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ぶどう膜炎

眼トキソカラ症

眼トキソカラ症(Ocular Toxocariasis; OT)は、犬回虫(Toxocara canis)または猫回虫(Toxocara cati)の幼虫が血行性に眼内へ侵入して発症する人獣共通感染症である。眼幼虫移行症(ocular larva migrans: OLM)とも呼ばれる。1950年にWilderが線虫性眼内炎として初めて報告した3)

トキソカラ症には主に2つの病型がある。発熱・肝腫大・好酸球増多を伴う全身感染症である内臓幼虫移行症(visceral larva migrans: VLM)と、眼局所に病変が限局する眼トキソカラ症である。両者が同時に発症することは非常にまれである。平均発症年齢はVLMで15〜30か月、眼トキソカラ症で7歳半である。

米国におけるトキソカラ抗体の血清陽性率は約13.9%と推定される1)。しかし有症状の眼トキソカラ症の発生は少なく、2009〜2010年の12か月間に米国で報告された新規症例は68例にとどまる1)。診断時年齢の中央値は8.5歳であり、68%が永続的な視力障害をきたした1)。東南アジアでは血清陽性率が34%に達するとの報告もある2)

Q 眼トキソカラ症は大人でも発症するのか?
A

大多数は小児であるが、成人での発症例も報告されている。成人では犬・猫との接触歴や生肉の摂食歴がリスクとなり、臨床的疑いが低いため診断が遅れやすい1)。文献レビューでは17歳から68歳までの症例報告がある1)

眼トキソカラ症は進行が緩徐であり、視力低下以外の自覚症状に乏しい場合がある。

  • 視力低下:最も多い主訴であり、片眼性の進行性視力低下を呈する。視力は病型により20/40〜20/400まで幅がある。
  • 飛蚊症硝子体炎を伴う場合に出現する。
  • 羞明(まぶしさ):ぶどう膜炎に伴う症状として認められる。
  • 眼痛:眼内炎型では疼痛や充血を生じることがある。
  • 白色瞳孔:乳幼児では白色瞳孔や斜視が発見の契機となることがある。

眼トキソカラ症は約90%が片眼性であり、以下の3つの病型に分類される。

後極部肉芽腫

頻度:全体の25〜46%を占める。

所見黄斑部に白色〜灰色の隆起性肉芽腫を形成する。大きさは乳頭径の0.5〜4倍に及ぶ。

経過:急性期は硝子体炎を伴う境界不明瞭な白色病変として現れ、炎症消退後に境界鮮明な白色隆起となる。

視力予後:視力中央値は20/50付近である。

周辺部肉芽腫

頻度:最も多い病型で20〜40%を占める。

所見:眼底周辺部に黄白色の腫瘤を形成し、そこから硝子体索状物や網膜ひだが後極部に向かう。

合併症:牽引性網膜剥離・黄斑偏位を高率に合併し、最も重篤な病型である。

視力予後:視力中央値は20/70付近である。

眼内炎型

頻度:約25%を占める。

所見:前眼部・後眼部を含むびまん性の炎症を呈し、濃密な硝子体混濁を特徴とする。

特徴:ほとんど片眼性であり、細菌性眼内炎との鑑別を要する。

視力予後:視力中央値は20/200〜20/400と最も不良である。

硝子体炎は患者の90%以上に認められ、最も一般的な所見である。その他、網膜血管周囲炎4)、嚢胞状黄斑浮腫網膜前膜白内障などの合併症を生じうる。視力低下の80〜90%は20/40以下であり、硝子体炎・嚢胞状黄斑浮腫・牽引性網膜剥離が主な原因となる3)

両眼性の発症は非常にまれで、報告例はごく限られる2)

眼トキソカラ症の原因は犬回虫(Toxocara canis)または猫回虫(Toxocara cati)への感染である。これらの回虫は犬・猫の腸管内に寄生し、糞便中に虫卵を排出する。

ヒトへの主な感染経路は以下の通りである。

  • 虫卵の経口摂取:汚染された土壌・砂場で遊ぶ際に虫卵を摂取する。小児の異食症(土食い)は重要なリスクである。
  • ペットとの接触:感染した犬や猫、特に子犬との濃厚な接触による。生後2〜6か月の子犬では犬回虫保有率が80%を超える。
  • 生肉の摂食:待機宿主であるニワトリやウシの肝臓の生食による感染もある。
  • 若年:10歳未満の小児に多い。砂場遊びや衛生意識の未熟さが関連する。
  • ペット飼育:特に駆虫が不十分な幼犬の飼育1)4)
  • 異食症:土壌を口に入れる習慣がある幼児。
  • 低所得・教育水準:血清陽性率と低い世帯所得・教育水準との関連が報告されている1)
Q ペットの犬を飼っていると必ず感染するのか?
A

