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白内障・前眼部

眼科手術用粘弾性物質(OVD)

1. 眼科手術用粘弾性物質(OVD)とは

Section titled “1. 眼科手術用粘弾性物質(OVD)とは”

眼科手術用粘弾性物質(ophthalmic viscosurgical device, OVD)は、内眼手術において空間保持・角膜内皮保護・角膜乾燥防止・染色補助などの目的で使用される手術補助溶剤である。当初は単なる手術補助剤として扱われていたが、多様な特性を持つ製剤の開発とともに手術器具と同等の扱いへと変化し、現在では粘弾性物質と総称される。

ヒアルロン酸の眼科利用の歴史は1934年にKarl MeyerとJohn Palmerが牛の硝子体からヒアルロン酸を単離したことに始まる1)。1979年にDrs. Robert StegmannとDavid Millerが白内障手術中に1%ヒアルロン酸ナトリウムを初めて臨床使用した1)。1980〜1983年にはPharmaciが米国FDAの承認を得て世界市場に投入し、現代の白内障手術に革命をもたらした1)

現在、わが国では主に粘弾性物質としてヒアルロン酸ナトリウムが用いられ、配合剤としてコンドロイチン硫酸ナトリウムが用いられる。ヒアルロン酸ナトリウムはグリコサミノグリカンの一種で、N-アセチルグルコサミンとグルクロン酸の二糖が繰り返し結合した長鎖構造を持つ。生体内の結合組織・皮膚・硝子体・軟骨・滑液にも存在する天然物質である。

Q 粘弾性物質は薬剤か、それとも手術器具か?
A

粘弾性物質はその役割の重要性から、単なる手術補助溶剤ではなく手術器具としての位置づけへと変化した。白内障手術の安全性と効果に大きな影響を与えることから、粘弾性物質の特性を十分に理解した上での選択が術者に求められる。

粘弾性物質の外科的用途はその物理的特性によって決定される。以下の4つの特性が手術での使用法に直結する。

粘度

粘度(Viscosity):物質の流れにくさを表す。分子量と濃度が高いほど粘度が高い。高粘度粘弾性物質は組織を移動させる効果が高く、前房から排出されにくい。

偽可塑性

偽可塑性(Pseudoplasticity):ずり速度に応じて粘度が変化する性質。静止時は高粘度を示すが、器具操作などの高ずり速度下では粘度が低下し注入・排出が容易になる。ヒアルロン酸ナトリウムは非ニュートン流体の特性を有し、分子鎖が長いほど偽可塑性の変化が大きい。

弾性

弾性(Elasticity):変形後に元の形状に戻る能力。弾性が高いほど空間保持能力が優れる。すべての粘弾性物質は器具の挿入・抜去後に角膜形状や前房を復元させる。

被覆能

被覆能(Coatability):表面張力と接触角によって決定される。表面張力が低く接触角が小さいほど被覆能が高く、組織保護能力に優れるが眼内からの除去は困難になる。

粘弾性物質は凝集・分散指数(cohesion dispersion index, CDI)を用いた分類に基づき4つのカテゴリーに分類される。

分類凝集・分散指数粘度代表製品(日本)
凝集型≥30%asp/mmHg高(高分子量)オペガン®ハイ、ヒーロン®
分散型<30%asp/mmHg低(低分子量)ビスコート®、シェルガン®
高粘度分散型中間中〜高ディスコビスク®
粘性適応型≥30%asp/mmHg超高ヒーロンV®

主成分は1%ヒアルロン酸ナトリウム。分子鎖が長く互いに絡み合い高い弾力性と凝集性を持つ。吸引圧の上昇に伴い塊として排出されやすい(スパゲッティに例えられる)。分子量により低分子量型・中間分子量型・高分子量型に分類されており、特性が異なる。

  • 低分子量型(60〜120万):前房滞留能が高いが前房保持能が低い
  • 高分子量型(190〜390万):前房保持能が高いが前房滞留能が低い

ヒアルロン酸ナトリウム3%とコンドロイチン硫酸エステルナトリウム4%の配合剤が代表的。短鎖分子で低粘度・高被覆能を持つ。高ずり速度下で分散し角膜内皮を薄く被覆する(マカロニに例えられる)。凝集・分散指数が凝集型の約1/10と非常に低く、吸引圧が上昇しても除去されにくい。硫酸基により負に荷電しており、正に荷電している角膜内皮細胞に接着しやすい性質がある。ただし眼内組織に付着するため完全除去が困難であり、残留すると眼圧上昇のリスクがある1)

粘性適応型粘弾性物質(Viscoadaptive)

