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白内障・前眼部

トンネル内水晶体核破砕術

1. トンネル内水晶体核破砕術とは

Section titled “1. トンネル内水晶体核破砕術とは”

トンネル内水晶体核破砕術(intratunnel phacofracture)は、2012年にインドのGlobal Hospital Research CentreのSudhir Singh医師が発表した手動小切開白内障手術(MSICS)の新しい核処理手技である。

手動小切開白内障手術と超音波乳化吸引術(phacoemulsification)は、現在最も普及している白内障摘出法である。手動小切開白内障手術は超音波乳化吸引術と比較して大幅に迅速かつ安価であり、テクノロジーへの依存度が低い2)。経済的に不利な国では手動小切開白内障手術がコスト効率の面から依然として広く採用されている3)。ランダム化比較試験では、超音波乳化吸引術が未矯正遠方視力や合併症率の面で手動小切開白内障手術に優るとされるが、ある前向き比較試験では両者に有意差がないことも報告されている3)

従来の手動小切開白内障手術手技(ブルーメンソール法、粘弾性物質による圧出、灌流式ワイヤーベクティス、フィッシュフック針など)は、いずれも7〜9mmの大きな切開を必要とする。この大切開が術後の誘発乱視の原因となる。小切開手術は自己閉鎖性の創口が構築しやすく、術者の急な動きや駆逐性出血時の安全性が高く、術後の炎症や乱視変化も少ない3)

トンネル内水晶体核破砕術では、6mm未満の強角膜トンネル切開の内部で水晶体核を分割・除去する。他の核分割法が前房内で操作を行うのに対し、本手技では核の除去工程がトンネル内で完結する点が最大の特徴である。

Q 従来の手動小切開白内障手術との最大の違いは何か?
A

従来の手動小切開白内障手術は7〜9mmの切開を要し核を一塊として取り出すが、本手技では6mm未満の切開幅で核をトンネル内で分割して除去する。切開幅の縮小により誘発乱視が軽減される。

トンネル内水晶体核破砕術の対象となるのは白内障患者である。白内障の主な自覚症状は以下の通りである。

  • 視力低下:白内障の最も一般的な症状。水晶体の混濁が進行するに伴い徐々に悪化する。
  • 霧視:視界全体がかすんで見える。
  • 羞明(まぶしさ):光散乱により明るい環境で視機能が著しく低下することがある3)
  • コントラスト感度の低下:暗所での物体識別が困難になる。

白内障は核の硬さと大きさにより手術難易度が変動する。核の評価にはEmery-Little分類(1〜5度)が用いられ、細隙灯顕微鏡で核の黄色混濁の程度と大きさを観察する。

分類細隙灯所見核の硬さ
Grade 1透明〜乳白色軟らかい
Grade 3黄色中等度
Grade 5茶色極めて硬い

白内障の混濁型には核白内障、皮質白内障、前嚢下白内障、後嚢下白内障がある。加齢性白内障は核白内障・皮質白内障を呈することが多い。

白内障の原因は加齢による水晶体タンパクの変性・凝固であり、透明性が徐々に失われる。

手動小切開白内障手術が特に適応となる状況は以下の通りである。

  • 成熟核白内障:核が硬く大きい場合、超音波乳化吸引術では処理困難なことがある3)
  • チン小帯脆弱例:支持組織が弱く、超音波操作でのリスクが高い症例3)
  • 角膜代償不全リスクの高い症例:超音波エネルギーによる角膜内皮障害を回避できる3)
  • 角膜混濁を伴う白内障:視認性が悪い状況でも最小限の器具で手術可能である2)
  • 発展途上国の医療環境:超音波乳化吸引装置が利用できない施設

白内障の診断は細隙灯顕微鏡検査で行う。手術適応の判断と術式選択にあたり、以下の評価が重要である。

  • 細隙灯顕微鏡検査:白内障の型・程度、核硬度の評価を行う。角膜瘢痕の有無、前房深度、虹彩の状態も確認する。
  • 角膜曲率半径測定(ケラトメトリー):K1・K2値を測定し、術前乱視の程度を評価する。トンネル内水晶体核破砕術では切開部位の選択に直接関わる重要な検査である。
  • 隅角検査・前眼部OCT超音波生体顕微鏡:狭隅角、後極部白内障、水晶体亜脱臼など複雑な前眼部病変の評価に有用である3)
  • 黄斑部OCT:白内障の程度に比して視力低下が著しい場合、網膜疾患の合併を除外する目的で検討する3)
  • 眼軸長測定・眼内レンズ度数計算:適切な眼内レンズ度数を決定するための生体計測を行う。
Q どのような白内障にこの術式が向いているか?
A

成熟核白内障や硬い核を持つ白内障に適している。超音波乳化吸引装置が利用できない環境や、角膜内皮障害のリスクが高い症例でも施行可能である。切開幅が従来の手動小切開白内障手術より小さく、誘発乱視の軽減が期待される。

手動小切開白内障手術は球周囲麻酔または点眼麻酔下で施行可能である。

切開部位は角膜曲率半径計測値(K1・K2)に基づいて決定する。

  • K1とK2の差が1.0D以下:右眼は上耳側、左眼は上鼻側を切開する
  • K1がK2より1.0D以上急峻:両眼とも上方切開を行う
  • K2がK1より1.0D以上急峻:両眼とも耳側切開を行う

乱視矯正効果を最大化するため、より急峻な軸上に切開を配置する。

15番メスで輪部から1.5mmの位置に4〜6mmの強角膜ブラウン切開を作成する。クレセントナイフで漏斗状の強角膜トンネルを形成する。強角膜トンネルの両側90度の位置に15度ナイフでサイドポートを作成する。3.2mmケラトームで透明角膜内に1.5mm進入し前房に穿刺する。2%ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)粘弾性物質を前房内に注入する。

