基本手順
カニューレの挿入:CCIの側壁に鈍的カニューレまたはハイドロ針の先端を当てる。前房内に出さず角膜実質内にとどめる。
BSS注入:灌流液を角膜実質内に注入し、角膜を膨潤させる。創口の両側にハイドレーションを行うのが基本である。
閉鎖不十分時の追加:両側で閉鎖しなければ創口中央付近にも追加する。ただし勢いよく行うとデスメ膜剥離を生じうる。
閉鎖確認:綿棒等で前房からの房水漏出がないか確認する。サイドポートからの漏出も確認する。

角膜創口ハイドレーション(corneal wound hydration)は、白内障手術終了時に透明角膜切開(clear corneal incision: CCI)の閉鎖を補助する手技である。CCIの側壁や角膜実質内に眼科用灌流液(BSS)を注入し、角膜組織を膨潤させることで創口の天井部(roof)を床部(floor)に密着させる。1993年にFineらが鈍的カニューレを用いた手技として最初に報告した。
CCIは現在、白内障手術で最も一般的な切開法である。縫合不要で手術時間が短く、誘発乱視も少ない。しかしCCIの普及に伴い、術後眼内炎の発症率がわずかに上昇した可能性が指摘されている2)。術後1日目の創口漏出は眼内炎リスクを44倍に高めるとの報告があり、創口の確実な閉鎖が求められる。
白内障手術終了時に創のハイドレーションを行い、確実に創を閉鎖しておくことが重要である。特にサイドポートからの漏出も見落としやすいため、灌流液を前房内に注入し漏出がないことを確認すべきである。
ハイドレーションに関連する合併症が生じた場合、以下の症状を呈しうる。
ハイドレーション後の創口閉鎖が不十分な場合、以下の所見を認める。
ハイドレーション直後の軽度の角膜混濁は実質の膨潤によるもので、通常は一過性である。しかし混濁が高度で持続する場合はデスメ膜剥離や角膜内皮障害を疑い、前眼部OCTなどで精査が必要である。
不完全な創口は術後の創口漏出・低眼圧・眼内炎につながりうる2)。透明角膜切開と強膜切開で眼内炎リスクに差があるかは結論が出ていないが、いずれの切開法でも水密な創口閉鎖が必須である2)。米国における白内障術後眼内炎の発生率は0.04%と推定されている2)。
ハイドロ針(30Gまたは34G)もしくは鈍的カニューレをCCIに垂直に当て、角膜創口の実質内にBSSを注入する。角膜が膨潤して白濁し、創口が自己閉鎖する。
基本手順
カニューレの挿入:CCIの側壁に鈍的カニューレまたはハイドロ針の先端を当てる。前房内に出さず角膜実質内にとどめる。
BSS注入:灌流液を角膜実質内に注入し、角膜を膨潤させる。創口の両側にハイドレーションを行うのが基本である。
閉鎖不十分時の追加:両側で閉鎖しなければ創口中央付近にも追加する。ただし勢いよく行うとデスメ膜剥離を生じうる。
閉鎖確認:綿棒等で前房からの房水漏出がないか確認する。サイドポートからの漏出も確認する。
注意点
トンネル内で注入:カニューレの先端はトンネル内(角膜実質内)にとどめ、内方弁(デスメ膜近傍)での注入は避ける。
眼圧の確認:ある程度の眼圧で房水漏出がないことを確認してから手術を終了する。
縫合の判断:ハイドレーションで閉鎖できなければ10-0ナイロン糸で縫合する。迷ったときは縫合すべきである。
I/Aチップを創口に当ててハイドレーションを行う方法もある。この方法は創口構造を乱しにくいとされる。
OCTを用いた評価では、実質ハイドレーションにより術後最大2週間にわたり角膜厚と創口長が増加することが示されている。一方、内皮側の離開や上皮側の離開、創口の不整合については、ハイドレーションの有無で有意差を認めなかったとする研究もある。Bangらの60眼の検討では、2.2mmの創口でハイドレーションが逆に角膜を薄くし、内皮側離開の発生率を高めるという結果も報告されている。
Masketらの研究では、実質ハイドレーションを行ってもCCIの67%で外部操作(瞬目のシミュレーション)により創口漏出が依然として生じることが示された。
