急性型
発症時期:術後1週間以内
起炎菌:黄色ブドウ球菌、腸球菌、緑膿菌などの強毒菌
所見:強い前房内炎症、前房蓄膿、硝子体混濁。症状が強く進行が急速である。

術後感染性眼内炎(postoperative endophthalmitis; POE)は、白内障手術後に微生物が眼内に侵入して発症する重篤な眼内感染症である。前眼部および後眼部の両方に炎症が波及し、不可逆的な視力障害をもたらしうる。
白内障手術は眼科で最も頻繁に行われる手術であり、2021年のデータでは米国で年間370万件、欧州で700万件、世界全体で2000万件が実施されている1)。日本における術後眼内炎の発症率は約0.025〜0.052%とされ、さらに減少傾向にある。米国では1970年代の0.327%から1990年代の0.087%へと低下したが、クリアコーネルインシジョンの普及に伴い一時的に増加(2003年に0.265%)した後、2013〜2017年には0.04%まで低下している3)。急性術後眼内炎の75%は術後1週間以内に発症する。
感染予防は以下の3段階のアプローチからなる。
日本では白内障手術後の眼内炎発症率は約0.025〜0.052%である。まれではあるが失明にいたる可能性があるため、予防策の徹底が不可欠である。近年は予防プロトコールの普及により発症率はさらに低下しつつある。
術後眼内炎が発症した場合、以下の症状を呈する。
細菌性眼内炎は発症時期により3型に大別される。
急性型
発症時期:術後1週間以内
起炎菌:黄色ブドウ球菌、腸球菌、緑膿菌などの強毒菌
所見:強い前房内炎症、前房蓄膿、硝子体混濁。症状が強く進行が急速である。
亜急性型
発症時期:術後2週間程度
起炎菌:表皮ブドウ球菌などの弱毒菌
所見:亜急性の経過を示す。前房内炎症は急性型より軽い。
遅発型
発症時期:術後数週〜数ヶ月
起炎菌:アクネ菌(Cutibacterium acnes)、コリネバクテリウム属
所見:水晶体嚢に特徴的な白色混濁(white plaque)を認めることが多い。症状は軽い。
特徴的な眼所見は以下の通りである。
術中に眼内レンズ(眼内レンズ)に付着した細菌が眼内に持ち込まれる場合が最も多い。術後では、創閉鎖が不十分な時期に眼表面の細菌が前房内に逆流して侵入する。患者自身の眼瞼縁・結膜の常在菌が主な感染源である1)。
術後眼内炎はグラム陽性菌が大部分を占める(94.2%)1)。
| 起炎菌 | 特徴 | 備考 |
|---|---|---|
| CNS(表皮ブドウ球菌等) | 最多(約70%) | 弱毒〜中等度 |
| 黄色ブドウ球菌 | 急性型に多い | MRSA増加 |
| 腸球菌 | 予後不良 | セフェム系は無効 |
その他、連鎖球菌属やグラム陰性桿菌(緑膿菌等)も起炎菌となる。遅発性ではアクネ菌が多い。
急性眼内炎の大部分は術後1週間以内に発症する。しかし亜急性型や遅発型もあるため、術後数週間〜数ヶ月は定期的な経過観察が重要である。眼痛・視力低下などの症状が出現した場合は直ちに受診すべきである。
眼内炎の診断は臨床所見に基づいて行われる。
起炎菌の同定が確定診断となる。前房水または硝子体液を採取して細菌検査に提出する。菌の同定率は必ずしも高くないが、感受性のある抗菌薬の選択と無菌性眼内炎との鑑別に不可欠であるため、必ず行う。
白内障手術における眼内炎予防は複数の対策を組み合わせて行う。
術前のポビドンヨード(PVP-I)消毒は最もエビデンスが確立された予防法である1)。PVP-Iはグラム陽性菌・グラム陰性菌・真菌・ウイルス・原虫に対して広域の殺菌活性を示し、薬剤耐性を生じにくい1)。1991年にニューヨーク眼科耳鼻科病院で行われた無作為化比較試験により、術前PVP-Iの塗布が術後眼内炎の発生率を低下させることが確認されて以降、PVP-Iは術野消毒の標準となった2)。