強角膜トンネル切開は透明角膜切開と比較して創口の安定性が高い2)

26ゲージ針のキャプスロトームで中央の連続円形前嚢切開(CCC)を作成する。連続円形前嚢切開のサイズは5.5〜7.5mmで、核の大きさにより調整する。徹照が不良な場合はトリパンブルーで前嚢を染色する。その後、26ゲージカニューレで水流分離を行う。

5.1mmケラトームでトンネルの内切開を側方に7mmまで広げる。粘弾性物質で前房を再形成し、シンスキーフックで核を水晶体嚢内で回転させる。連続円形前嚢切開縁を牽引して核の一方の極を嚢外に持ち上げ、残りを回転させて前房内に脱臼させる。核が大きい場合は連続円形前嚢切開縁に2〜3か所の弛緩切開を加える。

トンネル内核破砕(本手技の核心)

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ここまでは他の手動小切開白内障手術の手技と共通である。本手技はこの段階から独自の操作に入る。

角膜内皮を保護するため、角膜と核の上面、および核と虹彩の間に十分な粘弾性物質を注入する。シンスキーフックで核を嚢から取り出す。小型のルイス・レンズループをトンネルから挿入し、虹彩と核の間に配置する。核をレンズループに固定し、トンネル後唇を押し下げながら前房からゆっくり引き抜く。

核がトンネル内に嵌まり込んだ時点で、ルイスループを後方かつ上方へ引く。これにより核の一部が砕けて除去され、残りはトンネル内に留まる。粘弾性物質カニューレで残存核を前房に押し戻し、その長軸をトンネル軸と一致させる。再び粘弾性物質を注入し、レンズループで残りの核を引き抜く。ほとんどの場合、2回目の操作で残余核が排出される。なお砕ける場合は手順を繰り返す。

23ゲージのシムコー灌流吸引カニューレで残存皮質を清掃する。光学部5.5〜6.0mm・全長12.5mmのシングルピースのポリメチルメタクリレート(PMMA)眼内レンズを嚢内に挿入する。

26ゲージカニューレによる角膜実質ハイドレーションでメインポートとサイドポートを閉鎖する。0.5ccのゲンタマイシン・デキサメタゾン混合液を結膜下注射し、眼帯で遮蔽する。

Q 術後の縫合は必要か?
A

強角膜トンネル切開は自己閉鎖性であり、通常は縫合不要である。角膜実質ハイドレーションによりポートを閉鎖する。ただし高リスク例(高齢者、結合組織疾患など)ではトンネル部の縫合が推奨される場合がある1)

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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白内障は水晶体線維内のタンパク質が変性・凝固し透明性を失う疾患である。その機序には以下のパターンがある。

  • 核白内障:水晶体核に色素が沈着し、徐々に黄色〜茶色に変化する。核が硬化・増大し、屈折力が変化する。
  • 皮質白内障:水晶体線維間の含水が増加し、皮質部に混濁を生じる。
  • 嚢下白内障:前嚢直下の水晶体上皮が線維性化生を起こし前嚢下白内障を、また後嚢下に混濁を生じるものを後嚢下白内障という。アトピー性皮膚炎やステロイド使用に関連する。

トンネル内水晶体核破砕術の力学的原理は、強角膜トンネルの狭い空間を利用して核に物理的な剪断力を加えることにある。核がトンネル内に嵌まり込んだ状態でレンズループを引くと、トンネル壁が支点となり核に分割力が働く。この機序により、前房内での広範な操作を要せずに核を小片化して除去できる。

超音波乳化吸引術では超音波振動と灌流液の乱流が角膜内皮に機械的・熱的ダメージを与えうる2)。手動小切開白内障手術では超音波エネルギーを使用しないため、角膜内皮への直接的な障害が軽減される。特に角膜混濁を伴う症例や浅い前房では、超音波操作時に超音波チップが角膜内皮に近接し、内皮細胞障害のリスクが高まる2)


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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手動小切開白内障手術の技術的改良

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手動小切開白内障手術は発展途上国を中心に今後も重要な白内障手術法であり続けると考えられる。技術的改良として、エンドイルミネーター(眼内照明器)を用いた視認性向上技術が報告されている。

Joshi(2022)は、ハンセン病後の角膜瘢痕と小瞳孔を合併した白内障症例に対しエンドイルミネーター併用の手動小切開白内障手術を施行した2)。通常の同軸照明では角膜瘢痕による光散乱で視認性が著しく低下するが、エンドイルミネーターを輪部に斜めに配置することで眼内構造の良好な観察が可能となった。術後視力は6/12まで改善した。

フェムトセカンドレーザーを用いた角膜切開の作成、乱視矯正切開、前嚢切開、核の断片化も研究が進んでいる3)。ただしフェムトセカンドレーザー白内障手術(FLACS)の初期導入時には後嚢破損率の上昇が報告された3)。近年のランダム化比較試験(FEMCAT試験、FACTS試験)では従来法との後嚢破損率に差はないとされている3)


  1. Luqman F, Qureshi V, Asad A, et al. A rare case of post-traumatic posterior chamber intraocular lens extrusion through the scleral tunnel of manual small incision cataract surgery. Cureus. 2023;15(8):e42884.
  2. Joshi SD. “Show me the way” – Endoilluminator-assisted manual small-incision cataract surgery in a case of corneal scar with a small pupil. Indian J Ophthalmol. 2022;70:4073-4075.
  3. American Academy of Ophthalmology. Cataract in the Adult Eye Preferred Practice Pattern. Ophthalmology. 2022;129(1):P1-P126.

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