犬を飼っているだけで必ず感染するわけではない。定期的な駆虫と衛生管理を行えばリスクは低減される。1歳以上の犬では犬回虫保有率は約20%に低下する。ただし幼犬は高率に保虫しているため、特に注意が必要である。

眼トキソカラ症の診断は、臨床所見・問診・血清学的検査を組み合わせて総合的に行う。

ペット(犬・猫)との接触歴、異食症の有無、生肉の摂食歴を詳細に聴取する。患者の90%以上に特定可能な曝露歴がある。

  • ELISA法:トキソカラ分泌・排泄(TES)抗原に対するELISA法が最も有用な検査である。内臓幼虫移行症に対しては感度90%・特異度92%であるが、眼トキソカラ症では感度が有意に低い1)。ある研究(N=22)ではELISA陽性は50%にとどまった。
  • Toxocara CHECK®:簡便な検査キットとしても使用される。
  • 眼内検体のELISA:血清ELISAが陰性でも前房水や硝子体のELISAで陽性となる場合があり、診断的価値が高い1)
  • Goldmann-Witmer比:前房水中の抗トキソカラ抗体の眼内産生を評価する。
  • PCR検査:前房水からのトキソカラDNA検出も診断根拠となる。
検査法検体特徴
血清ELISA血清簡便だがOTでは感度低い
眼内ELISA前房水・硝子体感度が高く確定的
PCR前房水DNA直接検出が可能
  • Bモード超音波検査:硝子体混濁、網膜剥離、石灰化のない腫瘤を確認する。網膜芽細胞腫との鑑別に重要である3)
  • 蛍光眼底造影:血管周囲からの色素漏出、乳頭漏出、嚢胞状黄斑浮腫を評価する2)
  • OCT:嚢胞状黄斑浮腫や網膜前膜の評価に有用である2)

内臓幼虫移行症とは異なり、眼トキソカラ症では末梢血好酸球増多やIgE上昇を認めないことが多い。好酸球数が正常であっても本症は否定できない1)。小児ではポリクローナルIgE上昇を認めることがある。

以下の疾患との鑑別が必要である。

  • 網膜芽細胞腫:最重要の鑑別疾患。超音波検査で石灰化を認めれば網膜芽細胞腫を強く疑う。
  • コーツ病:網膜血管の拡張と滲出性変化を特徴とする。
  • トキソプラズマ症:壊死性網脈絡膜炎を呈し、特徴的な瘢痕病巣がみられる。
  • 第一次硝子体過形成遺残(PFV未熟児網膜症家族性滲出性硝子体網膜症(FEVR)
Q 血液検査で好酸球が正常でも眼トキソカラ症の可能性はあるか?
A

ある。眼トキソカラ症は眼局所の感染であり、内臓幼虫移行症と異なり末梢血好酸球増多を伴わないことが一般的である1)。好酸球が正常範囲でも本症を除外してはならない。

眼トキソカラ症の治療は、炎症の鎮静化・原因微生物の排除・硝子体網膜合併症への対処の3点を柱とする。

ステロイド薬が治療の中心である。

  • 局所注射・全身投与:眼内炎型、または重度の硝子体炎を伴う後極部・周辺部肉芽腫型には、局所注射(Tenon嚢下トリアムシノロンアセトニド40mg)2)または経口プレドニゾロン(0.5〜1 mg/kg/日)を投与する。
  • 点眼ステロイド:牽引性膜の形成と網膜剥離の予防を目的として使用する。
  • 散瞳薬:前眼部炎症がある場合、虹彩後癒着の防止に調節麻痺薬を併用する。

駆虫薬の眼トキソカラ症における有効性は十分に証明されていない。生きた幼虫が封入されている肉芽腫は炎症が軽微であることが多く、治療の必要性は低い場合がある。ただし、以下の場合に使用を考慮する。

  • アルベンダゾール:400 mg 1日2回、14日間が標準的レジメンである1)。血液脳関門の通過性が高く、神経トキソカラ症の除外が必要な場合にも使用される3)。小児では15 mg/kg/日で投与する3)4)
  • ジエチルカルバマジンクエン酸塩(スパトニン®):駆虫薬として内服が行われる場合がある。
  • 眼トキソカラ症がVLMと同時に発症したまれな症例では、ステロイドと同時にアルベンダゾールの全身投与が必要となる。

眼トキソカラ症の約25%が手術を要する。

  • 硝子体手術(PPV:持続的な硝子体混濁、牽引性網膜剥離、網膜前膜に対して行われる最も一般的な外科的療法である3)4)。術中、膜は非常に癒着が強いため、剥離やピーリングではなく切除(circumcise)を行うことが重要である。現代の硝子体手術による解剖学的成功率は83〜100%である。
  • 冷凍凝固:周辺部腫瘤型で薬物治療に抵抗性があり、硝子体索状物を形成した場合に牽引性網膜剥離の進行防止を目的として行う。
  • レーザー光凝固中心窩に及んでいない後極部腫瘤型に対して施行することがある。ただし幼虫死滅による強い炎症反応のリスクがある。