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代表製品:ヒーロンV®(2.3%高分子量ヒアルロン酸ナトリウム)。凝集・分散指数は70以上と非常に高く、高分子凝集型よりもさらに分子鎖が絡み合い高い弾力性と凝集性を持つ。吸引圧が閾値を超えると急激に除去される性質(偽分散性)が特徴的である。灌流量25mL/分未満では高い凝集性と高い空間保持性を示し、灌流量25mL/分超では容易に吸引除去される1)

高粘度分散型粘弾性物質(Viscous Dispersive)

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代表製品:ディスコビスク®(1.65%低分子量ヒアルロン酸ナトリウム + 4%コンドロイチン硫酸ナトリウム)。凝集型と分散型の中間の凝集・分散指数を持ち、前房からの除去のしやすさは凝集型粘弾性物質様、角膜内皮保護は分散型様の機能を提供する。

白内障手術(超音波乳化吸引術)の各段階で粘弾性物質が果たす役割は以下の通りである。

切開創作成後に前房水と粘弾性物質を完全に置換して前房を形成する。前嚢切開中、粘弾性物質は角膜のドーム形状と前房の深さを維持し、前嚢表面に安定性を与えることで切開線が周辺部に流れる確率を低減させる。低ずり速度下での高粘度・高弾性粘弾性物質が理想的である。

超音波乳化吸引中は灌流液注入圧によって前房深さが維持されるが、角膜内皮は超音波エネルギーや流体乱流による損傷を受けやすい。高い被覆能(内皮保護)と高い弾性(振動吸収)を持つ粘弾性物質が求められ、分散型粘弾性物質が適している。

超音波チップを前房から抜去する前に、サイドポートから同時に粘弾性物質を注入することで急激な前房虚脱を防ぎ、後嚢破損虹彩・角膜組織の損傷を防止する。角膜内皮細胞密度が低い症例に対し、核片などが角膜内皮に直接接触することを粘弾性物質により防ぐ(ソフトシェルテクニック)。

後囊を十分に押し下げて水晶体囊を膨らませてから眼内レンズを挿入する。眼内レンズが静止している低ずり速度下では高粘度剤が内皮を眼内レンズの圧迫から保護し、眼内レンズの折りたたみ展開に対してクッション性を提供する。高分子量凝集型粘弾性物質が適している。

眼内レンズ挿入後、灌流吸引を用いて前房内に残っている粘弾性物質を除去する。特に眼内レンズ後面に粘弾性物質が残留すると細菌が定着しやすく術後眼内炎の原因となる。眼内レンズ後面に灌流吸引チップを潜り込ませる「behind-the-lens technique」により後面を直接洗浄することが必要である。

白内障手術後の角膜内皮細胞減少率は4〜25%と報告されており、その主要原因は手術器具・核破片・眼内レンズによる機械的外傷である2)。粘弾性物質はこの外傷を軽減する主要な手段である。

Hsiaoら(2023)は2000〜2020年のランダム化比較試験12件を対象としたシステマティックレビュー・メタアナリシスにおいて、コンドロイチン硫酸とヒアルロン酸配合の粘弾性物質(VISCOAT®、DuoVisc®、DisCoVisc®)とヒアルロン酸単独の粘弾性物質またはヒドロキシプロピルメチルセルロース製品を比較した2)

ランダム効果モデルによるメタアナリシスの結果、コンドロイチン硫酸とヒアルロン酸配合の粘弾性物質はヒアルロン酸単独の粘弾性物質に比べ術後3ヶ月での角膜内皮細胞密度の減少率が有意に低かった(平均差:-4.10%;95% CI:-5.81〜-2.40;p<0.0001;9研究)2)。またヒドロキシプロピルメチルセルロース製品との比較でも有意差が認められた(平均差:-6.47%;95% CI:-10.41〜-2.52;p=0.001;2研究)2)

角膜厚の変化(術後24時間)についても、コンドロイチン硫酸とヒアルロン酸配合の粘弾性物質がヒアルロン酸単独の粘弾性物質に比べ有意に低い角膜腫脹を示した(平均差:-3.22%;95% CI:-6.24〜-0.20%;p=0.04;4研究)2)

コンドロイチン硫酸ナトリウムがヒアルロン酸-コンドロイチン硫酸の三重負電荷を形成し角膜内皮組織への分子誘引を促すことが、優れた内皮被覆・保護効果の機序として考えられている2)

Q 分散型粘弾性物質と凝集型粘弾性物質はどう使い分けるのか?
A

基本的に空間保持目的には凝集型粘弾性物質、角膜内皮保護には分散型粘弾性物質が選択される。硬核白内障や角膜内皮ジストロフィなどハイリスク症例では両者を組み合わせたソフトシェルテクニックが特に有効である。また緑内障手術では凝集型粘弾性物質が前房洗浄での除去しやすさの点で有利とされる。

