マルファン症候群
遺伝形式:常染色体優性(FBN1変異)
全身所見:高身長、クモ状指趾、大動脈瘤・解離、側弯
眼所見:約60〜80%に水晶体偏位1)。近視、網膜剝離、緑内障のリスクも高い
偏位方向:上方・上耳側が多い

水晶体偏位(ectopia lentis)は、水晶体が正常な位置からずれた状態の総称である。水晶体が部分的に位置を変えているが水晶体腔内にとどまる場合を亜脱臼(subluxation)、硝子体窩や前房内に完全に移動した場合を脱臼(luxation/dislocation)と呼ぶ。
いずれもZinn小帯(毛様小帯)の脆弱化または断裂により生じる。先天性の位置異常をectopia lentis、後天性の位置異常をlens subluxation/dislocationとして区別することがある。
先天性水晶体偏位はほとんどが両眼性である。遺伝性または基礎疾患に伴うものが多く、マルファン症候群、ホモシスチン尿症、ワイル・マルケサニ症候群などの全身疾患が挙げられる。マルファン症候群(MFS)では患者の約60〜80%に水晶体偏位を認め1)、遺伝性水晶体偏位の最多原因である。
後天性では外傷が最も多い原因である。その他、落屑症候群、硝子体手術後、強度近視、成熟白内障、ぶどう膜炎なども原因となる。
先天性水晶体偏位の遺伝子解析に関して、Liら(2022)はFudan大学において先天性EL 312例のコホートを対象としたパネルベースNGSを実施し、FBN1以外の原因としてSUOX変異が0.76%に同定されたことを報告した4)。
先天性の水晶体偏位は遺伝性疾患に伴うことが多いが、後天性では外傷が最多原因であり遺伝とは無関係である。外傷が軽微であるにもかかわらず水晶体偏位を生じた場合は、Zinn小帯が脆弱化する基礎疾患の存在を考慮する。
軽度の偏位では無症状のことがある。偏位の進行に伴い以下の症状が出現する。
前房内への急性脱臼では、突然の視力喪失と激しい眼痛を伴う。
Kondoら(2022)は、70歳代男性がテレビ視聴中に突然の左眼視力喪失と激しい頭痛を呈した症例を報告した5)。頭部CTで水晶体の後方偏位が確認され、水晶体脱臼による急性閉塞隅角緑内障と診断された。
細隙灯顕微鏡による所見が診断の中心となる。
前房内脱臼時は以下の合併症に注意を要する。
水晶体偏位は先天性(遺伝性)と後天性に大別される。
遺伝性水晶体偏位に関連する主要な遺伝子として、FBN1、CBS、ADAMTSL4、LTBP2、SUOXなどが知られている3)4)。代表的な関連疾患を以下に示す。
マルファン症候群
遺伝形式:常染色体優性(FBN1変異)
全身所見:高身長、クモ状指趾、大動脈瘤・解離、側弯
眼所見:約60〜80%に水晶体偏位1)。近視、網膜剝離、緑内障のリスクも高い
偏位方向:上方・上耳側が多い
ホモシスチン尿症
遺伝形式:常染色体劣性(CBS変異)
全身所見:知能障害、骨粗鬆症、血栓症、Marfan様骨格
眼所見:90%に水晶体脱臼
偏位方向:下方・鼻側が多い(60%)
ワイル・マルケサニ症候群
その他の関連疾患として、亜硫酸酸化酵素欠損症(ISOD)、エーラス・ダンロス症候群、スタージ・ウェーバー症候群、無虹彩症、網膜色素変性症、落屑症候群などがある。
偏位方向の違いはZinn小帯の障害パターンの差による。マルファン症候群ではフィブリリン-1の構造異常により小帯が上方から脆弱化しやすく上方偏位をきたす。ホモシスチン尿症では過剰なホモシステインが小帯のジスルフィド結合を障害し、重力の影響もあり下方偏位が多くなる。詳細は「病態生理学」の項を参照。
細隙灯顕微鏡検査が最も重要である。
| 検査法 | 主な評価対象 | 特徴 |
|---|---|---|
| 前眼部OCT | 前房深度・小帯 | 非侵襲的。小帯の菲薄化を定量化可能 |
| 超音波生体顕微鏡 | 前眼部の動態 | 隅角・毛様体の詳細な評価が可能 |
| 眼部超音波 | 硝子体・後眼部 | 硝子体内脱臼の確認に有用 |
Caiら(2025)は、前眼部OCTおよび超音波生体顕微鏡を用いて先天性水晶体偏位の精密な評価を行い、小帯の菲薄化や前房深度変化の定量化がレンズ脱臼の程度と相関することを示した1)。
原因不明の水晶体偏位では、全身検索が不可欠である。
偏位方向は原因疾患の推定に有用な情報である。マルファン症候群では上方偏位、ホモシスチン尿症では下方・鼻側偏位が多い。一方、ISODの偏位方向はマルファン症候群と類似しており、遺伝子検査の重要性が強調される4)。
軽症例は眼鏡による屈折矯正を行い経過観察する。特に小児では弱視の予防のため早期の屈折矯正が重要である。左右差が著明な例では健眼遮閉を含む弱視治療を早期に開始する。進行例で無水晶体部を通して見ている場合は、無水晶体眼として屈折矯正すると視力が向上することがある。
