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白内障・前眼部

白内障手術の歴史

白内障(cataract)は水晶体の混濁により視力が低下する疾患である。語源はラテン語の「cataracta(滝)」に由来する。かつて水晶体内を流れる不透明な液体が原因と考えられていたこと、あるいは重度の白内障が滝のように見えたことに基づく。

白内障は世界における失明の主要原因である。2010年時点で2,000万人以上が罹患しており、人口の高齢化に伴い有病率は増加の一途をたどる。視覚障害を伴う白内障に対しては、手術介入が唯一の根治的治療法である。

白内障手術の歴史は紀元前にまで遡る。古代の墜下法に始まり、18世紀の嚢外摘出術、20世紀の眼内レンズと超音波乳化吸引術、そして21世紀のレーザー手術に至るまで、技術革新の連続であった。

墜下法(couching):最古の白内障手術

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墜下法は白内障に対する最古の手術手技である。フランス語の「coucher(寝かせる)」に由来する。鋭利な針で角膜縁付近から眼球を穿刺し、混濁した水晶体を視軸外へ脱落させる手法であった。

古代の記録として以下が知られている。

  • ソロイのクリュシッポス(紀元前279〜206年頃):白内障の墜下法について言及
  • スシュルタ・サンヒター(古代サンスクリット語テキスト):第3巻「ウッタラ・タントラ」に墜下法の記載がある

しかし無菌操作の概念がない時代であり、予後は極めて不良であった。主な合併症として続発緑内障前房出血眼内炎があり、しばしば失明に至った。墜下法は現在もナイジェリア北部や西アフリカの一部地域で行われている。

Q 墜下法はなぜ失敗が多かったのか?
A

無菌操作の概念がなく、手技も粗雑であった。水晶体を視軸から外すだけで除去しないため、続発緑内障・前房出血・眼内炎などの合併症が頻発した。

古代ギリシャ・ローマ時代に軟らかい白内障の吸引が行われていた可能性を示す考古学的証拠がある。中世アラビア(10〜17世紀)では、管を通した吸引による白内障摘出が確実に実施されていた。

近代水晶体嚢外摘出術の創始者はフランス人外科医ジャック・ダビエルである。1745年(一説に1750年)、ダビエルは計画的な水晶体嚢外摘出術を初めて施行した。日本の眼科学教科書では1745年にフランスの医師ダビエルが下方切開で水晶体嚢外摘出術を行ったと記載されている。

ダビエルの手法は以下の通りであった。

  • 角膜ナイフで10mm以上の角膜切開を行う
  • 鈍針で水晶体嚢を穿刺する
  • スパチュラとキュレットで水晶体を摘出する
  • 術後はワインに浸した綿の包帯で被覆する

墜下法と比較すれば大きな進歩であったが、後嚢混濁・水晶体残留・感染症といった合併症が依然として蔓延していた。

時期手技特徴
古代〜18世紀墜下法水晶体を視軸外へ脱落
1745年〜水晶体嚢外摘出術角膜切開から水晶体を摘出
1753年〜ICCE嚢ごと水晶体を一塊で除去

1753年、ロンドンの外科医サミュエル・シャープが水晶体嚢内摘出術(ICCE)を初めて記録した。混濁した水晶体と周囲の嚢を一塊として除去する手法である。毛様体小帯を離断し、大きな角膜縁切開から水晶体嚢複合体を摘出する。

1850年代にはフォン・グレーフェが線状刀を用いた上方切開による水晶体嚢外摘出術を行い、カプセルピンセットを用いた嚢内摘出術も施行した。

ICCEの主な問題点は以下の通りであった。

  • 硝子体脱出:水晶体嚢の除去により前房・後房間の障壁が失われる
  • 網膜剥離:硝子体脱出に続発する
  • 大切開:治癒時間の長期化と感染率の上昇

1884年、オーストリアの医師コルレルがコカイン点眼による眼局所麻酔法を開始した。これにより白内障手術中の疼痛管理が大きく改善された。1919年にはエルシュニッヒが球後麻酔を開始し、1993年にはフィッシュマンが点眼麻酔の使用を報告している。