6. 特殊な手術状況での粘弾性物質使用

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ソフトシェルテクニック(Soft Shell Technique)

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Steve Arshinoffが1999年に記述した代表的な組み合わせ手法である1)。手術開始時に分散型粘弾性物質を前房に注入し水晶体前面に塊を形成した後、凝集型粘弾性物質を分散型粘弾性物質の塊の後方中央に注入する。これにより分散型粘弾性物質が上方・外側に押し広げられ角膜内皮細胞に対する滑らかな層を形成する。超音波乳化吸引および灌流吸引中、高粘度の凝集型粘弾性物質は速やかに排出されるが、低粘度の分散型粘弾性物質は内皮に対する保護層として維持される。

特に硬い核を持つ症例において、凝集型または分散型粘弾性物質単独使用と比較して術後角膜内皮細胞減少を抑制する効果が示されている1)

術中虹彩緊張低下症候群(IFIS)への対応

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術中虹彩緊張低下症候群(IFIS)は前立腺治療目的のα遮断薬(タムスロシンなど)使用に伴うよく知られた合併症である1)。虹彩筋緊張の低下により瞳孔縮小・虹彩翻転が生じる。粘性適応型粘弾性物質(ヒーロンV®)は瞳孔を機械的に拡大させ(粘弾性瞳孔散大)、虹彩を安定させて創口への脱出を防ぐのに役立つ1)

より難しい症例では、ソフトシェル・アルティメットソフトシェル・トリソフトシェルのテクニックの組み合わせが使用される1)

硬い褐色白内障や成熟白内障は角膜内皮損傷・核落下・後囊破損などのリスクが高い1)。より長い手術操作と高い超音波エネルギーが角膜内皮に影響を及ぼすため、分散型粘弾性物質または組み合わせ製剤(ソフトシェルテクニック)の使用が適切である1)

緑内障手術後の扁平前房は後房手術の一般的な合併症であり、粘弾性物質を前房に注入することが治療選択肢の一つとなる1)。粘性適応型粘弾性物質が有効との報告がある1)

広角観察システムを用いた眼底観察では、前置レンズを角膜上1cm程度まで近づける必要があるため、角膜乾燥防止目的で粘弾性物質によるウェットシェルが有用である。また内境界膜染色(インドシアニングリーン・ブリリアントブルーG)に粘弾性物質を混合することで染色範囲と濃度のコントロールが可能となる。

粘弾性物質に関連する合併症として以下が知られる。

  • 眼圧スパイク(続発緑内障:最も頻度の高い合併症。粘弾性物質が隅角の流出路を閉塞させることで生じる。分散型粘弾性物質は凝集型より残留しやすい1)
  • 角膜浮腫・角膜内皮不全:粘弾性物質残留による眼圧上昇の継続が原因となり得る。
  • 偽性前眼部ぶどう膜炎前房蓄膿
  • 嚢ブロック症候群(嚢拡張症候群)
  • 眼内レンズ表面の結晶化
  • 帯状角膜変性
  • 過敏反応

8. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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リドカイン配合粘弾性物質(粘弾性麻酔)

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粘弾性物質とリドカインを組み合わせたVisThesia(2%リドカイン + 0.3%ヒアルロン酸ナトリウム、Carl Zeiss Meditec社)は、麻酔効果と粘弾性物質機能を一ステップで提供することを目的として開発された1)。術中疼痛コントロールの改善が報告される一方、角膜内皮細胞密度の低下が従来粘弾性物質より大きいとする報告もあり、結果が一致していない1)。更なる研究が必要な領域である。

トリパンブルー配合粘弾性物質

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ヒアルロン酸ナトリウムとトリパンブルー(前嚢染色剤)を配合したPe-Ha-Blue® PLUS(Albomed社)は、前嚢切開を容易にしながら角膜内皮を保護することを目的とする1)。偽落屑症候群眼など瞳孔散大不良症例において、手術時間の有意な短縮と外科医満足度の改善が報告されている1)。青色粘弾性物質残留を視覚的に確認して除去しやすいという利点もある。


  1. Borkenstein AF, Borkenstein EM, Malyugin B. Ophthalmic viscosurgical devices (OVDs) in challenging cases: a review. Ophthalmol Ther. 2021;10:831-843.
  2. Hsiao CW, Cheng H, Ghafouri R, Ferko NC, Ayres BD. Corneal outcomes following cataract surgery using ophthalmic viscosurgical devices composed of chondroitin sulfate-hyaluronic acid: a systematic review and meta-analysis. Clin Ophthalmol. 2023;17:2083-2096.

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