瞳孔ブロックを起こした場合は散瞳薬を使用する(縮瞳薬は禁忌)。瞳孔ブロック緑内障に対してはレーザー虹彩切開術を検討する。
以下のいずれかに該当する場合は手術を考慮する。
硝子体腔への完全脱臼では、緑内障・眼内炎・網膜浮腫などの合併症がない限り積極的な手術適応とはならない。
Zinn小帯の断裂範囲と偏位の程度に応じて術式が異なる。
小児の先天性水晶体偏位に対する手術治療では、水晶体囊を切除し、術後にコンタクトレンズまたは眼鏡で屈折矯正を行い弱視治療を継続する。小児期には水晶体振盪や硝子体落下、前房内脱臼を起こすことはまれであるが、偏位は徐々に進行する。成人以降に浅前房をきたし急性隅角閉塞を生じる可能性があることにも留意する。左右差が強い場合や学業に十分な視力が得られない場合には手術を考慮する。網膜剝離や緑内障などの合併症に対して十分な経過観察を要する。
軽症で視力障害が少ない場合は眼鏡矯正で経過観察が可能である。ただし偏位の進行、緑内障発作、白内障合併などが生じた場合は手術適応となる。小児では弱視の予防が特に重要であり、定期的な眼科受診が欠かせない。
水晶体は毛様体から放射状に伸びるZinn小帯(毛様小帯)によって支持されている。小帯はフィブリリン-1を主成分とする微細線維で構成され、水晶体の正しい位置と調節機能を維持している。
フィブリリン-1はFBN1遺伝子によりコードされる細胞外マトリックスの糖タンパクである。マルファン症候群ではFBN1変異によりフィブリリン微細線維が変性し、小帯の脆弱化および水晶体嚢の構造異常を生じる1)。
Vitaleら(2025)は、IGF-1がフィブリリン-1の合成・分解を調節する重要な因子であることを報告した2)。IGF-1受容体を介したPI3K/Akt経路およびmTOR/p70 S6キナーゼシグナルがフィブリリン-1の産生に関与し、この経路の阻害はフィブリリン-1合成を障害する。慢性的なGH/IGF-1過剰は水晶体肥厚と懸垂装置の機能不全を促進し、水晶体脱臼のリスクを高める可能性がある。
ホモシスチン尿症ではシスタチオニンβ合成酵素(CBS)の欠損によりホモシステインが蓄積する。Zinn小帯はシステインに富む微細線維で構成されており、過剰なホモシステインが分子内ジスルフィド結合を異常に修飾する。これにより小帯がタンパク分解に対して脆弱となり、断裂をきたす4)。
SUOX変異による亜硫酸酸化酵素の欠損では、亜硫酸とその代謝産物が蓄積する。亜硫酸はin vivoで小帯のジスルフィド結合と反応してS-スルホン酸を形成する。これにより小帯の構造的完全性が損なわれ、メタロプロテアーゼの活性化とともに水晶体偏位を生じる4)。
LTBP2(latent TGF-β binding protein 2)は毛様体小帯微細線維の発達に必須のタンパクである。LTBP2欠損はZinn小帯の断片化をきたし、水晶体脱臼を引き起こす3)。LTBP2はFBN1・FBN2と構造的・機能的に相同であり、弾性線維の組み立てにも関与する。
Caiら(2025)は、先天性水晶体偏位の7歳男児にWESを施行し、FBN1遺伝子の既知病原性変異(c.3209G>A)に加えてCOL2A1遺伝子の意義不明変異(VUS)を同定した1)。FBN1とCOL2A1の二重変異は稀であり、遺伝子型-表現型相関の複雑さを示している。WESの臨床応用により、単一遺伝子検査では見逃される重複した症候群の特徴を明らかにできる可能性がある。
Liら(2022)はSUOX変異35家系の系統的レビューにおいて、ミスセンス変異の組み合わせ(M+M型)は遅発型・軽症型と有意に相関し、ナンセンス/フレームシフト変異(NF+NF型)では全例が典型的な重症型ISODであったことを報告した4)。発症年齢の中央値は全体で0.50ヶ月であり、M+M型で有意に遅かった。この知見は予後予測や遺伝カウンセリングに有用である。
Vitaleら(2025)は、71歳女性の先行発症としての特発性両側水晶体脱臼が、アクロメガリー(GH: 93.22 μg/L、IGF-1: 748 μg/L)の非典型的な発症形態であった症例を報告した2)。これは天然水晶体の脱臼としては初の報告である。慢性的なGH/IGF-1過剰がIGF-1受容体を介してフィブリリン-1の合成・分解を撹乱し、毛様小帯の脆弱化をもたらした可能性が考察されている。
原因不明の水晶体偏位、特に非外傷性・両側性の場合に推奨される。全エクソームシーケンス(WES)やパネルベースNGSにより、FBN1・CBS・ADAMTSL4・LTBP2・SUOXなどの原因遺伝子を網羅的に解析できる1)4)。遺伝子型の特定は予後予測や全身合併症のスクリーニングにも直結する。