手術を必要とした患者の87%は術前に20/400未満の視力であり、解剖学的成功にもかかわらず機能的改善は限定的である場合が多い。初診時の視力が最終視力の最も強力な予測因子である。

Q 治療すれば視力は回復するのか?
A

予後は病型・合併症の有無・治療開始時期に大きく左右される。後極部肉芽腫の視力中央値は20/50、周辺部肉芽腫では20/70、眼内炎型では20/200〜20/400である。続発症のない症例は良好な経過をたどるが、牽引性網膜剥離を伴う症例では手術後も視力改善が得られないことがある。早期診断が最も重要である。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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犬・猫が終宿主であり、成虫は腸管内に寄生して虫卵を排出する。虫卵は環境中で2〜4週間かけて成熟卵(embryonated egg)となり、感染能を獲得する。

ヒトが成熟卵を経口摂取すると、腸管内で幼虫に孵化する。幼虫は小腸壁を穿通して血行性に全身へ播種され、肝臓・肺・脳・筋肉・眼など多臓器に到達しうる1)。眼に到達した幼虫は後眼部に侵入し、局所的な炎症反応を惹起する。

眼内に侵入した幼虫に対して、宿主は好酸球性肉芽腫を形成して被嚢化(encapsulation)する。組織学的には非壊死性巨細胞肉芽腫が特徴的であり、形質細胞と好酸球の混合炎症を伴う3)

Melendezら(2025)は5歳女児の早期眼トキソカラ症を報告した。黄斑部の網膜上肉芽腫の組織学的解析で、線維性結節内に非壊死性巨細胞肉芽腫と形質細胞・好酸球の混合炎症を確認した。虫体は検出されなかった3)

炎症が持続すると、硝子体索状物の形成、網膜への牽引力の発生が生じる。この牽引力により牽引性網膜剥離が発症する。周辺部肉芽腫から視神経乳頭に向かう硝子体線維血管索状物の形成は本症に特徴的な所見である3)4)

また、網膜裂孔が形成されると裂孔原性網膜剥離に至ることもある3)。早期の段階では硝子体索状物が臨床的に明らかでなくても、肉芽腫基部の牽引により網膜裂孔が生じうる点が注意すべきである3)

硝子体内デキサメタゾンインプラント

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眼トキソカラ症における硝子体内デキサメタゾン徐放インプラントの安全性・有効性に関する報告がある3)。重度の硝子体炎を伴い黄斑に病変が及ばない症例において、全身投与を避けつつ局所的に高濃度のステロイド効果を得る手段として検討されている。

脈絡膜新生血管や黄斑浮腫を合併した眼トキソカラ症に対し、抗VEGF薬ラニビズマブベバシズマブ)の硝子体内投与が症例報告レベルで報告されている4)。慢性炎症に伴う血管漏出や新生血管の制御に有望とされるが、抗寄生虫療法の代替にはならない。

Tanchulingら(2025)は、強直性脊椎炎と眼トキソカラ症が併発し両眼性汎ぶどう膜炎を呈した16歳男児を報告した。Toxocara IgGとHLA-B27がともに陽性であり、感染が免疫異常を介して自己免疫疾患の発症に寄与する可能性が示唆された2)

寄生虫感染と自己免疫疾患の関連については、強直性脊椎炎患者のうちぶどう膜炎を伴う群でトキソカラ抗体陽性率が38%に達するとの報告もあり2)、免疫異常の共通基盤としての感染の役割が注目されている。


  1. Jowsey GW, McLeod GX. A delayed diagnosis of ocular toxocariasis presenting as total monocular retinal detachment in an immunocompetent 57-year-old male. IDCases. 2023;32:e01764.

  2. Tanchuling RV, Lopez JS, Maliwat RD. Coexistent Ankylosing Spondylitis and Ocular Toxocariasis in a Pediatric Patient Manifesting As Bilateral Panuveitis. Cureus. 2025;17(4):e82767.

  3. Melendez AM, Puebla Robles GA, Marcos Martinez MJ, Villegas VM, Singh AD. Early-stage ocular toxocariasis: Progression and histopathologic analysis. Am J Ophthalmol Case Rep. 2025;40:102474.

  4. El Korno O, Hilali Z, Tachfouti S, Amazouzi A, Cherkaoui LO. Unilateral Vision Loss in a Child Revealing Ocular Toxocariasis. Cureus. 2025;17(12):e99150.

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