完全には防げない。ハイドレーション後も外部からの力が加わると漏出が生じうる。創口の完全性に疑問がある場合は縫合を追加すべきである。
ハイドレーション時の灌流液の誤注入はデスメ膜剥離の原因となる。Calladineらの研究では、ハイドレーション施行眼のデスメ膜剥離発生率が非施行眼より高かった(64% vs 25%)。ただしBangらや福田らの報告では有意差を認めていない。
デスメ膜剥離の予防には、カニューレの先端をトンネル内(角膜実質内)にとどめ、デスメ膜近傍での注入を避けることが重要である。限局的な1mm以内の剥離は経過観察でよいが、広範な場合は前房内に空気を注入して復位を試みる。
文献上、ハイドレーション中のカニューレ脱落による眼内損傷が9例報告されている。損傷には角膜穿孔、網膜剥離、硝子体出血、前房出血、虹彩裂傷が含まれる。発生率は年間1000件あたり0.88件と推定される。
予防策として、ルアーロック式シリンジの使用、カニューレの固定確認、カニューレ基部の保持、先端を後極に向けないことが推奨されている。
Lamprogiannisら(2024)は、合併症のない白内障手術後のハイドレーション中に、86歳女性で完全な虹彩離断(虹彩脱出)が生じた症例を報告した1)。ハイドレーション中の一過性眼圧上昇と創口の再開放により、虹彩が前房外に脱出したと推察された。術後4ヶ月で矯正視力20/50を維持した。
高齢者やZinn小帯脆弱例、術中に虹彩脱出を生じた症例では特に注意が必要である1)。術中虹彩緊張低下症候群(IFIS)のリスク因子がある場合は、虹彩の愛護的な操作と眼圧の急激な変動の回避が重要である1)。
創口熱傷により角膜組織が変性・収縮すると、ハイドレーションのみでは閉鎖が困難な場合がある。その場合は10-0ナイロン糸による縫合が必要となる。熱傷が広範な場合は3〜5針程度の縫合を要することもある。
角膜実質にBSSを注入すると、角膜実質内の水分量が増加し、角膜が膨潤する。角膜実質のコラーゲン線維間を埋めるプロテオグリカン(ケラタン硫酸・コンドロイチン硫酸)は非常に強い吸水圧を持ち、注入された水分を保持する。この膨潤により創口の天井部が床部に押し付けられ、物理的な閉鎖が得られる。
同時に、角膜内皮細胞のポンプ機能が余剰な水分を前房側へ汲み出すことで、創口の天井部を床部に引き寄せる方向の力が作用する。この物理的密着とポンプ機構の協働により創口閉鎖が補助される。
角膜実質は角膜厚の約90%を占め、規則正しいコラーゲン線維から成る。角膜の透明性はコラーゲン線維間の距離の均一性により維持されている。実質内の水分量が増加すると、コラーゲン線維間隔が不規則になり透明性が低下する。ハイドレーション直後に角膜が一時的に白濁するのはこの機序による。
角膜内皮細胞は水の浸透を制限するバリア機能と、水を積極的に汲み出すポンプ機能を有する。健常な角膜内皮が存在すれば、ハイドレーションによる一過性の角膜浮腫は数時間〜数日で回復する。
シアノアクリレート系接着剤はCCI閉鎖に使用可能だが、毒性・柔軟性の欠如・炎症のリスクがある。フィブリン糊はより柔軟で生分解性があり、CCIにおいて縫合よりも良好な閉鎖をもたらすとされるが、プリオンやウイルス伝播の可能性がある。
ポリエチレングリコール(PEG)ベースの液体接着眼用包帯(OcuSeal®・ReSure®など)は、ハイドレーション単独よりも良好な閉鎖をもたらし、縫合より乱視が少なく、異物感も少ないとの報告がある。Harveyらは、眼用包帯を使用する場合、実質ハイドレーションは不要なステップになると結論づけた。
フェムト秒レーザーは安定して再現性のある切開を提供できる。手動切開に比べ、上皮側の創口離開、切開部位のデスメ膜剥離、内皮の不整合、乱視の変動が少ない。この方法がより良好な創口閉鎖と術後眼内炎の減少につながるかは今後の検討課題である。