PVP-Iの殺菌活性は滴下濃度ではなく遊離ヨウ素の量に依存する。希釈すると遊離分子ヨウ素の量が一旦増加する「ベル型現象」があり、低濃度で殺菌力に優れる2)。
| 濃度 | 遊離ヨウ素 | 特徴 |
|---|---|---|
| 0.1% | 24 ppm(最高) | 殺菌活性が最大、15秒で効果発現 |
| 1% | 13 ppm | 組織毒性が低い |
| 10% | 5 ppm | 皮膚・眼周囲用、角膜には短時間接触 |
日本における実施方法:
注意:術前のリドカインゲルの先行使用はPVP-Iの殺菌効果を減弱させることが示されている2)。PVP-I点眼後に局所麻酔を行うことが望ましい。
「ヨードアレルギー」は臨床で頻繁に遭遇する申告であるが、その多くは誤解に基づいている。ヨードは甲状腺ホルモンやアミノ酸の構成要素であり、人体に不可欠な元素であるため、元素としてのヨードに対する真のアレルギーは生物学的に考えにくい3)。
造影剤反応や貝類アレルギーが「ヨードアレルギー」と混同されてきたが、貝類アレルギーの原因物質はトロポミオシンであり、造影剤反応は浸透圧や非免疫学的メディエーター放出が主な機序であってヨード自体は直接関与しない3)。PVP-Iに対する真のアレルギー(IgE依存性アナフィラキシー)は極めて稀であり、PVP-I塗布後の灼熱感や充血の多くは用量依存的な化学的刺激反応である3)。
「ヨードアレルギー」の自己申告のみでPVP-Iを回避した抗VEGF注射患者群では、眼内炎発生率が9.4%と高率であり、後にPVP-Iを投与されたこれらの患者にアレルギー反応を起こした者はいなかった3)。自己申告のみでPVP-Iを回避することは危険である。
PVP-Iアレルギーが証明された場合はクロルヘキシジン(0.02〜0.05%)を代替として使用できる。ただし、クロルヘキシジンは眼表面に対して毒性を有し不可逆的な角膜炎を引き起こす可能性があるため、十分な濃度管理が必要である2)。
なお、インドシアニングリーン(ICG)はヨウ素を含有するため、ヨード過敏症の既往がある患者には禁忌である。ICG造影ではショック(0.1%)、悪心・嘔吐・蕁麻疹(0.1〜5%未満)が報告されている3)。
術前の局所抗菌薬が結膜嚢の常在菌を減少させることを示した研究がある。しかし、培養で証明された眼内炎の予防における決定的なエビデンスは得られていない。日本の教科書では「術前の抗菌薬点眼による結膜嚢の減菌は必須」とされている。
手術終了時の前房内(intracameral; IC)抗菌薬投与は、眼内炎リスクを有意に低減する。
ESCRSの前向きRCTでは、前房内セフロキシム1mg/0.1mLの投与群、周術期レボフロキサシン点眼群、両者併用群、いずれも行わない群の4群を比較した。全群に術後6日間のレボフロキサシン点眼が行われた1)。前房内抗菌薬の投与により眼内炎発生が有意に減少した。
前房内抗菌薬を使用しない場合の眼内炎発症リスクは、使用群と比較して相対リスクが2.94倍に上昇する。17研究・約90万眼のプール解析では、前房内抗菌薬の使用がOR 0.20(95% CI 0.13〜0.32)で眼内炎リスクを有意に低下させた2)。なお、バンコマイシンの前房内使用は出血性閉塞性網膜血管炎との関連が指摘されている。
前房内抗菌薬と術後点眼の併用が点眼単独より有効であるかは明確でない。前房内抗菌薬を使用した場合に術後点眼を追加する根拠は十分でないとする報告がある。
角膜切開の使用増加に伴い、強膜トンネル切開と比較して眼内炎リスクが上昇したとする報告がある。以下の対策が重要である。
治療は病期によって大別される。
前房内の炎症が初期で前房蓄膿に至っていない段階である。急性・亜急性発症であれば抗菌薬点眼を増やし、感染徴候の出現に注意しながら毎日経過を観察する。
前房蓄膿を認めるが硝子体混濁がない場合は、前房洗浄と抗菌薬の前房内・硝子体内注入を行う。