水晶体を摘出した後の患者は無水晶体眼となる。IOL登場前は高倍率でかさばる眼鏡が必要であり、視覚の質が大きく低下していた。

1797年、ドレスデンのカサマータが白内障手術後にガラス製の眼内レンズを配置しようと試みた。しかしレンズは眼の後方へ脱落し、失敗に終わった。

1949年、ハロルド・リドリー卿がロンドンのセント・トーマス病院で世界初のIOL移植術を行った。「摘出だけでは白内障治療の半分に過ぎない」と述べたリドリーは、第二次世界大戦中に英国空軍パイロットの眼球内に残留したプラスチック片(PMMA)がほとんど反応を起こさないことを観察した。この知見からPMMA製IOLが開発された。

日本の眼科学教科書にもRidleyが1949年にPMMA製人工水晶体移植術を行ったことが記載されている。当初のIOLは現在と比較して大きく重かったため、眼内に落ち込む事例が多発した。

当時はIOLの概念自体が革命的であり、眼内に異物を挿入することへの批判が強かった。緑内障・炎症・IOL脱臼屈折力調整の困難さなどの合併症もあったが、リドリーの革新が現代のIOL技術の基盤となった。

PMMA製IOL

素材:ポリメチルメタクリレート(PMMA)

初回移植:1949年、リドリー卿

特徴:硬性レンズ。大切開を要する。

折りたたみ式IOL

素材:シリコン(初期)、アクリル等

初回移植:1978年、周開一

利点:小切開で挿入可能。術後乱視・感染が減少。

1978年、周開一(Kai-yi Zhou)がシリコン製の折りたたみ式IOLを初めて移植した。折りたたみ式IOLにより小切開からの挿入が可能となり、以下の利点がもたらされた。

  • 誘発乱視の軽減:切開創の縮小による
  • 治癒の迅速化:組織損傷が最小限に抑えられる
  • 感染症の減少:創口が小さいため外部からの汚染リスクが低下
Q 眼内レンズ移植前はどのように視力を矯正していたのか?
A

水晶体摘出後の無水晶体眼には高倍率の凸レンズ眼鏡が処方された。しかし視野の歪みや像の拡大により視覚の質は大きく低下していた。

超音波乳化吸引術(phacoemulsification)

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1967年、チャールズ・ケルマンが超音波乳化吸引術を開発した。超音波で白内障を砕き、眼内から吸引する手法である。この技術革新により以下の進歩が実現した。

  • 切開幅の縮小:10mmから通常3mm未満へ
  • 回復時間の短縮:小切開により組織の治癒が早い
  • 合併症率の低下:手術の安定性が向上

現代の標準的手順は以下の通りである。

  • 1〜3.0mmの小切開を作製する
  • 連続曲線状前嚢切開(CCC)を行う
  • 水層分離(hydrodissection)で嚢との癒着を解除する
  • 超音波乳化吸引術で白内障を破砕・吸引する
  • 残された水晶体嚢内に折りたたみ式IOLを挿入する
術式切開幅主な時代
水晶体嚢外摘出術(従来型)10mm以上18世紀〜
ICCE10mm以上1753年〜
超音波乳化吸引術3mm未満1967年〜

水晶体嚢外摘出術の発展形として無縫合小切開白内障手術(MSICS / SICS / SECCE)が開発された。切開創は自己閉鎖的で縫合不要である。超音波乳化吸引術と比較して低コストで高度な技術を必要としないため、主に発展途上国で利用されている。

Q 超音波乳化吸引術の登場で何が最も変わったのか?
A

切開幅が10mmから3mm未満に縮小されたことが最大の変化である。これにより術後回復の大幅な短縮と合併症率の低下が実現した。


4. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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フェムト秒レーザー支援白内障手術

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FLACSは2010年に米国FDAの承認を受けた。フェムト秒レーザーは角膜・水晶体嚢・前房のイメージング機能を備え、以下の操作を自動化する。

  • 角膜切開(乱視矯正を含む)
  • 前嚢切開(capsulotomy)
  • 水晶体の軟化・破砕

トーリックIOLや多焦点・三焦点IOLなど付加価値レンズの挿入時に特に有用とされる。

手術室用統合システム・新技術

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現代の白内障手術はきわめて安全かつ効果的であり、さらなる精密化が追求されている。

  • 術中収差計測(intraoperative aberrometry):IOL度数の精度向上
  • ヘッドアップ式3次元可視化システム:術中視認性の改善
  • 新技術IOL:術後の視覚範囲と精度を向上させる設計
Q フェムト秒レーザー手術は従来の超音波乳化吸引術より優れているのか?
A

FLACSは角膜切開や前嚢切開の精密化において優位性がある。しかし現時点では従来法との優劣について定まった結論はなく、コストや適応の観点から症例ごとに判断される。


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