔膜は中胚葉由来の血管要素から生じるのに対し、虹彩間質と前境界層は神経堤由来の間充織から生じる。 両者は異なる胚葉由来であるが、胎生期発生中の解剖学的近接により構造的関連が観察される。1)

前眼部の光干渉断層計は瞳孔膜遺残の非侵襲的評価に有用性が高まっている。1) 高解像度の光干渉断層計は虹彩層の異常、特に虹彩前境界層のシグナル減弱を検出できる可能性がある。1) 今後の高解像度・インテンシティマップ付きの前眼部の光干渉断層計により、瞳孔膜遺残の組織学的特徴との相関がより明確になる可能性がある。1)

岡山大学の症例報告は、まれな先天異常である瞳孔膜遺残の管理には個別化アプローチが不可欠であることを示した。1) 手術・散瞳薬・経過観察のいずれが適切かは、患者の年齢・視力・合併症・膜の程度によって異なる。 手術適応の判断には厳密なリスク・ベネフィット評価が必要である。1)

CD31・網膜電図マーカーによる免疫染色の知見は、瞳孔膜遺残が真の血管構造を有することを確認した。1) 血管内皮増殖因子・塩基性線維芽細胞増殖因子による退縮調節メカニズムの理解が深まれば、将来的に薬物療法による退縮促進の可能性が探索されるかもしれない。

Q 瞳孔膜遺残の手術はどのようなリスクがありますか?
A

外科的切除の主なリスクは、水晶体前嚢への損傷による白内障形成です。特に小児では水晶体が柔らかく、剪刀操作時に水晶体嚢を傷つけないよう細心の注意が必要です。その他、前房内炎症・眼圧上昇・術後感染などのリスクがあります。岡山大学の症例では、前房をヒアルロン酸で充填して空間を維持しながら手術を行うことで、安全な切除が可能でした。視力が良好な場合には手術の必要性と合併症リスクを慎重に検討する必要があります。

  1. Matsuo T, Tanaka T. Managing Persistent Pupillary Membranes With Surgery or Medication: A Report of Three Cases. Cureus. 2025;17(6):e86695. DOI: 10.7759/cureus.86695.

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