保存的治療(頻回点眼・結膜下注射)は前房蓄膿期には効果が薄い。
硝子体に炎症が波及した場合は原則として硝子体手術の適応となる。日本では早期硝子体手術を行うことが一般的である。硝子体切除に加え、水晶体嚢内洗浄・後嚢切除・抗菌薬硝子体内注入を併用する。嚢内に菌塊を認める場合は眼内レンズの摘出または交換を行う。
| 灌流液 | 濃度 | 用法 |
|---|---|---|
| バンコマイシン | 20μg/mL | 灌流液に混注 |
| セフタジジム | 40μg/mL | 灌流液に混注 |
術後はバンコマイシン1%点眼、セフタジジム2%点眼の頻回点眼(1時間おき)と、イミペネム(チエナム®)0.5〜1.0g 1日2回の点滴を行う。
前房内抗菌薬は有効な予防法であるが、単独で十分ではない。ポビドンヨードによる術前消毒と適切な手術手技が予防の基盤であり、前房内抗菌薬はそれらに追加することで効果を発揮する。複数の対策を組み合わせた総合的アプローチが重要である。
術後眼内炎の発症には、術中または術後早期に病原体が眼内に侵入する過程が関与する。ESCRSが提唱する眼内炎予防の3段階モデルは以下の通りである2)。
近年、抗菌薬耐性菌(AMR)が問題となっている。ARMOR研究によれば、コアグラーゼ陰性ブドウ球菌の39%、MRSAの59%に多剤耐性が認められている1)。4大起炎菌はCNS、腸球菌、MRSA、アクネ菌である。
起炎菌ごとに有効な抗菌薬は異なる。
薬剤耐性菌の増加に伴い、消毒薬を中心とした予防戦略が重視されている1)。
Grzybowskiら(2025)のレビューでは、ポビドンヨード(PVP-I)がグラム陽性菌・グラム陰性菌・真菌・ウイルス・原虫に対して広域の殺菌活性を持ち、薬剤耐性を生じにくい点から予防的消毒のゴールドスタンダードとされた1)。PVP-Iはポリビニルピロリドン(PVP)とヨウ素の複合体であり、溶液中の遊離ヨウ素が細菌の細胞膜の飽和脂肪酸に結合して水素イオンと置換し、細胞膜に細孔を形成して細菌細胞死を誘発する2)。PVPは細菌細胞膜への親和性により、ヨウ素を標的に効率よく送達する役割を担う。PVP-Iに対する微生物耐性は現在まで報告されていない2)。
主な消毒薬の特性は以下の通りである。
Shimada and Nakashizukaにより開発された術中PVP-I洗浄の手法「島田テクニック」は、術中に0.25% PVP-Iを20〜30秒ごとに繰り返し眼表面に洗浄するものである2)。角膜内皮への損傷なしに前房内細菌汚染率を有意に低下させたことが報告されており(生理食塩水群と比較してp = 0.0017)、術中継続的消毒の新たな標準として注目されている2)。
従来のPVP-Iに加えて、複数の新規消毒薬が検討されている。
Grassiら(2024)のOPERA試験では、リポソームオゾン化オイル(LOO)0.5%が硝子体注射前の消毒においてPVP-I 5%と同等の微生物量減少効果を示しつつ、より良好な忍容性を達成した(微生物量減少72% vs 50%、p<0.001)1)。LOOは抗菌・抗炎症・組織修復促進作用を兼ね備える。
Romanoら(2024)のRCTでは、0.02%クロルヘキシジンが0.6%PVP-Iと比較してより大きな細菌負荷低減効果を示し、患者の不快感も軽減された1)。
硝子体注射の分野では、術後の抗菌薬点眼が消毒薬に置き換えられつつある。米国・欧州の一部では、硝子体注射前にPVP-I単独使用とし、抗菌薬点眼を省略するプロトコールが採用されている1)。白内障手術においても、前房内抗菌薬使用時の術後点眼の必要性については議論が続いている。
北欧の一部の国では、白内障手術においても抗菌薬点眼を消毒薬に置き換えるプロトコールが導入されつつある1)。薬剤耐性を助長しない消毒薬の利点が注目されている。